“わづか”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ワヅカ
語句割合
僅56.1%
纔31.6%
僅少5.1%
才2.0%
些少1.0%
和束1.0%
少光陰1.0%
微少1.0%
瞬時1.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
不知庵主人(フチアンシユジン)の譯(やく)に成(な)りし罪(つみ)と罰(ばつ)に對(たい)する批評(ひゝやう)仲々(なか/\)に盛(さかん)なりとは聞(きゝ)けるが、病氣(びやうき)其他(そのた)の事(こと)ありて余(よ)が今日(こんにち)までに見(み)たるは僅(わづか)に四五種(しごしゆ)のみ
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
われは纔(わづか)にこの事を聞きたる時、騷ぎ立ちたる人々に推し倒されぬ。目の前は黒くなりて、頭の上には瀑布(たき)の水漲り落つる如くなりき。
親子(おやこ)若(もし)くは夫婦(ふうふ)が僅少(わづか)の手内職(てないしよく)に咽(むせ)ぶもつらき細々(ほそ/\)の煙(けむり)を立てゝ世が世であらばの嘆(たん)を発(はつ)し候(そろ)は旧時(きうじ)の作者が一場(いつぢやう)のヤマとする所に候(そろ)ひしも今時(こんじ)は小説演劇を
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
自跋に云ふ、これ予が丙戌以前の詩、十の一なり、厳州に在りて再編、又た十の九を去ると。然らば則ち丙戌以前の詩にして存する者は才(わづか)に百の一のみ
宮は些少(わづか)なりともおのれの姿の多く彼の目に触れざらんやうにと冀(ねが)へる如く、木蔭(こかげ)に身を側(そば)めて、打過(うちはず)む呼吸(いき)を人に聞かれじとハンカチイフに口元を掩(おほ)ひて、見るは苦(くるし)けれども
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ひとまず……と、さして出たのは、甲賀ざかいの和束(わづか)ノ里(さと)、鷲峯山金胎寺(じゅぶせんこんたいじ)だった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
得たれば江戸風(えどふう)に氣が利(きい)て居るとか云れて評判(ひやうばん)よく少光陰(わづか)の中に仕出して段々(だん/\)と普請(ふしん)も建直(たてなほ)し今にては勿々(なか/\)立派(りつぱ)なる身上(しんしやう)になりしといふ金毘羅(こんぴら)へ行たる者が歸りての咄(はな)しなり丸龜にて江戸屋清兵衞と云ば一番の旅宿(はたごや)だと云事なれば歡(よろこ)び旁々(かた/″\)尋(たづ)ね度は思ひしか共五日や十日にては
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やがて此方(こなた)を向きたる貫一は、尋常(ただ)ならず激して血の色を失へる面上(おもて)に、多からんとすれども能(あた)はずと見ゆる微少(わづか)の笑(ゑみ)を漏して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大佐(たいさ)功(こう)成(な)り將(まさ)に朝日島(あさひじま)を出發(しゆつぱつ)せんとする瞬時(わづか)前(まへ)、震天動地(しんてんどうち)の大海嘯(おほつなみ)の爲(ため)に、秘密造船所(ひみつざうせんじよ)の倉庫(さうこ)碎(くだ)けて、十二の樽(たる)の流失(りうしつ)した事(こと)から、遂(つひ)に今回(こんくわい)の大使命(だいしめい)に立到(たちいた)つた迄(まで)の大略(あらまし)を述(の)べ