木蔭こかげ)” の例文
そう言えば、かささぎは、弾機ばね仕掛けのような飛び方をして逃げて行く。七面鳥は生垣のなかに隠れ、初々ういういしい仔馬こうまかしわ木蔭こかげに身を寄せる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
こう言っているうちに与八と馬とは丸山台の難所を三分の一ほど通り過ぎて、行手の木蔭こかげ焚火たきびでもあろうか火の光を認めました。
何をつまらねエやつに、いつまで引ッかかっているんだ——といわないばかりの鼻先をこおらせて、木蔭こかげに、弥蔵やぞうをきめてかがんでいる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
などとかんがえていました。そして、ガタ、ガタとくるまをひいてきかかりますと、あちらのまつ木蔭こかげ見慣みなれないおじいさんがやすんでいました。
村の兄弟 (新字新仮名) / 小川未明(著)
前後の考へもなく木蔭こかげの土塀に手が掛かると、平次の身體は輕々と塀を越えて、闇の御藥園の中へポンと飛込んでしまひました。
みちの角に車夫が五六人、木蔭こかげを選んで客待きやくまちをしてた。其傍そのかたはらに小さな宮があつて、その広場で、子供があつまつて独楽こまを廻してた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ひとりいてふにかぎらず、しひのきやかしのきなどいへのまはりや公園こうえん垣根沿かきねぞひにゑてあるは、平常へいじよう木蔭こかげかぜよけになるばかりでなく
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
ほんの額だけにみずらを結い、短い曲をほのかに舞って紅葉の木蔭こかげへはいって行く、こんなことが夜のやみに消されてしまうかと惜しまれた。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
M君は、風をくらうと、しばらくは激しくきこんだ。そのくせ、どっか家ン中か、木蔭こかげに入ろうと云ってもかなかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
暗い木蔭こかげのベンチなどを一つ一つ覗き廻って見たり、浮浪人が泊り相な本所あたりの木賃宿きちんやどへ、態々泊り込んで、そこの宿泊人達と懇意こんいを結んで
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼等かれらが、勝手放題に、みだらな踊り方をしたり、または木蔭こかげ抱擁ほうようし合っているのをみると、急にさびしく、あなたがしくてたまらなくなるのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
時候はよし、四方の景色けいしょくはよし、木蔭こかげ石灯籠いしどうろうの傍などに、今の玩具を置いて其所そこに腰打ち掛けて一服やっている。
やう/\午すぐる頃山の半にいたり、わづかの平地をて用意したる臥座ぐわざ木蔭こかげにしきて食をなし、しばらやすらひてまたのぼり/\て神楽岡かぐらがをかといふ所にいたれり。
その頃その木蔭こかげなる土手下の路傍みちばたに井戸があって夏冬ともに甘酒あまざけ大福餅だいふくもち稲荷鮓いなりずし飴湯あめゆなんぞ売るものがめいめい荷をおろして往来ゆききの人の休むのを待っていた。
砂地のけつくようなの直射や、木蔭こかげ微風びふうのそよぎや、氾濫はんらんのあとのどろのにおいや、繁華はんか大通おおどおりを行交う白衣の人々の姿や、沐浴もくよくのあとの香油こうゆにおい
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
木蔭こかげの少ない町中は瓦屋根にキラキラと残暑が光って亀裂きれつの出来た往来は通り魔のした後のように時々一人として行人の影を止めないで森閑としてしまう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ある曇り日の午後、ふと出ていらしたお兄様は、つえを手に庭の飛石を横ぎるとて、私の木蔭こかげにいるのを見て、「おい、行かないか」と声をおかけになりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ようやく順番が来て加療が済むと、私達はこれからいこう場所を作らねばならなかった。境内到る処に重傷者はごろごろしているが、テントも木蔭こかげも見あたらない。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「いや、折角ながら杯はもう御免くだされ。先刻からいこう酔いくずれて、みだりがましい姿を人びとに見せまいと、この木蔭こかげまで逃げてまいったほどじゃ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたくしがそうした無邪気むじゃき乙女心おとめごころもどっている最中さいちゅうでした、不図ふと附近あたりひと気配けはいがするのにがついて、おどろいてかえってますと、一ほん満開まんかい山椿やまつばき木蔭こかげ
尋ねけるに是は四年あとに江戸表へ引越ひつこしたりと言にぞ吾助はたの木蔭こかげあめもる心地こゝちして尚も種々と聞合するに當時は江戸本郷邊に呉服物ごふくものの見世を出し當所より織物類おりものるゐ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
するとやわらかな音楽の調べが庭からしのびこんできた。彼女はいそいでベッドから起きあがり、軽やかに窓のほうへ歩みよった。背の高い人影が木蔭こかげに立っていた。
と遠慮がちに訴うるは、美人の膝枕せし老夫おやじなり。馬は群がるはえあぶとの中に優々と水飲み、奴は木蔭こかげ床几しょうぎに大の字なりにたおれて、むしゃむしゃと菓子をらえり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道夫の目が捕えたのは、今しも庭園の木蔭こかげをくぐって足早に立去ろうとする老浮浪者の姿であった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兄弟は芝生のはづれの木蔭こかげとまつた。近所にはだれもゐない。向ふの方で余興かなにか始まつてゐる。それを、誠吾は、うちにゐると同じ様な顔をして、遠くから眺めた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
