“捷(か)” の例文
あんな気紛れな義侠心を起した代償に彼が得たものは、ひとつの外套の釦と、それと非業(ひごう)の死だ。他人の同情すら捷(か)ち得なかった。
蜆 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
少くとも私はこの悦びに向って不断の努力を献(ささ)げよう。私は悪が善に捷(か)ちおおせるとは思わない。私は人間の深さを信じ、真理の力を信じている。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
幸いに、大捷(たいしょう)を博しました。けれどこの勝利に酔っては危険です。いくら魏に打ち捷(か)ってもです。——なぜならば呉というものがありますからな。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ギリシアのオリンピヤの競争に捷(か)った三の牝馬は死後廟を立て葬られた。ローマ帝カリグラは愛馬インシタツスを神官とし邸第(ていたく)と僕隷(しもべ)を附け与えた。
それは「どうぞ戦争が捷(か)ちますよう、村の出征軍人が、無事に凱旋(がいせん)しますよう!」という祈りのためであったそうだ。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
貴方の幻だけはかたく胸に抱きしめて——あの気高くも運命(さだめ)はかなき海賊(コルサール)、いいえ、男爵海軍少佐テオバルト・フォン・エッセンは、死にさえも打ち捷(か)って
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
稙宗(たねむね)は勇武絶倫の将であって、しばしば隣国と戦って大いに捷(か)ち、将軍足利義稙より偏諱(へんき)を賜うて稙宗と名乗り、奥州の探題となって東北を威服した人である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「今は既(も)う競争の時期に入つてゐるのや。どつちやが捷(か)つかまあ長い目で見てみなはれ。」
師範学校を出ただけの彼が長い年月かかって捷(か)ちえたこの地位は、彼の白髪をうすくし、つねに後手を組まなければ腕が曲って見える危険さえ伴う、それほどの努力の結果であった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
思の儘に捷(か)ち給ひぬ、おん身も嬉しと思ひ給ふならん、千萬人の心は渾(すべ)て君に奪はれたり、君は初め我がいかに君のために胸を跳らせ、後君の成功の期(ご)するところに倍するに及びて
事捷(か)たば則ち師旅当(まさ)に継ぎて進むべく、不幸にして捷たざれば、他人あるいは死するも、児は則ち身を投じて捕に就(つ)き、志士憤懣の発する所は、決して公家の知る所に非ざるを明らかにせん。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「私は促織になってすばしこく闘って、捷(か)って今やっと生きかえった。」
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
捷(か)つことを恐れ裏切らせるダラ幹
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
少くとも私はこの悦びに向って不断の努力を献(ささ)げよう。私は悪が善に捷(か)ちおおせるとは思わない。私は人間の深さを信じ、真理の力を信じている。
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それを自分でも感じるが、ここでは秀吉もひどく慎しく、謙虚(けんきょ)を旨としているふうであった。山崎で捷(か)つや、戦後、諸軍の礼をうけつつ駕籠の上から
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏切りに争議捷(か)たれず冬の風
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
なおさらのこと、定まれる法則の逆を踏んで入ったものなどとは敗れても頷(うなず)くまい。また秀吉にしてさえも、かく一気に捷(か)てるとは予期していなかったにちがいない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長篠(ながしの)に捷(か)つやいな、次は、越前へ出兵だとは、ほとんど、公然のような岐阜の空気であった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お館(やかた)には、御発向(ごはっこう)の前、特に御訓戒(ごくんかい)のあったことでもあり——中入(なかい)りは退(ひ)きの切レこそ大事、一勝を捷(か)ち獲た上は、敵中に長居はくれぐれ無用——と、今日も繰り返され、きっと
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よろしくここは大策を立て、織田倒るるか、武田捷(か)つか、乾坤一擲(けんこんいってき)のお覚悟をしかとすえられ、大軍をもって盟国の急を救い、あわせて年来の大患(たいかん)を一挙にお除きあるべきかと信じます
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将門は捷(か)った。大いに捷った。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捷(か)てり。われ捷てり。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)