“張(ぱ)” の例文
肩(かた)を掴(つか)んで、ぐいと引(ひ)っ張(ぱ)った。その手(て)で、顔(かお)を逆(さか)さに撫(な)でた八五郎(ろう)は、もう一度(ど)帯(おび)を把(と)って、藤吉(とうきち)を枝折戸(しおりど)の内(うち)へ引(ひ)きずり込(こ)んだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
バルブレンはわたしの耳を引(ひ)っ張(ぱ)って、先にわたしを中へつっこんでおいて、自分もあとからはいって、ドアをぴしゃりと立てた。
私(わたし)も矢(や)つ張(ぱ)りあのSさんのやうに皆(みな)さんにもうお訣(わか)れです、でもね私(わたし)は今(いま)、大(おほ)きな大(おほ)きな丘陵(きうりよう)のやうに、安心(あんしん)して横(よこ)たはつてゐますのよ。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
風呂(ふろ)を焚(た)いてゐましてね、何(なに)か、嗅(か)ぐと矢(や)つ張(ぱ)り石炭(せきたん)でしたが、何(なん)か、よくきくと、たきつけに古新聞(ふるしんぶん)と塵埃(ごみ)を燃(も)したさうです。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
葭簀(よしず)と蓆(むしろ)っ張(ぱ)りではあるが、もう出来上って装飾にとりかかっている、当る三日といえば明日のことだ——昨日小屋がけをして
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「有難う、有難う、じゃ矢(や)っ張(ぱ)りおれの安否を気遣って来てくれたのか。……伊兵衛、今日のことは忘れないよ、持つべきものは友達だ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「矢(や)つ張(ぱ)り左樣(さう)か」と云(い)つたが、冗談(じようだん)でもなかつたと見(み)えて、別(べつ)に笑(わらひ)もしなかつた。細君(さいくん)も近(きん)の字(じ)は丸(まる)で氣(き)にならない樣子(やうす)で
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
チョイと突(つ)っ張(ぱ)ってみる、いわゆる張りだね、女はそういうふうな男を勝手にしたり、また勝手にされてみたりすると、夢中になるものだ。
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
どちらも負(ま)けず劣(おと)らぬえらい力(ちから)でしたから、えいやえいや、両方(りょうほう)で頭(あたま)の引(ひ)っ張(ぱ)りこをしているうちに、夜(よ)が明(あ)けかかって、鶏(にわとり)が鳴(な)きました。
雷のさずけもの (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それから卓(しよく)の供物(くもつ)を恰好(かつかう)よくして居(ゐ)る間(ま)に總代等(そうだいら)は箕(み)へ入(い)れて行(い)つた注連繩(しめなは)を樅(もみ)の木(き)から樅(もみ)の木(き)へ引(ひ)つ張(ぱ)つて末社(まつしや)の飾(かざり)をした。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
丑五郎は馬に食いつかれながらも馬の腿の肉を咬(か)み取ったという気象(きしょう)っ張(ぱ)り、この故に馬食(うまくら)いという綽名(あだな)がついていました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
『矢(や)つ張(ぱ)り稻の穗を噛むのが癖だすな。……東京に居やはると、稻もおますまいがなア。……春は麥の穗を拔いて、秋は稻の穗や。決(きま)つてる。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
いつヤングが消えてしまったのか解らなかったわ……まあそう……出帆前ってそんなに忙がしいものなの……じゃ矢(や)っ張(ぱ)りあんたの云うように
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、ちっちゃい木橋(もくきょう)があった。幅三尺、長さ五尺、川には水なんか流れていない。でも矢(や)っ張(ぱ)り渡らなければならない。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
引っ詰め髪に黒い上(うわ)っ張(ぱ)りを着けた、素朴な娘である。指の先を炭酸紙(カーボン)で青く染めている。ハキハキと答えてくれる。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「それは、ほんとうにお世話(せわ)さまでした。さあおまえは、こちらへおいで。」と、母親(ははおや)は、おじいさんに礼(れい)をいいながら、子供(こども)の手(て)を引(ひ)っ張(ぱ)りました。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あつちと同(おな)じでいゝのよ。お願(ねが)ひするわ。宿賃(やどちん)だけ余計(よけい)になるけど。」と言(い)ひながら、道子(みちこ)は一歩一歩(ひとあしひとあし)男(をとこ)を橋向(はしむかう)の暗(くら)い方(はう)へと引(ひ)ツ張(ぱ)つて行(ゆ)かうとする。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
