支度したく)” の例文
私と次兄は顔を見あわせ、葬式へ出掛けてゆく支度したくをした。電車駅までの一里あまりの路を川に添って二人はすたすた歩いて行った。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
今日けふ江戸表御老中えどおもてごらうぢうから、御奉書おほうしよ到着たうちやくいたした。一にち支度したく三日みつか道中だうちうで、出府しゆつぷいたせとの御沙汰ごさたぢや。』と、おごそかにつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
母は生涯しょうがい父から着物をこしらえて貰った事がないという話だが、はたして拵えて貰わないでもすむくらいな支度したくをして来たものだろうか。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は食事もそこそこに食卓を離れて、散らかった本や原稿紙と一緒に着替えをたたんでかばんに始末をすると、縕袍どてらをぬいで支度したくをした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おつぎは晝餐ひる支度したくちやわかした。三にん食事しよくじあとくちらしながら戸口とぐちてそれからくりかげしばらうづくまつたまゝいこうてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
オツベルはもう支度したくができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもをはげました。ところがどうして、百姓どもは気が気じゃない。
オツベルと象 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これからたくかへつて支度したくをしてうち長家ながやの者も追々おひ/\くやみにる、差配人さはいにん葬式さうしき施主せしゆ出来できたのでおほきに喜び提灯ちやうちんけてやつてまゐ
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして、外側から錠前を卸すと、玄関へ走って行って、そこにあった下駄げたつっかけ、車庫を開いて、自動車を動かす支度したくを始めた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
加藤の家の老人としより夫婦の物堅い気楽そうな年越しの支度したくを見て、私は自分の心までがめずらしく正月らしい晴れやかな気持ちになった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
言ってるんだ。だれが勘定だといった。ぼくはまだ朝食もくってないんだぜ。なぜ、ぼくの食事しょくじ支度したくをしてくれないんだ。ベルを
それからの岸本はほとんど旅の支度したくに日を送った。そろそろ梅の咲き出すという頃には大体の旅の方針を定めることが出来るまでに成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中川「ウムこう。この話の有無うむにかかわらず大原君は僕らの親友だから情誼じょうぎとして尋ねなければならん」小山「それでは昼飯の支度したくを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その男は、高輪岸たかなわぎし支度したく茶屋に腰かけて、ひるごろから、しきりに往来を見張っていたのであるが、弦之丞の過ぐるを見ると同時に
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……おいも笠も、用意をしたと、毎日のように発心ほっしんから、支度したく、見送人のそれぞれまで、続けて新聞が報道して、えらい騒ぎがありました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きなみやこにでて、世間せけんの人をびっくりさせるのもたのしみです。それでさっそく支度したくをしまして、だいぶとおみやこへでてゆきました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その夜馬を雇う支度したくをして六月一日午前四時にパーチェ駅を出立しゅったつし、馬でゲンパラに登りましたが、ちょうど中ほど過ぎまで登りますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
去程さるほど同心どうしん原田大右衞門松野文之助まつのぶんのすけの兩人いづれも旅裝束たびしやうぞくにて淺草三間町の自身番へ來りければ虎松も豫々かね/″\申付られしこと故支度したく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
味噌みそ醤油しょうゆ砂糖を買い、さて食事の支度したくとなると、炭がなかった。炭を買うと金はもう残り少なくなる。この寒空に火鉢ひばちもなくてはならない。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
これをながら、お人形にんぎょうは、おじょうさんはいま時分じぶんきて、学校がっこうへゆく支度したくをなさっているだろう? などとおもっていました。
風の寒い世の中へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
おれは余り人を信じ過ぎて、君をまで危地きちに置いた。こらへてくれたまへ。去年の秋からの丁打ちやううち支度したくが、仰山ぎやうさんだとはおれも思つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もう食事の支度したくができていて、しかも、日曜日にはほとんどすべての下宿人がここで中食をとるので、多人数の支度であった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「そして、お前さんは支度したくをなさい。この人を案内するんです。国境の向こうへ見送るまで、そばを離れてはいけませんよ。」
いよいよお嫁合よめあわせの時刻じこくになると、その支度したく出来できたお座敷ざしきへ、いちばん上のにいさんから次男じなんなん順々じゅんじゅんにおよめさんをれてすわりました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その間に母は私にすっかり避難をする支度したくをさせた。最後まで私が手離さないでいた玉網も、とうとう父に取り上げられた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その支度したく朝湯あさゆにみがきげてとしもこほあかつき、あたゝかき寢床ねどこうちより御新造ごしんぞ灰吹はいふきをたゝきて、これ/\と、此詞これ目覺めざましの時計とけいよりむねにひゞきて
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
