とん)” の例文
「はい、あの、私もそれを承りましたので、お帰りになりませんさきと存じまして、お宿へ、とんだお邪魔じゃまをいたしましてございますの。」
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
烟突の破間やれまからは、北海の青空が見えた。空には真白な雲がとんでいた。私は青田の中に突き立った黒い、太い二本の烟突を見守っていた。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
どうしたって来たから仕方なしという待遇としか思われない。来ねばよかったな、こりゃとんだ目に遭ったもんだ。予は思わず歎息たんそくが出た。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
いわゆる一山とんで一山来るとも云うべき景にて、眼いそがしく心ひまなく、句も詩もなきも口惜くちおしく、よどの川下りの弥次よりは遥かに劣れるも
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三輪田学士はまた「環女史の離婚は何か女史の方から進んで請求したように伝えられてあるが、果してしかりとすればとんでもない心得違である」
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
とんことさ。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは聽入きゝいれぬ。『ワルシヤワこそきみせにやならん、ぼくが五ねん幸福かうふく生涯しやうがいおくつたところだ。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
が、それはもとより酒の上の冗談に過ぎないのを、世間知らずの山育ちの青年わかものただ一図いちず真実ほんとうと信じて、こことんでもない恋の種をいたのであろう。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とんでかかれば黄金丸も、稜威ものものしやと振りはらって、またみ付くをちょう蹴返けかえし、その咽喉のどぶえかまんとすれば、彼方あなたも去る者身を沈めて、黄金丸のももを噬む。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
吐露ぬかすとんだ才六めだ錢を貸すかさぬはかくも汝の口から馬鹿八とは何のことだ今一言ひとことぬかしたら腮骨あごぼね蹴放けはなすぞ誰だと思ふ途方とはうもねへと云へば切首きりくびは眼を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
アヽとんだ事をした、店の引ける前に帰ると云ったのに、斯んなに遅く今時分帰ったら、番頭が腹を立って、親父に此の事を告げれば勘当になるかも知れない
りましたのよりは、今朝ほど私の参りましたのが、一層お悪いので御座いませう。とん御娯おたのしみのお邪魔を致しまして、間さん、誠に私相済みませんで御座いました
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
笑つたりしてはいけないおかあさん……かういふ話は一歩それるととんでも無い不面目なものになる。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「ハハアそうかネ、それは至極お立派なこった。ヤこれはとんだ失敬を申し上げました、アハハハ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私はあのお手紙を拝見してどうしてそんな噂があなたのお耳に這入はいつたのかと思ひましたわ、そりや噂ですもの、とんでもない処にでも聞こえるのがあたりまへですけれどもね
私信:――野上彌生様へ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
田圃たんぼしぎなにおどろいたかきゝといて、刈株かりかぶかすめるやうにしてあわてゝとんいつた。さうしてのちしろとざしたこほり時々ときどきぴり/\となつてしやり/\とこはれるのみでたゞしづかであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
上野ではどん/″\鉄砲をうって居る、けれども上野と新銭座とは二里も離れて居て、鉄砲玉のとんで来る気遣きづかいはないと云うので、丁度あの時私は英書で経済エコノミーの講釈をして居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何事に限らずわが言ふ処まじめの議論と思給はばとんでもなき買冠かいかぶりなるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
このわたし、——有王ありおう自身の事さえ、とんでもない嘘が伝わっているのです。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いそがわしく格子の開く音にとんで出たのは、彼の円顔のおんなで、おや目賀田さんと云ってそこに有合せの下駄を突懸け、せっかくで御在ますが今日はお約束で、みんなお座敷が塞がって居ますのでと
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
そうですか、よろしゅう御座います。それじゃ御言葉に従がいまして親とも思いますまい、子とも思って下さいますな。子とお思いになるととんだお恨みを受けるような事も起るだろうと思いますから。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「然しとんだ親切ごかしが思はぬ結果になつて少々寂しいぞ。」
女に臆病な男 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
とんだことさ。』と、ミハイル、アウエリヤヌイチは聴入ききいれぬ。『ワルシャワこそきみせにゃならん、ぼくが五ねん幸福こうふく生涯しょうがいおくったところだ。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「どうしたい。とんだ騒動が持上もちあがったもんだね。」と、忠一はその枕元に坐り込んだ。室内には洋燈らんぷとぼっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ことがけを、うへはうへ、いゝ塩梅あんばいうねつた様子やうすが、とんだものにつていなり、およくらゐ胴中どうなか長虫ながむしがとおもふと、かしらくさかくしてつきあかりに歴然あり/\とそれ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
