“か”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:
語句割合
7.3%
5.9%
5.8%
4.4%
4.2%
3.5%
2.7%
2.6%
2.5%
2.3%
2.3%
1.9%
1.7%
1.7%
1.5%
1.5%
1.5%
1.4%
1.4%
1.4%
1.3%
1.3%
1.2%
1.1%
1.1%
1.1%
1.1%
1.1%
1.0%
1.0%
1.0%
0.9%
0.8%
0.8%
0.8%
0.8%
0.8%
0.7%
0.7%
鹿0.7%
0.7%
0.7%
0.7%
0.6%
0.6%
0.6%
0.6%
0.6%
0.5%
0.5%
0.5%
0.5%
0.4%
0.4%
0.4%
0.4%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.3%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.2%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.1%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
〻斯0.0%
0.0%
0.0%
今斯0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
又斯0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
変化0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
水涸0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
貿0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
頭掻0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
なんだかこう胸の中がきむしりたくなるような、いらいらした気持になって、じっとして坐っていることすらできなくなったのだ。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
無暗にそれが気になつて、ぢよの心持は妙な寂しさに覆はれました。哀愁とでも云ふやうなうら悲しさが心に迫つて来るのでした。
美智子と歯痛 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その頃、崖邸のおじょうさんと呼ばれていた真佐子は、あまり目立たない少女だった。無口で俯向うつむがちで、くせにはよく片唇かたくちびるんでいた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「これは名を嗅げと言って、どんな遠い所の事でもぎ出して来る利口な犬だ。では、一生おれの代りに、大事に飼ってやってくれ。」
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何かと遠慮いたされまするかるもういでゆえ、ずいぶん躊躇もいたしましたけれども、いろいろとそちらの御様子などお聞きいたし
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
佐吉さきちは、そのそばにってみますと、かごのなかには、らないような小鳥ことりがはいっていて、それがいいごえでないていました。
酔っぱらい星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そんなはなしはどうだっていい。まあ、はやくいってこよう。」と、きつねがいったので、りすは、一飛ひととびにたにほうけていきました。
深山の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おお、洋傘直し、洋傘直し、なぜその石をそんなにの近くまでって行ってじっとながめているのだ。石に景色けしきいてあるのか。
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ゆきなか紅鯛べにだひ綺麗きれいなり。のお買初かひぞめの、ゆき眞夜中まよなか、うつくしきに、新版しんぱん繪草紙ゑざうしはゝつてもらひしうれしさ、わすがたし。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、仁科少佐がそう云うむずかしい、つ危険な仕事に、間一髪かんいっぱつと云う所で成功するには、いつも隠れた助力者があるのです。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
だが、月の光は、星のまたたきは、田水たみずの、または根芹ねぜりのかおりは、土のは、青い鰌の精霊は、品の低いともがらにはすくえない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
床柱とこばしらけたる払子ほっすの先にはき残るこうの煙りがみ込んで、軸は若冲じゃくちゅう蘆雁ろがんと見える。かりの数は七十三羽、あしもとより数えがたい。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
谷の中の景色けしきにはなにもわったものはなかった。それはそっくり同じに見えた。けむりまで同じようにえんとつから上がっていた。
しかしながら、働くことをしない寛大で高貴で貧しい人はもはや救われることができない。収入の源はれ、必要のものは多くなる。
あの『をさなきものに』とおなじやうに、今度こんどほん太郎たらう次郎じらうなどにはなかせるつもりできました。それがこの『ふるさと』です。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
でたごとくにしたのであろうが手数のかることは論外であったろう万事がそんな調子だからとてもややこしくて見ていられない
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「一丁目の勝太郎と申す、やくざな男で、男つ振りは一人前ですが、年中けごとに浮身をやつしてゐる、厄介な男でございます」
然し人一倍義侠心の強い彼は、し京太郎にとって悪い奴なら、自分がなんとかあしらってやろうと考え、そのまま浜の方へけだした。
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
百姓たちは、なつめを採ってんだり、草を煮て、草汁を飲んでしのいだり、もうその草も枯れてくると枯草の根や、土まで喰ってみた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帽も上衣うはきジユツプも黒つぽい所へ、何処どこか緋や純白や草色くさいろ一寸ちよつと取合せて強い調色てうしよくを見せた冬服の巴里パリイ婦人が樹蔭こかげふのも面白い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
せめて今宵一夜は空虚の寂寞を脱し、酒の力をりて能うだけ感傷的になって、蜜蜂が蜜をすするほど微かな悲哀の快感が味わいたい。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
さうしたあかいろどられたあきやまはやしも、ふゆると、すっかりがおちつくして、まるでばかりのようなさびしい姿すがたになり
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
このガチョウはい鳥ではありましたが、アッカという、百さいにもなるガンの隊長のことは、いままでにもうわさに聞いていました。
わたくしおもうには、これだけのぜにつかうのなら、かたをさええれば、ここに二つの模範的もはんてき病院びょういん維持いじすることが出来できるとおもいます。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この竹の筒のやうなものが都合つごう十八あつたのを取りへ取り更へてかけて見たが、過半は西洋の歌であるので我々にはよくわからぬ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
おとっつあんはそこで、そのうちの自転車をり、それにのって、もうチェーンがきれるほどペタルをふんで土浦つちうらへ走っていきました。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
わたしどものように、だれからほめられるということのないかわり、自由じゆうそらけることができるのが、しあわせであるかもわからない。
美しく生まれたばかりに (新字新仮名) / 小川未明(著)
まつなお顔をした、小さい赤ん坊のすゞちやんは、一人で赤いおふとんの中に、すや/\とねてゐました。お父さまは、よろこんで
ぽつぽのお手帳 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
にまし、あつくなると、はえやが、だんだんおおてきました。はえは遠慮えんりょなく、おじいさんのはげたあたまうえにとまりました。
夏とおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
さかうへ煙草屋たばこやにて北八きたはちたしところのパイレートをあがなふ。勿論もちろん身錢みぜになり。舶來はくらい煙草たばこ此邊このへんにはいまれあり。たゞしめつてあじはひならず。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして、朽木丸太をけておいた所へ出るまで、流れぎわの岩石と水草の間を這ってくると、何やら、妙なものがフト指先にふれた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千枝松はのどれるほどに藻の名を呼びながら歩いたが、声は遠い森に木谺こだまするばかりで、どこからも人の返事はきこえなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
地をへて見たら分りさうなものだが、自分の子に一喜一憂してゐるその人々でも、他人の子にそんなに心を勞するのであらうか。
吉日 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
よる戸毎こごと瓦斯がす電燈でんとう閑却かんきやくして、依然いぜんとしてくらおほきくえた。宗助そうすけこの世界せかい調和てうわするほど黒味くろみつた外套ぐわいたうつゝまれてあるいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
猪熊の爺の死骸は、斑々はんぱんたる血痕けっこんに染まりながら、こういうことばのうちに、竹と凌霄花との茂みを、次第に奥深くかれて行った。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……おっさん、今もあなたはあの時のような眼で、私の前途を案じて見ておいででございましょうな。だがご心配くださいますな。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何だ、馬鹿々々しい、俺はどうしてう時々、淺間しい馬鹿々々しい事をするだらうと、頻りに自分と云ふものが輕蔑される、…………
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
もと/\二人ふたりでする事を一人ひとりねる無理な芸だから仕舞には「偉大なる暗闇くらやみ」も講義の筆記も双方ともに関係が解からなくなつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
