“笑(ゑ)” の例文
其處(そこ)にはもうそつけなくなつた女郎花(をみなへし)の莖(くき)がけろりと立(た)つて、枝(えだ)まで折(を)られた栗(くり)が低(ひく)いながらに梢(こずゑ)の方(はう)にだけは僅(わづか)に笑(ゑ)んで居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
最前見たる色若衆(いろわかしゆ)と思(おぼ)しく半面をあらはして秘かに打ち笑(ゑ)みつ。手真似にて斬れ/\。その鉄砲は無効々々(だめだめ)と手を振る体なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は春が來るごとに、少女達の魂が、宵々ごとの夢にどんなふうに蒸(む)されてゆくだらうかと、笑(ゑ)ましくなつて少女達の顏を眺めることがある。
春 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
顏(かほ)をあげし時(とき)は頬(ほう)に涙(なみだ)の痕(あと)はみゆれども淋(さび)しげの笑(ゑ)みをさへ寄(よ)せて、私(わたし)は其樣(そのやう)な貧乏人(びんぼうにん)の娘(むすめ)、氣違(きちが)ひは親(おや)ゆづりで折(おり)ふし起(おこ)るのでござります
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
打ち見やりて時頼莞爾(につこ)と打ち笑(ゑ)み、二振三振(ふたふりみふり)、不圖(ふと)平見(ひらみ)に映る我が顏見れば、こはいかに、内落ち色蒼白(あをじろ)く、ありし昔に似もつかぬ悲慘の容貌。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ロレ 灰色目(はひいろめ)の旦(あした)が顰縮面(しかめつら)の夜(よる)に對(むか)うて笑(ゑ)めば、光明(ひかり)の縞(しま)が東方(とうばう)の雲(くも)を彩(いろど)り、剥(は)げかゝる暗(やみ)は、日(ひ)の神(かみ)の火(ひ)の輪(わ)の前(まへ)に、さながら醉人(ゑひどれ)のやうに蹣跚(よろめ)く。
活々(いき/\)とした赤い健康さうな可愛い形をした唇、瑕(きず)のない揃つた輝いた齒、小さな笑(ゑ)くぼのある顎、房々(ふさ/\)としたあり餘る程の髮の裝(よそほ)ひ——短かく云へば
彼笑(ゑ)みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日(けふ)この日汝がレーテの水を飮めるを 九四—九六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
夫人は示指(ひとさしゆび)を竪(た)てゝ、笑(ゑ)みつゝ我顏を打守り、油斷のならぬ事かな、さるいちはやき風流(みやび)をし給ふにこそ、否々、面をあかめ給ふことかは、君の齡(よはひ)にては
物を打ち明けたやうな、笑(ゑ)ましげな顔をしてゐる。頭は殆ど天井に届きさうである。「おつ母さん、唯今。」
其身(そのみ)が世の名利(みやうり)に拘(かゝ)はらねばなり、此日(このひ)見(み)るもの皆(みな)嬉(うれ)しく、人の為(す)る業(わざ)を有難(ありがた)く思(おも)ひしは、朝の心の快濶(くわいくわつ)なりしうつりか、其(その)飛々(とび/\)の独(ひとり)笑(ゑ)み隅田(すみだ)の春光(しゆんくわう)今日(けふ)新(あたら)し。
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
やはり此巻(二五二六)に、「待つらむに到らば妹が歓(うれ)しみと笑(ゑ)まむすがたを行きて早見む」というのがあり、大(おおい)に似ているが、この方は常識的で、従って感味が浅い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
神業(かむわざ)ぞ雪祭、鬼の子の出でて遊ぶは、ひたぶるぞ雪の上の田楽(でんがく)、鎮(しづ)みこそ四方(よも)に響くに、まことのみぞ神と遊ぶに、おもしろとこれをや聴く、をかしとよそをや笑(ゑ)ららぐ。
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夫婦(ふうふ)は日(ひ)の前(まへ)に笑(ゑ)み、月(つき)の前(まへ)に考(かんが)へて、靜(しづ)かな年(とし)を送(おく)り迎(むか)へた。今年(ことし)ももう盡(つ)きる間際(まぎは)迄(まで)來(き)た。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
