懷中ふところ)” の例文
新字:懐中
「へツ、そのたしなみ、生憎、懷中ふところに三日と逗留したことはありませんよ、空つぽになると、紙入ほど邪魔なものはありやしません」
湯治たうぢ幾日いくにち往復わうふく旅錢りよせんと、切詰きりつめた懷中ふところだし、あひりませうことならば、のうちに修善寺しゆぜんじまで引返ひきかへして、一旅籠ひとはたごかすりたい。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こんな時にも懷中ふところにはちやんと、緞子の煙管筒を收めて、ずんど形の煙管を取り出したものだが、どうかすると煙管を忘れて來て
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
見てからといふものは私の羞耻はにかみに滿ちた幼い心臟は紅玉ルビイ入の小さな時計でも懷中ふところかくしてゐるやうに何時となく幽かに顫へ初めた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
往返わうへんし旅人の懷中ふところねら護摩ごまはひの頭なり因て半四郎が所持の金に目をかけ樣々さま/″\にして終に道連となりしかば此夜このよ何卒なにとぞして半四郎の胴卷どうまき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さあ其事そのこと御座ござんすとて、ねふめたる懷中ふところまちがくすりくすりと嘩泣むづかるを、おゝと、ゆすぶつて言葉ことばえぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まるつきり懷中ふところの空つぽの時でも、何處といふあて無しにうろついて居るやくざで、其の日其の日をもて餘し切つて居た。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
しかるに、中途ちうとえて大瀧氏おほたきしあらはれて、懷中ふところから磨製石斧ませいせきふ完全くわんぜんちかきを取出とりいだし、坪井博士つぼゐはかせまへして。
今迄自分の立つて居る石橋に土下座して、懷中ふところの赤兒に乳を飮ませて居た筈の女乞食が、此時にはかに立ち上つた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
何がなしにその草雙紙が欲しく成つて、何度も/\其前を往つたり來たりして、しまひに混雜に紛れて一册懷中ふところに入れた少年がある——斯の少年が、自分だ。
大泥醉おほへべれけ粹背肌いなせはだ、弓手を拳で懷中ふところに蓄へ、右手を延ばして輪を畫くと、手頸をぐいと上げて少し反身のかたち。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
(棒にかけたる眼かづらを外して懷中ふところへおし込む。)仕方がねえ、濕れろ、濕れろ。お日和ひより、お日和。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
五日ほどして、私は「行春ゆくはる名殘なごり」と題した自叙傳とも云ふべき一篇を懷中ふところにして、若し此れを發表するならば私の死後明治の文壇は如何なる驚嘆の聲を發するであらう。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
「どつちにしても主婦さんは、懷中ふところが温かくて生活くらしに不自由しないんだから幸福ですわね。」
水不足 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
それでも醫者いしやへの謝儀しやぎ彼自身かれじしん懷中ふところはげつそりとつてしまつた。さうして小作米こさくまいつたくるしいふところからそれでもかれ自分じぶんないあひだ手當てあてに五十せんたくしてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「彼女は急ぎ水瓶みづがめを手に取り下ろし、それを彼に飮ましめた。」すると、彼は、懷中ふところから玉手箱たまてばこを一つ取り出して、それを開け、立派な腕環や耳環を見せた。彼女は驚愕と稱讃の身振みぶりをする。
相手の懷中ふところに十手があるとも知らずに、言ひ度いだけのことをツケツケと言つてのけるといつた何んとなく途方もないところがあります。
遂て遣はすシテ其遺書かきおき持參ぢさん致居るかと問るゝに御意ぎよいの如く持參ぢさん仕つりしと吉兵衞は懷中ふところより取出して指出さしいだしければ越前守殿是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其の千代松のところへ病院の母から、是非竹丸を連れて來て呉れといふ手紙があつたさうで、千代松は其の手紙を懷中ふところにして竹丸の家へ來た。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
れとらねばくるまそのまヽ玄關げんくわんにいそぐを、さとしなにものともらずあわたヽしくひろひて、懷中ふところにおしれしまヽあとずにかへりぬ。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、こゑないまで、したかわいたか、いきせはしく、をとこあわたゞしく、懷中ふところ突込つゝこんだが、かほいろせてさつかはつた。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小稻こいなといふ處を通つた時、海から舟で通ふほらあながあつた。こゝへ見物に來た男が、細君だけ置いて、五百圓懷中ふところに入れたまゝ舟から落ちたといふ。是は往きに聞いた話だ。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そんな時に足をやすめる場所は、關東だきがおきまりだつた。懷中ふところの都合もあり、カフヱは虫が好かないので、自然と大鍋の前に立つて、蛸の足を噛りながら、こつぷ酒をひつかける事になる。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
燈火の赤い色が其のまゝ反映するかと思ふなめらかな陶器の水入には、何時さしたのか、紫色した西洋の草花がもう萎れてゐた。私は片肱ついて、片手を懷中ふところにして、ぼんやり絶えざる雨の音を聽いた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
