“返(か)” の例文
そして嫁の寝ている胸の真上と覚(おぼ)しき処(ところ)まで、その足音が来たかと思う時、その死に瀕(ひん)した病人が跳(はね)ッ返(か)えるように苦悶(くもん)し始めた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
『誠に濟まんことを致しました。何(な)んなら次ぎの下(くだ)りでお引(ひ)ツ返(か)へし下さりましたら。』と、車掌は無恰好(ぶかつかう)に揉(も)み手をした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
沖(おき)なる島山(しまやま)の頂(いたゞき)は紫嵐(しらん)に包(つゝ)まれ、天地(てんち)見(み)るとして清新(せいしん)の氣(き)に充(み)たされて居(ゐ)る時(とき)、濱(はま)は寂寞(じやくばく)として一(いつ)の人影(じんえい)なく、穩(おだや)かに寄(よ)せては返(か)へす浪(なみ)を弄(ろう)し
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
開(ひら)けたる所は月光(げつくわう)水(みづ)の如く流れ、樹下(じゆか)は月光(げつくわう)青(あを)き雨の如くに漏りぬ。歩(ほ)を返(か)へして、木蔭を過(す)ぐるに、灯火(ともしび)のかげ木(こ)の間(ま)を漏(も)れて、人の夜涼(やれう)に語(かた)るあり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
「天国ではお酒が高いに相違ない。蝋燭は以前お寺で聖母(マリヤ)様の前にあつたのを盗んだから、返(か)へさなくつちや。」
やがては令孃(ひめ)をも幸福(かうふく)の位置(ゐち)に据(す)ゑて、不名譽(ふめいよ)の取(と)り返(か)へしは譯(わけ)もなきことなり、扨(さて)も濱千鳥(はまちどり)ふみ通(かよ)ふ道(みち)はと夜(よ)もすがら筆(ふで)を握(にぎ)りしが、もとより蓮葉(はすは)ならぬ令孃(ひめ)の
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この金を誰に返(か)えさなければならぬ、之(これ)を此方(こちら)に振向けなければならぬと云うような事は絶えてない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
金で酒を買い、金で妾(めかけ)を買い、金で邸宅、朋友(ほうゆう)、従五位(じゅごい)まで買った連中(れんじゅう)は金さえあれば何でも出来るさと金庫を横目に睨(にら)んで高(たか)を括(くく)った鼻先を虚空(こくう)遥(はる)かに反(そ)り返(か)えす。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし砂糖の煮方が悪いと一旦飴のようになったものが一月(ひとつき)も過ぎない内に砂糖に返(か)えってボロボロします。和製のドロップスにボロボロするのが多いのは煮方が粗末なのです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それが何(なん)だかよく見(み)もしないで、仲間(なかま)に氣(き)づかれないやうに、そのまま、そつと砂(すな)をかけて、知(し)らない顏(かほ)をして引(ひ)き返(か)えしました。あとで來(き)て、獨(ひと)りでそれを食(た)べやうとおもつて。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
三膳出しましたと云(いっ)て、却(かえ)ってこの男を怪(あやし)んだ、爰(ここ)に於(おい)てこの男は主人の妻子が付纏(つきまと)って、こんな不思議を見せるのだと思い、迚(とて)も逭(のが)れぬと観念した、自訴(じそ)せんと取(とっ)て返(か)えす途上捕縛(ほばく)されて
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
「そんな沙汰でここへ来たのではないわ。わが子を返(か)やせ!」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『そして誇(ほこ)りますか。そして其出身(そのしゆつしん)たることを感謝(かんしや)しますか』と問(と)ひ返(か)へした兒玉(こだま)の口調(くてう)はやゝ激(げき)して居(ゐ)た。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
見ると年頃は十七八、雪江さんと追(お)っつ、返(か)っつの書生である。大きな頭を地(じ)の隙(す)いて見えるほど刈り込んで団子(だんご)っ鼻(ぱな)を顔の真中にかためて、座敷の隅の方に控(ひか)えている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つれなく返(か)へされなば甲斐(かひ)もなきこと、兎角(とかく)に甚之助殿(じんのすけどの)の便(たよ)り聞(き)きたしと待(まち)けるが、其日(そのひ)の夕方(ゆふがた)彼(か)の人形(にんぎやう)を持(も)ちて例日(いつ)よりも嬉(うれ)しげに、お前(まへ)の歌(うた)ゆゑ首尾(しゆび)よく我(わ)が勝(かち)に成(な)り
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この金を彼方(あっち)に向けて、彼(あ)の金は此方(こっち)に返(か)えすと云う話であるが、人に貸す金があれば借りなくても宜(よ)さそうなものだ、商売人は人の金を借りて商売すると云うことは私も能(よ)く知て居るが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
やがて呼吸(いき)をふき返(か)へしたその蚤(のみ)
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「悪戯(わるさ)な風め。笠返(か)やせ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しくて屏風(べうぶ)の外(ほか)に二足(あし)ばかり糸(いと)より細(ほそ)き声(こゑ)に良(りやう)さんと呼(よ)び止(と)められて何(なに)ぞと振(ふ)り返(か)へれば。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
且(かつ)つその握(にぎっ)た珠を竜宮へ返(か)えそうなんと云う念は毛頭(もうとう)ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「馬を返(か)やせ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中村(なかむら)さんと唐突(だしぬけ)に背中(せなか)たゝかれてオヤと振(ふ)り返(か)へれば束髪(そくはつ)の一群(むれ)何(なに)と見(み)てかおむつましいことゝ無遠慮(ぶゑんりよ)の一言(ごん)たれが花(はな)の唇(くちびる)をもれし詞(ことば)か跡(あと)は同音(どうおん)の笑(わら)ひ声(ごゑ)夜風(よかぜ)に残(のこ)して走(はし)り行(ゆ)くを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)