くつ)” の例文
さうつてお母様が、すぐニコニコして玄関に出ていらつしやると、進ちやんは帽子をとり、くつをぬぎながら、お母様にききました。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
あなた方の夏の衣服がすってんてんになって、私などのような心配家はほっと息をしているのだが、実はまだくつの問題が残っている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
或人あるひとは、大女のくつを女中がみがいてゐるのを見たと言ひます。その靴は、ちやうど乾草ほしくさをつんだ大きな荷車ほどあつたといふ話です。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
すると、そのうちに能勢が、自分の隣のベンチに腰をかけて、新聞を読んでいた、職人らしい男のくつを、パッキンレイだと批評した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ギンはそのときに、女の右のくつのひものむすびかたが、左のとちがっているのをちらと目にとめました。ギンは、ようやく口をきいて
湖水の女 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その帽子ぼうし着物きものくつはもとより、かお手先てさきまで、うすぐろくよごれていて、長年のあいだたびをしてあるいたようすが見えています。
活人形 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
塔をおりてとびらをドンドンたたく。しばらく待ってもあけてくれぬ。またドンドンくつでける。しばらく待っているとやっとあけてくれた。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
次郎が毎日はくくつを買ったという店の前あたりを通り過ぎると、そこはもう新橋の手前だ。ある銀行の前で、私は車をめさせた。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一寸ちよつとくつさき團栗どんぐりちたやうなかたちらしい。たゞしその風丰ふうばう地仙ちせんかく豫言者よげんしやがいがあつた。小狡こざかしきで、じろりと
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
トーマスは、さんさんとかがやく太陽たいようの下で、いつまでも、どちらをはくかまよいつづけて、ぼんやりとくつをみながらすわっていた。
クリストフのくつの大きいこと、服の醜いこと、ほこりをよく払ってない帽子、田舎訛いなかなまりの発音、可笑おかしなお辞儀の仕方、高声のいやしさ
いつでもきみだけとけたくつのひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ、困るよ、しっかりしてくれないとねえ。
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ほうらごらん、こんなに汗がひたいに出て。顔が青くなりましたよ。次郎ちゃん、じゃあきょうは、あんたのおくつはいてらっしゃい。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
お猫さんとお黒さんは、本も、帳面も、鉛筆も、洋服も、くつも、みんなよくそろへました。そろへてしまふと、がつたりとつかれました。
お猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子古川アヤ(著)
往来はほこりが二寸もつもつてゐて、其上に下駄の歯や、くつの底や、草鞋わらじうらが奇麗に出来上つてる。車の輪と自転車のあとは幾筋だか分らない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
浜田は茶っぽい背広を着て、チョコレート色のボックスのくつにスパットを穿いて、群集の中でも一ときわ目立つ巧者な足取で踊っています。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はだにはシャツもつけず、足にはくつもはかず、身をおおう屋根もない。まったくそういうものを持たない空飛ぶはえのようである。
応接室に通されておよそ十五分ばかりも待ってると、やがて軽いくつの音が聞えてスウッとドアひらいて現れたのは白皙はくせき無髯むぜんの美少年であった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして、狂気のようになって、甲板へ出ようとしますけれど、そこには岩のようなくつと、ヒューヒューうなるむちが待ち構えているのでした。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うたってしまうと、とりはまたんできました。みぎあしにはくさりち、ひだりつめくつって、水車小舎すいしゃごやほうんできました。
彼女のくつの先が、その服の下からのぞいている。わたしはできることなら、うやうやしくその靴にぬかずきたいとさえ思った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
辟易たじろぐ拍子に、ズドンと一発! 夫人の銃弾が背後うしろの扉にそれて、濛々と白煙が立ち込める。床にころがった拳銃ピストルを、素早くくつで払い退ける。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
古藤はしゃちこった軍隊式の立礼をして、さくさくと砂利じゃりの上にくつの音を立てながら、夕闇ゆうやみの催した杉森すぎもりの下道のほうへと消えて行った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
玄関にづれば、うばのいくはくつを直し、ぼく茂平もへい停車場ステーションまで送るとて手かばんを左手ゆんでに、月はあれど提燈ちょうちんともして待ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
おとうとかみたいそうよろこんで、おかあさんのこしらえてくださったふじづるの着物きものくつからだにつけて、ふじづるの弓矢ゆみやちました。
春山秋山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