然ればよろしく上海の戯園の如く上等桟敷には食卓を据え自由に公然芸者も呼べるようになさば政府も亦意外の遊興税をち得べし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人混みを掻き分けて入ると、亀沢町のとある路地に、あか鹿子絞こしぼり扱帯しごきで首を絞められた若い男が虚空こくうつかんで死んでいるのでした。
人々は敗北したおりには、ドイツは人類を理想とすると言っていた。今や他に打ちつと、ドイツは人類の理想であると言っていた。
これすなわち学者に兵馬の権をさずして、みだりに国政を是非せしめず、罪を犯すものは国律をもってこれを罰するゆえんなり。
「おまえ、おれはそとではたらいて、かねをかせいでくるよ。おまえは畑へいって、麦をっておくれ。それで、パンをつくるから。」
天晴あつぱ一芸いちげいのあるかひに、わざもつつまあがなへ! 魔神まじんなぐさたのしますものゝ、美女びじよへてしかるべきなら立処たちどころかへさする。——
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
上窄うえすぼまりになったおけ井筒いづつ、鉄のくるまは少しけてよく綱がはずれ、釣瓶つるべは一方しか無いので、釣瓶縄つるべなわの一端を屋根の柱にわえてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私が如何にして斯る重罪を犯したのである、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。
死生 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
その時の将軍は十一代徳川家斉いえなりであろう。奢侈しゃしを極めた子福者、子女数十人、娘を大名へさした御守殿ごしゅでんばかりもたいした数だという。
平家琵琶へいけびわから分れてはなが立ち、『太平記たいへいき』や『明徳記めいとくき』や『大内義弘退治記おおうちよしひろたいじき』(応永記)のような講釈軍記の台本が書かれている。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
一本々々見ると、みんな同じように金色に光っているのですが、三本一しょにならべると、女の顔をいた一まいのになるのでした。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
わたくしの顔を見ると、「ちょっと手をおし」といったまま、自分は席に着いた。私は兄に代って、油紙あぶらがみを父のしりの下にてがったりした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
極めて人を感動せしむる力量あり。彼は「彼が三十の時」(千九百十五年)の序の中に、つてかう言つてゐる。下略げりやく。等の類である。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
誠に有難ありがたい事で、わたくしもホツといきいて、それから二の一ばん汽車きしや京都きやうと御随行ごずゐかうをいたして木屋町きやちやう吉富楼よしとみろうといふうちまゐりました
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
土踏むことを知りたるものの心ひくべきおもむきは有たざらむ款冬花ふきのたうにはほゝゑみたる事あり、この花には句を案じたること無し。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
野菜を主にして脂肪分の濃厚なものは控えるように云われているのだが、夫は私との対抗上毎日かさず牛肉の何もんめかを摂取している。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
平和主義を抱ける洋人某、つて余と「八犬伝」を読む。我が巻中に入れたる揷画、なまぐさき血を見せざる者甚だまれなり。
想断々(1) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
このことは後に蓬莱とも竜宮とも名をえた、とこよのくにに就いても言い得る。いわゆる常世郷とこよのくにの記事はことに『日本紀』の中に多い。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「侍たる者を裸にして、庭上を引きずり廻ることは、更に行儀にあらず、作法がける。水あびせの事重ねて申し出てはならぬ」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
胸中の苦悶は我をりて、狹きヱネチアのこうぢを、縱横に走り過ぎしめしに、ふと立ち留りて頭をもたぐれば、われは又さきの劇場の前に在り。
「人の我をそしるやそのく弁ぜんよりは、るるにかず。人の我をあなどるや、そのく防がんよりは、するにかず」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
一つの混同は外聖霊ほかしょうりょう、土地によって無縁とも餓鬼がきとも呼ぶものが、数多く紛れ込んで村々の内輪の団欒だんらんき乱すことであった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
浅井は初めてそこへ落ち着いたお増に、酒のしゃくをさせながら笑った。もうセルの上に袷羽織でも引っけようという時節であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
因より正當せいたうの腕をふるつてまうけるのでは無い、惡い智惠ちえしぼツてフンだくるのだ………だから他のうらみひもする。併し金はまつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
いとけなき保の廊下に遊嬉いうきするを見る毎に、戯に其臂を執つてこれをむ勢をなした。保は遠く柏軒の来るを望んで逃げかくれたさうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
けた月が空の中ほどにあって、色の浅くなった東の空の涯で、美しい淡い紅と青が、煙突の立ちならぶ地平から離れようとしていた。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
さるを後には老女を彼賊の同類なりとし、ことし數人の賊と共に彼老女をさへねて、ネピの石垣の上にけたりと語りぬ。
したが、こゝな浮氣者うはきもの、ま、わしと一しょにやれ、仔細しさいあって助力ぢょりきせう、……この縁組えんぐみもと兩家りゃうけ確執かくしつ和睦わぼくへまいものでもない。
紀州などの俚諺りげんに、「麦は百日のきしゅんに三日のりしゅん、稲は百日の苅りしゅんに三日の植付時うえつきどき」ということがある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おそらくは読者諸氏もそうであろうが、訳者もまた、孔明の死後となると、とみに筆をす興味も気力も稀薄となるのを如何いかんともし難い。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかりに貴方あなたところ眞實しんじつとして、わたくし警察けいさつからまはされたもので、なに貴方あなたことばおさへやうとしてゐるものと假定かていしませう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その時お持になつた色々の調度、箪笥、長持、総てで以て十四——一荷は一担ひとかつぎで、畢竟つまりひらたく言へば十四担ぎ有つたと申す事ぢや。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私は歩きながら、瞬間歌の行きついた涅槃那ねはんなの姿を見た。永い未来を、遥かにねて言おうとするのは、知れきった必滅を説く事である。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そしてだらしなくはだかったその胸の、黒く見える傷口からは彼が動く度に、タラリタラリとまっな血が、白い皮膚を伝って流れていた。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
にも関らず、毎日、平然と奉行所に出仕して、あらゆる四囲の逆境と、おのれに打ちとうとしている姿は、何とも雄々おおしいものでおざる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さてけものはまへにもいへるごとく、初雪しよせつを見て山つたひに雪浅き国へる、しかれども行后ゆきおくれて雪になやむもあればこれをる事あり。
なんというそれは悲しい自信であったことか、二十四の夜光のたまに比ぶべき「冬の旅」は、作曲当時、その友人達にも理解されなかったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
少くとも私はこの悦びに向って不断の努力をささげよう。私は悪が善にちおおせるとは思わない。私は人間の深さを信じ、真理の力を信じている。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
の漢の文皇帝を異代の主と為す、と云っているのは、腑に落ちぬ言だが、其後にただちに、倹約を好みて人民を安んずるを以てなり、とある。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
而して一先ひとまず村へ帰って人々の助けを借りて、再び池の中を捜索したけれど、その苦心のいもなく、とうとう死骸を見付ることが出来なかった。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
も一つは余が餘りに君とは近親であるから平常君が文學書などひもといて居るのを知つて居ても、所謂文士仲間にう言はれる程では勿論ないし
『誠に濟まんことを致しました。んなら次ぎのくだりでおへし下さりましたら。』と、車掌は無恰好ぶかつかうみ手をした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
だんの、しろはなは、いつもより、かおりがたかかったし、あかはなは、とけてながれそうに、いろつやをおびて、うつくしかったのです。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その鬼神の楼閣一下して、墻壁となるかと思われしが、また崛起くっきして楼閣を起し、二長瀑をく。右なるは三百尺、左なるは五百尺もやあらん。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
人間の取り扱が俄然豹変がぜんひょうへんしたので、いくらゆくても人力を利用する事は出来ん。だから第二の方法によって松皮しょうひ摩擦法まさつほうをやるよりほかに分別はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その証拠に、同じ場所においても黒レーベルが最もよくびるのでもわかる(これに次いでは青レーベルがよくかびるものである)
何故なぜ家はうなんだらうと、索寞さくばくといふよりは、これぢやむし荒凉くわうりやうツた方が適當だからな。」とつぶやき、不圖ふとまた奧をのぞいて、いらツた聲で
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
是も或る植物の根を女にませて、木の器の中へ吐き出させたものを、のちに彼女らも参加して共々に廻り飲みしたのであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「水雷室の艙口ハッチを閉めろ! スパイキを持って来い! スパイキを! 甲板と艙口の間に、スパイキを突っえ!」
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼に私淑ししゅくする者は、彼のをもって北方の衆に敵し得たとか、南軍のひんをもって北軍のとみに当たった、ぼう戦場においては某将軍を破った