柿の木蔭こかげは涼しい風が吹いて居る。青苔あおごけした柿の幹から花をつけた雪の下が長くぶら下って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その木蔭こかげになって見えずにいるものを、私のすぐ近くに、不意に、思いがけぬもののように見出みいだしたかったのだ。……とうとう私は我慢がまんし切れずに私の目を開けてみた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と云う折しも、木蔭こかげに怪しき声ありて、「達者で居れ」という。文治は暫く四辺あたりを見廻しまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
珊瑚樹さんごじゆ繁茂はんもした木蔭こかげからたけ垣根かきね往來わうらいときかれこゝろにはかかるくなつたことをかんじた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
二人は暗い松の木蔭こかげへ来ていましたが、そう云いながらナオミはそっと立ち止まりました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その涼しい木蔭こかげには金色をしたつがいのたくましい鶏が自分たちの領分みたいにいつもならんでるが、人がゆくと雄のほうが喉をならして羽根のはえた足をのさのさと大股おおまたにはこぶ。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
宮は些少わづかなりともおのれの姿の多く彼の目に触れざらんやうにとねがへる如く、木蔭こかげに身をそばめて、打過うちはず呼吸いきを人に聞かれじとハンカチイフに口元をおほひて、見るはくるしけれども
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
木蔭こかげで、麦藁むぎわら帽をかぶった、年をとった女のひとが油絵を描いている。仲々うまいものだ。しばらく見とれている。芳烈な油の匂いがする。このひとは満足に食べられるのかしら。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
頭をもたげて、跳り上ッて、あたりを視まわして、手をうった、跡を追ッて駈けだそうとしたが、足が利かない——バッタリ膝をついた……モウ見るに見かねた、自分は木蔭こかげを躍りでて
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
わたしたちが近寄ると、ブランカはきっと立ちあがってものすごい長ぼえをした。すると、はるかに木蔭こかげから、同じ調子の一そう高いほえ声がひびいてきた。それはロボの声にちがいない。
マーキュ はて、こひめくらならまと射中いあてることは出來できまい。今頃いまごろはロミオめ、枇杷びわ木蔭こかげ蹲踞しゃがんで、あゝ、わし戀人おてきが、あの娘共むすめども内密ないしょわらこの枇杷びはのやうならば、なんのかのとねんじてよう。
私は駅を出て、家々の軒下のきした木蔭こかげをつたって母の家のそばまで行った。けれど私は、母には子がないということにしてあるときかされていたので大ッぴらに母を訪ねて行くわけにはゆかなかった。
秘密造船所ひみつざうせんじよいでわたくしは、鐵門てつもんのほとりで武村兵曹たけむらへいそうわかれ、猛犬まうけん稻妻いなづましたがへて一散走いつさんばしり、やが海岸かいがんいへかへつてると、日出雄少年ひでをせうねんたゞ一人ひとりで、さびさう門口かどぐち椰子やし木蔭こかげつてつたが
大儀ぞの一聲を此上なき譽と人も思ひ我れも誇りし日もありしに、如何に末の世とは言ひながら、露忍ぶ木蔭こかげもなく彷徨さまよひ給へる今の痛はしきに、こゝろよき一夜の宿も得せず、のあたり主をはぢしめて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
鬼ごっこや繩飛なわとび、遊動木に鞦韆ぶらんこなど他愛なく遊んでいるうちに、銀子がさっきから仲間をはずれ、木蔭こかげのロハ台に、真蒼まっさおな顔をして坐っているのに気がつき、春次も福太郎もあわてて寄って来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
公園のとある木蔭こかげ捨椅子すていす
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
百姓の木蔭こかげに休む残暑かな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
やすむでゐると木蔭こかげより
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
それでも木蔭こかげ下枝しづえには
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
木蔭こかげのとまり
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
せい凱歌かちどきこゑいさましく引揚ひきあげしにそれとかはりて松澤まつざは周章狼狽しうしやうらうばいまこと寐耳ねみゝ出水でみづ騷動さうどうおどろくといふひまもなくたくみにたくみし計略けいりやくあらそふかひなく敗訴はいそとなり家藏いへくらのみか數代すだいつゞきし暖簾のれんまでもみなかれがしたればよりおちたる山猿同樣やまざるどうやうたのむ木蔭こかげ雨森新七あめもりしんしちといふ番頭ばんとう白鼠しろねづみ去年きよねん生國しやうこくかへりしのち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
船乗ふなのびとには、しまとしてられています。しまにはうつくしいむすめたちがいて、つきのいいばんには、みどり木蔭こかげおどるということでした。
船の破片に残る話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
といっても、そこには木蔭こかげがあるわけではなく、身をかくす家があるのでもないから、もとよりどう手をくだすほうもないらしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やう/\午すぐる頃山の半にいたり、わづかの平地をて用意したる臥座ぐわざ木蔭こかげにしきて食をなし、しばらやすらひてまたのぼり/\て神楽岡かぐらがをかといふ所にいたれり。
はるうつくしいはなくのがたく、なつあついときにすゞしい木蔭こかげしい以上いじようは、にはでも、まちのなみでも、おなじように可愛かわいがつてやらねばなりません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)