えん)” の例文
鮓売すしうりの女も日が近くば、桶はそのえんの隅へ置いたがいぞ。わ法師も金鼓ごんくはずしたらどうじゃ。そこな侍も山伏もたかむしろを敷いたろうな。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかたなくあなからて、もとすんでいた、ようすのわかっているうちえんしたへゆこうとおもって、よるになるのをってやってきました。
ねずみとバケツの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かまちがすぐにえんで、取附とッつきがその位牌堂。これには天井てんじょうから大きな白の戸帳とばりれている。その色だけほのかに明くって、板敷いたじきは暗かった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四畳半よじょうはんの小座しきの、えん障子しょうじ」は他の一切との縁を断って二元の超越的存在に「意気なしんねこ四畳半」を場所として提供する。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
其晩そのばん宗助そうすけうらからおほきな芭蕉ばせうを二まいつてて、それを座敷ざしきえんいて、其上そのうえ御米およねならんですゞみながら、小六ころくことはなした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ましてや、梅雪入道ばいせつにゅうどうは、武田家譜代たけだけふだいしんであるのみならず、勝頼かつよりとは従弟いとこえんさえある。その破廉恥はれんちは小山田以上といわねばならぬ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾々にえんに腰かけるようにと持ち出したのだと考えた。だがそうではない。おそるおそる不思議なものを抱えてその筵の上に座らせた。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
……うかがうところじゃ、あなたは北番所でお役につき、また、さまざま捕物で功名をなすった方なのだそうで、これも、なにかのえん
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ちょうど、夏で、えんがわの前には鉢植えのアサガオがたくさんならんでいて、赤や青やむらさきの大きな花が、美しくひらいていました。
妖人ゴング (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
えんを上って行く後から、いて行ったのは娘の民弥で、二人家の内へかくれた時、老桜の陰からスルスルと忍び出た一人の人物があった。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
父も腹立たしそうに血相けっそうを変えて立ち上った。そして母をえんから突き落し、自分も跣足はだしのまま飛び降りて母になぐりかかって来た。
りあげられた明鯛すけそうがびんにせかれるために、針のえんを離れて胴の間にぴちぴちはねながら落ちて行くのをじっと見やっている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
西鶴が『五人女』の中で「広間をすぎてえんよりかけはしのはるかに熊笹くまざさむら/\としてその奥に庭籠ありてはつがん唐鳩からばと金鶏きんけいさま/\の声なして」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
因果、又は因縁という言葉は、正確に言いますと、いんえん、ということで、この世の中のあらゆるものの存在のすがたの説明であります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのうち香織かおりえんあって、鎌倉かまくらんでいる、一人ひとりさむらいもととつぎ、夫婦仲ふうふなかたいそう円満えんまんで、そのあいだ二人ふたりおとこうまれました。
山巓の小さな社のえんへ腰をかけて一行の者は社務所で呉れた紙包の握飯をひらいた。縁先には僅かに二坪ばかりの芝生がある。
鉛筆日抄 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
にわいたえんばな——金魚鉢きんぎょばちから六しゃくほどのへだたりがあつたが、そのえんばなにウィスキイのかくびんと、九たにらしいさかずきが二つおいてあつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
村川は、庭の一隅に立っている四阿あずまやえんに腰をかけて、夜の爽やかな静寂の中に坐っていると、ふとその静寂を破るかすかな足音を聞いた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
他人ひとはとまれおまへさまばかりはたかこゝろ御存ごぞんじとおもふたはそらだのめかなさけないおことばまへさまとえんきれて生存ながらへるわたし思召おぼしめすかうらみを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
雲の絶間から、傾き掛かった日がさして、四目垣の向うのひのきの影をえんの上に落していたのが、雲が動いたので消えてしまった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
てんでん、こんなことを口々くちぐちにわいわいいながら、またおてらえんの下で会議かいぎひらきました。けれどもべつだんわったいい知恵ちえも出ません。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
私達は思ひ/\に、疊を敷いたえんのところにゐ、その外にある板敷の縁のところにもゐて、すゞしい蝉の聲に暑さを忘れた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
俊亮は、ちょうど朝倉先生あての手紙を書き終えて、お祖母さんが一人で涼んでいる座敷のえんに出たばかりのところだった。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
乞としばしえんもとやすらひぬ餠屋もちやの店には亭主ていしゆと思しき男の居たりしかば寶澤其男にむかひ申けるは私しは腹痛ふくつう致し甚だ難澁なんじふ致せばくすり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
このことを、どの鳥もよく知っていて、あらしの吹きすさぶ季節きせつには、たくさんの鳥がこの大きな家々のえんがわや露台ろだいをかくれにするのでした。
しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、えんなき衆生しゅじょうと陰口きいた。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