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なまぐさき油紙をひねりては人の首を獲んを待つなる狂女! よし今は何等の害を加へずとも、つひにはこの家にたたりすべき望をくるにあらずや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
貴女あなたをおうたがまをすんぢやない。もと/\ふうれて手紙てがみですから、たとひ御覽ごらんつたにしろ、それふのぢやありません。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
四人の博徒に取り囲まれ、切りかかる脇差を左右にわし、脱けつ潜りつしている澄江の姿が、街道の塵埃ほこりを通して見られた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いわゆる取るものも取りあえず! そういう心持ちにり立てられ、部屋を飛び出して行ったのは、可哀そうでもあれば当然とも云えよう。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
秀子さん、そら、あの寄宿舍の談話室ね、彼處の壁にペスタロッヂが子供を教へてゐる畫がけてあつたでせう。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ふ事が出来る筈だ。動物には色々あるが、そのなかで狸ほどの愛嬌ものは少い。自分は奈良公園に鹿と一緒に狸をも飼つてみたいと思ふものである。
彼は、仕事の済むまで妹の邪魔をしまいと思って、入口の所で黙って立っていた。すると、すぐに房子がそれを見つけて、嬉しそうにけ出して来て兄を中へ案内した。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
この人には二どめの妻君さいくんがあって、この妻君さいくんも死ぬことになるが、その死ぬ少し前に、ハークマはたし倫敦ロンドンへ行っていて、そして其処そこからえる。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
前立まえだて打ったるかぶとを冠り、白糸おどしの大鎧を着、薙刀なぎなたい込んだ馬上の武士——それこそ地丸左陣である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこに何時の間にぎつけてきたのか、れいの鼠の皮のような茶いろの帽子をもって、女がほそながく立っていたからであった。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その女は自分の次の室の掛布に先づ火をけて、それから階下へ下りて
彼れ其実は全く嗅煙草を嫌えるもからの箱をたずさり、喜びにも悲みにも其心の動くたびわが顔色を悟られまじとて煙草をぐにまぎらせるなり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そしてっとした弾みに、姉に発射はしたものの、やっぱり大学生からは何の音沙汰おとさたもなく、父も姉もいなくなったさびしさに堪え切れずに
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
分捕の牛の二十四頭に船をひかせて大沙漠を横切り土人と戦いながら再びニイジエルに船を乗り入れ、水!と叫びながら大西洋に出て行く物語りで、割合に長い物である
ダンセニーの脚本及短篇 (新字新仮名) / 片山広子(著)
神前寺内に立てる樹も富家ふうかの庭にわれし樹も、声振り絞って泣き悲しみ、見る見る大地の髪の毛は恐怖に一々竪立じゅりつなし、柳は倒れ竹は割るる折しも
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一、俳諧連歌における各句の接続は多く不即不離ふそくふりの間にあり、密着みっちゃくせる句多くはならず、一見無関係なるが如き句必ずしもしからず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
やがて夫の光国が来合わせて助けるというのが、明晩、とあったが、翌晩あくるばんもそのままで、次第に姫松の声がれる。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物をじっていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
莎草くぐの原昼もかなしと母が目をれつつこもる夏ぞ来向ふ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
奥のほうから、ムーッとぬるが流れてきて、うろたえ廻るすそたもとに、渦になった黒煙が真綿まわたのようにまつわりだす。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てて加えて、朝の薄曇りが昼少しさがる頃より雨となッて、びしょびしょと降り出したので、気も消えるばかり。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そらくもくした! うすかげうへを、うみうへう、たちままたあかるくなる、此時このときぼくけつして自分じぶん不幸ふしあはせをとことはおもはなかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
夢は再びおどる。躍るなと抑えたるまま、夜を込めて揺られながらに、暗きうちをける。老人は髯から手を放す。やがて眼をねむる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
音もさらさらと天の眞名井の水にそそいでみにんで吹き棄てる息の霧の中からあらわれた神はマサカアカツカチハヤビアメノオシホミミの命
石狩平原いしかりへいげんは、水田已に黄ばむで居る。其間に、九月中旬まだ小麥の收穫をして居るのを見ると、また北海道の氣もちにへつた。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
それと同時に甘ったるいような香水のかおりを彼はいだ。彼を介抱してくれているのは西洋人の夫婦らしかった。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
要するに苦悩なるが故にり除かんと欲し、甘き苦悩なるが故に割愛をかたんずるのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
このうまりしが大將たいしやう説明はなせば、雀躍こをどりしてよろこび、ぼく成長おほきくならば素晴すばらしき大將たいしやうり、ぞくなどはなんでもなくち、そして此樣このやう書物ほんかれるひとりて
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そしてこの地方四の庄を、祖先の地、自分たちの郷土として血をもって愛護していた。どんな戦禍があっても、領主と民とが迷子にはならなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わらべぞとまだおぼせれか一聲にとぞころばす白き髯の父
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
おもむきを如何どういふふういたら、自分じぶんこゝろゆめのやうにざしてなぞくことが出來できるかと、それのみにこゝろられてあるいた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
この間中、船室ケビンから高い声が聞えていた。が、実を言えば、私は他の考えにすっかり気を取られていたので、それにはほとんど耳をさずにいた。
五郎次は槍を繰り出す暇がなく、ふいに身を向きえると石突きの方で、小次郎のえりがみの辺りをなぐり下ろした。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、それと同時に、呂宋兵衛るそんべえはとんできた鷲の背なかへ乗りうつっていた——ほとんど、電光でんこう——ばたきするだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「幸七は溜め込んでゐることは確かで、伊勢町に妾をつて置いて、其處を家搜しすると、押入から千兩近い金が出て來たんだから、言ひのがれやうはありません」
しんの首をななめしげて嫣然えんぜん片頬かたほに含んだお勢の微笑にられて、文三は部屋へ這入り込み坐に着きながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのうち湯が沸騰わいて来たから例の通り氷のようにひえた飯へ白湯さゆけて沢庵たくあんをバリバリ、待ち兼た風に食い初めた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼が老後の重病にかって、しょせん生きられないと自分でも覚悟した時に、はじめて白旗山の秘密を明かした。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白糸は猿轡さるぐつわはまされて、手取り足取り地上に推し伏せられつ。されども渠は絶えず身をもだえて、えさんとしたりしなり。にわかに渠らの力はゆるみぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お静は真っになって俯向うつむきました。赤い手絡てがら、赤いたすき、白い二の腕を覗かせて、剃刀かみそりの扱いようも思いの外器用そうです。
儒者の山崎闇斎やまざきあんさいは、シナの歴史にある有名な革命史実を嫌らつて、いん湯王とうおうが、桀王けつおうを放逐したり、周の武士が殷の紂王ちゅうおうを討つた革命を非難し
明治の世になりて、宗祐は正四位を贈られ、宗政は従四位を贈らる。地下の枯骨、ここに聖恩にへる也。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
さればとなく、昼となく、笛、太鼓、鼓などの、舞囃子まいばやしの音にして、うたいの声起り、深更時ならぬに琴、琵琶びわなどひびきかすかに、金沢の寝耳に達する事あり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うぐいす時鳥ほととぎすの卵を育てゝえすというが、その事は彼等の世界には、何等の悲劇ももたらさないのだろうか。
人の子己の栄光をもてもろもろ聖使きよきつかいを率い来る時、彼れ其栄光の位に坐し、万国の民をその前に集め、羊をう者の綿羊と山羊とを別つが如く彼等を別ち云々
おのれもまたをりを得てはんと、其家の在りなど予て問ひ尋ね置きたりしかば、直ちにそれかと覚しき店を見出して、此家こゝにこそあれとと入りぬ。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
番号の相違せる古き法被を下に着たるを怪しみ理由わけを問いたるに『なに。この法被は貰ったんだけれど番号をえるのが面倒だから売る』
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
を転じて、福となすには、徐庶をこの地に引きとどめ、益〻、防備を固めるにあります。必然、曹操は、徐庶に見切りをつけて、その母を殺すでしょう。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車のとどろきの下にも埋れず、何等か妨げ遮るものがあれば、音となく響きとなく、飜然ひらりと軽く体をわす、形のない、思いのままに勝手な湧出わきいずる、空を舞繞まいめぐる鼓に翼あるものらしい
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すずこりがみしみきに我れ酔ひにけり、ことなぐし、ゑぐしに我れ酔ひにけり。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
女の心というものは、ああも手の平をえすように、ひっくりかえるものだろうか?
