わづか)” の例文
わづかに六畳と二畳とに過ぎない部屋は三面の鏡、二脚の椅子、芝居の衣裳、かつら、小道具、それから青れた沢山たくさん花環はなわとでうづまつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
われはわづかにこの事を聞きたる時、騷ぎ立ちたる人々に推し倒されぬ。目の前は黒くなりて、頭の上には瀑布たきの水漲り落つる如くなりき。
夜はわづかに更けそめてもう周囲は静まつてゐる。いくらか熱が出て居るやうでもあるが毎夜の事だからそれにも構はず仕事にかゝつて居る。
ラムプの影 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
思はゞお花殿に力をそへかたき吾助を討取べしと其許心付れしならば其由悴に告て給るべし又此金子はわづかながらお花殿へしんじ申度とて金二百兩の包を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
煙突内にねぢ込みありし娘の屍体は、如何にも無理にねぢ込みしものと見え、これを引き出すには四五人の男力を合せてわづかに出すことを得たり。
黒いこけの生えた石地藏に並んで、『左とうくわうゐん』とつてある字のわづかに讀まるゝ立石たていしの前を、北へ曲つてくと
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
正教の福山に著したのは八月二十九日であつたに、柏軒は二十二日に抽斎の臨終を見届け、棠軒は九月二十四日にわづかに駿府より帰つたからである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
偖招待券は首尾よく手に入りぬ。一難わづかに去りて一難また到る、招待券には明記して曰く、燕尾服着用と。燕尾服、燕尾服、あゝ燕尾服、なんぢ如何いかん
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
我朝はいふに及ばず、天竺てんぢく震旦しんたんにも是程さほどの法滅有るべしともおぼえず、優填うてん大王の紫磨金しまごんみがき、毘首羯摩びしゆかつま赤栴檀しやくせんだんきざみしも、わづかに等身の御仏なり。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
年を取つて、経験して、いろいろなことがわかつたとか何とか言つたとて、それはほんのわづかな、纔な、たとへて見れば爪の垢ほどもわかつてはゐないのだ。
心の階段 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
わづかに彼等が着けてゐた具足の端を水中から切り取つて、近くの寺の境内に埋めて、墓を建てたとの事である。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
それに引き換へ、オーブレイの方は相変らず時代の破壊の手からわづかに免れて残つてゐる遺蹟の断片などを見取図にしたり発掘したりするのに余念もなかつた。
「禍故重畳ちようでふし、凶問しきりに集る。永く崩心の悲みをいだき、独り断腸のなみだを流す。但し両君の大助に依りて、傾命わづかに継ぐのみ。筆言を尽さず、古今の歎く所なり」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
何卒御返濟いたし度、色々手段を𢌞めぐらし候得共、頓と御返べん之道も不相付而已のみならず、利息さへもわづか一年ぐらゐ差上候而已のみにて、何とも無わけ仕合に御座候。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
さうしてわづかあひせつした兩性りやうせいこゝろからあひときあひたがひすべてにたいして恐怖きようふねんいだきはじめるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
みづからつひに及ばずして此処ここ絶入ぜつにゆうせんと思へば、貫一は今に当りてわづかに声を揚ぐるのじゆつを余すのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
我等が塔を下りやうと彼の大仏の穴くゞりを再びもとへくゞり始めた時分には了然もわづかに半身に塔の影を止めて、半身にはお道の浴びて居る春光を同じく共に浴びてゐた。
斑鳩物語 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
だう書附かきつけには故将堂こしやうだうとあり、おほきわづか二間四方許にけんしはうばかり小堂せうだうなり、本尊ほんぞんだにみぎごとくなれば、此小堂このせうだう破損はそんはいふまでもなし、やう/\にえんにあがりるに、うちほとけとてもなく
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
これだけはいささか快とするに足る。なほ又次手ついでにつけ加へれば、北原君は底抜けの酒客しゆかくなれども、座さへうてくづしたるを見ず。わづかに平生の北原君よりも手軽に正体をあらはすだけなり。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わづか高浪織たかなみおりの帯の片側かたかはに過ぎざれど。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
てうはポオト・サイドに着き、出帆までにわづかに余された二時間を利用して港にあがつた。コロムボ以来十三日目に土を踏むのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
われは此室をせ出で、此家を馳せ出でたり。我胸は怒と悲とのために裂けんとす。此夜は曉近うしてわづかにまどろむことを得たり。
かね一ツうれぬ日はなし江戸の春とは幕府ばくふ盛世さかんなる大都會の樣をわづか十七文字につゞりたる古人の秀逸にして其町々の繁昌はことば
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
