かた)” の例文
さてかたばかりの盃事さかずきごとをすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのがあやを十ぴきに絹を十疋でございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
黒の洋服で雪のような胸、手首、勿論靴で、どういう好みか目庇まびさしのつッと出た、鉄道の局員がかぶるようなかたなのを、前さがりに頂いた。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勘定にかけちや、向うが上手うはてといふだけだ。ちやんと、先が見えるのさ。五百円のかたに、あいつは、まんまと秘密を残して行きをつた。
秘密の代償 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
米友は猿のような眼をかがやかして、槍を七三のかたにして米友一流の備え。ムクはじっと両足を揃えたまま兵馬をにらんで唸っています。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あるいて見ると存外小さい。三丁ほどよりあるまい。ただ非常に不規則なかたちで、ところどころに岩が自然のまま水際みずぎわよこたわっている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此中四個の表面へうめんには額の部に「一の字」形隆まり有り、また兩方りやうはうみみへんより顎の邊へ掛けて「への字」を倒さにしたるかたの隆まりも有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
しかし、やがておくぬしかなしきかた見になつたその寫眞器しやしんきは、支那しなの旅からかへるともなく、或るぶん學青年の詐欺さぎにかゝつてうしなはれた。
茂兵衛 あらましかたがついたら、その時あ親子三人、こころざす方へ飛んで行くのだ。(外から戸をたたく。心張棒をとって振ってみる)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
宮はいささかもこれもとがめず、出づるもるも唯彼のすに任せて、あだかも旅館のあるじらんやうに、かたばかりの送迎を怠らざるとふのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このまちびて、野原のはらし、みどりはやしも、かぜかれた木立こだちも、すべて、あとかたもなくなったのをっていました。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
こうなっては隠すことも出来ませんからかたのごとく訴え出て、当寺ではいっさい知らない女だと云うことにして、ひと先ず死骸を預かりました。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ため辛苦しんくの程察し入る呉々もよろこばしきことにこそして其のくしは百五十兩のかたなれば佛前へそなへて御先祖其外父御てゝごにも悦ばせ給へと叔母女房ともくち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
辺りが白みかけると、山田浅右衛門と二、三名が来て、かたの如く、死骸を土壇どだんにすえた。ゆうべの酔っぱらい浪人は、いつのまにか、消えていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちよとはなし、神の云うこと聞いて呉れ、悪しきの事は云わんでな、この世のじいてんとをかたどりて、夫婦を拵えきたるでな、これはこの世の始だし。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
マタン紙上で今年ことしの流行服の予想を各女優から聞いておほやけにして居る。日本の「キモノ」から影響せられて細くなつたジユツプかただ当分広くなるまい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
一寸ちょっと与三郎と切られお富が相合傘であるいているというかたち、しかもそれが近江路の鈴鹿峠なんだから、馬鹿馬鹿しいほど似つかわしからぬ人物である。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
早化はやけるるならんか)鮞水にある事十四五日にして魚となる。かたいとの如く、たけ一二寸、はらさけちやうをなさず、ゆゑに佐介さけの名ありといひつたふ。
元来下宿屋に建てたうちだから、建前は粗末なもので、ややもすると障子が乾反ひぞって開閉あけたてに困難するような安普請やすぶしんではあったが、かたの如く床の間もあって
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
関翁を先頭せんとうにどや/\入ると、かたばかりのゆか荒莚あらむしろを敷いて、よごれた莫大小めりやすのシャツ一つた二十四五の毬栗頭いがぐりあたまの坊さんが、ちょこなんとすわって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
多くの場合にはアイスクリームを大根のように五分位の厚さにナイフでってブリキの型でポンと打抜いてパインナプルのかたちなんぞにして出す位です。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「ところが主人も学問も店へ出るとかたなしです。第一お父さんが僕を頭ごなしに叱りつけるでしょう? それを見ているから、店員が自然僕をあなどるんです」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
千載茲許ここもとに寄せては返す女浪めなみ男浪おなみは、例の如く渚をはい上る浪頭の彼方に、唯かたばかりなる一軒だち苫屋とまやあり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
夏のことでなかの仕切りはかたばかりの小簾おす一重ひとえ、風も通せば話も通う。一月ひとつきばかりの間に大分だいぶ懇意になった。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かたの壁だ。それが鏡になっているのだ。僕の顔や身体が、まるで化物ばけもののようにその鏡の壁にうつっている。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたくしかくれていたところ油壺あぶらつぼせま入江いりえへだてた南岸なんがんもりかげ、そこにホンのかたばかりの仮家かりやてて、一ぞく安否あんぴづかいながらわびずまいをしてりました。