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おやのげあせんのをしいなんち野郎やらうしたつてまをひらつとも、らだら立派りつぱてゝせらな、卯平うへい確乎しつかりしろ、らだら勘次等かんじらぐれえなゝまたうんちあせらな
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
頸首ゑりくび脊筋せすぢひやりとるは、うしろまへてござるやつ天窓あたまから悚然ぞつとするのは、おもふに親方おやかた御出張ごしゆつちやうかな。いやや、それりつゝ、さつ/\とつてかれる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みにたる酒にしあれば、唇に
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
傍観は如何いかにも不親切だが、しかし不真面目にさわぎをする連中よりは、一び出たらやると言う修養をして傍観している方、ソノ方が健全な精神的状態ではなかろうか。
人格を認知せざる国民 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私が来たので、この冬は賑やかだ——と喜んで、まめまめしく世話をしてくれた。膳の上は、定まって、薄い味噌汁に古漬か、でなければ、らびて塩っぱい煮豆一と皿。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
いろいろ思いえして見れば、女工や鉱婦や淫売婦達が虐げられている事実など空ふく風に、華やかな電燈の下で音楽と酒と白粉おしろいの香に陶酔して、制度の桎梏も
女給 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
蝙蝠こうもりが飛び出して、あっちこっちで長い竹棹ものほしざおを持ちだして騒ぐ黄昏たそがれどきに、とぼとぼと、汚れた白木綿に鼠の描いてある長い旗をついで、白い脚絆
もちろんその寂しい感じには、父や兄に対する私のわることのできない純真な敬愛の情をも含めないわけにはいかなかった。それは単純な利害の問題ではなかった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
庇の下には妻の小夜さよが、半身を梁にされながら、悶え苦しんで居ったのでございます。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
汝等がき剣は餓えたり汝等剣に食をあたへよ、人の膏血あぶらはよき食なり汝等剣に飽まで喰はせよ、飽まで人の膏膩をへと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どつと起つて
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
死んだのは四十五で、後には痩せた、雀斑そばかすのあるおみさんと、兵隊に行っている息子とが残っている。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今夜も「だん」がノッソリ御出張になりました。「加と男」とは「加藤男爵」の略称、御出張とは、特に男爵閣下にわれわれ平民ないし、ひらザムライどもが申し上げ奉る、言葉である。
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ける鳥もたちまち地におち岩間を走る疾魚も須臾しゅゆにして水面に腹を覆すであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そんな所へ押しけて行ってごらんなさい、これだけの人間が、半分も生きて帰るはずはない
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嶺松寺池田氏の諸墓は此時二地に分ちうつされ、その宗家にかるものは鑑三郎に由つて上野へ遣られ、その分家と又分家とに係かるものは二世全安に由つて巣鴨へ遣られたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
州の僧、常羅漢は異人で、好んで人に勧めて羅漢斎を設けしめたからこの名を得、楊氏の婆、鶏を好み食い、幾千万殺したか知れず、死後家人が道士を招いて醮祭しょうさいする所へこの僧来り
つと五、六騎がどこかで留まった。一群の甲冑はすぐこっちへ駈けて来た。玄蕃允をめぐって、各〻、坐態のまま眠っていた幕僚たちは、くわっと、すぐ眼を外へ向けて
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母はもとより泣いた、快活な父すら目出度い目出度いと言いながら、しきりに咳をしてはなんでいた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ねんとき宗助そうすけ大學だいがくらなければならないことになつた。東京とうきやううちへもへれないことになつた。京都きやうとからすぐ廣島ひろしまつて、其所そこ半年はんとしばかりらしてゐるうちにちゝんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
例の勢のある馬は、断乎としていうことをきかないでいたところへ鞭でぴしりとやられたので、今度は断然とき登り出した。すると他の三頭の馬もそれに倣った。
彼は女四書じよししよ内訓ないくんに出でたりとてしばしば父に聴さるる「五綵服ごさいふくさかんにするも、以つて身のと為すに足らず、貞順道ていじゆんみちしたがへば、すなはち以つて婦徳を進むべし」の本文ほんもんかなひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ると蹄をあげて走るのが、路はよし、大雨はすくなし、石ころ交じりに草鞋の腐った、信濃の国の片田舎とは、感じに於てもすでに格段の相違がある。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
れが悲みもれが涙もれが失望の絶叫もすべいとたくみなる狂言には非ざるや、藻西太郎の異様なる振舞も幾何いくらか倉子の為めにれるには非ざるや
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
だが、俺が斬ると云った人間ではずした者は一人もない。遅いか、早いかの違いじゃないか。また、俺が手にけなければ、壬生みぶの近藤や土方ひじかたの方で必ずる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず姿色もない訣ではない。「瑩然えいぜんとして裸立す、羞愧しうきの状、殆ど堪ふ可からず。」気を負うたは直ちに進んで彼等の無状を叱りつけた。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
処に集り、物忌みするばかりでなく、我が里遥かに離れて、短い日数の旅をすると謂う意味も含まって居たのである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
シテ茱萸しゅゆカン一人いちにん
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その所有物を奪った憎むべき男という感は、つて時雄がその下宿でこの男を見た時の感と甚だよく似ていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
其処に生きているだけのいがあるのだ、いくら、富有な境遇に在ても夢のような生活を送っている人もある。
夕暮の窓より (新字新仮名) / 小川未明(著)
かなり遠方からやつて来たといふ栗毛の馬とり合つたあげく、相沢の馬は優勝をち得て、賞品ののぼりと米俵とを悠々と持つて行つた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
けれどもチャラピタは穴の中にくれたまま、その姿を出さないので、熊は張合ひがぬけて、すご/\穴の中にもどり、出て往つたときと同じにチャラピタの背を踏通つて、奥に
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
私には詳しい事は判りねますけれども、若し天一坊を公方様の御胤と認める時は、必ず天一坊は相当の高い位につかれるに相違ございませんのです。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
私は大きな松の実のやうな菜果を手探りで皮を一枚づゝぎ、剥げ根にちよつぽりかたまつてついてゐる果肉に薬味の汁をつけて、その滋味を前歯でき取ることにこどものやうな興味をわかしながら
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
チョツ、けといやあがるのか。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
或る幼虫は簡単にその体を地中にくすし、他のものは壁の磨いた面を穿る。
ッとして一歩前に乗出しながら、一つの剣をつかんだ、師父ブラウンもまた一歩前へ乗出して争いをとめようとした。
満身の自負心は鬱勃うつぼつとしてほとばしらんとする。しかし彼は黙然としていた。そして肩に受けた無双の大力に押されて、意気地なくも身体が折れがむまでに押え付けられてしまった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
丑蔵は何かわめいて跳びあがった。とたんに、熊楠の陣刀がっと鳴った、鞘から噴いた白い光のもとに、丑蔵の大きな体は紅殻樽をあけたようにころがった。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美留藻はこれは屹度きっと夢の中の美留女姫が現われて、妾に鏡のを教えにお出でになったに違いない。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
眼の中に入れても痛くない位可愛がって、振袖を着せたり、洟汁はなんでやったりしているのであった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
居たるを忘れし人の可疎うとましき声に見返れば、はや背後うしろに坐れる満枝の、常は人を見るに必ずゑみを帯びざる無き目の秋波しほかわき、顔色などはことれて、などかくは浅ましきと、心陰こころひそかに怪む貫一。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
つて本当の意味の民主政治を、民衆によって民衆の為めに造られ而して民衆の所有する政府
ヒューとうなって、耳朶をかすめて行くのだ、無論荒ッぽい風に伴って来るのである、私はその風を避けて面を伏せようとして、岩のけ目に、高根薔薇アルペン・ローズが、紅をして咲いているのを発見した
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
複雑な心裡しんりの解剖はやめよう。ともあれ彼女たちは幸運をち得たのである。情も恋もあろう若き身が、あの老侯爵にかしずいて三十年、いたずらに青春は過ぎてしまったのである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
