綿わた)” の例文
ころしも一月のはじめかた、春とはいへど名のみにて、昨日きのうからの大雪に、野も山も岩も木も、つめた綿わたに包まれて、寒風そぞろに堪えがたきに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
隣のつま綿わたの師匠の家は弟子やら町内の金棒曳かなぼうひきやらでハチ切れるやうなかしましさです、多分この變事の噂でもしてゐるのでせう。
成程白い雲が大きなそらわたつてゐる。そらかぎりなく晴れて、どこ迄も青くんでゐる上を、綿わたひかつた様ない雲がしきりに飛んで行く。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あたたかい、やさしい、やわらかな、すなおな風にさそわれて、鼓草たんぽぽの花が、ふっと、綿わたになって消えるようにたましいがなりそうなんですもの。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おじいさんは、みじかい、綿わたのたくさんはいった、半纒はんてんていました。そして、おおきな眼鏡めがねうちからをみはって、若者わかものかおていましたが
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「おう機と云へばなイ手古奈、綿わたちもんは立派なもんだど、明日にも一寸畑へ往つて見てきさい、なイ手古奈や雪のやうな白い實がなつたど」
古代之少女 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
ああ、そうだろうとも、ねえ。だがこまったよ、もう家の中には、少しぽっちの綿わたよりほかには何にもないんだよ。ちょっとお待ち、この綿を
せめて母に新しく綿わたのはいったもの一枚でも着せてやりたい、こういう考えから千三は一生懸命に働いた、しかも通学は一晩も休まなかった
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ごろでは綿わたがすつかりれなくなつたので、まるめばこすゝけたまゝまれ保存ほぞんされてるのも絲屑いとくづぬの切端きれはしれてあるくらゐぎないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「これは水気が来ておりますから、……綿わたふくませたせいもあるのでございましょう。」——おくさんはぼくにこういった。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、風車の手によってまねきよせられるように、雲は東の地平から、つづれ綿わたのように流れ出してきて、いずこともなく流れ去っていきました。
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
有るか無きかの微風そよかぜにも、その初毛うぶげのやうな、また綿わたのやうな花が軽く静かに飛んで行く。いや花では無くて、やはり花の後に著ける綿なのである。
じゃアう仕ましょううちへみいちゃんだのおしげさんだのが綿わた摘みの稽古に来ますから、あのにも綿を摘む内職を
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かれは、おもわず絶叫ぜっきょうした。だがその口も、たちまち綿わたのようなものをつめられてしまったので、声も立てられない。ただ身をもがいて、しまろんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
程もなく三越みつこしから大きな箱が届きました。「何だろう」と思って開けましたら、燃立つような緋縮緬ひぢりめん白羽二重しろはぶたえの裏、綿わたをふくらかに入れた袖無しです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
月はいよいよ西に傾きて、遥かの沖の方には、綿わたの如く、襤褸ぼろの如き怪しげなる雲のしきりに動くを見たり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「ぢや、お化粧を直して坐つてごらんよ。髮は、今晩はそれでいゝわ。あしたの朝、髮ゆひさんへ行つてらつしやい。あんたはきつと結ひ綿わた似合にあふわね。」
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
四番よばんめの大伴おほとも大納言だいなごんは、家來けらいどもをあつめて嚴命げんめいくだし、かならたつくびたまつていといつて、邸内やしきうちにあるきぬ綿わたぜにのありたけをして路用ろようにさせました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
雪中をする人陰嚢いんのう綿わたにてつゝむ事をす、しかせざれば陰嚢いんのうまづこほり精気せいきつくる也。又凍死こゞえしゝたるを湯火たうくわをもつてあたゝむればたすかる事あれども武火つよきひ熱湯あつきゆもちふべからず。
沙弥満誓さみのまんぜい綿わたを詠じた歌である。満誓は笠朝臣麻呂かさのあそみまろで、出家して満誓となった。養老七年満誓に筑紫の観世音寺を造営せしめた記事が、続日本紀しょくにほんぎに見えている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
木綿糸の手毬も作って店で売っていたけれども、そういうのは中味が綿わたばかりで、糸は少ししか巻いてないので、つぶれやすくもあり、またちっともはずまなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
われは声を忍びて、かたく顔をきんに押し当てて欷歔すすりあげしに、熱涙綿わたに透りて、さながら湯をば覆えしたるごとく、汗は流れて、熱をやみたる人のごとく、いとあつし。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それは綿わたはいった、すそあついものでございますので、道中どうちゅうこしところひもゆわえるのでございます。
そこで綿わたのやうに疲勞つかれてねむりにつきました。くさき、いしまくらにして、そしてぐつすりと。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
