“地震(ぢしん)” の例文
例(たと)へば相模平野(さがみへいや)に起(おこ)る地震(ぢしん)に於(おい)ては、其地方(そのちほう)の北西方(ほくせいほう)に於(おい)て氣壓(きあつ)が高(たか)く、南東方(なんとうほう)に於(おい)てそれが低(ひく)いと其地方(そのちほう)の地震(ぢしん)が誘發(ゆうはつ)され易(やす)い。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
その建築(けんちく)が日本(にほん)に輸入(ゆにふ)せられて、しかも純木造(じゆんもくざう)に改竄(かいざん)されたのは、やはり材料(ざいれう)と國民性(こくみんせい)とのためで地震(ぢしん)を考慮(かうりよ)したためではない。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
註(ちう)、建(た)つて三百年(さんびやくねん)といふ古家(ふるいへ)の一(ひと)つがこれで、もう一(ひと)つが三光社前(さんくわうしやまへ)の一棟(ひとむね)で、いづれも地震(ぢしん)にびくともしなかつた下六番町(しもろくばんちやう)の名物(めいぶつ)である。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
何故(なぜ)かと云ふと、この二三年、京都には、地震(ぢしん)とか辻風とか火事とか饑饉とか云ふ災(わざはひ)がつゞいて起つた。そこで洛中(らくちう)のさびれ方(かた)は一通りでない。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
地震(ぢしん)があってから恰(ちゃう)ど最早(もう)十一年目(ねんめ)……忘(わす)れもしませぬ……一年(ねん)三百六十日(にち)の中(うち)で、はい、其日(そのひ)に乳離(ちばな)れをなされました。
夫(それ)から下(した)の方(はう)へかけて、カリフォルニヤ街(がい)の坂道(さかみち)を、断間(たえま)なく鋼索鉄道(ケーブルカー)の往来(わうらい)するのが見(み)える。地震(ぢしん)の時(とき)に焼(や)けたのが彼処(あすこ)、近頃(ちかごろ)建(た)てかけた市庁(しちやう)は彼(あれ)と、甲板(かんぱん)の上(うへ)の評定(ひやうぢやう)とり/″\頗(すこぶ)る喧(やかま)しい。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
火山(かざん)は地震(ぢしん)の安全瓣(あんぜんべん)だといふ諺(ことわざ)がある。これには一面(めん)の眞理(しんり)があるように思(おも)ふ。勿論(もちろん)事實(じじつ)として火山地方(かざんちほう)には決(けつ)して大地震(だいぢしん)を起(おこ)さない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
古(いにしへ)の國民(こくみん)は地震(ぢしん)に遭(あ)つても、科學的素養(くわがくてきそやう)が缺(か)けてゐるから、たゞ不可抗力(ふかかうりよく)の現象(げんしやう)としてあきらめるだけで、これに對抗(たいかう)する方法(はうはふ)を案出(あんしゆつ)し得(え)ない。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
大降(おほぶり)小降(こぶり)幾度(いくど)か雨(あめ)に濡(ぬ)れ、おまけに地震(ぢしん)にあつた、裾短(すそみじか)な白絣(しろがすり)の赤(あか)くなるまで、苦労(くらう)によれ/\の形(かたち)で、黒(くろ)の信玄袋(しんげんぶくろ)を緊乎(しつかり)と、柄(え)の巌丈(がんぢやう)な蝙蝠傘(かうもりがさ)。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
わが國(くに)の如(ごと)き地震國(ぢしんこく)に於(おい)ては、地震(ぢしん)に出會(であ)つたときの適當(てきとう)な心得(こゝろえ)が絶對(ぜつたい)に必要(ひつよう)なるにも拘(かゝ)らず、從來(じゆうらい)かようなものが缺(か)けてゐた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
以上(いじやう)略述(りやくじゆつ)した如(ごと)く、日本家屋(にほんかをく)が木造(もくざう)を以(もつ)て出發(しゆつぱつ)し、木造(もくざう)を以(もつ)て發達(はつたつ)したのは、國土(こくど)に特産(とくさん)する豊富(ほうふ)なる木材(もくざい)のためであつて、地震(ぢしん)の爲(ため)ではない。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
地震(ぢしん)が豪(えら)く押(おつ)ぱだかつて、しやつきり残(のこ)つたのはお天守(てんしゆ)ばかりぢや。人間(にんげん)も家(いへ)も押転(おつころ)ばして、濠(ほり)も半分(はんぶん)がた埋(うま)りましけ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
外國人(がいこくじん)は命懸(いのちが)けでないと旅行(りよこう)の出來(でき)ない國(くに)である。國民(こくみん)はあゝ度々(たび/\)地震(ぢしん)火災(かさい)に惱(なや)まされても少(すこ)しも懲(こ)りないものゝようである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
青(あを)ざめた女(をんな)の瞼(まぶた)も決意(けつい)に紅(くれなゐ)に潮(てう)しつゝ、「戸(と)を開(あ)けないで支度(したく)をしませう。」地震(ぢしん)以來(いらい)、解(と)いた事(こと)のない帶(おび)だから、ぐいと引(ひき)しめるだけで事(こと)は足(た)りる。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
又(また)さういふ種類(しゆるい)の地震(ぢしん)と爆發(ばくはつ)に伴(ともな)ふ地震(ぢしん)との區別(くべつ)も、地震計(ぢしんけい)の記録(きろく)によつて明(あき)らかにされるから、地震計(ぢしんけい)は噴火(ふんか)の診斷器(しんだんき)となるわけである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
