あたたか)” の例文
郊外かうぐわい際涯さいがいもなくうゑられたもゝはなが一ぱいあかくなると木陰こかげむぎあをおほうて、江戸川えどがはみづさかのぼ高瀬船たかせぶね白帆しらほあたたかえて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「それからむこうの座敷をあたたかにして置け。ストーブをけ。頼むぜ。」といいながら早くも座敷の中で帯を解くので、女中はあわてて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一面の日当りながら、ちょうの動くほど、山の草に薄雲が軽くなびいて、のきからすかすと、峰の方は暗かった、余りあたたかさが過ぎたから。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫婦はかじかんだ手で荷物をげながら小屋に這入った。永く火の気は絶えていても、吹きさらしから這入るとさすがに気持ちよくあたたかかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして彼等かれらは、その立派りっぱつばさひろげて、このさむくにからもっとあたたかくにへとうみわたってんでときは、みんな不思議ふしぎこえくのでした。
そうしてそのにはあたたか健全けんぜんかがやきがある、かれはニキタをのぞくのほかは、たれたいしても親切しんせつで、同情どうじょうがあって、謙遜けんそんであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
凩がすさまじく吼え狂うと、洋燈ランプの光が明るくなって、テーブルの上の林檎りんごはいよいよあかく暖炉の火はだんだんあたたかくなった。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
それは風の無いあたたかな晩であった。新吉はふと山の中のベンチのことを思いだした。こんな晩には山の中が好いかもわからないと思って池の方へ眼をやった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
空気があたたかになって来たからであろう。鶉縮緬うずらちりめんの上着に羽織、金春式唐織こんぱるしきからおりの丸帯であるが、純一は只黒ずんだ、立派な羽織を着ていると思って見たのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
朝からあたたかだ。鶏の声が殊に長閑のどかに聞こえる。昨日終日終夜の雨で、畑も土も真黒に潤うた。麦の緑が目立ってうなった。緑の麦は、見る眼の驩喜よろこびである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
連日風立ち、寒かりしに、この夜はにはかゆるみて、おぼろの月の色もあたたかに、曇るともなく打霞うちかすめる町筋は静に眠れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
普通の芽立と、伐株の芽立との相違はあるにしろ、春雨の中の桐の木を描いたことは同じである。春もよほどあたたかになってからの雨であることはいうまでもない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
世間の人は南の国の空気の違うのは、あたたかで年中花を咲かせるのと、オゾンが少し多いのと、あらしが吹いたり、雪が降ったりしないのと、ただそれだけだと思っている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「もうすぐあたたかくなるよ、雪をさわると、すぐ暖くなるもんだよ」といいましたが、かあいい坊やの手に霜焼しもやけができてはかわいそうだから、夜になったら、町まで行って
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「有難い。これで今夜からあたたかに眠られるて。」といふ独語ひとりごとを云ひながら、にやにや笑つてゐる。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
譬えば母とか恋人とかいうようないなくなってから年を経たものがまた帰って来たように、己の心のうちあたたかいような敬虔けいけんなようなかんがえが浮んで、己を少年の海に投げ入れる。
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
よしやあたたかならずとも旭日あさひきら/\とさしのぼりて山々の峰の雪に移りたる景色、くらばかりの美しさ、物腥ものぐさき西洋のちり此処ここまではとんで来ず、清浄しょうじょう潔白頼母敷たのもしき岐蘇路きそじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度十一月のはじめのいくらかまだあたたかい日の夕方であった。庄吉は例の隠れ場所に身を潜めた。家の中には誰か人が来ているらしい気配けはいがして、いつもと違って低い話声が洩れた。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
が、パトラッシュはあたたかい炉ばたへ行こうとも御馳走をふりむこうともしませんでした。
その文字がよく語りますように、南の海にある島との義であります。北は美しい瀬戸内海を隔てて中国に対し、南は果しもない大洋を控え、あたたかい明るい光を浴びる島国であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
五、六日にすこし寒さが続いたが、でもあたたかだった。庭の寝椅子に腰を下していた。青蛙が紫陽花あじさいの葉にのっかった。青蛙はじっとしている。ふと、跛の娘を思った。昼頃、老人は飯屋に寄った。
老人と孤独な娘 (新字新仮名) / 小山清(著)
一同がばかにえらそうな重いドアからいわゆる劇場へ案内されると、これは小劇場をうんと小さくしたような、というより、室内劇場とでも命名したい、ささやかな、けれどあたたかく落着いた一室で
重の内あたたかにして柏餅
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
あたたかふすまやわらかした
日もあたたかに花深く
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
日本の冬の明さとあたたかさとはおそらくは多島海の牧神をしてここに来り遊ばしむるもなお快き夢を見させる魅力があったであろう。