彼らは、大楽匠を踏み台にしておのれの腕前をふるい、広く世に知られてる作品をかたなしにしようとつとめ、ハ短調交響曲のたがの飛びぬけをやってるのだった。
妻の働いているうちは、どうかこう持堪もちこたえていた家も、古くから積り積りして来ている負債のかたに取られて、彼はささやかな小屋のなかに、かろうじて生きていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
にんじん——とうさん、僕、今までながい間、いいだせずにいたんだけど、いいかげんにかたをつけちゃおう。僕、ほんとをいうと、もう、母さんが嫌いになったよ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それゆえに彼は、ファンティーヌの埋葬を簡単にし、共同墓地と言われるただかただけの所に彼女を葬った。
かたばかりに膝をついて、誰へともなく云ってから、彼はすぐに荷物を二階へ運び初めた。辰代はそれを手伝って、なおその上に、室の中の整理を手伝おうとした。
変な男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
屋敷の取払はれた後、社殿と其周囲の森とが浅草光月町くわうげつちやうに残つてゐたが、わたくしが初めて尋ねて見た頃には、其社殿さへわづかにかたばかりの小祠になつてゐた。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かたに表わす事の出来ないイマジナリー・ナンバーや、無理数や、循環じゅんかん少数なぞを数限りなく含んで……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紙片かみきれを指でもつて花片はなびらや葉のかたいて、それを小器用にひねり合はせたものだが、案内者の説明によると近頃上流婦人の間にそれが流行となつてゐるのださうだ。
石鹸しやぼんの氣取りたるも買ふめり、おぬひは桂次が未來の妻にと贈りものゝ中へ薄藤色の襦袢の襟に白ぬきの牡丹花のかたあるをやりけるに、これを眺めし時の桂次が顏
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
主人あるじはいとど不憫ふびんさに、その死骸なきがらひつぎに納め、家の裏なる小山の蔭に、これをうずめて石を置き、月丸の名も共にり付けて、かたばかりの比翼塚、あと懇切ねんごろにぞとぶらひける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
わたくしは神々しいへりくだつたおん足の為に、わたくしのうやまひの心で美しい繻子のおん靴を造りまする、善い鋳型がかたを守る如く、しつくりとおん足を抱きつゝみまするやう。
これからかたばかりではあるが、一家いっけ四人のものがふだんのようにぜんに向かって、午の食事をした。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「実はね、三千子さんの事件が大体かたがついたのだよ。君にも知らせようと思っていた所なんだ」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてその瞬間にそれについて一つのかなり奇妙な事実があったという印象をかたち造っていた。
通されたのは池に面した座敷で、かたばかりの床の間もあれば、座敷ともいえようが、ただ五、六枚の畳が置いてあるというだけで、障子もなければふすまもない。天井もない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
鼓村氏は、浜子が体が弱いので、転地ばかりしているから、その時持ってゆくのに具合のい、寸づまりで、幅の広い箏を、正倉院しょうそういん御物ぎょぶつかたちを模して造らせた話をした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その破壞してかたばかりになりたる裡に、大なる無花果樹いちじゆくあり。蔦蘿つたかづらは隙なきまでに、これにまつはれたり。われは此樹にぢ上りて、環飾編みつゝ、流行の小歌うたひたり。
お鳥自身は何処どこで生れたか知りませんが、かく岩吉の子で無かったことは事実で、二人は、全く顔かたちが似ないばかりでなく、岩吉は、山人の仲間でも評判の醜い独り者で
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そのたのし爐邊ろばたには、ながたけつゝとおさかなかたなはとで出來できすゝけた自在鍵じざいかぎるしてありまして、おほきなおなべもの塲所ばしよでもあり家中うちぢうあつまつて御飯ごはんべる塲所ばしよでもありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
京丸での仕事のだいたいのかたが、この初夏までにでき上がったので、紋也にとっては許婚の青地園子を京丸へ呼び寄せ、安全に保護を加えようと、二人が迎えに行くところなのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近所きんじよ女房等にようばうらは一たん晒木綿さらしもめん半分はんぶんきつてそれでかたばかりのみじか經帷子きやうかたびら死相しさうかく頭巾づきんとふんごみとをつてそれをせた。ふんごみはたゞかくにして足袋たびかはり爪先つまさき穿かせるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あの古い外套とんびかたに置いて、桜木の入口を出たが、それでも、其れも着ていれば目に立たぬが、下には、あの、もう袖口も何処も切れた、剥げちょろけの古い米沢よねざわ琉球の羽織に、着物は例の
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
傳「いやうもわっちもからきしかたはねえので、仕ようが無いから来たんだ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此処こゝでさん/″\たせられて、彼此かれこれ三四十ぷん暗黒くらやみなかつたのちやうや桟橋さんばしそとることが出来できた。したのはかたばかりのちひさな手荷物てにもつで、おほきなトランクは明朝みやうてうりにいとのことだ。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
必ず多少の成功はあるべく、以前のようなかたなしの失敗はあるまいと。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)