地震(ぢしん)めつたになし。しかし、其(そ)のぐら/\と來(く)る時(とき)は、家々(いへ/\)に老若(らうにやく)男女(なんによ)、聲(こゑ)を立(た)てて、世(よ)なほし、世(よ)なほし、世(よ)なほしと唱(とな)ふ。何(なん)とも陰氣(いんき)にて薄氣味(うすきみ)惡(わる)し。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
火山(かざん)や地震(ぢしん)は強敵(きようてき)である。強敵(きようてき)を見(み)て恐(おそ)れずとは戰爭(せんそう)だけに必要(ひつよう)な格言(かくげん)でもあるまい。昔(むかし)の人(ひと)はこれらの自然現象(しぜんげんしよう)を可(か)なり恐(おそ)れたものである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
喜多(きた)は食堂(しよくだう)へ飮酒(のみ)に行(ゆ)く。……あの鐵(てつ)の棒(ぼう)につかまつて、ぶるツとしながら繋目(つなぎめ)の板(いた)を踏越(ふみこ)すのは、長屋(ながや)の露地(ろぢ)の溝板(どぶいた)に地震(ぢしん)と云(い)ふ趣(おもむき)あり。雨(あめ)は小留(をや)みに成(な)る。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
やつと二歳(ふたつ)に成(な)る嬰兒(あかんぼ)だが、だゞを捏(こ)ねて言(い)ふ事(こと)を肯(き)かないと、それ地震(ぢしん)が來(く)るぞと親(おや)たちが怯(おど)すと
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
……地震(ぢしん)とともに燒出(やけだ)した中六番町(なかろくばんちやう)の火(ひ)が……いま言(い)つた、三日(みつか)の眞夜中(まよなか)に及(およ)んで、約(やく)二十六時間(にじふろくじかん)。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
さらぬだに、地震(ぢしん)で引傾(ひつかし)いでゐる借屋(しやくや)である。颶風(ぐふう)の中心(ちうしん)は魔(ま)の通(とほ)るより氣味(きみ)が惡(わる)い。——胸(むね)を引緊(ひきし)め、袖(そで)を合(あは)せて、ゐすくむと、や、や、次第(しだい)に大風(おほかぜ)は暴(あ)れせまる。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
地震(ぢしん)も、小(を)やみらしいので、風上(かざかみ)とは言(い)ひながら、模樣(もやう)は何(ど)うかと、中六(なかろく)の廣通(ひろどほ)りの市(いち)ヶ谷(や)近(ちか)い十字街(じふじがい)へ出(で)て見(み)ると、一度(いちど)やゝ安心(あんしん)をしただけに、口(くち)も利(き)けず、一驚(いつきやう)を喫(きつ)した。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
……嘗(かつ)て佃(つくだ)から、「蟹(かに)や、大蟹(おほがに)やあ」で來(く)る、聲(こゑ)は若(わか)いが、もういゝ加減(かげん)な爺(ぢい)さんの言(い)ふのに、小兒(こども)の時分(じぶん)にやあ兩國下(りやうごくした)で鰯(いわし)がとれたと話(はな)した、私(わたし)は地震(ぢしん)の當日(たうじつ)、ふるへながら
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
空(そら)を飛(と)ぶ——火事(くわじ)の激(はげ)しさに紛(まぎ)れた。が、地震(ぢしん)が可恐(おそろし)いため町(まち)にうろついて居(ゐ)るのである。二階(にかい)へ上(あが)るのは、いのち懸(がけ)でなければ成(な)らない。私(わたし)は意氣地(いくぢ)なしの臆病(おくびやう)の第一人(だいいちにん)である。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
雷(かみなり)の時(とき)、雷(かみなり)山(やま)へ行(ゆ)け、地震(ぢしん)は海(うみ)へ行(ゆ)けと唱(とな)ふ、たゞし地震(ぢしん)の時(とき)には唱(とな)へず。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「勝手(かつて)にしろ。——また地震(ぢしん)だ。……鼠(ねずみ)なんか構(かま)つちや居(ゐ)られない。」
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
あの利根川圖志(とねがはづし)の中(なか)に、……えゝと——安政二年(あんせいにねん)乙卯(きのとう)十月(じふぐわつ)、江戸(えど)には地震(ぢしん)の騷(さわ)ぎありて心(こゝろ)靜(しづ)かならず、訪來(とひく)る人(ひと)も稀(まれ)なれば、なか/\に暇(いとま)ある心地(こゝち)して云々(しか/″\)と……吾(わ)が本所(ほんじよ)の崩(くづ)れたる家(いへ)を後(うしろ)に見(み)て
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
熱(ねつ)のある身體(からだ)はもんどりを打(う)つて、元(もと)のまゝ寢床(ねどこ)の上(うへ)にドツと跳(をど)るのが身(み)を空(くう)に擲(なげう)つやうで、心着(こゝろづ)くと地震(ぢしん)かと思(おも)つたが、冷(つめた)い汗(あせ)は瀧(たき)のやうに流(なが)れて、やがて枕(まくら)について綿(わた)のやうになつて我(われ)に返(かへ)つた。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「地震(ぢしん)は去年(きよねん)だぜ、ばかな。」
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「地震(ぢしん)で危(あぶな)いんですもの。」
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「また、地震(ぢしん)かい。」
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)