殺したこともかへつて彼等三人にうたがひがかゝる道理だと三五郎の計略けいりやくにてすでに火葬を頼んだ其時にもしもとおれは不承知しようちを言たらおのれが懷中ふところから金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さう言ひながら音次郎は、懷中ふところ提灯を取出すと、火打鎌を器用に鳴らして、二人の袖を風除けに、どうやらあかりを入れました。
道臣は盃を下に置き、千代松は眼鏡も帳面も算盤も一所に懷中ふところぢ込んで、京子の枕元へと急いだ。お駒は立つたり坐つたり、ただ周章あわててゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
たもとにも、懷中ふところにも、懷紙くわいしなかにもつてて、しんつて、眞顏まがほで、ゑてぐのがあぶらめるやうですごかつたとふ……ともだちはみなつてる。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いまはと決心けつしんほぞかたまりけんツト立上たちあがりしがまた懷中ふところをさしれて一思案ひとしあんアヽこまつたと我知われしらず歎息たんそくことばくちびるをもれて其儘そのまゝはもとのとほ舌打したうちおとつゞけてきこえぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ナニ僕が出しとくよ。」とK君は懷中ふところから紙入を出しながら答へた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その隙を狙つて扉を開けた上、花嫁の懷中ふところから守り刀を奪ひ取つて胸へ二度も突き立てるなんて器用な事は出來さうもないぜ
何分なにぶんをとこづくであつてれば、差當さしあた懷中ふところ都合つがふわるいから、ばしてくれろともへなからうではないか。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
にとりつあさからぬおこゝろかたじけなしとて三らうよろこびしとたへたまほかならぬひと取次とりつぎことさらうれしければ此文このふみたまはりて歸宅きたくすべしとて懷中ふところおしいれつゝまたこそと
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「この人は何を持つてゐやはるんやなア、ほところ(懷中)ふくらかして。」と、お駒は竹丸の附け紐をほどきながら言つて、懷中ふところを押さへてゐる兩手を引き退けると
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
お京は身を揉んで、極り惡さうに、男の懷中ふところに顏を埋めます。夜風の匂ふのは、娘の體温に薫蒸された、掛香らしい匂ひ。
たもとすべつてちうまつた、大切たいせつ路銀ろぎんを、ト懷中ふところ御直おんなほさふらへと据直すゑなほして、前褄まへづまをぐい、とめた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かへれ、何處どこへでもかへれ、此家このやはぢするなとてちゝ奧深おくふか這入はいりて、かね石之助いしのすけ懷中ふところりぬ。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
三日も流連ゐつゞけしたので、日取りの狂ひは後の道中で取り返すから、下向の迎ひを平井明神の境内に待ち惚けさせる心配はないが、苦勞なのは、めい/\の懷中ふところであつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
伊太松は懷中ふところを探つて手紙一枚に、覺束おぼつかない假名文字で書いた手紙を取出し、しわを伸ばして平次に見せるのです。
甚樣じんさまわたしの部屋へやへもおいでなされ、玉突たまつきしてあそびますほどに、と面白おもしろげにさそひて姉君あねきみはやねがしにはたはたと障子しやうじてヽ、姉樣ねえさまこれ、と懷中ふところよりなか
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……憂慮きづかひさに、——懷中ふところで、確乎しつかりけてただけに、御覽ごらんなさい。なにかにまぎれて、ふとこゝろをとられた一寸ちよいと一分いつぷんに、うつかり遺失おとしたぢやありませんか。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
懷中ふところからつみを取り出して、路傍みちばたの缺け瓦に尖端さきの錆を磨りおとした文吾は、白く光る針のやうな鋭さに見入りながら、これで煑賣屋の婆の眼をば、飛び込んでたゞ一突きと、氣が狂うたやうに
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
平次はかね懷中ふところに用意してゐる四文錢を勘定して、丑松少年のの上にチユウチユウタコカイと突いて見せます。
田舍ゐなかりしとき先生せんせいなりしゆゑ其和歌そのわか姉樣ねえさまにおにかけておどろかしたまへ、それこそかならず若樣わかさまかちるべしとへば、はや其歌そのうためとせがむに懷中ふところよりぶみいだ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひとみが、たゝみかけた良人をつと禮服れいふくもんはなれて、元二げんじ懷中ふところほんうつつたのであつた。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八五郎は小粒を懷中ふところに押し込んで、下谷に向ひました。それから日が暮れるまで、平次は所在もなく暮しました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
胸毛に埋もれし祖父の懷中ふところより外に世のあたゝかさを身に知らねば、春風氷をとく小田のくろに里の童が遊びにも洩れて、我れから木がくれのひねれ物に強情いよいよつのれば
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
つねさん、いまきみしとみけて、なにかがのぞいたつて、ぼく潛込もぐりこ懷中ふところがないんだもの……」
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
神田明神下の平次の家も、この二三日は御用が暇な上懷中ふところまでが霜枯しもがれで、外へ出て見る張合もありません。
夫れどころでは無いとてふさぐに、何だ何だ喧嘩かと喰べかけの饀ぱんを懷中ふところに捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何處で始まつた廓内なかか鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)