円陣の空がふさがった。屋根板が山のよう積み重ねられた。幾本かの手がそれを掴んだ。火の中へくべられた、パッと焔が立ち上った。数十本の手がざされた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
跣足はだしになつて追つけろ
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
その、土中の塩分がしだいに殖えてゆくのが、地獄の焦土のようなまっな色から、しだいに死体のような灰黄色に変ってゆく。やがて塩の沙漠の外れまできたのである。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
我輩の上陸して曾て築造せる小屋を檢査するに、獵船八艘を失へり。由て是をの象胥に質せば皆浦々へ廻はせりと答ふ。
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
課長は今日俺の顔を見るとから笑つて居て、何かの話のついでにアノ事——三四日前に共立病院の看護婦に催眠術をけた事を揶揄からかつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「落ち穂ぐれえったって。——そんより、医者さでも掛かるようになったら、なんぼ損だかわかんねえべちゃ、じんつあんはあ!」
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっしたり。」
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
悪戯いたずらな愛の女神がおくせにもその情熱をき立て、悩ましい惑乱の火炎を吹きかけたのだったが、そうなると、彼にもいくらかの世間的な虚栄や好奇な芝居気も出て来て
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南嶽の慧思は山に水なきをうれうると二虎あり師を引きて嶺に登り地をいてほえると虎跑泉とて素敵な浄水が湧出した、また朝廷から詰問使が来た時二虎石橋を守り吼えてこれをしりぞけた
晏子あんし莊公さうこうし、これこくしてれいしかのちるにあたつて、所謂いはゆる(七二)さざるはゆうもの
美禰子の顔や手や、えりや、帯や、着物やらを、想像にまかせて、けたりったりしていた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
侍従という乳母めのとの娘などは、主家を離れないで残っている女房の一人であったが、以前から半分ずつは勤めに出ていた斎院がおくれになってからは、侍従もしかたなしに女王にょおうの母君の妹で
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
二人は一緒になつて、そこらの木をり倒して、それをたきぎいた。自動車王は少し挽き疲れたので、あたりの切株に腰を下した。そして掌面てのひらにへばりついた鋸屑おがくづの儘で、額の汗を押しぬぐつた。
朝鮮人をすべて高麗人と呼ぶのは昔からのならわしである。今も半数は鮮姓を承ぎ、ちんさいていぼくきんりんべん等昔のままである。明治までは特殊な部落であって雑婚を堅く封じられた。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それから診察室へ歸ると、兩方の目へし藥をされて、目の内側の角をどちらとも人差指で押へさせられつゝ、ソーフアにけて、さうしたまゝ少らくじつとしてゐなければならなかつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
わたくしは池田玄俊の事蹟を叙して、寛政三年に玄俊が京都車屋町に住んでゐた処へ、兄瑞仙が大坂からうつつて来て、半年余の後油小路の裏店うらだなりた事を言つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
平一郎と深井はマントの頭巾を目深にぶり、一本の傘を二人でさして人通りの絶えた暗い陰鬱な、生存ということが全然無価値なものだと想わすような夕暮の街を急ぎ足で歩いていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
彼の手足は頭脳あたまの中で考えたように動かなかった。時々彼はウンと腰を延ばして、土の着いた重い鍬に身体を持たせけて、青い空気を呼吸した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれ非常ひじょう読書どくしょこのんで、しばしば倶楽部くらぶっては、神経的しんけいてきひげひねりながら、雑誌ざっし書物しょもつ手当次第てあたりしだいいでいる、んでいるのではなく間合まにあわぬので鵜呑うのみにしているとうような塩梅あんばい
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
(六三)おもきことかれごとく、かろきことかくごときをもつてなる
「どうしたんだ。わからねえや」三上はむように怒鳴った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
みたくもない長煙管ぎせるへ、習慣的にたばこをつめつつ
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれひるには室内しつないまどからまど往來わうらいし、あるひはトルコふう寐臺ねだいあぐらいて、山雀やまがらのやうにもなくさへづり、小聲こゞゑうたひ、ヒヽヽと頓興とんきようわらしたりてゐるが、よる祈祷きたうをするときでも、猶且やはり元氣げんき
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
いかにもしてこの遺恨うらみへさ
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私の心はき乱された。そして困迷に陥つた。けれども私は、ホテル・ド・ルウロオプで見たあの綺麗な絵が汚れると云ふやうな事は許すことが出来なかつた。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
あの流れはどんな病にでもよく利きます、わたしが苦労をいたしまして骨と皮ばかりに体がれましても、半日あすこにつかっておりますと、水々しくなるのでございますよ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
う昔から今までの旅人が、振り仰いで見たのは、この奇怪な山々で、追分に立てた路標の石も、峠の茶屋の婆さまも、天外に高く懸れる示現は、別に説明のしようもないから
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その中に童子が『何故帰らんか?』と言ったから、立って斧を取って見ると、柄が朽っていた。らんは朽ちるの意味、は斧の柄のことだ。つまり斧の柄が朽ってしまうまで見物していたんだね。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
津田は水盤にあふれる水を眺めていたにちがいなかった。姿見すがたみに映るわが影を見つめていたに違なかった。最後にそこにあるくしを取って頭までいてぐずぐずしていたに違なかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
維新前後の吾身わがみ挙動きょどうは一時の権道けんどうなり、りに和議わぎを講じて円滑えんかつに事をまとめたるは、ただその時の兵禍へいかを恐れて人民を塗炭とたんに救わんがめのみなれども、本来立国りっこくの要は瘠我慢やせがまんの一義に
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
在英中土宜法竜僧正から『曼荼羅私鈔』を受け読みかじると、塔中たっちゅう三十七尊を記せる内、阿閦あしゅく、宝生、無量寿、不空成就ふくうじょうじゅの四仏がまんの四菩薩を流出して大日如来を供養し(内四供養うちのしくよう
ここに速須佐の男の命、その御佩みはかし十拳とつかの劒を拔きて、その蛇を切りはふりたまひしかば、の河血にりて流れき。かれその中の尾を切りたまふ時に、御刀みはかしの刃けき。
立って箪笥たんす大抽匣おおひきだし、明けて麝香じゃこうとともに投げ出し取り出すたしなみの、帯はそもそも此家ここへ来し嬉し恥かし恐ろしのその時締めし、ええそれよ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、声もいつしかれてしまう。大きな頭が、その胴と釣合の取れぬ病的な重さのために、ぐたりと垂れて、柔らかな、弱々しい眼が瞬きもせずにぼんやりと開いている。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とざぶりとけるのが、突立つツたつたまゝで四邊あたりかまはぬ。
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
致せし安間平左衞門と云ふ者はう云ふえんで心安く成しや此儀このぎ有體ありていに申せととはるゝに願山は此事なりと思ひしかば其平左衞門儀は私し京都智恩院ちおんゐんに居りしころ度々れと出會であひゆゑ夫より懇意こんいになり其後私し儀御當地へ參るに付かれも又御當地へくだり私しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
随斎が撰した『房山集』の序に「予ハすなわチ竹渓先生ト忘年ノ交ヲかたじけのフス。子寿モマタ推シテ父執トナシ時時来ツテソノ文字ヲ質ス。予乃チソノ美ヲ賛揚シソノヲ指摘ス。子寿欣然きんぜんトシテコレヲ受ケ改メズンバカザルナリ。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は四つ目の足跡の上へちゃんと坐って、さも窮屈そうにしこまっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
棍棒こんぼうを持っている者、竹槍を小脇に抱えている者、騎馬の一団は一人残らず、各自めいめい得物を持っていたが、その扮装いでたちにはわりがなく、筒袖に伊賀袴を穿いていて、腰に小刀を帯びていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、くすりをつけられますと、きずあとは、すぐにつぎせてちて、むしされたほどのあとものこりません。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さて太夫はなみなみ水を盛りたるコップを左手ゆんでりて、右手めてには黄白こうはく二面の扇子を開き、やと声けて交互いれちがいに投げ上ぐれば、露を争う蝶一双ひとつ、縦横上下にいつ、逐われつ、しずくこぼさず翼もやすめず
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷をいていた圓生と勢朝改め圓楽は、代わるがわる圓遊の顔を見上げて言った。
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
たとい健婦の鋤犂じょれいるあるも、隴畆ろうほに生じ東西なし。いわんやまた秦兵しんぺい苦戦に耐うるをや。駆らるること犬と鶏とに異ならず。長者問うことありといえども、役夫あえて恨みを伸べんや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
☆げんぶき——ゆりのぎぼうしの仲間なかまか?