満枝は先(ま)づ主(あるじ)に挨拶(あいさつ)して、さて荒尾に向ひては一際(ひときは)礼を重く、しかも躬(みづから)は手の動き、目の視(み)るまで、専(もつぱ)ら貴婦人の如く振舞ひつつ、笑(ゑ)むともあらず面(おもて)を和(やはら)げて姑(しばら)く辞(ことば)を出(いだ)さず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
晴(はら)したく思ふ折(をり)から云々と言(い)はれて大きに意(こゝろ)に喜び其上(うへ)ならず母親も留守(るす)と云るは序(ついで)よしと早くも思案(しあん)し莞爾(につこり)笑(ゑ)み夫は嘸(さぞ)かし面白ふ御座りませうが甲夜(よひ)のうちは親父(おとつさん)も起きてを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「左様(さう)ですか」と、麦沢女教授は円(まる)くしたる眼(まなこ)を、忽(たちま)ち細くして笑(ゑ)みつくろひ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
刀自打ち笑(ゑ)みて、男子(をのこご)のひとり寝(ね)し給ふが、兼ねて一五八いとほしかりつるに、いとよき事ぞ。愚(おろか)なりともよく一五九いひとり侍らんとて、其の夜太郎に、かうかうの事なるは幸(さいはひ)におぼさずや。
その時の羽織はこの小紋か、それともあの縞(しま)の御召(おめ)しか? ——兎(と)に角(かく)母は窓を後(うし)ろにきちりと膝を重ねた儘、小さい煙管(きせる)を啣(くは)へてゐた。時時わたしの顔を見ては、何も云はずにほほ笑(ゑ)みながら。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
子春丸は恋と慾とに心を取られ、良兼の意に従つて、主人の営所の勝手を悉(こと/″\)く良兼の士に教へた。良兼はほくそ笑(ゑ)んで、手腕のある者八十余騎を択(えら)んで、ひそ/\と不意打をかける支度をさせた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
いにしへをひとりしかたる糸萩(いとはぎ)も笑(ゑ)ましげにこそ萌えいでにけれ
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このつかのま悲みの日に伝ふべき甘さと慄(ふる)へ美くしと笑(ゑ)み
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そを幸ひと口もとにはかなき笑(ゑ)みものぼり来る。
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
翁(おきな)びし「地(ち)」の知りて笑(ゑ)む世の試(こゝろみ)ぞかやうなる。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
なが笑(ゑ)まひをわれは佳(よ)き小麥のごとき糧(かて)とす。
わがゆくかたは、野胡桃(のぐるみ)の實(み)は笑(ゑ)みこぼれ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
眞帆あげて笑(ゑ)みつつすすむ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
何を笑(ゑ)むなるみどりごは
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
口(くち)つけかはし笑(ゑ)みかはし
友に (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
笑(ゑ)む稚児(ちご)よわが膝に縋(すが)れ
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
うけて笑(ゑ)みたる
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
ロレ 諸天善神(しょてんぜんじん)、願(ねが)はくは此(この)神聖(しんせい)なる式(しき)に笑(ゑ)ませられませい、ゆめ後日(ごじつ)悲哀(かなしみ)を降(くだ)さしまして御譴責(ごけんせき)遊(あそ)ばされますな。
泣(な)くかしら恐(おそ)ろしがるかしらと見(み)て居(ゐ)ますに、いかにも嬉(うれ)しい顏(かほ)をして莞爾々々(にこ/\)と私(わたし)に見(み)せた通(とほ)りの笑(ゑ)みを見(み)せるでは御座(ござ)いませぬか、或時(あるとき)旦那(だんな)さまは
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いかなれば齋藤瀧口、今更(いまさら)武骨者の銘打つたる鐵卷(くろがね)をよそにし、負ふにやさしき横笛の名に笑(ゑ)める。いかなれば時頼、常にもあらで夜を冒(をか)して中宮の御所(ごしよ)には忍べる。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