がつゆき綿わたのようにまちて、一晩ひとばんのうちに見事みごとけてゆくころには、袖子そでこいえではもう光子みつこさんをこえこらなかった。それが「金之助きんのすけさん、金之助きんのすけさん」にわった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして用意してきたつけひげをはったり、モジャモジャの頭をうまくなでつけたり、ふくみ綿わたをしたり、顔に変装用の化粧をしたり、そのほかいろいろの秘術をつくしたのです。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこには真白まっしろ綿わた蒲団ふとんいて、その上に青いエメラルドの宝石が一つっていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
へんなことをすると思ってよく見ると、虹の橋なんかとひとり勝手に感激していて気がつかなかったが、前列の椅子の背に、なにか書いたものといっしょに一きれの綿わたがはさんである。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
あの固形体のパルプが、ねとねとの綿わたになり、乳になり、水にされ、ふるわれてゆく次から次への現象のまた、如何に瞬時の変形と生成とを以て、私たちを驚かしたか。この化学の魔法は。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
日本の墨壺すみつぼと云うのは、磨た墨汁すみ綿わた毛氈もうせん切布きれしたして使うのであるが、私などが原書の写本に用うるのは、ただ墨を磨たまゝ墨壺の中に入れて今日のインキのようにして貯えて置きます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
玄翁げんのうはこのはらとおりかかると、おりふしあきすえのことで、もうれかけたすすき尾花おばなしろ綿わたをちらしたように一めんにのびて、そのあいだのこった野菊のぎくやおみなえしがさびしそうにのぞいていました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「別に女房に甘いってわけじゃないんですよ、奥さん。実は私、他に着物がないから、洗濯して火でかわかして、綿わたを入れて、元通りに縫う間、裸で寒いから布団にくるまっているって算段なんですよ」
座布団ざぶとん綿わたばかりなる師走しはす
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
コンコン小雪こゆき綿わたならば
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
はじめて片手を休めたが、それさへ輪を廻す一方のみ、左手ゆんでなお細長い綿わたから糸をかせたまゝ、ちちのあたりに捧げて居た。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「きょうのうちに、綿わたをいれてしまいたいものだ。」と、ひとりごとをしながら、はりうごかしていられました。
赤い実 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お隣の綿わたの師匠のお鶴は、平次と八五郎の顏を見ると、下卑げびしなを作り乍ら、恐ろしい勢ひで捲くし立てました。
宗助も厚い綿わたの上で、一種の静かさを感じた。瓦斯の燃える音がかすかにしてしだいに背中からほかほか煖まって来た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
羽には日本の綿わたの様にいろいろの種類があるが、自分達の買つた羽は中位ちゆうぐらゐの品で、その価は一枚分が四十八マアク(弐拾四円)であつた。(九月十五日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
顕家は綿わたのごとく疲れていたのにさてなかなか眠れなかった。——山風はつよく、麓では遠い兵馬の喧騒が海鳴うみなりに似、夜じゅう、何か事ありげだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その部屋のそとを通りかかると、六十八になる伯母をば一人ひとり、古い綿わたをのばしてゐる。かすかに光る絹の綿である。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのように花前は、絶対ぜったいにほかに交渉こうしょうしえないけれど、周囲しゅういはしだいにその変人へんじんをのみこみ、変人になれて、石塊せっかい綿わたにつつんだごとく、無交渉むこうしょうなりに交渉こうしょうができている。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その中へ五六寸ばかりの木をかしらばかり人形に作り、目鼻をゑがき、二ツつくりて女神男神とし、女神はかしらに綿わたをきせ、紙にて作りたる衣服にべににて梅の花などゑがく。
しなぜに蒲團ふとんした巾着きんちやくれた。さうして籰棚わくだなからまるめ箱をおろして三つのしろたまごれた。以前いぜん土地とちでも綿わたれたので、なべにはをんなみな竹籰たかわくいといた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しらぬひ筑紫つくし綿わたにつけていまだはねどあたたけく見ゆ 〔巻三・三三六〕 沙弥満誓
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「ハテこれは綿わたやの広告だ。それもへいに貼ってあるのを引きいだものらしい」
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、つめたい綿わたのようなものが、花田君の鼻と口をおさえました。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どんな、はずみのい、くづれる綿わた踏越ふみこ踏越ふみこしするやうに、つまもつれる、もすそみだれる……それが、やゝ少時しばらくあひだえました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いつしか、ふゆとなりました。あたりは、灰色はいいろとなって、ゆきがちらちらとって、もりや、はやしに、しろく、綿わたをちぎって、かけたようなでありました。
熊さんの笛 (新字新仮名) / 小川未明(著)
宗助そうすけあつ綿わたうへで、一種いつしゆしづかさをかんじた。瓦斯ガスえるおとかすかにして次第しだい脊中せなかからほか/\あたゝまつてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)