さまざまな生い立ち (新字新仮名) / 小川未明(著)
「きょうまで、お父上にすら、くしておりましたが、まったく、その母子おやこは、越前守様が、放埒の時代に、ふとちぎった女性と、その女とのあいだにした御実子なのでございます」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏だったので、彼女はよく野良へ行って、百姓が作物をっているのを見た。明るい陽ざしを浴びていると、彼女の心もやっぱり浮き浮きして来るのだった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
木山の方が、清正よりかえって強者で、清正は最初組敷くみしかれていたのだが、崖から落ちた拍子に、かぶとつるに引っらんで上になりやっと討ち取ることが出来たのだ、と云った。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
そこで獻上物を致しました。白い犬に布をけて鈴をつけて、一族のコシハキという人に犬の繩を取らせて獻上しました。依つてその火をつけることをおやめなさいました。
弱い女子の身の、間もなく呼吸が絶えてしまったのである。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
猟師の習い悪獣の脂を脚に塗り畜生をして臭いをいで驚き走らしむるのだ。仏これを聞いてかかる事した比丘を突吉羅ときら罪とした(東晋訳『十誦律毘尼序』巻下)。
それは先生がものを知らないというのではないが、わたしが学校に行っているひと月じゅうかれはただの一をすら教えなかった。かれはほかにすることがあった。その先生は商売がくつ屋であった。
また『五雑俎』に、竜より霊なるはなし、人得てこれをう。
(女亡者丙を院で招き)えゝとお前は、気むらの……だね。
貝にもりたるらき夢。
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
くびなし船のちらほらと往きふ帆でもながめてゐよう
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
今しもやみいて轟々がう/\へりきたれるは、新宿よりか両国よりか、一見空車からくるまかと思はるゝうちより、ヤガて降り来れる二個の黒影、合々傘に行き過ぐるを
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
鮎をけてゐるのであらう、編笠を冠つた背の高い男が、腰まで水につかつて頻りに竿を動かしてゐる。種鮎たねあゆか、それともかかつたのか、ヒラリと銀色のうろこが波間に躍つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
片親の父に相談してみても物堅ものがたい老舗の老主人は、そんな赤の他人の白痴などにまっても仕方がないと言ってあきらめさせられるだけだった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だが恐らく彼女の良人おっとは結核がイヤなのであろう、つて一度もここに尋ねては来なかった——と、も一人女学校を出たばかりだという諸口もろぐち君江の四人であった。
この話を聞いているうちに、私はまだつて経験したことのない、激しい不愉快さを覚えた。これが嫉妬であろうか、虫酸むしずの走る、じっとしていられないいやあな感じであった。
わたしが妻籠つまごの青山さんのお宅へ一晩泊めていただいた時に、同じ定紋じょうもんから昔がわかりましたよ。えゝ、まるびきと、木瓜もっこうとでさ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この奇遇のもとは、妻籠と馬籠の両青山家に共通な木瓜もっこうと、丸に三つびきの二つの定紋からであった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とき耶、燕王の胸中颶母ばいぼまさに動いて、黒雲こくうん飛ばんと欲し、張玉ちょうぎょく朱能しゅのうの猛将梟雄きょうゆう、眼底紫電ひらめいて、雷火発せんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しん、太祖の失か、失にあらざるか、斉泰のか、為にあらざる将又はたまた斉泰、遺詔に托して諸王の入京会葬をとどめざるあたわざるの勢の存せしか、非
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先の望みや気苦労もなさそうな、お雪などのとりとめのない話に、き乱されていた頭脳あたまが日ごろの自分にかえったような落着きと悦びとを感じないわけに行かなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
浅井は外出のそわそわした気分をき乱されて、火鉢の傍に坐って、手紙を繰り返し眺めていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「帆を下ろせ! 帆柱を仆せ! 短艇はしけの用意! 破損所いたみしょを繕ろえ! あかをい出せ、あかをい出せ!」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人力は尽くさねばならぬ! ヤアヤア水夫かこども帆を下ろせ! 帆柱を仆せ! 短艇はしけの用意! ……胴の間の囚人解き放せ! あかをい出せ! 破損所いたみしょつくろえ! 龍骨りゅうこつが折れたら一大事! 帆柱を
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その夢裡むりの変化が、両手で面をくして、恐怖に五体がすくみ、声を出すことも出来ぬ長崎屋を、嘲けるが如く、追いかけて、つぶやくのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
長崎屋、そのとき、ハッと思い当って、両手で顔をくそうと、もがいたが、手足が緊縛きんばくされて、それさえならぬ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今日けふかぎつてそのやうなこといはれるおぼえはなにもなけれどマアなんおもふてぞといふかほじつとうちあふぎて夫々それ/\それがりおへだ何故なぜそのやうにおくしあそばす兄弟きやうだいおつしやつたはおいつはりか
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くしじようさまにもぞおよろこ我身わがみとても其通そのとほりなり御返事おへんじ屹度きつとまちますとえば點頭うなづきながら立出たちいづまはゑんのきばのたちばなそでにかをりて何時いつしつき中垣なかがきのほとりふきのぼる若竹わかたけ葉風はかぜさら/\としてはつほとゝぎすまつべきなりとやを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨夜ゆうべ貴方が御看病疲れでく眠っていらっしゃる内に、私がいて置きました手紙が此処こゝにございます、親父は無筆でございますから、仮名で細かに書いて置きましたから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
絹木綿は綾操あやどりにくきものゆえ、今晩のうち引裂ひきさくという事は、御尊父様のお名をかくしたのかと心得ます、渡邊織江のおりというところの縁によって、斯様かような事をいたのでも有りましょうか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「帰るなら帰ってもいいわ。うんだのだのってなんです。」
五通 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
さま、私はこれから帰りますよ。」
五通 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
飛鳥とぶとりもあとをごすなに候へば、大藤おほふぢ大盡だいじん息子むすこきしに野澤のざわ桂次けいじ了簡りようけんきよくないやつ何處どこやらの割前わりまへひと背負せよはせてげをつたなど〻斯ふいふうわさがあと/\にのこらぬやう
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
有松絞りの地ハ薄かりしどもおさな心にハいか斗うれしかりけん、母も見給へ、妹もなどよろこぶに、父が詩文の友成ける何がしの伯父來あひて、あはれ今一月はやからばいかに病みたる人喜バん
反古しらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
高岡石動いするぎ間の乗り合い馬車は今ぞ立野たてのより福岡までの途中にありて走れる。乗客の一個ひとり煙草火たばこびりし人に向かいて、雑談の口を開きぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……それにしても知つた人もないこんな山里で、自分は、今斯うして死んで行くのであらうか。……死んで行くのであるとしたならば? 彼の空想は果しなく流れた。
さらば又と来ざらんやうに逐払おひはらふべき手立てだてのありやと責むるに、害をすにもあらねば、宿無犬やどなしいぬの寝たると想ひてこころかくるなとのみ。こころくまじき如きをことさらに夫には学ばじ、と彼は腹立はらだたしく思へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
夢のみぞ永劫とは
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
谷々の寺にこだまする、題目の太鼓、幾寺か。皆この老和尚の門弟子もんていしだそうである。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、印畫いんぐわ値やおもは、つひにそれ以上に出るものではないとわたしおもふ。
けれどわたくし心付こゝろつくと、ひゞきみなもとけつしてちかところではなく、四邊あたりがシーンとしてるのであざやかにきこえるものゝ、すくなくも三四マイル距離へだゝりるだらう、なにもあれかゝ物音ものおときこゆる以上いじやう
まいおしえうけく者は夢路を辿たどる心地して困じて果はうち泣くめり云々
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかし、よく考えてみると、やっと二十歳はたちになったばかりで、父も母もなく、伯父の家に身を寄せている倭文子の心が、日陰に咲く花のようにだんだんしなびて行くのは、当然のように思われた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もう此処ここまでやって来ると、樹木は少しも見当らない、一面にり込んだような芝草山の波だ。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「君が帰って来る時分には、十文字にっさばいているだろう」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
みるみる長く十字きゐすくむ帯の縧色さなだいろ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「——もっとも、手前の気っぷに惚れたのは俺ばかりじゃねえ。横町の煮売屋のおがそう言ったぜ。——お願いだから親分さん、八さんに添わして下さいっ——てよ」
ほしは大糜にやどり、月は夾鐘にあた、清原の大宮にして、昇りて天位にきたまひき。道は軒后にぎ、徳は周王にえたまへり。乾符をりて六合をべ、天統を得て八荒をねたまひき。
おどろいてはいけません、それは穴山梅雪あなやまばいせつの身の上でした。ところで、うらをかえして見ますると、つまり裏の参伍綜錯さんごそうさくして六十四変化へんかをあらわします。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一座は化石したようにしんとしてしまって、鼻をむ音と、雇い婆が忍びやかに題目をとなえる声ばかり。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
そして又斯かる場合になほ官位につて礼拝らいはいの順序を譲り合ひ、其れが為に自分達に迄すくなからぬ時間を空費せしめた官人くわんじんの風習を忌忌いま/\しく思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
段とへんもつくりも異なるを混同して書く人多し。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
