鹿)” の例文
葉は厚く光っており、夏の末に咲く花は五味子ごみしのようで、熟した実は赤黒くて、形は蒸菓子むしがし鹿そっくりです。飯事ままごとに遣います。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
人混みを掻き分けて入ると、亀沢町のとある路地に、あか鹿子絞こしぼり扱帯しごきで首を絞められた若い男が虚空こくうつかんで死んでいるのでした。
硝子ガラスの紫の鹿を掛けた私の結い綿の頭がぐらぐらしていて、まるでお女郎みたいな姿だった。私はフッと噴き出してしまう。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
染色そめいろは、くれない、黄、すかししぼり、白百合は潔く、たもと鹿の子は愛々しい。薩摩さつま琉球りゅうきゅう、朝鮮、吉野、花の名の八重百合というのもある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「船に乗ってるとこういうものは、とても食べられないね」などといって、彼は「鹿」の小豆あずきを歯でかみとったりしていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
庄次郎は、救われたような気持と同時に、疋田ひった鹿の、下町娘と、歩けることが、ふと、もうけもののように、欣しく感じた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
髪を結綿ゆいわたというものにして、あか鹿の帯なぞをしめた若いさかりの娘の洗練された風俗も、こうした都会でなければ見られないものだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あたしは鹿しぼりのひもを首のうしろでチョキンと結んで、緋金巾ひかなきんの腹がけ(金巾は珍らしかったものと見える)、祖母おばあさんのおふるの、の小紋の
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
安直普請とはいえ、油断がならない——一方には、まだ初日の出ない興行場を見物に来た人が、原の四方を鹿まだらに埋めるほどになっている。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「どうやら、聞きずてならねえ色だ。もしや、その江戸紫にゃ、どれにも鹿絞りを染め抜いてありゃしねえか」
円味の勝ったおとがいにつづいて、胡桃くるみのような、肌理きめの細かな咽喉が、鹿の半襟から抜け出している様子は、なまめかしくもあれば清らかでもあった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
米「こう遣ってはア命を助かりまして達者で居りますも旦那様のお蔭で、一日でも旦那様のお噂ばかりして…鹿はちおい、の時お目にかゝった旦那様」
図は横にいてある。緋色ひいろの地に鹿しぼりのような銀の点線が這入はいっていて、下に大きな桜の花弁の端が三枚見え、その上に後姿の舞妓まいこが半身を出している。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
秋萩を妻鹿こそ、一子ひとりごに子たりといへ、鹿児かこじもの吾が独子ひとりごの、草枕旅にし行けば、竹珠たかだましじき垂り、斎戸いはひべ木綿ゆふでて、いはひつつ吾が思ふ吾子あこ
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
こんどは鹿の子川に沿うてしばらくのぼり、やつと森林鉄道の軌道から解放されて、ちよつと右へはひつたところに、周囲半里以上もあるかと思はれる大きい溜池が
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
柱にかけるばんなども特別にお選びになった支那錦しなにしきで作られてあった。紫夫人の手もとで調製された花机かきおおいは鹿染めを用いたものであるが、色も図柄も雅味に富んでいた。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その編笠の紐の鹿の、くっきりと映えるような美しいのも居たというが、着物はすべて木綿に限ったもので、あの人達ほど木綿の着物をしゃんと着こなして居た者はないと
寺町 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
ちょうど教育を受けなければならない時期を、何一つ教えられずに幼時を過した祖母は、京都で生活の資とした鹿の子絞り以外に家事のことは何も知らなかったということである。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
最後に特別になまめかしい鹿ぢりめんの長襦袢を上にのせ、それから鞄の蓋をしめたのであるが、ぎゅうぎゅうに詰まっているので蓋は外に向って太鼓腹たいこばらのようにふくらんだ。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
喧ましい鹿の股川を隔てゝ鼻を突き合ふやうな雜木山に向つて耐屈でしやうも無かつた。かういふ所の習慣で相宿の客とは別懇に成り易いものなので自分もいろ/\の人と交際をした。
竹の里人〔一〕 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
下着の鹿の赤い色をハラハラ裾からこぼしながら足袋はだしのまま息も絶え絶えに駈けよって来て、長い袖をハタとうちかけ、両手を掻きいだくようにして数負の胸に喰いつくと
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
主としてしし鹿ししであった、かくてその称呼が世人の口に、耳に親しくなった結果として、遂にそれがただちに猪または鹿そのものの名称の如くに用いられる様になったのである。
湯沢山の右には鹿斑に雪の積った会津の駒ヶ岳が広い頂上を展開している。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
