“就”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
つ64.1%
つい29.0%
つき2.1%
な1.8%
と0.6%
つけ0.5%
つひ0.3%
つか0.3%
いた0.2%
おもむ0.2%
しう0.2%
すなわ0.2%
つこ0.2%
ゆ0.2%
ゆき0.2%
ツ0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
法律に対する完解、人間の好悪感に就(つ)いての意見、わけても最後の庄司弁護士の心持などには鋭い深い氏の物の見方が窺われました。
就(つい)ては方今の騒乱中にこの書を出版したりとて見る者もなかるべしと雖(いえど)も、一度(ひとた)び木に上するときは保存の道これより安全なるなし
蘭学事始再版之序 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一、父は不忍(しのばず)の某酒亭にて黒田藩の武士と時勢の事に就(つき)口論の上、多勢に一人にて重手(おもで)負い、無念ながら切腹し相果(あいは)つる者也。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夜雨(やう)秋(あき)寒(さむ)うして眠(ねむり)就(な)らず残燈(ざんとう)明滅(めいめつ)独(ひと)り思うの時には、或は死霊(しりょう)生霊(いきりょう)無数の暗鬼(あんき)を出現して眼中に分明なることもあるべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼は自分の生涯に成し就(と)げ得ないものをあげて、あとから歩いて来るものにその熱いさびしい思いを寄せたいと願った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夫でも若(も)しや独りで置いて自殺でも企てる様な事が有ては成らぬと思い吾々は竊(ひそか)に見張を就(つけ)て牢から退き
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
余(よ)は殘念(ざんねん)ながら、博士(はかせ)の講演(かうえん)を拜聽(はいちやう)するを得(え)なかつたので、博士(はかせ)が瓢箪山(ひやうたんやま)及(およ)び新發見(しんはつけん)の横穴(よこあな)に就(つひ)て、如何(どう)いふ説(せつ)を發表(はつぺう)されたか、余(よ)は知(し)らぬが
予が辞去(じきょ)の後、先生例の散歩(さんぽ)を試(こころ)みられ、黄昏(こうこん)帰邸(きてい)、初夜(しょや)寝(しん)に就(つか)れんとする際発病(はつびょう)、終(つい)に起(た)たれず。哀哉(かなしいかな)。
視よ我(われ)戸の外に立ちて叩くもしわが声を聞きて戸を開く者あらば我その人の所(もと)に就(いた)らん而して我はその人と偕(とも)にその人は我と偕に食せん
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そうしてそれを知っている者は、私の親友、殿の客分天野北山(あまのほくざん)一人だけである。就(おもむ)いて訊ねるもよいだろう。私は今死を急ぐ、それについて語ることは出来ない。下略
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
釧雲泉、名は就(しう)、字は仲孚(ちゆうふ)、肥前国島原の人である。竹田(ちくでん)が称して吾国の黄大癡(くわうたいち)だと云つた。宝暦九年生だから、此年四十六歳であつた。五年の後に越後国出雲崎で歿した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
就(すなわ)チ司法権大書記官ヲ拝シ、勲五等ニ叙シ双光旭日章(きょくじつしょう)ヲ賜フ。十月五日特旨従五位ニ叙ス。コノ日卒ス。年五十八。谷中天王寺ニ葬ル。儀衛兵ヲ賜ハリテコレヲ送ル。故旧門人会スル者車馬道ニ属ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
吾々三人馬車に乗り頓(やが)て其ビヽエン街に達しますと藻西太郎は丁度夕飯を初める所で妻と共に店の次の間で席に就(つこ)うと仕(し)て居ました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
抑又(はたまた)塩土老翁(しほつちのをぢ)に聞きしに曰く、東に美地(よきくに)有り、青山四周(よもにめぐれり)、……余(われ)謂(おも)ふに、彼地(そのくに)は必ず当(まさ)に以て天業(あまつひつぎのわざ)を恢弘(ひろめのべ)て天下(あめのした)に光宅(みちを)るに足りぬべし、蓋(けだ)し六合(くに)の中心(もなか)か。……何ぞ就(ゆ)きて都(みやこつく)らざらむや。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
豐葦原ノ千五百秋(ちいほあき)ノ瑞穗(みづほ)ノ國ハ、我ガ子孫(うみのこ)ノ王(きみ)タルベキ地(くに)ナリ、爾(いまし)、皇孫(すめみま)就(ゆき)テ治(しら)セ。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
式は、夢窓が“開山ニ就(ツ)クノ弁”に始まって
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)