わづかに読み得らるゝ所に従へば、水杵は中国の方言にそうづからうすと云ふ、西渓せいけい叢語の泉舂せんしようの類だと云ふのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いま幾干いくばくならざるに、昌黎しやうれいてう佛骨ぶつこつへうたてまつるにり、潮州てうしうながされぬ。八千はつせんみちみちれんとしたま/\ゆきる。晦冥陰慘くわいめいいんさんくもつめたく、かぜさむく、征衣せいいわづかくろくしてかみたちましろし。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
やすい願ですな」と、あはやでんとせしくちびるを結びて、貫一はわづかに苦笑して止みぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
色光沢いろつやの悪い皮膚が、脂じみたまま、険しい顔の骨を包んで、霜に侵された双髩さうびんが、わづかに、顳顬こめかみの上に、残つてゐるばかり、一年の中に、何度、床につくか、わからない位ださうである。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すこしも勞れ不申、朝暮は是非散歩いたし候樣承り候得共、小あみ町に而は始終相調あひかなひ申候處、青山之ごく田舍ゐなか信吾しんご之屋敷御座候間、其宅をかり養生中に御座候間、朝暮は駒場野はわづか四五町も有之候故
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
とのたまへば女神めがみわづかにうなづきたまひけるに
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
わづかたび絶叫と、血と
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
実際妻が身体からだを壊す迄働いて月々わづかる参拾伍六円の収入が無かつたなら眞田の親子六人はくに養育院へでも送られて居たであらう。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
われはかしこにて見しものに心を動かさるゝこと甚しかりければ、歸りて僧の小房に入りしときわづかに生き返りたるやうなりき。
隋書以下の志がまさわづかに本草経を載せてゐる。その神農の名を冠するは猶内経ないけいに黄帝の名を冠するがごとくである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
委敷くはしく物語り重て若黨の忠八と云ふ者をそばちかく招き寄汝は我が方に幼少より勤めたましひをも見拔し故申殘すなり我吾助を一打に爲んと思ひしにくらみたればわづか小鬢こびん少しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おう/\とこゑをかけつてわづか人種ひとだねきぬのをるばかり、八を八百ねんあめなかこもると九日目こゝのかめ真夜中まよなかから大風たいふう吹出ふきだしてそのかぜいきほひこゝがたうげといふところたちま泥海どろうみ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
顔をあかめつつ紳士の前にひざまづきて、慇懃いんぎんかしらさぐれば、彼はわづかに小腰をかがめしのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わづかに三年の時は
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
革命的の思想もこの地は然程さほどで無いが印度インド本土にはなりさかんだと云ふ事で、新聞は支那の革命戦争の記事を小さくわづか二三行で済ませて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
じつ土手どて道哲だうてつ結縁けちえんして艷福えんぷくいのらばやとぞんぜしが、まともに西日にしびけたれば、かほがほてつて我慢がまんならず、土手どてくことわづかにして、日蔭ひかげ田町たまちげてりて、さあ、よし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
われおもふに總ての學問は人を益するを待ちてわづかに成立つとも定めがたかるべし。談理まことに毫釐がうりの益を文壇に與ふることなからむか。われ未だすなはちこれを斥けむとせざるべし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
硯友社けんいうしや沿革えんかくいては、他日たじつすこぶくはしく心得こゝろえこゝにはわづか機関雑誌きくわんざつし変遷へんせん略叙りやくじよしたので、それも一向いつかう要領えうりやうませんが、お話をる用意が無かつたのですから、這麼こんなこと御免ごめんかふむります
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
小屋こやうちにはたゞこればかりでなく、兩傍りやうわきうづたか偉大ゐだい材木ざいもくんであるが、かさ與吉よきちたけよりたかいので、わづか鋸屑おがくづ降積ふりつもつたうへに、ちひさな身體からだひとれるよりほか餘地よちはない。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
旅順りよじゆん吉報きつぱうつたはるとともに幾干いくばく猛將まうしやう勇士ゆうしあるひ士卒しそつ——あるひきずつきほねかは散々ちり/″\に、かげとゞめぬさへあるなかをつと天晴あつぱれ功名こうみやうして、たゞわづかひだり微傷かすりきずけたばかりといたとき
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
學院がくゐんつかはして子弟していともなはしむれば、なるがゆゑ同窓どうさうはづかしめらる。さら街西がいせい僧院そうゐんりてひと心靜こゝろしづかにしよましむるに、ることわづかじゆんなるに、和尚をしやうのために狂暴きやうばううつたへらる。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これより一説いつせつあるところなん大晦日おほみそかげたくせに、尊徳樣そんとくさまもないものだと、編輯へんしふ同人どうにんつておほいあざけるに、たじ/\となり、あへわが胸中きようちうたくはへたる富國經濟ふこくけいざいみちかず、わづかしろおもかげしるすのみ。
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)