たれ)” の例文
たれが八っちゃんなんかに御免なさいするもんか。始めっていえば八っちゃんが悪いんだ。僕は黙ったままで婆やを睨みつけてやった。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この沿線中、たれでも最初に深く印象づけられる景色は愛野の地峡をぬけて、断崖の上から千々岩灘の碧湾へきわんに直面した時の眺めである。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
殊に日本はごくごくこの間、三四千年前までは、全く人が居なかったと云ひますから、もちろんたれもそれを見てはゐなかったでせう。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
毎夜東の空に当って箒星ほうきぼしが見えた。たれがいい出したか知らないが、これを西郷星と呼んで、先頃のハレー彗星すいせいのような騒ぎであった。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なんだ、またこれをつてかへるほどなら、たれいのちがけにつて、這麼こんなものをこしらへやう。……たぶらかしやあがつたな! 山猫やまねこめ、きつねめ、野狸のだぬきめ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたくしはたれの紹介をも求めずに往ったのに、飯田さんはこころよ引見いんけんして、わたくしの問に答えた。飯田さんは渋江道純どうじゅんっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
川口かはぐちの、あしのたくさんえてゐる、そのあしさきが、みんなとれてゐる。これは、たれつたのかとまをしますと、それは、わたしです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
これ必ずしも意外ならず、いやしくも吾が宮の如く美きを、目あり心あるもののたれかは恋ひざらん。ひとり怪しとも怪きは隆三のこころなるかな
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すこしも乗客じょうきゃくわずらわさんようにつとめているおれか、それともこんなに一人ひとり大騒おおさわぎをしていた、たれにも休息きゅうそくもさせぬこの利己主義男りこしゅぎおとこか?』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
たれも爲るものるまじと思ひしきりかなしく心は後へひかれながら既に奉行所ぶぎやうしよへ來り白洲しらす引居ひきすゑられたり此日伊勢屋三郎兵衞方にては彼旅僧を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かれ憎惡ぞうを嫉妬しつととを村落むらたれからもはなかつた。憎惡ぞうを嫉妬しつともない其處そこ故意わざ惡評あくひやうほど百姓ひやくしやう邪心じやしんつてなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そういう特種とくしゅの社会哲学を、たれが誰に語っているのかと思えば、聴手ききてにはうしろに耳のないわたしへで、語りかけるのは福沢氏だった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
要するにたれの恋でもこれが大切おおぎりだよ、女という動物は三月たつと十人が十人、きて了う、夫婦なら仕方がないから結合くっついている。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
もし余に失策あるともたれも余の本心を疑うものはなきものと確信し、その安心喜楽は実に筆にも紙にも書き尽されぬほどにありき。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
初めの内は誤解もするし、おこるような事もあるし、場合にってはたれか死ななくては目ざす人に近寄られないというような事さえある。
奥「あゝたれうらみましょう、わたくしは宗悦に殺されるだろうと思って居りましたが、貴方御酒をおめなさいませんと遂には家が潰れます」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「今声を立てたのはお前かい。たれか大声を出して叫んだように聞えたが。」こう言い掛けて、男はせわしい息をいて、こう言い足した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
女王樣ぢよわうさま論據ろんきようでした、何事なにごとにせよ、まつた時間じかんえうせずしてうせられなかつたなら、所有あらゆる周圍しうゐたれでもを死刑しけいしよする。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
たとえばたれでも一度か二度は経験しない人はあるまいが、寝ておって、高い所から落ちる夢を見て、冷汗ひやあせをかいてざめることがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
たれにも分るめえ。おれが教へてやる。きしやといふのは汽車のことではねえ。むかし騎士屋きしやと云つてとても強い人があつたのだ。
騎士屋 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
わたし数人すうにん男女だんじよのR国人こくじん紹介せうかいされて、それらの人達ひとたち力強ちからつよと一/\握手あくしゆをした。しかしたれたれだかおぼえてもゐられなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
最後さいごったのはたしか四五月頃しごがつごろでしたか、新橋演舞場しんばしえんぶじょう廊下ろうかたれうしろからぼくぶのでふりかえっててもしばらたれだかわからなかった。
夏目先生と滝田さん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
銃劒が心臓の真中心まッただなかを貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きなあなあな周囲まわりのこの血。これはたれわざ? 皆こういうおれの仕業しわざだ。
かぜでもいてくりえだれるやうなあさとうさんがおうちから馳出かけだしてつてますと『たれないうちにはやくおひろひ。』とくりつて
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