人形は鼻の欠けたそで姿で、色のさめた赤い鹿を頭からブラ下げていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
通りすがった二人づれ——つい黄八丈きはちじょうを着て、黒繻子くろじゅす鹿と麻の葉の帯、稽古けいこ帰りか、袱紗包ふくさづつみを胸に抱くようにした娘たちが、朱骨の銀扇で、白い顔をかくすようにして行く、女形おやま
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
われ/\が『鹿』とよんでゐるまだらのある夏毛なつげのときのものです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
帯を立矢に結び、鹿の帯上げをしているといういわゆる日本むすめの風俗で、極めて艶麗えんれいなもの。童男の方は、頭をチョンまげにした坊ちゃんの顔。五つ紋の羽織の着流しという風俗であった。
霜降だの鹿だのというのは肉へ脂身あぶらみが霜を降ったようにさしている処を言うのでロース肉の美味しい処にも霜降の部分がありますし、ショーランドといって胸の処の硬い肉にも霜降がありますし
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
掛けますが、てかけはんだすよつて、赤い鹿掛けてます。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
お蓮は冷然と鏡台の前に、鹿の帯上げを結んでいた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山茶花の朝霧ゆゑにかたへ行く鹿の子の斑毛まだらいつくしく見ゆ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「これは鹿といって僕のさいだ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
鹿の子のごとくをどるとき。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
白き鹿になりて來立ちき。
人混みを掻き分けて入ると、龜澤町のとある路地に、紅い鹿しぼり扱帶しごきで首を絞められた若い男が虚空こくうを掴んで死んで居るのでした。
そして、立て膝の鏡立てに、両手を髪へ廻したかと思うと、見るまにこうがいをぬきかんざしをとり、鹿結びのお七まげを惜しげもなくこわしてしまう。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝ、あのやなぎに、うつくしにじわたる、とると、薄靄うすもやに、なかわかれて、みつつにれて、友染いうぜんに、鹿しぼり菖蒲あやめけた、派手はですゞしいよそほひをんなが三にん
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
父は又淺草邊の鹿といふ飮食店へも私を連れて行つて、そこの主人あるじ内儀かみさんに私を引合せました。
黄八丈に黒繻子の襟、鹿の子の半襟、絞りばなしの鹿の子の帶。結綿ゆひわた島田に朱ぬりの差櫛、花簪。
下町娘 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
ええ、そンな事あったわね、あの頃はもう、食べ物がとても不自由な時だったわ。貴方が兵隊さんになる前よ。床の間に赤い鹿百合ゆりが咲いててさア、二人で、花瓶を
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
吉田通れば二階から招く、しかも鹿の振袖で……というのは小唄にあるが、これは鹿の子の振袖ではない、切髪の被布ひふの、まだ残んの色あでやかな女に招かれたこと。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「襦袢のえり鹿の子をかけ、着物の襟へ黒繻子をかけ、斜めに揃えた膝の上へ、ちんを一匹のっけたところを描いた、栄之の一枚絵もよかったが、今度のはいっそサラリとしていい」
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あきさらばいまるごとつまごひに鹿かむやま高野原たかぬはらうへ 〔巻一・八四〕 長皇子
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
前様まえさまア丹波屋でまんまアたべて居たが、雨たんと降らねえうち段々人が出て来たが、まだ沢山客がえうちうらと此の鹿はちはすけえに並んで飯たべて居ると、お前様ア斯う並んで酒え呑んで
世にも小意気な歩みぶり——水いろ縮緬ちりめんのお高祖頭巾こそずきん、滝縞の小袖の裾も長目に、黒繻子くろじゅすと紫鹿昼夜帯はらあわせを引ッかけにして、町家の伊達だて女房の、夜歩きとしか、どこから見ても見えないのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
鹿などという東京風の蒸し菓子が陳列してあった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
鹿の子の如く
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「そればかりじゃありません。この二三日、鬱金色うこんいろ扱帯しごきだの、鹿子絞こしぼりの下締したじめだの、変なものが百本杭や永代へ流れ着くそうですよ」
身を投げて程も無いか、花がけにした鹿の子のきれも、沙魚はぜの口へくはえ去られないで、ほどけてうなじから頬の処へ、血が流れたようにベッとりとついている。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お喜代の愛くるしいひとみや、唇や、白いあごを描いて、かすかな水音のする深い闇の底から、あの疋田ひった鹿が、うかび出してくるように、うっとりしていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)