滅多めつた)” の例文
それは唯はた目には石鹸せつけん歯磨はみがきを売る行商ぎやうしやうだつた。しかし武さんはめしさへ食へれば、滅多めつたに荷を背負せおつて出かけたことはなかつた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
幾ら人數にんずが少ないとツて、書生もゐる下婢げぢよもゐる、それで滅多めつたと笑聲さへ聞えぬといふのだから、まるで冬のぱらのやうな光景だ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
お氣の毒なことに奧方の浪乃殿は、お里方が絶家して歸るところも無く良人將監殿が江戸へ歸るまでは、滅多めつたに死ぬわけにも行かない。
らつたうへうしてひまつぶして、おまけに分署ぶんしよおこられたりなにつかすんぢや、こんなつまんねえこたあ滅多めつたありあんせんかんね
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
けれども、二人は組が違ひましたし、学校のかへりも私の方がいつも早くありましたので、一緒になることは滅多めつたにありません。
時男さんのこと (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
かへりもおそいが、かへつてから出掛でかけなどといふ億劫おくくふこと滅多めつたになかつた。きやくほとんどない。ようのないとききよを十時前じまへかすことさへあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
なんとなく浮世うきよからはなれた樣子やうすで、滅多めつたかほせない女主人をんなあるじが、でも、端近はしぢかへはないで、座敷ざしきなかほどに一人ひとりた。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
開けたところでした。滅多めつたに使ひませんお部屋は、何ももひどくしめりましてね。あちらの客間なぞまるで地下室のやうでございますのよ。
桑田はこんな好い家は捜しても滅多めつたに捜されるものではない。アパートを追出されたのは全く有難い仕合しあはせだと思つた。
人妻 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
この頃では、世話人ももう滅多めつたにはやつて来なかつた。かれ等は自分の勝手に托鉢たくはつに出たかれの行為を不快に思つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お女郎屋から無事脱け出した上に、この中へ逃げ込むことが出來たなんて、滅多めつたにない話だからね。この中は、いはゞお城の中のやうなものだからね。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
幻花子げんくわし新聞しんぶんはういそがしいので、滅多めつたず。自分じぶん一人ひとり時々とき/″\はじめのところつては、往事むかし追懷つひくわいすると、其時そのとき情景じやうけい眼前がんぜん彷彿ほうふつとしてえるのである。
マアういふ事は滅多めつたにない事でございます、我々われ/\のやうな牛はじつに骨の折れる事一通ひととほりではありません、女牛めうししぼられる時の痛さといふのはたまりませんな
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
また作文さくぶんにしても間違まちがつたところがあればしるしけてだけで、滅多めつた間違まちがひてん説明せつめいしてかさない。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
時間じかんさへてばいわ!』あいちやんは何時いつ自分じぶん忠告ちゆうこくをし、(それにしたがふことは滅多めつたにないが)ときにはなみだほどれとめることもありました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
と飛込で襟元えりもとつかみ遙か向へ投退なげのければ其餘の者共追取卷ソレ打殺せと云まゝに十五六人四方より滅多めつたやたらに打懸るに半四郎は只一生懸命奪ひ取たる息杖いきづゑにて多勢を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼女かのぢよが、戀人こひびと片山かたやまと一しよ生活せいくわつしたのは、わづかかに三ヶげつばかりだつた。かれがそのぞくしてゐるたう指令しれいのもとに、ある地方ちはう派遣はけんされたのち彼等かれら滅多めつた機會きくわいもなかつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
庭のまん中から作つて行つたら滅多めつたにかたがつくことがない。魚を料理つくるにまん中から庖丁を入れることは、料理ることを知らない人のすることである。腹や頭から庖丁を入れねばならぬ。
冬の庭 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
海賊かいぞくども如何いかにして探知たんちするものかはらぬがそのねらさだめるふねは、つねだいとう貴重きちやう貨物くわぶつ搭載とうさいしてふねかぎかわりに、滅多めつたそのかたちあらはさぬためと、いま一つにはこの海賊かいぞくはい何時いつころよりか
ぼくは一たい滅多めつた封書ふうしよといふものをかない。そんなにひとわるやうこと場合ばあひはないからなア。それでぼく何用なにようでも大抵たいてい葉書はがきますのだが、し一まいりなければ二まいつゞきにする。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
滅多めつたわらつたこともない但馬守たじまのかみ今日けふこと機嫌きげんのわるい主人しゆじんが、にツこりとかほくづしたのを、侍女じぢよこつな不思議ふしぎさうに見上みあげて、『かしこまりました。』と、うや/\しく一れいしてらうとした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
われはおのれ生涯しやうがいのあまりきよくないこと心得こゝろえてゐる、みちかたはら菩提樹下ぼだいじゆか誘惑いうわくけたことつてゐる。たま/\われにさけませる会友くわいいうたちの、よく承知しようちしてゐるごとく、さういふもの滅多めつた咽喉のどとほらない。
こんな上天気じやうてんきはこのじやうしまにも滅多めつたえ。
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