珠運しゅうんは段々と平面板ひらいた彫浮ほりうかべるおたつの像、元よりたれに頼まれしにもあらねば細工料取らんとにもあらず、ただ恋しさに余りての業
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
気味悪さに着るにもよう着ないで居た自分の姿が可笑をかしく目に浮ぶのであつたから寒いなどとはたれにも告げやうとはしなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
昼の日中ひなかたれはばかるおそれもなく茶屋小屋ちゃやこやに出入りして女に戯れ遊ぶこと、これのみにても堅気かたぎの若きものの目にはうらやましきかぎりなるべきに
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「だつて、昔からたれも行かない森だもの、入つて行くのは気味が悪いから……」といつて、矢張やつぱり誰一人、森へ入つて行かなかつたのです。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
星あかりの道に酔いれて、館へ帰る戦人もののふの、まぼろしの憂ひをたれぞ知る、行けルージャの女子達……私はホメロス調の緩急韻で歌ったが
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
まちは、いつまでもいつまでもたれなにはなかつたら、その青白あをしろほそ川柳かはやなぎつめてゐたかもしれない。この川柳かはやなぎ古郷こきやうおほい。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
私達は初めのうちは、このお婆さんとれ違っても、たれもお婆さんのことなどはかまいませんでしたが、ある日のことです。
納豆合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そう言われて一応安心はしたものの、先刻舌鼓を打った料理が、毛蟲や蛇の卵でないと、たれが本当に保証するものでしょう。
殊に庭の襁褓おしめが主人の人格を七分方下げるように思ったが、求むる所があって来たのだから、質樸な風をして、たれも言うような世辞をぜて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かんがへると、じつ愉快ゆくわいで/\たまらぬ、いま吾等われらまなこには、たゞ希望きぼうひかりかゞやくのみで、たれ人間にんげん幸福さひはひねた惡魔あくま
外を見ると、従兄は勿論もちろんたれの姿も其処そこに見えない、不思議とは思ったが、その夜はそれなりに、寝てしまったのである。
感応 (新字新仮名) / 岩村透(著)
たれもがからだをぐらつかせながら、まるで出來できわる機械人形きかいにんぎやうのやうなあしはこんでゐたのだつた。隊列たいれつ可成かなみだれてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
其以後そのいごたれけぬ。やうや此前このまへ素通すどほりするくらゐであつたが、四十ねんぐわつ十二にちに、は、織田おだ高木たかぎ松見まつみ表面採集へうめんさいしふ此邊このへんた。
たれかが犬をめがけて、石を投げつけました。それと一しよに、シヤツとズボンだけの男の人が、プールの欄干に乗り出して、早口にどなりました。
プールと犬 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
気持きもちがいいだって! まあおまえさんでもちがったのかい、たれよりもかしこいここのねこさんにでも、女御主人おんなごしゅじんにでもいてごらんよ、みずなかおよいだり
第一番に薩摩の望む所はにもかくにもこの戦争をしばら延引えんいんしてもらいたいと云う注文なれども、その周旋をたれに頼むとう手掛りもなく当惑の折柄おりから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれどもたれもそこにはゐませんでした。たゞうしろの入口の戸が開いて、そこから、お玄関の方の廊下が見えました。でも人はひとりもをりません。
鳩の鳴く時計 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
これはたたれがための催しぞと思うに、穴にも入りたき心地ぞする、死したらんにはなかなか心易かるべしとも思いぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
百姓の妻 「さうだよ。だけどお前さん。今年ばかりよくても、来年悪ければつまんない。わたしはさう思ふと、いやになるよ。おや。たれか泣いてるよ。」
〈ピツコロさん〉 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
其中そのうちたれ云ふと無く桑盗人ぬすびとはお玉の母親に違ひ無いと云ふ事が評判になりまして可愛想かあいさうその娘のお玉までも憎まれてこの村を追ひ出されてしまひました。
金銀の衣裳 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
はやるほどなほ落附おちつきてお友達ともだちたれさま御病氣ごびやうきときく格別かくべつなかひとではあり是非ぜひ見舞みまひまをしたくぞんじますがと許容ゆるし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
丈夫見る所有り、意を決してこれを為す、富岳崩るといえども、刀水くといえども、またたれかこれを移易いえきせんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
たれがこさへたものか、とにかく昔風の茶人好みの庭、何の自然も無いのに、形は心を写してゐる。こさへた人もさみしかつたか、心がそのまま現れてる。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かれはちょうど、そうぞうしいはちのようだった。しかしたれもそれに気づかなかった。彼自身かれじしんづかなかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
然し同僚のたれ一人、敢て此時計の怠慢に對して、職務柄にも似合はず何等匡正きやうせいの手段を講ずるものはなかつた。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
專門教育を受ける人間は現代日本では六十人に一人のわり合であると、以前にたれからか聞かされたことのあるのを思ひ出しながら、金太郎は坂を下り始めた。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)