座敷に坐るか、えんにでも出て見ると、その戸を越して、即ち戸の上から向うに、ひろびろと麦畑が見えるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
次郎さんの小さな時、えんの上から下に居る弟を飛び越し/\しては遊んで居ると、たまたま飛びそこねて弟を倒し、自分も倒れてしたゝか鼻血はなぢを出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに自分の盜んだ金の入れ物を、自分の家のえんの下に投り込んで置くといふのも、お手輕過ぎて、チト變ぢやないか
これはあなたとはえんのあるものでございます。どうぞあなたの子にしておそだてをねがいます。おねがいでございます。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ほの暗い奥の十畳の座敷には、昨夜ゆうべのままの夜具が乱れ重なって、その向うの開き放した四尺えんには、行燈、茶器、杯盤などが狼藉と押し出されている。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
せふかさね/″\りようえんあるをとして、それにちなめる名をばけつ、ひ先きのさち多かれといのれるなりき。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
それは鉄道省の場合のほかは、爆弾、バクテリア、それから毒瓦斯という風に、いずれも化学者にえんのあるものばかりが、殺人手段に使われていることです。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、おなかがへって、からだがつかれてふらふらしてくると、清造はどこか道ばたの木の根でも、おどうえんにでも腰をおろして、ごろりと横になるのでした。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
さて鴨緑江おうりよつこうをわたりきたほうきますと、支那しな領地りようち南滿洲みなみまんしゆうでありますが、こゝは日清戰爭につしんせんそう日露戰爭にちろせんそうなどがあつて以來いらい日本につぽんえんふか土地とちであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
鳥やねずみねこ死骸しがいが、道ばたやえんしたにころがっていると、またたく間にうじ繁殖はんしょくして腐肉ふにくの最後の一ぺんまできれいにしゃぶりつくして白骨はっこつ羽毛うもうのみを残す。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これ山田やまだ前年ぜんねんすでに一二の新躰詩集しんたいししうおほやけにして、同会社どうくわいしやつてえんからこゝ持込もちこんだので、この社はさき稗史出版会社はいししゆつぱんくわいしや予約よやく八犬伝はつけんでん印刷いんさつした事があるのです
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「今日は雨ですよ。とても帰れやしませんよ」お島はえんはじへ出て、水分の多い曇空を眺めながらつぶやいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
泥沫はねをあげて左膳を襲い、そのダッとなるところをすかさず、泰軒をうながして母家おもやえんへ駈けあがった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この二人の姿が消えると、芝居で観る久松ひさまつのような丁稚でっちがはいって来た。丁稚は大きい風呂敷包みをおろしてえんに腰をかけた。どこへか使いに行く途中と見える。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
父つあんは、昨晩は、えんの下さ隠して置いで、今、さかなとりに行くどて、爺つあんと一緒に出はって行ってから、まだ馳せ戻って来て、菊枝さやってけれろって……
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
身にはやまいあり、胸にはうれいあり、悪因縁あくいんねんえども去らず、未来に楽しき到着点とうちゃくてんの認めらるるなく、目前に痛き刺激物しげきぶつあり、よくあれども銭なく、望みあれどもえん遠し
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二日ばかりありてえんもとにあやしき者の声にて、「猶其の仏供の撤下物侍おろしはべりなん」と云へば、「如何でまだきには」といらふるを、何の言ふにかあらんと立ち出でて見れば
濫僧考補遺 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
成程なるほど子分こぶん多人数たにんずるのは子槌こづちで、れから種々いろ/\たからしますが、兜町かぶとちやうのおたくつて見ると子宝こだからの多い事。甲「だい国立銀行こくりつぎんこう大黒だいこくえん十分じふぶんります。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
悔恨の銀の色のおもりを胸に置かれた鏡子が庭口にはぐちから入つて行つた時、書斎の敷居の上に坐つて英也は新聞を見て居た。座敷のえんではお照がまだ榮子にちゝを含ませて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お濱さんは裏口うらぐちから廻つて、貢さんの居間ゐまえんに腰を掛けて居た。眉のうへで前髪を一文字にそろへて切下げた、雀鬢すゞめびん桃割もヽわれに結つて、糸房いとぶさの附いた大きいかんざしを挿して居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
あの方はさう寛大ではおありにならなかつたものですから、おうちの方とはえんを切つておしまひになつて、今まで長い間まあ云はゞ放浪の生活をなすつていらしたのです。
6 この家の庭には、石榴ざくろの木が四五本あった。その石榴の木の下に、大きい囲いの浅い井戸いどがあった。二階のえんの障子をあけると、その石榴の木と井戸が真下に見えた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
わたしは、なかなか過去とえんを切ることができなかったし、そう手っとり早く勉強にかかることもできなかった。心の痛手いたでえるまでには相当の時間がったのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
母屋のえんには、おっかさんのおっかさん、つまり林太郎にとってはおばあさんがめがねをかけて針仕事はりしごとをしていましたが、林太郎たちの姿すがたを見ると、めがねをはずしながら
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)