紋服を着た西洋人は滑稽こつけいに見えるものである。或は滑稽に見える余り、西洋人自身の男振をとこぶりなどは滅多めつたに問題にならないものである。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すこふところ窮屈きうくつでなくなつてからはなが休憇時間きうけいじかんには滅多めつたなはふこともなく風呂ふろつてははなしをしながら出殼でがらちやすゝつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
無愛想で素つ氣なくて、滅多めつたなことでは人に笑顏も見せないのに、どうかしたはずみで、チラリと、恐ろしく色つぽいところが出るんです。
私は誰から教はつたのでもない信條をもう一つ持つてゐるのよ、滅多めつたに云はないのだけれど。でもそれは私をよろこばせ、私はそれに縋つてゐるのよ。
滅多めつた打無念々々と跡退あとじさり既に斯よと見えける處へ惣内は息切いきせきと引返し來りあらそふ聲を聞やいなヤア叔父樣をぢさんか惣内か此奴はお里を追駈おつかけ盜賊たうぞくなるぞとよばはるに惣内心得脇差わきざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かれはたゞ教場けうぢやうて、普通ふつう學生がくせいのするとほり、おほくのノートブツクをくろくした。けれどもうちかへつてて、それをなほしたり、れたりしたこと滅多めつたになかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼は其の或る空想の花に憧れて、滅多めつた無性むしやうと其の影を追𢌞してゐた。而も彼の心は淋しい! そして眼に映る物の全てに意味があツて、疑が出て來て、氣が悶々してならぬ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
うでもござりやすめえ、奥様おくさまは、のお前様めえさまさが歩行あるいて、それだ、おかへりがいのでござりやせうで、天狗様てんぐさま二人一所ふたりいつしよさらはつしやることは滅多めつたにねえことでござります。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
このかれの立つてゐる向うに、深い深い草藪があつて、その中に黒い暗い何年にも人の入つて来たことのない古池がたゝへられてあつた。そこには雲の影も映らなければ、日影も滅多めつたにはさして来ない。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
日本人は皆、学ばずとも鑑賞の道を心得てゐるらしい。その晩も能の看客は大抵謡本を前にしたまま、滅多めつたに舞台などは眺めなかつた!
金春会の「隅田川」 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いえ、外に、これの兄が御座います。片輪者で滅多めつたに人前へは顏を出しませんが、器用な男で、つまらない細工物をしてお小遣を
勘次かんじ與吉よきち卯平うへいからぜにもらふことをつてからたゞさへ滅多めつたにくれたことのないかれけつして一あたへることがなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
このときも、彼は私の口にした素氣そつけない返答には心を留めないで、彼特有のある微笑ほゝゑみを浮べて私を見た。而もそれは滅多めつたにしか表はさないものであつた。
宗助そうすけあさ四時過よじすぎかへをとこだから、つま此頃このごろは、滅多めつたがけうへのぞひまたなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
見送みおくりも爲ざりし由檢使場けんしばでも御奉行樣のお前でも申立たる赴きゆゑはてなと思うて居るものゝ人の事にて兎や角と言爭いひあらそはんもえきなき事ことに私しの女房の云には滅多めつたにそんな事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
茶碗ちやわんに茶をんで出すと、茶を飲む前にその茶碗を見る。これは日本人には家常茶飯かじやうさはんに見る事だが、西洋人は滅多めつたにやらぬらしい。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
例へば裏の物置の一番奧に立てかけてある二三十本の大きな材木、あれは床柱などに使ふ結構な銘木で、滅多めつたに賣れる品ぢやございません。
僕はただそれだけを心がけてゐる。それだけでもペンを持つて見ると、滅多めつたにすらすら行つたことはない。必ずごたごたした文章を書いてゐる。
文章と言葉と (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「お袖さんが居る時は、滅多めつたに覗かなかつたやうです。決して顏を見せないのは、お内儀さんとお孃さんくらゐのもので」
しかし恋人と云ふものは滅多めつたに実相を見るものではない。いや、我我の自己欺瞞じこぎまんは一たび恋愛に陥つたが最後、最も完全に行はれるのである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ブルブル、親分に見せないうちは、滅多めつたなことが出來ねえ。これから不動樣の縁日で見世物を二つ三つ冷かして、八丁堀へ行つてみるとしやう」
朝寝も好きなら宵寝も好きなる事、百日紅の如きは滅多めつたになし。自分は時々この木の横着なるに、人間同様腹を立てる事あり。(九月十三日)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そいつはあつしも心掛けて居るが、首筋に火の燃えるやうな眞赤なあざのある人間なんか、滅多めつたに見付かりませんよ」
銭形平次捕物控:124 唖娘 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
全精神を振ひ起さなければ滅多めつたに常談も云ふことは出来ない。それを佐藤は世間と共に容易の業のやうに誤解してゐる。
佐藤春夫氏 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よし/\、其處までわかれば結構だ。が、滅多めつたな口をきくなよ、——あの女隱居はすつかり元氣を取り戻して、孝吉を
彼等はいづれも一代を動揺させた性格である。が、如何いかに西洋でも、彼等のやうな人間は、滅多めつたにゐぬのに相違ない。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日頃、滅多めつたに腹を立てない平次が、蟲の居所が惡かつたものか、斯んな飛んでもない事を言ふのでした。