にはか)” の例文
清見潟きよみがたの風光むかしながらにして幾度となく夜半の夢に入れど、身世怱忙しんせいそうばうとしてにはか風騷ふうさうの客たりがたし。われ常にこれを恨みとしき。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
土神はにはかに両手で耳を押へて一目散に北の方へ走りました。だまってゐたら自分が何をするかわからないのが恐ろしくなったのです。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
二十七日の十時に船はポオト・サイド港にり申しさふらひき。暑気にはかに加はり、薄き単衣ひとへとなりて甲板かふばんさふらへど堪へ難くもさふらふかな。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
徳二郎は堤を下り、橋の下につないである小舟のもやひを解いて、ひらりと乘ると今まで靜まりかへつて居た水面がにはかに波紋を起す。徳二郎は
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
被遊て源徳院殿げんとくゐんでんと號し奉るなりよつて去頃さるころ家重將軍いへしげしやうぐん是へ爲成候に付御成まへにはかにあたら敷御成門おなりもんとして出來ければ淨土宗じやうどしうのともがら是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さうしてその代りに、自分も夜通し苦しんで、原稿でもせつせと書いたやうな、やり切れない心細さが、にはかに胸へこみ上げて来た。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その雪途ゆきみちもやゝ半にいたりし時猛風まうふうにはかにおこり、黒雲こくうんそら布満しきみち闇夜あんやのごとく、いづくともなく火の玉飛来りくわんの上におほひかゝりし。
かれ自分じぶんが一しよときたがひへだてが有相ありさうて、自分じぶんはなれるとにはかむつまじさう笑語さゝやくものゝやうかれひさしいまえからおもつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
にはかに座より躍り上がり、面色さながら土の如く、「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」と叫び、その場にたふれぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
蘿月らげつにはか狼狽うろたへ出し、八日頃やうかごろ夕月ゆふづきがまだ真白ましろ夕焼ゆふやけの空にかゝつてゐるころから小梅瓦町こうめかはらまち住居すまひあとにテク/\今戸いまどをさして歩いて行つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それとればにはかかたすぼめられてひとなければあはたゞしく片蔭かたかげのある薄暗うすくらがりにくるまわれせていこひつ、しづかにかへりみればれも笹原さゝはらはしるたぐひ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりてにはかなるむごき死をげき 七六—七八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
時計が、十一時を打ちきつたとき、ジウラ王子はどうしたのか、にはかにニナール姫の腕にすがりつくやうにして、恐ろしさうに、さゝやきました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
くこといま幾干いくばくならず、予に先むじて駈込かけこみたる犬は奥深く進みて見えずなりしが、哬呀あなや何事なにごとおこりしぞ、乳虎にうこ一声いつせい高く吠えて藪中さうちうにはか物騒ものさわがし
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちによるもなかばになつたとおもふと、いへのあたりがにはかにあかるくなつて、滿月まんげつじつそうばいぐらゐのひかりで、人々ひと/″\毛孔けあなさへえるほどであります。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
昔時は洪水毎に山上の良土を持ち来つて、両岸の田地を自然に肥したものが、にはかに毒流をみなぎらして死地に化す。——
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しばらく楽まされし貫一も、これが為に興冷きようさめて、にはかに重きかしらを花の前に支へつつ、又かのうれひを徐々に喚起よびおこさんと為つ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この夜、小五郎は一度池田屋を訪れたが、まだ同志が皆集らぬので、対州の藩邸を訪うて、大島友之丞と暫く対談してゐると、市中がにはかに騒々しくなつた。
吹く風もにはかに冷たくなつて来たし、私はあきらめて立ち上つた。道風たうふうの雨蛙は飛びつくことに成功したがこの赤蛙はだめだらう……私は立つて裾のあたりを払つた。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
カピ妻 はて、其方そなた仁情深なさけぶか父御てゝごをおちゃってぢゃ。其方そなた愁歎なげきわすれさせうとて、にはかにめでたいをおさだめなされた、わし其方そなたつひおもひがけぬめでたいを。
ある夏、草鞋作わらぢづくりにもいたので、ひよつくり思ひ立つてまた筑波山へ登つた。すると、にはかに空が曇つて雷がごろごろ鳴り出したと思ふと、夕立がざあつと降つて来た。
にはかきつとした調子になつたお光の聲は、今までと違つた人の口から出たものゝやうであつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
率先その旗下に參じて忠誠を盡し、大名にも取立てらるべき筈のところ、にはか大患たいくわんを發したのと、日頃隱遁いんとんの志があつたために、身を退いて巣鴨に隱れ、昔乍らの豪士として
貴方あなたふヂオゲンは白癡はくちだ。』と、イワン、デミトリチは憂悶いうもんしてふた。『貴方あなたなんだつてわたくし解悟かいごだとか、なんだとかとふのです。』と、にはか怫然むきになつて立上たちあがつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「君は悔悛くわいしゆんして勉強したと見えて、いゝ成績だつた」と、初めてこぼれるやうな親しみの笑顔を見せた。私は狂喜した。かうした機会から川島先生の私への信用はにはかに改まつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