神谷が承知の旨を答えると、探偵はくつをぬいで、単身薄暗い家の中へはいって行ったが、やや五分もすると、失望の色を浮かべて戻ってきた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また履物はきもの黒塗くろぬりりのくつみたいなものですが、それはかわなんぞでんだものらしく、そうおもそうにはえませんでした……。
くつも、靴下くつしたも、ふくらはぎ真黒まっくろです。緑の草原くさはらせいが、いいつけをまもらない四人の者に、こんなどろのゲートルをはかせたのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
たとえばこれを英国におけるくつの製造業について見るも、無論立派な機械がだんだん発明されて来ているから、その生産力は非常にふえている。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
どこか板敷きの床の上をコツコツと歩くくつの音がして、やがて奥の方で、「△△君、○○君、交代!」という声がした。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
というのは、そういう人は高価な継ぎ竿を幾本も持っているし、魚籠びく餌箱えばこ、帽子から服からくつまで、すべてその道の装具をきちんとそろえている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今の社会で口のあいたくつをはいて、油だらけの菜っ葉服を着て、足のかかとのように堅い手の皮を持った、金をそのくせ持っていない、「海坊主」を
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
マーキュ 出來できた。此上このうへ洒落競しゃれくらべぢゃぞ。これ、足下おぬしそのうすっぺらなくつそこは、いまこと/″\って、はて見苦みぐるしいあししゃらうぞよ。
えりや、そで口には白いレースをつけ、締金しめがねでとめたくつをはき、靴下どめにはチョウ型リボンがむすんであります。
オヤ、可哀相かあいさうわたしちひさなあしは!いまだれがおまへくつ靴足袋くつした穿かしてくれるでせう?わたしにはとて出來できないわ!でも、あンまとほぱなれてるんですもの。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
しゆあはれめよ、しゆあはれめよ、しゆあはれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲヰチはひながら。ピカ/\と磨上みがきあげたくつよごすまいと、には水溜みづたまりけ/\溜息ためいきをする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これはのちほどおはなしをする朝鮮ちようせん古墳こふんからもるもので、かようなくつかんむりは、もちろん平生へいぜい使つかつたものでなく、儀式ぎしきのときなどにもちひたものでありませう。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
『おつ魂消たまぎえた/\、あぶなく生命いのちぼうところだつた。』と流石さすが武村兵曹たけむらへいそうきもをつぶして、くつ片足かたあしでゝたが、あし幸福さひはひにも御無事ごぶじであつた。
髭に続いてちがいのあるのは服飾みなり白木屋しろきや仕込みの黒物くろいものずくめには仏蘭西フランス皮のくつ配偶めおとはありうち、これを召す方様かたさまの鼻毛は延びて蜻蛉とんぼをもるべしという。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
急に、グッグッというくつの音がして、お巡査さんが、急いでけつけて来たかと思うと、二銭の苞を握っている吉公の右の手首を、グッと握りしめました。
納豆合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
洪水は道を没して、サンドはくつを失ったうえ、乗って帰る馬車さえもなく、幾度か危険な目に逢いながら、命からがら帰り着いたのはもはや夜半であった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
夜十時頃、こっそり家へ帰って、暗い玄関でくつひもを解いていたら、ぱっと電燈でんとうがついて兄さんが出て来た。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その笑いのあと、かれはほかの来賓たちのほうは見向きもしないで、くつ拍車はくしゃ佩剣はいけんとの、このうえもない非音楽的な音を床板ゆかいたにたてながら、だんにのぼった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
もう今朝けさは上野へ行く電車賃もないので、与一は栗色くりいろの自分のくつをさげて例の朴のところへ売りに行った。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
この寒くて、うす暗い夕ぐれの通りを、みすぼらしい身なりをした、年のいかない少女がひとり、帽子ぼうしもかぶらず、くつもはかないで、とぼとぼと歩いていました。
兵士へいし軍楽ぐんがくそうしますのはいさましいものでございますが、の時は陰々いん/\としてりまして、くつおともしないやうにお歩行あるきなさる事で、これはどうも歩行あるにくい事で
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
足の悪いお新さんと鶴子を茶店ちゃみせに残して、余はくつのまゝ、二人の女は貸草履に穿えて上りはじめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
だつて、かんがへていらつしやらないも同然どうぜんだわ。今日けふはもう二十日はつかぎよ。それに、こないだから、子供こども洋服やうふくくつをあんなにつてやりたいつてつてたぢやないの?
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
だんだんその落葉の量が増して行って、私のくつがその中に気味悪いくらい深く入るようになり、くさった葉の湿しめがその靴のなかまでみ込んで来そうに思えたので
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
此人このひとはじめは大藏省おほくらしやう月俸げつぽうゑん頂戴ちようだいして、はげちよろけの洋服ようふく毛繻子けじゆす洋傘かうもりさしかざし、大雨たいうをりにもくるまぜいはやられぬ身成みなりしを、一ねん發起ほつきして帽子ぼうしくつつて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)