しる)” の例文
それで赤貝姫がしるしぼあつめ、蛤貝姫がこれを受けて母の乳汁として塗りましたから、りつぱな男になつて出歩であるくようになりました。
しるの多い芳しい果実を舌が喜ぶように、人の眼は色彩を喜ぶ。その新しい御馳走ごちそうの上へ、クリストフは貪婪どんらんな食欲で飛びついていった。
私はそれをとって、その中へ、ぶどうのしるをしぼりこみました。そして、日のよくあたりそうなところへ、ぶらさげておきました。
しかも今度のは半分に引切ひっきってある胴から尾ばかりの虫じゃ、切口があおみを帯びてそれでこう黄色なしるが流れてぴくぴくと動いたわ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてそのミカンは、その毛の中のしるを味わっている、と聞かされるとみな驚いてしまうだろうが、実際はそうであるからおもしろい。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ことに蛾次郎は、一ど徳川家とくがわけからあまいしるをすわされているので、そのほうに肩をもち、竹童はそれを伊那丸いなまるとともに敵としている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てんでに指を突きこんでそれに穴をあけると、先づそこからしるを啜つて、それから一と切れづつ切り取つては口へ放りこみ始めたものだ。
女の子は、まい朝、そとへでていっては、草のや、しるのおおいや、クルミのようにかたい実を、たくさんあつめてきました。
しばらまつててゐるうちに、いしかべ沿うてつくけてあるつくゑうへ大勢おほぜいそうめしさいしる鍋釜なべかまからうつしてゐるのがえてた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
その時分は銀子もまだ苦いしるの後味が舌に残りながら、四年間同棲どうせいした、一つ年上の男のことが、綺麗きれいさっぱりとは清算しきれずにいた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おつぎは勘次かんじ吩咐いひつけてつたとほをけれてあるこめむぎとのぜたのをめしいて、いも大根だいこしるこしらへるほかどうといふ仕事しごともなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その東北の方からけた銅のしるをからだ中にかぶったように朝日をいっぱいに浴びて土神がゆっくりゆっくりやって来ました。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
虎の威をかさにきてだいぶちょくちょくうまいしるを吸っているものとみえ、御免安のやつ、何かとんでもないことをもくろんでいるらしい——。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しょうちゃんは、お勝手かってもとへいってみました。ガスにがついて、おしるのなべが、かかっていました。そこにもおかあさんは、いらっしゃいません。
お母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
一瓶ひとびんの水と、数粒の豆が浮いてる貧しい一皿のしるとを、寝台のそばに置き、彼の鉄枷てつかせを調べ、鉄格子てつごうしをたたいて検査した。
時に厚いくちが、急に煮染にじむ様に見えて、しばらく眺めてゐるうちに、ぽたりと椽におとがした。切口きりくちあつまつたのは緑色みどりいろの濃いおもしるであつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
別にふなはえしたのを粉にした鮒粉ふなこと云うものを用意してこの二つを半々に混じ大根の葉をったしるくなかなか面倒なものであるそのほか声を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その弟子が「自分の粉骨砕身の努力の結果を先生がそっくりさらって一人でうまいしるを吸った」と言って恨む場合や
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一夜さましておいて明日召上る前に温めて出しますと肉の味としるの味とよく調和してく美味しい処が食べられます。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「よろしゅうございます。ねずみがわるささえしなければ、わたくしどももがまんして、あわびかいでかつぶしのごはんやしるかけめしべて満足まんぞくしています。」
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
貴賤きせん貧富ひんぷの外にあるむなしさ、渋さと甘さと濃さと淡さとを一つの茶碗に盛り入れて、あわしるも一緒に溶け合ったような高い茶の香気をかいで見た時は
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて林太郎は、おばあさんが、ねこのおわんへもってくれたしるかけめしをもって、土間へおりていきました。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
己の指が小蛇のよう跳りながら、生白い首にからんで喉骨のどぼねのくだけるほども喰い入ると、腸の底からき上るような声がして、もう、あのぬらめいた血のしるだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
台所からは、みそしるにおいがして、白痴の子がだらしなく泣き続ける声と、叔父おじが叔母を呼び立てる声とが、すがすがしい朝の空気を濁すように聞こえて来た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まえうも麪桶めんつうがはりに砂張すばり建水みづこぼしつてるので感心したから、残余肴あまりものだが参州味噌さんしゆうみそのおしるもあるから、チヨツとぜん御飯ごぜんげたい、さア家内うちあがつてね
かけめししる兼帶けんたいの樣子なり其外行燈あんどん反古張ほごばりの文字も分らぬ迄に黒み赤貝あかゞひあぶらつぎ燈心とうしんは僅に一本を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さなかつらというつる草をついてべとべとのしるにしたものをいちめんに塗りつけて、人が足をみこむとたちまちすべりころぶようなしかけをさせてお置きになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