しかし村人たちは、だんだん、このにはか作りの坊さんである鳥右さんになれてきました。そのうちに、鳥右さんは、お経や法話は下手だが、村人たちのためになることがわかつて来ました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
みぎ次第しだいにて此度このたび大陰暦たいゝんれきあらためて大陽暦たいやうれきにはかに二十七日のおこしたれどもすこしもあやしむにらず。事實じゞつそんにもあらず、とくにもあらず、千萬歳ののちいたるまで便利べんりしたるなり。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
踏み出すと橋板より土は一寸ばかり低くガクリと落せしが鳥居嶺とりゐたふげのドツコイこゝに打て出でにはかに足痛みて歩きがたし左れども乘るべき車はなし橋際に立徃生もならず傘と痩我慢を杖にして顏を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
吉原町・新吉原町に「にはか狂言」の行はれるのは、女太夫の隔離せられた処だからで、女歌舞妓以来の風なのである。又太夫の名も、舞太夫であるから称へた、歌舞妓の太夫であつたからだ。
海をかこめる数万の群集、にはかにピツタリと鳴りを静め、稲佐の岸打つ漣の音。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
松雪院様日頃より慈悲深きおん方にていたくおんあはれみ被遊あそばされ、言葉をつくして御執成被下おんとりなしくだされ候処、にはかにから/\とお笑ひなされ、いや/\これは座興なるぞ、それがしいかで罪なき者を害せんやとて
不思議だナと思つてゐる中に、にはかふもとの方で人声がやかましく聞えました。
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
ヂドは色をうしなひて凝立することしばらくなりき。そのさまニオベ(子を射殺されて石に化した女神)の如し。にはかにして渾身の血は湧き立てり。これ最早ヂドならず、戀人なるヂド、棄婦きふなるヂドならず。
にはかおこみづけぶり。 鯨鱷げいがくえ、りようをどる※
そして、黒い路が、にはかに消えてしまひました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その雪途ゆきみちもやゝ半にいたりし時猛風まうふうにはかにおこり、黒雲こくうんそら布満しきみち闇夜あんやのごとく、いづくともなく火の玉飛来りくわんの上におほひかゝりし。
云掛られ夫さへ心にさはらぬ樣云拔いひぬけて居しに今日隅田川すみだがは渡船わたしぶねにて誰かは知ず行違ゆきちがひに面を見合せしよりにはかに吾助が顏色變り狼狽うろたへたるてい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
勘次かんじにはかそびやかすやうにして木陰こかげやみた。かれ其處そこにおつぎの浴衣姿ゆかたすがた凝然じつとしてるのをむしろからはなれることはなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さうしてその四角な穴の中から、すすを溶したやうなどす黒い空気が、にはかに息苦しい煙になつて、濛々もうもうと車内へみなぎり出した。
蜜柑 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
臨終に計つた𤍠が三十九度あつたと云ふので肺ペストでは無かつたかとにはかに気に仕出す連中れんぢゆうがある外、死者に対して格別同情する者も無かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
嗚呼、くはしくこゝに写さんも要なけれど、余が彼をづる心のにはかに強くなりて、遂に離れ難き中となりしは此折なりき。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
うかしたかと氣遣きづかひてへば、にはか氣分きぶんすぐれませぬ、わたし向島むかふじまくのはめて、此處こゝからぐにかへりたいとおもひます、貴郎あなたはゆるりと御覽ごらんなりませ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これを見た、諸国の守護・地頭などは、にはかに領地に帰り、或ひは領地にゐる者は、これを機会に兵を挙げ、互に封地を争ひ、租税を入れず、天下動乱した。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ばうさんはおもけないいおきやくたらしく、にはかたゝいて小坊主こばうずちや菓子くわしとをつてさせた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
両個ふたりは心も消入らんとする時、にはか屋鳴やなり震動しんどうして、百雷一処にちたる響に、男はたふれ、女は叫びて、前後不覚の夢かうつつの人影は、たちまあらはれて燈火ともしびの前に在り。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
虚無党首領クロパトキン自伝の愛読者菱川硬次郎ひしかはかうじらうなり、其の頓才に満座にはかに和楽の快感をもよほせり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もく辭退じたいすな/\、にはかとみつくらずとも、なんぢこゝろにてしとおもふやうにさへいたせばし」とるところをかたしんじてひとうたがたまはぬは、きみ賢明けんめいなる所以ゆゑんなるべし。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昨日きのふ我々われ/\那麼あんなはなしたのですが、なににはか御立腹ごりつぷくで、絶交ぜつかうすると有仰おつしやるのです、なにれともさはることでもまをしましたか、あるひ貴方あなた意見いけんはんかんがへしたので?』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
さときぬを裂くが如き四絃一撥の琴の音にれて、繁絃急管のしらべ洋々として響き亙れば、堂上堂下にはか動搖どよめきて、『あれこそは隱れもなき四位の少將殿よ』、『して此方こなたなる壯年わかうどは』
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
愕然がくぜんとしてわれに返ると、余りなまけた結果、私は六科目の注意点を受けてゐたので、にはか狼狽ろうばいし切つた勉強を始め、例の便所の入口の薄明の下に書物をひらいて立つたが、さうしたことも
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)