はるか)” の例文
田圃のはるか東に、いつも煙が幾筋か立って居る。一番南が目黒の火薬製造所の煙で、次が渋谷の発電所、次ぎが大橋発電所の煙である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それで、予科三年修了者と、その頃の中学卒業生とを比べて見ると、実際は予科の方が同じ普通学でもはるかに進んでいたように思われた。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その点では一二の大家たいか先生の方が、はるかに雑俗の屎臭ししうを放つてゐると思ふ。粗密は前にも書いた通り、気質の違ひによるものである。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしはまた両方を見くらべて、後者の方が浅薄に外観の美を誇らず、見掛倒しでない事から不快の念を覚えさせる事がはるかに少ない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてその事等の方がはるかに面白くもあるし、又「何か」を含んでいるんだが、どうも、いくら踏ん張ってもそれが書けないんだ。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
……………………そのエクスタシイは形の上に過ぎなくて、心では、何かはるかなものを追っている、妙に冷い空虚を感じたのでございます。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一体誰でも昔の事は、遠くへだたったように思うのですから、事柄と一所いっしょに路までもはるかに考えるのかも知れません。そうして先ずみんな夢ですよ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながめやればはるか向ふに燈火ともしびの光のちら/\と見えしに吉兵衞やうやくいきたる心地こゝちし是ぞまがひなき人家ならんと又も彼火かのひひかり目當めあてゆき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
はるかくら土手どてすかしててぶつ/\いひながらかれさら豚小屋ぶたごやちかづいて燐寸マツチをさつとつてて「油斷ゆだんなんねえ」とつぶやいてまたぢた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
は人にたすけられて高所たかきところ逃登にげのぼはるか駅中えきちゆうのぞめば、提灯ちやうちんたいまつともしつれ大勢の男どもてに々に木鋤こすきをかたげ、雪をこえ水をわたりこゑをあげてこゝにきたる。
夢かとばかり驚きながら、たすけ參らせて一間ひとませうじ、身ははるかに席を隔てて拜伏はいふくしぬ。思ひ懸けぬ對面に左右とかうの言葉もなく、さきだつものは涙なり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
確たる根拠もなく「郡は人物だ」と云って彼を推し挙げた世評が、今や事実をはるかに飛躍して彼を叩きのめしにかかった。
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
袋棚ふくろだなと障子との片隅かたすみ手炉てあぶりを囲みて、蜜柑みかんきつつかたらふ男の一個ひとりは、彼の横顔を恍惚ほれぼれはるかに見入りたりしが、つひ思堪おもひたへざらんやうにうめいだせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おびただしく流れたるが、見ればはるか山陰やまかげに、一匹の大虎が、嘴に咬へて持て行くものこそ、まさしく月丸が死骸なきがらなれば
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
不昧公は江戸のやしきはるかにその噂を聞き伝へた。胃の腑はいつぞやの復讐しかへしの時が来たのを思つて小躍りした。不昧公は用人ようにんを呼んで何か知ら言ひつけた。
不入りな高價な興行をつづけるよりは、一年三百六十五日の日はかなりなものを運ぶから三十錢滿員の方が、或ははるかによい成績をあげないとはいへない。
むぐらの吐息 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
目指す故郷はいつの間にかはるかへだたってしまい、そして私は屡〻つまずいたけれども、それでも動乱に動乱を重ねながらそろそろと故郷の方へと帰って行った。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さむれば昨宵ゆうべ明放あけはなした窓をかすめて飛ぶからす、憎や彼奴あれめが鳴いたのかと腹立はらだたしさに振向く途端、彫像のお辰夢中の人にははるか劣りて身をおおう数々の花うるさく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つまりそのとし日本につぽん外國がいこく輸出ゆしゆつした總額そうがく一億一千七百萬圓いちおくいつせんしちひやくまんえんよりもまだはるかおほくの金額きんがくだつたので、人々ひと/″\はみんな洪水こうずい大慘害だいさんがいにはふるあがつたものです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
加女かめ夫人ははるかに之を見て顔色たちまち一変せり、「まア、何と云ふヅウ/\しい奴でせう、脅喝ゆすり新聞、破廉耻漢はぢしらず
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私ども婦人がはるかに劣弱な位地にあることをじ、敬虔けいけんな心から事ごとに男子の教に聞いて、大急ぎで男子と対等な処まで智力の充実を計りたいと思っています。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
自分は握手して、黙礼して、この不幸なる青年紳士と別れた、日は既に落ちて余光華かにゆうべの雲を染め、顧れば我運命論者はさびしき砂山の頂に立って沖をはるかながめて居た。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私はこの渋谷町の高台からはるかに下町の空に、炎々とみなぎる白煙を見、足許には道玄坂を上へ上へと逃れて来る足袋はだしに、泥々の衣物を着た避難者の群を見た時には
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その東洋の幽霊と相異なるところ、おのづから其他界に対する観念のはるかに我と違ふところあればなり。
他界に対する観念 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かれここに黄泉比良坂よもつひらさかに追ひ至りまして、はるかみさけて、大穴牟遲おほあなむぢの神を呼ばひてのりたまはく