さりながらなふべきことならず、かりにもかゝるこゝろたんは、あいするならずしてがいするなり、いでいまよりは虚心きよしん平氣へいきむかしにかへりてなにごとをもおもふまじと、斷念だんねんいさましくむねすゞしくなるは
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わたしは微笑わらいみながら真面目まじめになって、そのくせ後へはむきもせずに耳をすましていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
さては我をむとて吠えたでないと知って見ると洞の上から重き物落ちる。
厚い、大きな唇の、寧ろ鼻よりも前へ突き出て、酸漿ほゝづきんでゐるやうに結ばれてゐるのは、今しがた酒を飮んだばかりで、おくびの出るのを我慢してゞもゐるのであらう。
二月堂の夕 (旧字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は、喉に唾液をみながら、御手洗邸の玄関へ駆け込んだのである。このたびの羮も、往年の味に少しの変わりもない。美漿びしょう融然として舌端にけ、胃に降ってゆく感覚は、これを何に例えよう。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
へす海神生める姫、ユウリュノメーとテチスとの
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
そんでてえもんだから他人ひとにも面倒めんどうられてくれえだからぜにつてんでさ、さうしたら何處どこいたかだましてれてつてね、えゝわしらあねせお内儀かみさん
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
アカいアべにぶつかったア
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
父親はそのとき不思議なほど何かに思い当って顔色を変化えた。その筈である。母親が真青になっていたから——。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その人死しての年を経たらんには、魂魄すでに散滅す。魂魄散滅して冤鬼とならんと欲するともよくせんや
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ここの御厨の下司げすが、彼の持って来た栗毛の牝と、秘蔵のたね馬とを、け合せると、小次郎は、我をわすれて眺め入り、終るまで、一語も発せず、満身を、血ぶくろみたいに
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が顔はブルドッグのように獰猛どうもうで、美しい縹緻ひょうちの金魚をけてまずその獰猛を取り除くことが肝腎かんじんだった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「それよかお前、早くおっさま貰へよ!」
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
お増は髪結が後から、背負しょげをっている、お今の姿を見あげながら呟いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
旅人が馬を水城みずき(貯水池の大きな堤)にめて、皆と別を惜しんだ時に、児島は、「おほならばむをかしこみと振りたき袖をしぬびてあるかも」(巻六・九六五)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そけくも底力ある、あやしい調べが、忍びやかに脳底に刺しとおる……
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
うかとおもふと、一人ひとりで、おもひにねるか、湯氣ゆげうへに、懷紙ふところがみをかざして、べにして、そつうでてたことなどもある、ほりものにでもしよう了簡れうけんであつた、とえるが
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と言ひ/\、片手を髪の毛のなかに突つ込んで、なかから兎でも追ひ出すやうに、やけきまはす。
深く、勁く、冷たい水流をち渉る。垂直に近い岩壁を、山人の差し出す細い木の枝などを頼りに、はいあがる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
これは支那しなの『』といふ武器ぶきおなじように、つるぎかしらつか直角ちよつかくよこにくっつけて使つかつたものとおもはれるのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
これによつて地球ちきゆう内部ないぶとほるときの地震波ぢしんぱはやさは、地球ちきゆう鋼鐵こうてつとした場合ばあひ幾倍いくばいにもあたることがわかり、また地球ちきゆう内部ないぶてつしんからつてをり
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
雪をいていた者は雪払ゆきかきめる、黄色い真綿帽子を冠った旅人の群は立止る、岩村田がよいの馬車の馬丁べっとう蓙掛ござがけの馬の手綱たづなを引留めて、身を横に後を振返って眺めておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
... なさけあだしためならず、皆これ和主にまいらせんためなり」ト、いふに黒衣も打ちわらいて、「そはいとやすき事なり。幸ひこれに弓あれば、これにて共にき往かん。まづ待ち給へせん用あり」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
膝からまた真白まっしろ通草あけびのよう、さくり切れたは、俗に鎌鼬かまいたちけたと言う。間々ある事とか。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等かれらえず勘次かんじとおつぎとにたいして冷笑れいせうあびけてゐるのであつたが、しかしそれをらぬ二人ふたりたゞ凝然ぢつとしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
隠元豆は、図462に示すように、藁でしばって小さくらげる。
省三は急いで茶碗を持ってめしき込むようにしたが、いやなことを考え込んでいたために婢が変に思ったではないかと思ってきまりが悪かった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
敬太郎は主人一人の眼をすめるのにさえ苦心していたところだから、この上下女に出られてはかなわないと思って、いやよろしいと云いながら、自分で下駄箱のたれを上げて、早速靴を取りおろした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手を伸べて燈をき消せば、今までは松の軒にたゝずみ居たる小鬼大鬼共哄々と笑ひ興じて、わが広間をうづむる迄に入り来れり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
空の蒼々あおあおしたのが、四辺あたり樹立こだちのまばらなのに透いて、瑠璃色るりいろの朝顔の、こずえらんで朝から咲き残った趣に見ゆるさえ、どうやら澄み切った夜のよう。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さア/\此薬これをおつけ……此薬これはなよろひそでというて、なか/\売買ばいかひにないくすりだ……ちよいと其処それへ足をおし、けてるから…。乞「はい/\有難ありがたぞんじます。 ...
すなわ殿騰戸あみおかのくみとより出で迎えます時、伊邪奈岐命いざなぎのみこと語りたまはく、愛しき我那邇妹命わがなにものみことわれなんじと作れりし国未だ作りおわらず、れ還りたまふべしと。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ける世の影なればかくなきか、あるいは活ける世が影なるかとシャロットの女は折々疑う事がある。明らさまに見ぬ世なれば影ともまこととも断じがたい。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父は瞬間、顔を逆撫ぜにされた様な表情をみせたが、すぐと持前の、如何にもお人好らしい微笑をたたえて「これゃなわん」という様な眼色で慎作を見た。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
我にあらざるなり、おもひみる天風北溟ほくめい荒濤くわうたうを蹴り、加賀の白山をちてへらず、雪のひづめの黒駒や、乗鞍ヶ嶽駒ヶ嶽をかすめて、山霊やまたま木魂こだま吶喊ときを作り、この方寸曠古くわうこの天地に吹きすさぶを
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
色の白い人があかくなったので、そりアどうも牡丹ぼたんへ電灯をけたように、どうも美しいい男で、暫く下を向いて何も云えません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
嗚呼あゝ、予が見たる所、感じたる所、すべてくの如し。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
あるいは名の知られていない高山が多い、地理書の上では有名になっていながら、山がどこにくれているのか、今まで解らなかったのもある——大天井おてんしょう岳などはそれで——人間は十人並以上に
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
謙信つて曰く
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
此問題はすこぶる困難である。説文に拠れば楸はである。爾雅を検すれば、たうくわいくわいしう等が皆相類したものらしく、此数者は専門家でなくては辨識し難い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
古典には、せつせんみょう、というようないろいろな名前で書いてあって、疲労をいやし、精神をさわやかにし、意志を強くし、視力をととのえる効能があるために大いに重んぜられた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
一人をすら手にけて、今は活力を失いつくさねばならなくなった浪路は、恋人に、指先を握られたままで、最後の断末魔と戦うかのように、荒々しい息ざしを洩らすのだったが、やがて、その
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
番僧蝋燭の火をつりおろして井の中を見す。中はやゝ広く、岩を穿うがち石を畳みて深さ七十尺、底には一滴の水無くして、石ころ満てり。哀しいかな、この水涸れたること久し。
方棟は蘭が好きで、園へいろいろの蘭を植えて日常ひごろ水をけていたが、目が見えなくなってからはそのままにしてあったので、その言葉を聞くとあわてて細君に言った。
瞳人語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「これにける湯がほしい」
種梨 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「恭やんは、小さいに感心えな。よう上手にお米ししやはるえな。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
わが鼬將軍いたちしやうぐんよ。いたづらにとりなどかまふな。毒蛇コブラ咬倒かみたふしたあとは、ねがはくはねずみれ。はへでは役不足やくぶそくであらうもれない。きみは獸中ぢうちうはやぶさである。……
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
自ら一を手にしけるが、たちまちにして色をしてののしって曰く、今世間の小民だに、兄弟宗族けいていそうぞくなおあいたがいあわれぶ、身は天子の親属たり、しか旦夕たんせきに其めいを安んずること無し、県官の我を待つことかくの如し
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
社会混乱と頽廃たいはいのなかに、いかに人心は——わけて武士階級の一面には、道義精神を呼びえそうとしていたか、また、心ある者が、そうした時流の中にある程、自己自誡し、自己を濁流から救って
