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くべつ
それから
紫檀の
茶棚が
一つ
二つ
飾つてあつたが、
何れも
狂の
出さうな
生なもの
許であつた。
然し
御米にはそんな
區別は
一向映らなかつた。
この
二つの
種類はみなさまのおうちの
庭でも、
公園や、
山や、どこへ
行つても
見られます。
次ぎには
樹木は
葉の
形によつても
區別されます。
又さういふ
種類の
地震と
爆發に
伴ふ
地震との
區別も、
地震計の
記録によつて
明らかにされるから、
地震計は
噴火の
診斷器となるわけである。
春葉はこれより
先、ぐぢ、と
甘鯛の
區別を
知つて、
葉門中の
食通だから、
弱つた
顏をしながら、
白い
差味にわさびを
利かして
苦笑をして
居た。
仕舞には、そのどつちがほんとの
自分か
區別出來なくなつた。そして、
時時我知らずぐらぐらとひよろけ
出す
自分の
體をどうすることも
出來なかつた。
彼は
其眼中に
社會の
人々を
唯二
種に
區別してゐる、
義者と、
不義者と、
而して
婦人の
事、
戀愛の
事に
就いては、
毎も
自ら
深く
感じ
入つて
説くのであるが
甘味の
強い
菓子を
噛んだ
口に、さうして
醤油の
味を
區別するまで
發達した
舌を
持たない
與吉は
卯平が
遠く
齎したと
聞かせられた
程には
感じなかつたのである。
私はこの
小娘の
下品な
顏だちを
好まなかつた。それから
彼女の
服裝が
不潔なのもやはり
不快だつた。
最後にその二
等と三
等との
區別さへも
辨へない
愚鈍な
心が
腹立たしかつた。
今は、
冬か
春か
心の
上で
迷はずにゐられない
時分である。
心ではいつとも
時候の
區別がつかないのに、
目に
見るものは、すでに
尠くとも、
一つだけは
春らしいしるしを
示してゐる。
それでヨーロッパの
諸國や
支那のように
青銅器の
時代といふものを
區別するほどの
間もなく、すぐに
鐵器の
時代に
移つてしまつたのです。
其頃の
宗助は
今と
違つて
多くの
友達を
持つてゐた。
實を
云ふと、
輕快な
彼の
眼に
映ずる
凡ての
人は、
殆んど
誰彼の
區別なく
友達であつた。
わが
國の
大地震は
激震區域の
廣いと
狹いとによつて、これを
非局部性のものと、
局部性のものとに
區別する
事が
出來る。
蓋の
突起に
就ては、
中央に
一箇の
突起を
有するのと、
二箇の
突起を
有するのと、
二箇の
突起が
上部に
於て
合し
居るのと、
大概此三
種に
區別する
事が
出來ると
思ふ。
はあ、
病人、
然し
何百
人と
云ふ
狂人が
自由に
其處邊を
歩いてゐるではないですか、
其れは
貴方々の
無學なるに
由つて、
狂人と、
健康なる
者との
區別が
出來んのです。
そつけない
杉の
木までが
何處から
枝であるやら
明瞭とは
區別もつかぬ
樣な
然も
燒けたかと
思ふ
程赤く
成つて
居る
葉先にざらりと
蕾が
附いてこつそりと
咲いて
畢つた。
じひしんちょう(
慈悲心鳥)の
聲は
山中でなければ
聞かれません。これは
背に
灰黒色、
胸と
腹が
淡赤茶色で、
同じその
部分の
白いほとゝぎすやかっこうと
區別することが
出來ます。
髯やら
前垂やら
判然と
區別が
着かぬ。
其都度御米は
眞丸な
縁の
燒けた
銀の
月と、
絹地から
殆んど
區別出來ない
樣な
穗芒の
色を
眺めて、
斯んなものを
珍重する
人の
氣が
知れないと
云ふ
樣な
見えをした。
その
他貝殼ばかりを
竝べた
貝類博物館、
電氣に
關するものを
竝べた
電氣博物館といふように、
陳列品の
種類は
大わけにも
小わけにも
隨意に
區別することが
出來ます。
この
帶の
間に、
高山植物の
草本帶が
混つたり、
時には
偃松が
草本帶の
中を
通り
越して、
山頂近くまで
伸びてゐることもあるので、
各帶をはっきりと
區別することは
出來にくいのです。
其の
頃の
腹が一
番危險だといはれて
居る
如くお
品はそれが
原因で
斃れたのである。
胎兒は四
月一
杯籠つたので
兩性が
明かに
區別されて
居た。
小さい
股の
間には
飯粒程の
突起があつた。
この
中岳の
火口は
前に
記した
通り、
南北に
連續した
數箇の
池から
成立ち、
重なものとして、
北中南の
三つを
區別する。
わが
地球には
水界と
陸界との
區別があり、
陸界は
東大陸、
西大陸、
濠洲等に
分れてゐる。