岡は思い入ったようにこういって、ちょうどそこに看護婦が持って来た二枚の白い上(うわ)っ張(ぱ)りのうち少し古く見える一枚を取って倉地よりも先に着始めた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
『其(そ)の福鼠(ふくねずみ)を彩色(いろど)れ』と女王樣(ぢよわうさま)が金切聲(かなきりごゑ)で叫(さけ)ばれました。『其(そ)の福鼠(ふくねずみ)を斬(き)れ!其(そ)の福鼠(ふくねずみ)を法廷(はふてい)から逐(お)ひ出(だ)せ!それ、抑(おさ)えよ!そら抓(つね)ろ!其(そ)の髯(ひげ)を引(ひ)ッ張(ぱ)れ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
どうかすると鼻(はな)っ張(ぱ)りの強いその気象と同じに、とても征服しきれない肉塊に対してでもいるような気がしていたが、それもだんだん頽(くず)されそうになって来た。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「矢(や)っ張(ぱ)り私、帰った方が好(い)いわ。あんた怒りゃしないわね。又来るには泊らない方が出好いもの、ね」
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたし、此頃になってつくづく思うのだけれど、お兄様、矢(や)っ張(ぱ)し偉いわね。お兄様の手紙で、喬子は、自分の気持をかなりハッキリと解剖することが出来ました。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
裁判官か郵便局員が着ていそうな不思議な上(うわ)ッ張(ぱ)りを纒っているのは、何か知らん? 腰から上はルパシカのようでもあり、支那服にも似ているけれど、襟の工合や
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
モヂリ・鯉口(こいぐち)・上(うわ)っ張(ぱ)り、或いはこの頃はやる割烹着(かっぽうぎ)の類まで、この作業の頻々(ひんぴん)たる変更に、適用せしめようとした発明は数多いが、もともと働かないための着物を
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
宵(よい)っ張(ぱ)りの私もここへ来てからは、九時の鐘を聴かないうちに寝ることにした。(大正七年一月)
春の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分でかいた画が、今ケョルンの博覧会に出してあるとか云って、その天然色写真(オートクローム)を見せてくれたが、矢(や)っ張(ぱ)り先生みたいに、細かい筆づかいで、マロヤの秋が画いてある。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
私なんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ、十一の時から狂い出して、脱(ぬ)け参(めえ)りから江戸へ流れ、悪いという悪い事は二三の水出し、遣(や)らずの最中(もなか)、野天丁半(のでんちょうはん)の鼻(はな)ッ張(ぱ)り
旅人(りょじん)にだまされて林の中に引(ひ)っ張(ぱ)り込まれて強姦(ごうかん)された村の子守りの話、三人組の強盗が抜刀(ばっとう)で上村(かみむら)の豪農の家にはいって、主人と細君とをしばり上げて金を奪って行った話
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
(お父さん。もう帰ろうよ。)と申(もう)されながら須利耶(すりや)さまの袂(たもと)を引(ひ)っ張(ぱ)りなさいます。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
今日(けふ)に限(かぎ)つて其(その)やうな事(こと)いはれる覺(おぼ)えは何(なに)もなけれどマア何(なん)と思(おも)ふてぞといふ顏(かほ)じつと打(うち)仰(あふ)ぎて夫々(それ/\)それが矢(や)ツ張(ぱ)りお隔(へだ)て何故(なぜ)その樣(やう)にお藏(か)くし遊(あそ)ばす兄弟(きやうだい)と仰(おつ)しやつたはお僞(いつは)りか
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……わたしは二(に)、三遍(さんべん)そこをのぞきに行ったが、油じみた上(うわ)っ張(ぱ)りを着て、頬(ほお)のこけた顔をした、もじゃもじゃ髪(がみ)の痩(や)せた男の子が十人ほど、四角な印刷台木(いんさつだいぎ)を締(し)めつける木の梃子(てこ)へ
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
工場に寢泊りするものもあつたが、通ひのものもあり、年寄りのまだ元氣な家などでは、百姓仕事は年寄りに任せておいて、夫婦して白い上(うは)つ張(ぱ)りを着て自轉車で通ふといふ風だつた。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