窠宿の方へ走りゆけば、狐はかくとみるよりも、周章狼狽あわてふためき逃げ行くを、なほのがさじと追駆おっかけて、表門をいでんとする時、一声おうたけりつつ、横間よこあいよりとんで掛るものあり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
仙「フーム……それはなんにしてもとんだ事だった……お前この頭巾に見覚えが有るか、誰のだか分るか」
わたしのおともだちは、まちほうとんんでゆきました。そして、いったぎりでかえってこないものもあります。
ふるさとの林の歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこ/\にきゝなし我が部屋へやいた身拵みごしらへして新造禿を引連兵庫屋へゆく中桐屋へ立寄たちより歌浦さんの御客は上方の衆かととへば女房とんいで御前樣の御言葉おものごしよく御出おいでなさると云ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
よしやあたたかならずとも旭日あさひきら/\とさしのぼりて山々の峰の雪に移りたる景色、くらばかりの美しさ、物腥ものぐさき西洋のちり此処ここまではとんで来ず、清浄しょうじょう潔白頼母敷たのもしき岐蘇路きそじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
きて見れば果せるかな、さねおのずからとん
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
とんでもないお言葉です。——何よりの品と申して、まだ拝見をいたしません。——頂戴をしますと、そのまた、玉手箱以上、あけて見たいのは山々でございました。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これははや何うもとんでもない事を申しまして、本書をお読みなさる御婦人様方には決してそんな蓮ッ葉な、薄情きわまるお方はお一人でもある気遣いはございません。
もしや夢ではなかったかと云う一種の疑惑うたがいで、迂濶うかつつまらぬ事を云い出して、とんだお笑いぐさになるのも残念だと、の日は何事も云わずにしまったが、う考えても夢ではない
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すなわち裏の垣より忍び入りて窠宿とや近く往かんとする時、かれ目慧めざとくも僕を見付みつけて、驀地まっしぐらとんかかるに、不意の事なれば僕は狼狽うろたへ、急ぎ元入りし垣の穴より、走り抜けんとする処を
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
立出小夜衣がもといたりしに夫と見るより小夜衣はとんいで直樣すぐさま我が部屋へやともなひ何くれとなくつとめをはなれし待遇もてなしに互ひの心を打明つゝかはるまいぞや變らじとすゑの約束までなせしかば千太郎は養家やうか
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ともに身體からだやすましてらくをさせようとふ、それにもしうとたちのなさけはあつた。しかしはくのついた次男じなんどのには、とん蝶々てふ/\菜種なたねはな見通みとほしの春心はるごころ納戸なんどつめがずにようか。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
若「ハイ、何うしましてとんでもない心得違いから、いろ/\伯父さんに御苦労をかけ、ほんとに申し訳がないんですわ、それに私の為を思って仰しゃることをなんでまア悪く思うなんッて」
とんでもない話である。誰がこんな奴の嫁になるものかと、お葉はむし可笑おかしくなった。が、これに伴う不安が無いでもなかった。さりとて逃げる訳にも行かぬ。彼女は相変らず黙って立っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さあ、亭主ていしゆとんでもかほをする。さがすのに、湯殿ゆどの小用場こようばでは追着おつつかなくつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
重「へい、昨夜ゆうべは出ましてまだ碌々御挨拶も致しませんが、此のたびはまた何ともお礼の申そうようはございませんが、親方のお言葉に甘えてとんだ御厄介に相成り、誠に有難う存じます」
扨は例の怪物だナと悟ったから、この畜生めッと直ぐに鉄砲を向けると、其の人は慌てて私の手を捉え、アアモシとんだ事を為さる、アノ坊さんに怪我でもせては大変ですと、無理に抑留ひきとめる。
江戸児えどつこは……くひものには乱暴らんばうです。九しやうときでも、すしだ、天麩羅てんぷらだつてふんですから。えびほしい……しんじよとでもふかとおもふと、とんでもない。……鬼殻焼おにがらやきいとふんです。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
めえまでが一緒になってのろけるてえことがあるもんか、コウ伊之さんよく聞きねえ、わっちアお前さん方の為を思ってとんで来たんだ、今日雨降りで丁度仕事がねえから先生のとこへ来てるとよ
寿美蔵はとんだ加役を引受けて気の毒です。(五月五日)
が、頂上ちやうじやうからとんには、二人ふたりとも五躰ごたい微塵みじんだ。五躰ごたい微塵みぢんぢや、かほられん、なんにもらない。うすりや、なにすくふんだか、すくはれるんだか、……なにふんだか、はゝはゝ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それるとながれきこえて、とんところながさ一けんばかりの土橋どばしがかゝつてる。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「どうしてこんな晩に、遊女おいらんがお帰しなすったんですねえ、ひどいッたらないじゃアありませんか、ねえお若さん。あら、どうもとんでもない、火をお吹きなすっちゃあ不可いけません、飛でもない。」
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ええ電車、電車とんでもない、いまのふかし立ての饅頭の一件ですもの。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴僧あなた、おそば汗臭あせくさうはござんせぬかいとんあつがりなんでございますから、うやつてりましても恁麼こんなでございますよ。)といふむねにあるつたのを、あはてゝはなしてぼうのやうにつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あとがどっと笑いになって、陽気に片附けば、まだしもでござりますに、わめいたものより、転んだもの、転んだものより、落ちたもの、落ちたものよりゃ、またとんだもの、手まわり持参で駈出したわ
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)