此は民謡風な読人不知(よみびとしらず)の歌だが、後に大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)が此歌を模倣して、「青山を横ぎる雲のいちじろく吾と笑(ゑ)まして人に知らゆな」(巻四・六八八)という歌を作った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「おやツ、此(こ)の栗(くり)は笑(ゑ)んでんだなはあ」庭先(にはさき)の栗(くり)の梢(こずゑ)に始(はじ)めて目(め)をつけた樣(やう)におつたはいつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そのかみよ、そ様うれしと、ほのぼのと思ひ秘めきと、とりどりやひとりびとりに、吾(あ)こそよ吾(あ)こそよと膝すり寄せぬ。うち笑(ゑ)らぎ何すとすらし、泣かゆとて早や過ぎにけり。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そして、笑ひは彼女の若々(わか/\)しさ、薔薇色、笑(ゑ)くぼ、輝いた眼などによく似合つてゐた。
「上戸(じやうこ)も死ねば下戸も死ぬ風邪(かぜ)」で、毒酒の美(うま)さに跡引上戸となつた将門も大酔淋漓(たいすゐりんり)で島広山(しまひろやま)に打倒れゝば、「番茶に笑(ゑ)んで世を軽う視る」といつた調子の洒落(しや)れた将平も何様(どう)なつたか分らない。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
お勸(すゝめ)申しに參りましたと言(いひ)ければ長三郎は片頬(かたほ)に笑(ゑ)み今に初ぬ和郎(そなた)の親切(しんせつ)主人思ひは有難けれど憖(なま)じ戸外へ出る時は反(かへ)つて身の毒(どく)目の毒なれば只(たゞ)居(ゐ)馴染(なじみ)し居間に居て好な書物を讀(よみ)ながら庭の青葉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かくまで執(しふ)ねきを、よく慎み給はずば、おそらくは命を失ひ給ふべしといふに、人々いよよ恐れ惑ひつつ、翁を崇(あが)まへて、二八五遠津神(とほつがみ)にこそと拝みあへり。翁打ち笑(ゑ)みて、おのれは神にもあらず。
淀無(よどみな)く語出(かたりい)づる静緒の顔を見入りつつ貴婦人は笑(ゑ)ましげに聴ゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と銀子はホヽ笑(ゑ)みつゝ促(うな)がすを梅子は首打ち振りつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
翁(おきな)びし「地(ち)」の知りて笑(ゑ)む世の試(こころみ)ぞかやうなる。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
技(わざ)の手振(てぶり)の戯(ざれ)ばみに、笑(ゑ)み廣(ひろ)ごりて興(きやう)じ合(あ)ふ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
母はよしやと笑(ゑ)みながら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
面(おもて)に強(し)ひて笑(ゑ)みをつくりき
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
歎(なげ)くべきことならずと嫣然(につこ)と笑(ゑ)みて靜(しづ)かに取出(とりいだ)す料紙(りやうし)硯(すゞり)、墨(すみ)すり流(なが)して筆先(ふでさき)あらためつ、書(か)き流(な)がす文(ふみ)誰(た)れ/\が手(て)に落(お)ちて明日(あす)は記念(かたみ)と見(み)ん名殘(なごり)の名筆(めいひつ)
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あぶら火(び)の光(ひかり)に見(み)ゆる我(わ)が縵(かづら)さ百合(ゆり)の花の笑(ゑ)まはしきかも 〔巻十八・四〇八六〕 大伴家持
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
パリス チッバルトの落命(らくめい)をいみじう歎(なげ)いてゞあったゆゑ、涙(なみだ)の宿(やど)には戀神(ヸーナス)は笑(ゑ)まぬものと、縁談(えんだん)を差控(さしひか)へてゐたところ、餘(あま)り甚(きつ)う歎(なげ)いては姫(ひめ)の身(み)が心元(こゝろもと)ない、獨(ひとり)でゐれば洪水(こうずゐ)のやうに出(で)る涙(なみだ)も