善三郎 あっしは見ませんでしたが、さッき来た婆と、口をきいていたっていうから、どうで東両国の菰(こも)ッ張(ぱ)りの外で、さあさあざっとご覧よご覧よと囀(さえず)ってる、夜鷹の立番(たちばん)でしょう。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
読(よ)み上(あ)げられた者(もの)は、一人々々(ひとり/\)検疫医(けんえきい)の列(なら)んだ段階子(だんばしご)の下(した)を通(とほ)つて上(うへ)へ出(で)て行(ゆ)く。『ミストル・アサヤーマ』。「ヤ」で調子(てうし)を上(あ)げて少(すこ)し引(ひ)ツ張(ぱ)つて「マ」で下(さ)げる。成程(なるほど)山(やま)のやうに聞(きこ)える。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
さっきから感じていた何か知らぬ不安は、矢(や)ッ張(ぱ)り事実だったのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「あなたも矢(や)つ張(ぱ)り人間なのか、ジエィン? 確かにさうなの?」
「これは先生、大分宵(よい)っ張(ぱ)りでいらっしゃいますね」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
研究室の中では、ヒゲの引(ひ)つ張(ぱ)り合ひよ
わたしたちが道に迷(まよ)ったことがわかると、もうからだになんの力も残(のこ)らないように思われた。親方はわたしのうでを引(ひ)っ張(ぱ)った。
「左(さ)うよなあ。矢(や)つ張(ぱ)り、あゝ云(い)ふ事(こと)があると、永(なが)く迄(まで)後(あと)へ響(ひゞ)くものだからな」と答(こた)へて、因果(いんぐわ)は恐(おそ)ろしいと云(い)ふ風(ふう)をする。叔母(をば)は重(かさ)ねて
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
力まかせに引ッ張(ぱ)りだして、イヤというほど叩(たた)きつけようとすると、蛾次郎、頬(ほ)ッぺたをおさえて飛(と)び退(の)きながら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、また正(しょう)ちゃんの顔(かお)をなめ、起(お)こそうと着物(きもの)をくわえて引(ひ)っ張(ぱ)ったのです。正(しょう)ちゃんは、はね起(お)きました。
僕がかわいがるから (新字新仮名) / 小川未明(著)
「煮(に)てくろうよう」與吉(よきち)はそれを聞(き)いて又(また)せがんでおつぎへ飛(と)びついて、被(かぶ)つて居(ゐ)る手拭(てぬぐひ)を引(ひ)つ張(ぱ)つた。おつぎは
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
この馬(うま)をうかうか京都(きょうと)まで引(ひ)っ張(ぱ)って行(い)って、もし知(し)っている者(もの)にでも逢(あ)って、盗(ぬす)んで来(き)たなぞと疑(うたが)われでもしたら、とんだ迷惑(めいわく)な目(め)にあわなければならない。
一本のわら (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「感(かんじ)の宜い絵じゃありませんか。何んて深味のある緑色でしょうね……貴郎も矢(や)っ張(ぱ)りそう思われて?」
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
向(むか)うの水道端(すゐだうばた)に、いまの女房(かみ)さんが洗濯(せんたく)をして居(ゐ)る、其(そ)の上(うへ)は青空(あをぞら)で、屋根(やね)が遮(さへぎ)らないから、スツ/\晃々(きら/\)と矢(や)ツ張(ぱ)り通(とほ)るのである。「おかみさん。」私(わたし)は呼(よ)んだ。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
ホテル前(まえ)の電車(でんしや)を突切(つき)る頃(ころ)、私(わたし)はM、H夫人(ふじん)と話(はな)しながら歩(ある)いてゐたが、彼女(かのじよ)は私(わたし)が自動車(じどうしや)にでも轢(ひ)かれはしないかと気遣(きつか)つて、どうかすると袖(そで)を引(ひ)つ張(ぱ)つたりして
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
日本の警察だって甘(あめ)えもんじゃねえか。聞いてた程がものはねえや。サヤマだってそうだ。世界一の名探偵が聞いて呆れるよ。なあに矢(や)っ張(ぱ)り三万円が欲しくなったのよ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのまえに、三根夫少年はみんなから引(ひ)っ張(ぱ)り凧(だこ)だった。三根夫が一日はやく怪星ガンの町を見てきているので、町のようすについて三根夫はくわしく答えることができた。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
応接室まで来て上(うわ)っ張(ぱ)りを脱ぐと、看護婦が噴霧器(ふんむき)を持って来て倉地の身のまわりに消毒薬を振りかけた。そのかすかなにおいがようやく葉子をはっきりした意識に返らした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)