大洋にかぢを失ひしふな人が、はるかなる山を望む如きは、相沢が余に示したる前途の方鍼はうしんなり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
貴方あなたはじめ、代診だいしん會計くわいけいれから、すべ貴方あなた病院びやうゐん奴等やつらは、じつしからん、徳義上とくぎじやうおいては我々共われ/\どもよりはるか劣等れつとうだ、なんため我々計われ/\ばかりがこゝれられてつて
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かれ最愛さいあいちゝ濱島武文はまじまたけぶみは、はるかなる子ープルスで、いま如何いかなるゆめむすんでるだらう、少年せうねんゆめにもかくした母君はゝぎみ春枝夫人はるえふじんは、昨夜さくやうみちて、つひその行方ゆくかたうしなつたが
彼等は三条の旅宿に二三日の逗留とうりゅうをして、都の春を十分に楽しむと、また大鳥毛おおとりげやりを物々しげに振立てて、三条大橋の橋板を、踏みとどろかしながら、はるか東路あずまじへと下るのであった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いままでより道幅のはるかに広くなった往来のうえに決定的にそうわたしは感じた。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
と、交互に襲ひ来る希望と絶望との前にへたばるやうな気持であつた。痛恨と苦しい空漠くうばくとがある。私はふいに歩調をゆるめたりなどして、今歩いて来た後方をはるかに振り向いて見たりした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ロミオ この黄金こがねつかはすぞ、これこそはひとこゝろ大毒藥だいどくやくぢゃ、おぬしりかぬるこの些末さまつなる藥種やくしゅよりもこの濁世ぢょくせでははるかおそろしい人殺ひとごろしをするもの。おぬしではうてわしこそはどくるのぢゃ。さらば。
成る程と感心して余は猶お我腕前のはるかに目科より下なるを会得したり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
僕等はしばし休んで合羽かつぱを身にはじめた。その時はるか向うの峠を人が一人のぼつて行くのが見える。やはり此方こつちの道は今でも通る者がゐるらしいなどと話合ひながら息を切らし切らし上つて行つた。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ゆきかよふひとかほちいさく/\ちがひとかほさへもはるかとほくにるやうおもはれて、つちのみ一丈もうへにあがりごとく、がや/\といふこゑきこゆれどそこものおとしたるごとひゞきにきゝなされて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
富岡は、甲板に出て、寒い海の風に吹かれながら、いま眼の前はるかに立つてゐる島を、飽きもせずに眺めてゐた。種子島は、寝そべつた島であつたけれども、屋久島は、海の上に立つてゐる島のやうだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
のちにか、はるかのちにか、はた今すぐにか
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
はるかに 露西亜ロシア
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「眼に立つや海青々と北の秋」左のまどから見ると、津軽海峡の青々とした一帯の秋潮しゅうちょうを隔てゝ、はるかに津軽の地方が水平線上にいて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かれにはには節制だらしのないさわぎのこゑみゝ支配しはいするよりもとほかつはるかやみ何物なにものをかさがさうとしつゝあるやうにたゞ惘然ばうぜんとしてるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さるほどに「れぷろぼす」は両軍の唯中に立ちはだかると、その大薙刀をさしかざいて、はるかに敵勢を招きながら、いかづちのやうな声でよばはつたは
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私をおぶった男は、村を離れ、川を越して、はるか鈴見すずみの橋のたもと差置さしおいて帰りましたが、この男はおうしと見えて、長いみちに一言も物を言やしません。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はるか木隠こがくれの音のみ聞えし流の水上みなかみは浅くあらはれて、驚破すはや、ここに空山くうざんいかづち白光はつこうを放ちてくづれ落ちたるかとすさまじかり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
血つづきのせいかおてつに似て、おおまかな侠気きょうきはだな性分らしく、しかしさすがにおてつよりははるかにおちついた、大きな宿の主婦らしい貫禄かんろくがあった。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かくてその年もくれて翌年よくとしの二月のはじめ、此弥左ヱ門山にいりたきゞを取りしかへるさ、谷におちたる雪頽なだれの雪のなかにきは/\しくくろものありはるかにこれを
花吉は顧みて河鰭等とはるかに目くばせしつ、ピタリ座に着きて膝を進めぬ、「篠田さん、——河鰭さんから」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
細長い建物の北側がすぐに湖水の絶景に面し、南側は湖畔の小村落をへだてて、はるか重畳ちょうじょうの連山を望みます。私の部屋は、湖水に面した北側の一方の端にありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もし米国人が、将来東京の建直しに助力するような事があるとしたら、それは明治のむかし薩長人が手入をしたよりもはるかに美術的ではあるまいかというような気もする。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家庭において、社交において、男女交際において、一人前の娘として恥しからぬ娘を仕立てる事は良妻賢母主義の教育に比べてはるかに優っており、かつまた急務だと存じます。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
さかりと咲亂さきみだれえも云れぬ景色けしきに寶澤は茫然ばうぜんと暫し木蔭こかげやすらひてながめ居たり此時はるかむかうより年頃四十ばかりの男編綴へんてつといふをまと歩行あゆみ來りしがあやしやと思ひけん寶澤に向ひて名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)