君がきょう帰るという事を家に知らせていないとすると、君の家では、きょうはお酒の支度したくが出来ないにきまっている。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
与平はたけのこを仕入れて来たと云って、これから野菜と一緒にリヤカアで、東京の闇市やみいちへ売りに行くのだと支度したくをしていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
天長節を控へ舎を挙げて祝賀会の余興の支度したくを急いでゐる時分、私と小学校時代同級であつた村の駐在巡査の息子が
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
十四あさぼく支度したく匆々そこ/\宿やどした。銀座ぎんざ半襟はんえりかんざし其他そのたむすめよろこびさうなしなとゝのへて汽車きしやつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
今日きょうしも盆の十三日なれば、精霊棚しょうりょうだな支度したくなどを致して仕舞ひ、縁側えんがわ一寸ちょっと敷物を敷き、蚊遣かやりくゆらして新三郎は
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其翌日男真面目まじめ媒妁なこうどを頼めば吉兵衛笑って牛のしりがい老人としよりの云う事どうじゃ/\と云さして、元よりその支度したく大方は出来たり、善は急いで今宵こよいにすべし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「まア、えい。まア、えい。——子供同士の喧嘩けんかです、先生、どうぞしからず。——さア、吉弥、支度したく、支度」
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
男たちは今更いまさらなんとも返事ができず、嵐がしずまったら死骸しがいを探しにゆこうかと、その支度したくをしはじめました。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
千世が洗面の支度したくをして待っていると、寝衣ねまきのまま出て来た良人のからだから、濃厚な躰臭の匂うのが感じられた。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
兄は会社関係から、日本毛織の販売所に、親しいひとがいて、特に、二日で間に合うように頼んでやる、というので、ぼくは大慌おおあわてに、支度したくを始めました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かねて支度したくしてあつたお輿こしせようとなさると、ひめかたちかげのようにえてしまひました。みかどおどろかれて
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
平生の気質のごとくはやるままに決心したり、「和主の言も無理ならねど、ともかくもわれも往くべし、せっかく急ぐべけれども支度したくするまで一両日待ちくれよ」
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
足袋たび股引もゝひき支度したくながらに答へたるに人々ひと/\そのしをらしきを感じ合ひしがしをらしとはもと此世このよのものにあらずしをらしきがゆゑ此男このをとこ此世このよ車夫しやふとは落ちしなるべし。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
と、この時勧められさふらひき。今日けふの如く早くより支度したくせず、静かにその時までなしてなど心に思ひさふらひて
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
カピ長 いかにも、きてふたゝかへらぬ支度したくが。おゝ、婿むこどの、いざ婚禮こんれいまへに、死神しにがみめが貴下こなたつま寢取ねとりをった。あれ、あのやうにはなすがたいろせたわ。
さうして甲斐かひ/″\しく夕飯ゆふめし支度したく調とゝのへてゐるむすめをみると、彼女かのぢよ祕密ひみつくゐにまづむねをつかれる。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
「教えられるだけのものは、既に教えてある気がするが、たった一つ、深く心に、噛みしめてもらいたいことがある。道場の支度したくが相済んだら、早速、伝授し遣わそう」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
警部の温顔おんがんにわかいかめしうなりて、この者をも拘引こういんせよとひしめくに、巡査は承りてともかくも警察に来るべし、寒くなきよう支度したくせよなどなお情けらしう注意するなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ねこわれたねずみのように、あわただしくんでたおせんのこえに、おりから夕餉ゆうげ支度したくいそいでいたははのおきしは、なにやらむね凶事きょうじうかべて、勝手かって障子しょうじをがらりとけた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もうッつけ現界げんかいほうでは鎮座祭ちんざさいはじまるから、こちらもすぐにその支度したくにかかるといたそうか……。
何しろ最近の新聞によると、紐育ニュウヨオクあたりのデパアトメント・ストアアはことごとくあのカメレオンの神託しんたくくだるのを待ったのち、シイズンの支度したくにかかるそうですからね。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
善は急げと支度したくして、「見事金眸が首取らでは、再び主家しゅうかには帰るまじ」ト、殊勝けなげにも言葉をちかひ文角牡丹にわかれを告げ、行衛定めぬ草枕、われから野良犬のらいぬむれに入りぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
さも誇貌ほこりが婿むこの財産を数え、または支度したくつかッた金額の総計から内訳まで細々こまごまと計算をして聞かせれば、聞く事ごとにお政はかつ驚き、かつ羨やんで、果は、どうしてか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
脚絆きゃはんをはいてたびはだしになり、しりばしょりをして頭にほおかむりをなしその上に伯父さんのまんじゅうがさをかぶった母の支度したくを見たときチビ公は胸が一ぱいになった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
即ち近代絵画の花が咲きくずれ出したかを眺める事が出来難い不便な位置にあるために、ついその花だけを眺め、何の支度したくもなく花だけを模造しようとする傾向があり、また
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)