冬日の窓 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かつひと一人ひとりいなければ、真昼の様な月夜とも想われよう。長閑のどかさはしかし野にも山にもまさって、あらゆる白砂はくさおもかげは、あたたかい霧に似ている。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひるの前後はまた無闇むやみあたたかで、急に梅が咲き、雪柳ゆきやなぎが青く芽をふいた。山茱萸さんしいは黄色の花ざかり。赤いつぼみ沈丁花ちんちょうげも一つ白い口をった。春蘭しゅんらん水仙すいせんの蕾が出て来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ジオゲンは勿論もちろん書斎しょさいだとか、あたたか住居すまいだとかには頓着とんじゃくしませんでした。これはあたたかいからです。たるうち寐転ねころがって蜜柑みかんや、橄欖かんらんべていればそれですごされる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お母さん狐は、心配しながら、坊やの狐の帰って来るのを、今か今かとふるえながら待っていましたので、坊やが来ると、あたたかい胸に抱きしめて泣きたいほどよろこびました。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
まどから半身はんしんしてゐたれいむすめが、あの霜燒しもやけのをつとのばして、いきほひよく左右さいうつたとおもふと、たちまこころをどらすばかりあたたかいろまつてゐる蜜柑みかんおよいつむつ
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時候は立春、暮春ぼしゅん余寒よかんあたたかうらら長閑のどか日永ひながの類をいふ。人事は初午はつうま二日灸ふつかきゅう涅槃会ねはんえ畑打はたうち雛祭ひなまつり汐干狩しおひがりの類をいふ。天文は春雪、雪解、春月、春雨、霞、陽炎かげろうの類をいふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
粉挽屋の台所は大へんあたたかです。炉のなかでは、大きなほだがぱちぱちと赤く燃え、隣近所の人々は、夕飯のために焙った鵞鳥の肉一片ひときれとお酒一ぱいとにありつくために、交る交るやって来ます。
「ですけれど……。あたたかい時そっと拭いてやったら如何どうでしょうか。」
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
戸外そとには物のうみつぶれるような雨がびしょびしょと降っていた。彼はいよいよ空家と云うことをたしかめたので、安心して横になって駒下駄こまげたまくらに頭をつけた。あたたかな空気のふわりと浮んだであった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
に山里も人情のあたたかさありてこそすめば都に劣らざれ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あたたかい、やさしい、やわらかな、すなおな風にさそわれて、鼓草たんぽぽの花が、ふっと、綿わたになって消えるようにたましいがなりそうなんですもの。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして自分じぶんあたたかしずかところして、かねめ、書物しょもつみ、種々しゅじゅ屁理窟へりくつかんがえ、またさけを(かれ院長いんちょうあかはなて)んだりして、楽隠居らくいんきょのような真似まねをしている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
けれども午過ひるすぎには日の光があたたかく、私は乳母や母上と共に縁側の日向ひなたに出て見た時、狐捜きつねさがしの大騒ぎのあった時分とは、庭の様子が別世界のように変って居るのをば、不思議な程に心付こころついた。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
朝は晴、やがて薄曇うすぐもって寒かったが、正午頃しょうごころからまた日が出てあたたかになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
讓の口元から頬にかけて鬼魅きみ悪いあたたかな舌がべろべろとやって来た。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
袈裟けさをはずしてくぎにかけた、障子しょうじ緋桃ひもも影法師かげぼうし今物語いまものがたりしゅにも似て、破目やれめあたたかく燃ゆるさま法衣ころもをなぶる風情ふぜいである。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黄に薄藍うすあいの影がさす、藍田らんでんの珠玉とか、やわらかく刻んで、ほんのりとあたたかいように見えます、障子ごしに日が薄くすんです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
春の山——と、優に大きく、申出もうしいでるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、彼岸ひがんもはやくすぎた、四月上旬の田畝路たんぼみちは、とのぼせるほどあたたかい。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あたたかい草が、ちりげもとでかっとほてって、汗びっしょり、まっかな顔をしてかつ目をきょろつかせながら
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今までその上についてあたたかだった膝頭ひざがしら冷々ひやひやとする、身体からだれはせぬかと疑って、彼処此処あちこちそでえりを手ではたいて見た。仕事最中、こんな心持こころもちのしたことは始めてである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから障子しょうじの内と外で、話をしたり、笑ったり、それから谷川で二人して、その時の婦人おんな裸体はだかになってわしが背中へ呼吸いきかよって、微妙びみょうかおりの花びらにあたたかに包まれたら
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小児こどもたちが、また悪くあたたかいので寝苦しいか、変に二人とも寝そびれて、踏脱ふみぬぐ、泣き出す、着せかける、すかす。で、女房は一夜まんじりともせず、からすの声を聞いたさうである。
夜釣 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
枯野かれのひえ一幅ひとはばに細く肩のすきへ入つたので、しつかと引寄せた下着のせな綿わたもないのにあたたかうでへ触れたと思ふと、足を包んだもすそが揺れて、絵の婦人おんなの、片膝かたひざ立てたやうなしわ
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)