墨がすれると、こんどは、古い新聞紙を机の上にのべて、筆に、たっぷり墨のしるをふくませる。それから、筆を右手にもって、ひじをうんと張り、新聞紙の面にぶっつける。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
片隅かたすみ焜炉こんろで火をおこして、おわんしるを適度に温め、すぐはしれるよう膳をならべて帰って行く。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
荻生さんは、銀行の二階を借りて二人を迎えた。ご馳走にはいり鳥と鶏肉けいにくしる豚鍋ぶたなべ鹿子餅かのこもち
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
我わがおもひしるをなほも漏れなくしぼらんものを、我に是なきによりて語るに臨み心後る 四—六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
須原峠を小屋こやいたり泊す、温泉塲をんせんば一ヶ所あり、其宿の主人は夫婦共にたま/\他業たぎやうしてらず、唯浴客数人あるのみ、浴客一行の為めにこめかししる且つ寝衣をも貸与たいよ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
朝の味噌しるに、石見銀山いはみぎんざんを投り込んだ者があります、幸ひ曲者はなべを間違へたので私達は皆んな無事で、下女のお徳と、手代の金之助と下男の五助が少し胸を惡くしましたけれど
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
久さんのおかみは亭主の久さんに沢庵たくわんで早飯食わして、ぼくかなんぞの様に仕事に追い立て、あとでゆる/\鰹節かつぶしかいてうましるをこさえて、九時頃に起き出て来る親分に吸わせた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おぢさん「でもあのしるがすきなとりがあるとさ。そのとりると河馬かばはじつとして、あの毛穴けあななか黴菌ばいきんとりがとつてくれるのをまつてゐるんだつてさ。それがそのとり食物しよくもつなのさ」
食物しよくもつはる樹木じゆもく若芽わかめるとこのんでべ、またしるおほくさべますが、なつになつて草木くさき生長せいちようすると穀物こくもつやそばなどべ、さむくなつてくさしほれると森林内しんりんないでぶな、かし
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
のちにきけば此秋山にすりばちのあるは此家と此本家のみとぞ。此地にて近年豆を作りはじめて味噌をもつくれども、かうじを入る事をせず、ほだてしるにするゆゑすりばちはもたざるとぞ。
仲橋広小路の市は、ちょうど鰌屋どじょうやの近辺が一番賑やかであった(江戸の名物鰌屋は浅草の駒形、京橋で仲橋、下谷で埋堀うめぼり、両国で薬研堀この四軒でいずれも鰌専門でしると丸煮だけである)
残りのしるをみな竹の管に吸ひ入れ、ふーつと一つ大きなシャボン玉を吹き出しながら、「わしの子供になれ、子供になーれ、」と口の中でとなへますと、シャボン玉が子供の姿になつて
シャボン玉 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
先生のげんによると、それはタムシ草と云って、その葉や茎から出るしるれば疥癬ひぜんの虫さえ死んでしまうという毒草だそうで、食べるどころのものでは無い危いものだということであって
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大磯おほいそちかくなつてやつ諸君しよくん晝飯ちうはんをはり、自分じぶんは二空箱あきばこひとつには笹葉さゝつぱのこり一には煮肴にざかなしるあとだけがのこつてやつをかたづけて腰掛こしかけした押込おしこみ、老婦人らうふじんは三空箱あきばこ丁寧ていねいかさねて
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いろいろ互いに食通振しょくつうぶりを披瀝ひれきしたが、結局、パイナップルの鑵詰かんづめしるにまさるものはないという事になった。桃の鑵詰の汁もおいしいけど、やはり、パイナップルの汁のような爽快そうかいさが無い。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
駄餉だしょうとも雑餉ざっしょうともこれをいって、めし屯食とんじきという握飯にぎりめしで、しるは添わなかったようであるが、そのかわりにはいろいろのご馳走ちそうひつ長持ながもちで持ちはこばれ、上下じょうげ何十人の者が路傍の森のかげなどで
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
与平は乾いた手拭てぬぐいで、胸からへそへかけてゆっくりこすった。千穂子がかたづく以前からっている白猫しろねこが、のっそりと与平の足もとにたたずんでいる。小さいでは、なべからしるえこぼれていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかつめらしい顔をして心にもない事を誠しやかに説いていると、えらくあましるが吸えるものと見えるなあ。別に悪意がある訳ではなく、心安立こころやすだてからのいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しくしくと冷めたいっぱい草のしるが虫歯の虚孔うろに沁み入った。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
此他にさけとかしるとか云ふ如き或る嗜好飮料しこうゐんれうも有りしが如し。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
豆もやしと氷豆腐を買ひ来つつしるつくらむと心いそげり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「おい君、君はしるの実のすくひやうが多いぞ」
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
頭は露草のしるで染めたように青いのである。
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)