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから九百余年の後、しん康煕こうき年間のことである。会稽かいけい徐藹じょあいという諸生が年二十五でという病いにかかった。腹中に凝り固まった物があって、甚だ痛むのである。
が、這麼事こんなこと女主人をんなあるじにでも嗅付かぎつけられたら、なに良心りやうしんとがめられることがあるとおもはれやう、那樣疑そんなうたがひでもおこされたら大變たいへんと、かれはさうおもつて無理むり毎晩まいばんふりをして、大鼾おほいびきをさへいてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
小竹ささのさやぐ霜夜しもよ七重ななへころもにませるろがはだはも 〔巻二十・四四三一〕 防人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それを自分と呼ぶのは、僭越せんえつすぎる、仮に血液と云っておこう。その血液を、わしは多少修養にけた。目的の道を誤たずに、ここまで来た力はその修養の力だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが世界とひとの世界と喰い違うとき二つながら崩れる事がある。けて飛ぶ事がある。あるいは発矢はっしと熱をいて無極のうちに物別れとなる事がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこなうたか」
柳毅伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時、側にさなっていた罐詰の空罐がひどく音をたてて、学生の倒れた上に崩れ落ちた。それが船の傾斜に沿って、機械の下や荷物の間に、光りながら円るく転んで行った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
神は鴉を養い給うとは詩篇にたびたびずる思想であり、また主イエスは「鴉を思い見よかずらず倉をも納屋なやをもたず、されども神はなおこれらを養い給う」というた(ルカ伝十二の二四)。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
また三二二巻に、広西の竜馬旧伝に、烟霧中怪しき物ありて、馬をい走る事飛ぶがごとし、後駒を生むに善く走ると。
とりわけ、えびすが好んで吹く、という笛を聴くたびに、郷愁はますばかりで、ついには、思慕の悲しさから、みずから十八曲を作曲した。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたしは自分のお弁当をおまっちゃんに持っていってやったが、おまっちゃんは見向きもしないで、窓に石盤せきばんをのせて、色石筆いろせきひつであねさまをいていた。あたしも仕方なしにたたずんでいた。
もとより無知な雑兵輩ぞうひょうばらである。わっとばかり寄りたかッて俊基の身に縄をけようとする。が、俊基はきびしい眉をいからせて、しりぞけた。断乎としてゆるさなかった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弱き娘一人とり止むる事かなはで、勢ひに乘りて驅け出す時には大の男二人がゝりにても六つかしき時の有ける。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「どうだ、おれの計略は、名人が弓を引いて、ける鳥を射的いあてたようにあたったろうが」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくして賞をち得べく三勇ともに驅くる時
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
自分の処女性を誇りとしている彼女は、りにも純潔でないものはことごとく嫌った。肉の機能というものは、人間ばかりでなく、獣をも堕落させる悪魔の道具としか思えなかった。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「いざせ小床をどこに」「七重ななへるころもにませる児らが肌はも」「根白ねじろの白ただむき」「沫雪あわゆきのわかやる胸を」「真玉手またまで、玉手さしまき、ももながに、いをしなせ」「たたなづく柔膚にぎはだすらを」
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
アルプスの山ふところにくされた湖としては、余り凄みに乏しく、また、それを取りまく山々も、雪は近いが、水ぎわに氷河の垂れ下るような、きびきびした景色とはまるで違う
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
駿河臺するがだい紅梅町こうばいちやうにそのほる明治めいぢ功臣こうしん竹村子爵たけむらししやくとの尊稱そんしよう千軍万馬せんぐんまんばのうちにふくみし、つぼみのはなひらけるにや、それ次男じなんみどりとて才識さいしきらびそなはる美少年びせうねん
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
予行年ようやく五旬になりなんとして適々たまたま少宅有り、其舎に安んじ、しらみ其の縫を楽む、と言っているのも、けちなようだが、其実を失わないで宜い。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
袈裟、法衣ほうえなどを、自分の手で畳んで、自分の手にのせた範宴は、再びそこへ来て性善坊へそれを渡した。見ればもう、薄ら寒い黒衣こくえけた師であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海保漁村撰の墓誌に、抽斎が『説文せつもん』を引いて『素問』の陰陽結斜は結糾けつきゅうなりと説いたことが載せてある。また七損八益を説くに、『玉房秘訣ぎょくぼうひけつ』を引いて説いたことが載せてある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
K——君の家はその長々しい町のはづれに在り、ねて聞いてゐた樣に酒類を商ふ古めかしい店構へであつた。
鳳来寺紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ユダヤ人はちょっとしたもうけにほくほくして、しつのわるいグロッシェンでこの金額きんがくをもってきました。グロッシェン貨なら、三まいでも、質のいいかねの二枚ぶんのうちしかないのです。
七二御許おもと此の事をよくしてかれを恵み給へと、ねんごろに七三あつらへけるを、磯良いともうれしく、此の事安くおぼし給へとて、ひそかにおのが衣服調度を金に貿へ、なほ香央かさだの母がもとへもいつはりて金を
今朝、外山氏及び二人の彼の友人と共に舟をり、我等の入江からこぎ出して、外洋に面した島の岸へ廻った。ここには満潮痕跡に近く一つの洞窟があり、我々はこれを調査したいと思ったのである。
其精神元気を改造するの用をし能ふ者に非ざるは歴史上の断案なり(二)更に学校教化の作用を借りて人心改造のみちとなさんとする者あり、是前法に比すれば固よりしこき方法なるべしと雖
大宅おほや父子おやこ多くの物を二一〇まひして罪をふによりて、百日がほどにゆるさるる事を得たり。かくて二一一世にたちまじはらんも面俯おもてぶせなり。姉の大和におはすをとぶらひて、しばし彼所かしこに住まんといふ。
峯々は、さながら、一種の華美にして沈欝な、鮮麗にしてしかも陰惨な、やしい錦繍の衣を引きまとって、屈み加減に凝然と、結坐しているのである。そこに何らの動揺もない。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
りてまへではなんでありしやら兄弟きようだいにもなき親切しんせつこののちともたのむぞやこれよりはべつしてのことなにごともそなた異見いけんしたがはん最早もういまのやうなことふまじければゆるしてよとわびらるゝも勿体もつたいなくてば甘露かんろと申ますぞやとるげにへど義理ぎりおもそで
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
黒吉はやっとほっとした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ちえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手のひらに載せて見た。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「へゑ、只今御愁嘆の場で御座います、もう、近々おくれになりますげなけん、そのお別れの口上で……」
日記より (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
ネエ、奇妙でしょう(荻)成る程奇妙だチャンとさねて摘んだのが次第/\に此通り最う両方とも一寸ほどズリぬけた(大)それは皆もとの方へずり抜るのですよ
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
けてくらひね、てらつゝき
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
海布からりて燧臼ひきりうすに作り、海蒪こもの柄を燧杵ひきりぎねに作りて、火をり出でて二五まをさく
栓をってしまったゞ、店には忰と十七八の若い者と二人居るとけえ来て、声を立てると打斬ぶちきってしまうぞと云うから、忰も若い者も口が利けない、すると神妙にしろ、亭主は何処どこにいる
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
きゅうに、どこのすきからか、かぜんだものか、ろうそくのがちらちらとなびいた。かれは、はっとして、いま、えてはたいへんだと両手りょうてをあげて、ろうそくの火影ほかげをかばいました。
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
はらわたえざらんぎりなきこゝろのみだれ忍艸しのぶぐさ小紋こもんのなへたるきぬきてうすくれなゐのしごきおび前に結びたる姿(すが)たいま幾日いくひらるべきものぞ年頃としごろ日頃ひごろ片時かたときはなるゝひまなくむつひしうちになどそここゝろれざりけんちいさきむね今日けふまでの物思ものおもひはそも幾何いくばく昨日きのふ夕暮ゆふぐれふくなみだながらかたるを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
間もなく、北方には、甲斐の武田の没落が伝えられ、その年、夏の初めには、突如とつじょとして本能寺の変が起り、信長の死が、地殻の色をもえるほど、大きく世上をおどろかした。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文かけ、よしや頭掻かずも。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
馬に水をうために。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
首領かしら、どうしたんでしょう』とジルベールは歯の根も合わずふるえておる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
「こうですか。」白地をかぶって俯向うつむけば、黒髪こそは隠れたれ、包むに余るびんの、雪に梅花を伏せたよう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死者の霊その像の後の小孔より入りて楽土にけ往き馬を土地神に与え、その軍馬を増すと信ず。
古へより父の仇を討ちし人、其のず擧て數へ難き中に、獨り曾我の兄弟のみ、今に至りて兒童婦女子迄も知らざる者の有らざるは、衆に秀でゝ、誠の篤き故也。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
その勢で選挙に出馬して首尾よく代議士の議席をち得た、無論政友系として下野の鹿沼あたりから出馬したが、その背景には横田千之助がいたと思われる
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うちに靈獸ひそみゐて青きほのほめば
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ひとり寒駅ノ泊リ壁ヲ隔テテコレヲ聞ケバ大ニ趣ヲ成ス。晁氏ガ小雨暗々トシテ人寐ネズ。臥シテ聴ク羸馬るいば残蔬ざんそムトイフトコロコレナリ。鶯声ノ耳ニ上ル近キモマタ愛スベシ。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)