“樂(たのし)” の例文
新字:楽
と然(さ)も/\若氣(わかげ)に思込(おもひこ)んだやうな顏色(かほいろ)をして云(い)つた。川柳(せんりう)を口吟(くちずさ)んで、かむりづけを樂(たのし)む其(そ)の結構(けつこう)な部屋(へや)がしらの女房(にようばう)を怪(け)しからぬ。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
そこも父(とう)さんの好(す)きなところで、家(うち)の人(ひと)が手桶(てをけ)をかついで來(き)たり、水(みづ)を汲(く)んだりする側(そば)に立(た)つて、それを見る(み)のを樂(たのし)く思(おも)ひました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
女(むすめ)よ! 女(むすめ)どころかい、我(わが)靈魂(たましひ)よ! 其方(そなた)は死(し)にゃった! あゝ、あゝ! 女(むすめ)は死(し)んでしまうた、女(むすめ)が死(し)ねば俺(おれ)の樂(たのし)みも最早(もう)絶(た)えたわ。
倒(たふ)し我が子を夫婦となせし上自分も共に樂(たのし)まんと櫛(くし)を盜(ぬす)ませ金を騙(かた)り取らせしならんと云ふに與惣次打點頭(うちうなづき)成程お專が言ふ如く毒ある花は人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
要(よう)するに、寫眞(しやしん)の本領(れう)は、興味(けうみ)はさういふ意味(いみ)の記録(きろく)を、いひ換(かへ)れば、過去(くわこ)を再現(さいげん)して、思(おも)ひ出の樂(たのし)さや回想(くわいそう)の懷かしさを與(あた)へるところにある。
たゞ老(おい)て益々(ます/\)其教育事業(そのけういくじげふ)を樂(たのし)み、其(その)單純(たんじゆん)な質素(しつそ)な生活(せいくわつ)を樂(たの)しんで居(を)らるゝのを見(み)ては僕(ぼく)も今更(いまさら)、崇高(すうかう)の念(ねん)に打(うた)れたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
彼等(かれら)の白(しろ)い手拭(てぬぐひ)が聚(あつま)つて遙(はるか)に人(ひと)の目(め)を惹(ひ)く外(ほか)師匠(ししやう)の家(うち)に格別(かくべつ)の利益(りえき)もなく彼等(かれら)自分等(じぶんら)のみが一日(にち)を樂(たのし)く暮(くら)し得(う)るのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
若し斯る花の枕、花の筵に手足伸ばして一夜の樂(たのし)き夢を結びなば明日は森の中に飢ゑ死すともなか/\に本望なるべし。
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
良人(をつと)持(も)たんの觀念(くわんねん)、何(なに)として夢(ゆめ)さら/\あらんともせず、樂(たのし)みは春秋(はるあき)の園生(そのふ)の花(はな)、ならば胡蝶(こてふ)になりて遊(あそ)びたしと、取(とり)とめもなきこと言(い)ひて暮(くら)しぬ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
澄(す)んだ空(そら)の月(つき)を寢(ね)ながら眺(なが)める、人(ひと)いきれから逃(のが)れた郊外(こうがい)の樂(たのし)みは、こゝに止(とゞ)めを刺(さ)す……それが觀(み)られない。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
母の膝下(しつか)にて過す精進日(せじみび)は、常にも増して樂(たのし)き時節なりき。四邊(あたり)の光景は今猶昨(きのふ)のごとくなり。街の角、四辻などには金紙銀紙の星もて飾りたる常磐木(ときはぎ)の草寮(こや)あり。
無邪氣(むじやき)なる水兵等(すいへいら)の想像(さうぞう)するが如(ごと)く、其時(そのとき)の光景(くわうけい)はまあどんなであらう。電光艇(でんくわうてい)の評判(ひやうばん)、櫻木大佐(さくらぎたいさ)の榮譽(ほまれ)、各自(めい/\)の胸(むね)にある種々(しゆ/″\)の樂(たのし)み、それ等(ら)は管々(くだ/\)しく言(い)ふに及(およ)ばぬ。
彼女(かのぢよ)は樂(たのし)んで後(あと)に殘(のこ)つた。さうして新生涯(しんしやうがい)を夢(ゆめ)みながら彼(かれ)からのたよりを待(ま)ち暮(くら)した。一日(にち)、一日(にち)と經(た)つて行(ゆ)く。けれどもその後(のち)彼(かれ)からは何(なん)の端書(はがき)一本(ぽん)の音信(おとづれ)もなかつた。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
〔譯〕憤(いきどほり)を發して食を忘(わす)る、志氣(しき)是(かく)の如し。樂(たのし)んで以て憂(うれひ)を忘る、心體(しんたい)是の如し。老(らう)の將に至らんとするを知らず、命(めい)を知り天を樂しむもの是(かく)の如し。聖人は人と同じからず、又人と異(こと)ならず。
若い妻(つま)や、幼い子供を連れて、箱根や日光へ行つた時の光景(さま)が描き出された。土産(みやげ)を樂(たのし)みにしながら留守(るす)をしてゐるものゝことが、頻(しき)りに考へられた。二年も居る下女の顏までが眼の前に浮び出た。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
相和(あひやはら)ぎて樂(たのし)みて、自他の別(べつ)無き畝(うね)に種子(たね)撒(ま)け
母 (旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
父(とう)さんも凧(たこ)を揚(あげ)たり、凧(たこ)の話(はなし)を聞(き)いたりして、面白(おもしろ)く遊(あそ)びました。自分(じぶん)の造(つく)つた凧(たこ)がそんなによく揚(あが)つたのを見(み)るのも樂(たのし)みでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「あゝ、おめでたいね、お客(きやく)さまが濟(す)むと、毎年(まいとし)ね、お前(まへ)がたも夜(よ)あかしで遊(あそ)ぶんだよ。まあ、其(それ)を樂(たのし)みにしてお働(はたら)きよ。」
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
そして、先生(せんせい)も亦(ま)た、一心不亂(いつしんふらん)に此精神(このせいしん)を以(もつ)て兒童(じどう)を導(みちび)き、何時(いつ)も樂(たのし)げに見(み)え、何時(いつ)も其顏(そのかほ)は希望(きばう)に輝(かゞ)やいて居(ゐ)ました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
取りて又(また)樂(たのし)むべし其(そ)の上(うへ)此方の仕向(しむけ)により聟(むこ)の方より出て行(ゆく)時(とき)は金(かね)を返(かへ)さずに濟(すむ)仕方(しかた)は如何程(ほど)も有べしとお常(つね)忠(ちう)八の惡巧(わるだくみ)にて種々(しゆ/″\)に言なし終(つひ)に又七を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そして、勝負(せうふ)をしながら畫談(ぐわだん)を聞(き)かせて頂(いたゞ)いたりするのも、私(わたし)には一つの樂(たのし)みだつた。然(しか)し、赤阪(さか)に移(うつ)り住んでからは、全(まつた)く先生とも會戰(くわいせん)の機(き)を得(え)ない。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
樂(たのし)みとも慰(なぐさ)めとも思(おも)うてゐたを、取(と)ってゆかれてしまうたと思(おも)へば、もう二度(ど)とは逢(あ)はれぬ處(ところ)へ!
この氷滑(こほりすべ)りが雪(ゆき)の日(ひ)の樂(たのし)みの一つで、父(とう)さんも爺(ぢい)やに造(つく)つて貰(もら)つた鳶口(とびぐち)を持出(もちだ)しては近所(きんじよ)の子供(こども)と一緒(しよ)に雪(ゆき)の降(ふ)る中(なか)で遊(あそ)びました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「其(それ)は貴方(あなた)、横(よこ)から見(み)たり、縱(たて)から見(み)たり、種々(いろ/\)にして樂(たのし)みますのでございます。妾(てかけ)などと申(まを)しますものは、然(さ)うしたものでございますとさ。」
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今度(こんど)は石を錦(にしき)に裹(つゝ)んで藏(くら)に納(をさ)め容易(ようい)には外(そと)に出さず、時々出して賞(め)で樂(たのし)む時は先づ香(かう)を燒(たい)て室(しつ)を清(きよ)める程(ほど)にして居た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
人の憂(うれ)ひを憂ひ人の樂(たのし)みを樂むは豪傑(がうけつ)好義(かうぎ)の情なり然ば與惣次は如何にもして此無實(むじつ)の罪を解(と)き命を助せんと種々(しゆ/″\)心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし、いろ/\合(あは)せて、もう千余(よ)枚(まい)を數へる印畫(いんぐわ)のアルバムを時折(をり)繰眺(くりなが)めるのは、樂(たのし)く愉快(ゆくわい)である。
と然(さ)も若氣(わかげ)に思込(おもひこ)んだやうな顏色(かほつき)をして云(い)つた。川柳(せんりう)を口吟(くちずさ)んでかむりづけを樂(たのし)む、其(そ)の結構(けつこう)な部屋(へや)がしらの女房(にようばう)を、ものして、居(ゐ)るから怪(け)しからぬ。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
最早(もう)〆(しめ)たものと、今度は客間(きやくま)に石を置(お)かず、居間(ゐま)の床(とこ)に安置(あんち)して何人にも祕(かく)して、只だ獨(ひと)り樂(たのし)んで居た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
さてしつくりと勝負(せうふ)を樂(たのし)みたくなるやうなのはめつたにない。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
不精々々(ふしやう/″\)にやつた仕事(しごと)に立派(りつぱ)な仕事(しごと)はない、そして一生懸命(いつしやうけんめい)に仕事(しごと)する時(とき)ほど樂(たのし)いものはないやうだ。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
最(もつと)も神樂坂(かぐらざか)を歩行(ある)くのは、細君(さいくん)の身(み)に取(と)つて、些(ちつ)とも樂(たのし)みなことはなかつた。既(すで)に日(ひ)の内(うち)におさんを連(つ)れて、其(そ)の折(をり)は、二枚袷(にまいあはせ)に長襦袢(ながじゆばん)、小紋(こもん)縮緬(ちりめん)三(み)ツ紋(もん)の羽織(はおり)で、白足袋(しろたび)。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
此(こ)の日(ひ)も、晩飯(ばん)の樂(たのし)みにして居(ゐ)たのであるから。……私(わたし)は實(じつ)は、すき腹(ばら)へ餘程(よほど)こたへた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
旅(たび)は樂(たのし)い、又(また)寂(さび)しい、としをらしく成(な)ると、何(なに)が、そんな事(こと)。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)