いだ)” の例文
いずれもそのあやしき物の姿を見ざる趣なり。あとの三羽の烏出でて輪に加わる頃より、画工全く立上り、我を忘れたるさまして踊りいだす。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は明和二年錦絵発明ののち、板刻の技術の漸く進歩するに従ひ次第に背景を綿密ならしめ、河流、庭園、海浜等の風景を描きいだしぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
明月記は千しやの書なれば七は六のあやまりとしても氷室をいでし六月の氷あしたまつべからず。けだし貢献こうけんの後氷室守ひむろもりが私にいだすもしるべからず。
うちよりけておもていだすは見違みちがへねどもむかしのこらぬ芳之助よしのすけはゝ姿すがたなりひとならでたぬひとおもひもらずたゝずむかげにおどろかされてもの
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かえって口きゝ玉うにも物柔かく、御手水おちょうず温湯ぬるゆ椽側えんがわもって参り、楊枝ようじの房少しむしりて塩一小皿ひとこざらと共に塗盆ぬりぼんいだ僅計わずかばかりの事をさえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「今もネ、花ちやん」と丸井老人は真面目顔「例の芸妓殺げいしやころし——小米こよねの一件について先生に伺つて居た所なんだ」と言ひつゝさかづき差しいだ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
疑ひもなく「お夏」は巣林子の想中より生みいだせる女主人公中にて尤も自然に近き者なり、又た尤も美妙なる霊韻に富める者なり。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
さすがにはばかるところなきにあらねば、「さきの怪しき笛の音は誰がいだししか知りてやおはする、」とわずかにいふに、男爵こなたに向きて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
このおんなの日頃ねんじたてまつる観音出でて僧とげんじ、亡婦ぼうふの腹より赤子をいだし、あたりのしずにあづけ、飴をもつて養育させたまひけり。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
其証拠とも云うきは寝床の用意既に整い、寝巻及び肌着ともに寝台のわきいだしあり枕頭まくらもとなる小卓ていぶるの上には寝際ねぎわのまん為なるべく
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
離れて大に暖かみを覺ふ昨日車中より見たる畑の麥はわづかに穗をいだしたるのみなりしが今日こんにち馬上に見れば風に波寄る程に伸びたり山を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
かすかなる墨痕ぼっこんのうちに、光明の一きょを点じ得て、点じ得たる道火どうかを解脱の方便門よりにないだして暗黒世界を遍照へんじょうせんがためである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もと南陽の一耕夫、身のほどを知らず、天渾てんこんの数をわきまえず、みだりにいくさいだして、わが平和の民を苦しむることの何ぞ屡〻しばしばなるや。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
驚きたる武男がつづいて走りいだせる時、清人はすでに六七間の距離に迫りて、右手めては上がり、短銃響き、細長なる一人はどうと倒れぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
吾等われ/\この危難きなんからすくいだことは、大佐たいさ智惠ちゑでもとておよばぬのであらうと、わたくしふかこゝろけつしたが、いま塲合ばあひだからなにはない。
人々出合ひて打騒うちさわころほひには、火元の建物の大半は烈火となりて、土蔵の窓々よりほのほいだし、はや如何いかにとも為んやうあらざるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
闔廬かふろいはく、『こころみに婦人ふじんもつてすきか』と。いはく、『なり』と。ここおいこれゆるす。宮中きうちう美女びぢよいだし、百八十にんたり。
手はそのまま垂らしても好い。(フロックコオトの上着を脱いでゆかの上にほういだす。娘は姿勢を保ちいる。画家は為事を続く。)
いかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるくあきらめていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めてきものなかから探りいだしぬ
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
焼けたり流れたりしたのが三十七万八千、死者十一万四千、負傷者十一万五千をいだし、損害総額百一億円と計上されています。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
失主狗はなれいぬにて思ふに任せねど、心ばかりの薬礼なり。ねがわくは納め給へ」ト、彼の豆滓を差しいだせば。朱目も喜びてこれを納め。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
致しかく宜敷計らひ候はん初瀬留樣にも此程このほどは日毎に御噂おうはさばかりなりと無理むりに手を取り其邊そのあたりなる茶屋へともなさけさかななどいださせて種々馳走ちそう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
及び賞讃すべき犠牲的精神をもつて子女を育てあげる所の慈母を見いだすと云ふ事はすべこの単純なる階級の間により多くあるのです。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私は計らずも故正岡先生と呉先生との精神上芸術上のこの交渉を見いだして、不思議な因縁のつらなりに感動したのであったことを今想起する。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
神に召しいだされるとは、神の使命を託せられることであります。神の使命を託せらるる者は「神のしもべ」といい、また「神の子」とも言われる。
其使用は面部は只眼をいだすのみ、厚き木綿にて巻き二重ふたえとし、頸部も同じ薄藍色木綿の筒袖にて少しも隙無き様にして、且つ体と密着せしむ。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
研究せざれば無用の冗費じょうひのみかさなりて人はむなしく金銭を浪費するのみ。主人の中川新式の火鉢とスープ鍋を客の前にいださしめ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
其中に、一円の金貨が六ツか八ツも有升ありましたがお祖父ぢいさまはやがて其ひとつをとりいだして麗々とわたしの手のひらのせくださつた時、矢張冗談じようだんかと思ひました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
その天稟てんぴんの能力なるものは、あたかも土の中に埋れる種の如く、早晩いつか萌芽をいだすの性質は天然自然に備えたるものなり。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夜毎に更闌かうたけて人音も静まる頃となれば、この少年はひそかに町はづれの非人小屋を脱けいだいて、月を踏んでは住み馴れた「さんた・るちや」へ
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その例には女子教育家であって度度たびたび女子問題に御説をいだされる三輪田元道みわたもとみち先生などを引くのが都合が宜しいと存じます。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
糸につれて唄いいだす声は、岩間にむせぶ水を抑えて、巧みに流す生田いくた一節ひとふし、客はまたさらに心を動かしてか、煙草をよそに思わずそなたを見上げぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
お瀧どのが一体逃去ったる義で御座り奉つりそろ、茂之助さんが大金をいだして身請に及び、かゝる処の一軒の家まで求め
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もっとちちときみかどからいだされ、いつもおそばつかえるとて、一年いちねん大部だいぶ不在勝るすがち、国元くにもとにはただおんな小供こどものこってるばかりでございました……。
が、あの男が家へ帰って「希臘彫刻手記」と原稿紙と弁当とを見いだして、一体それを何にするであろうかと思った。
出世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼はこれ等の多くを散文にものしたが、天成の詩人たる彼が詩歌に第一の新聲をいだすにかたんじたとは運命の戯謔か、——悲痛の感に堪へないのである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
先づ饅頭笠にて汚水をいだし、さら新鮮しんせんなる温泉をたたゆ、温たかき為め冷水を調合てうごうするに又かさもちゆ、笠為にいたむものおほし、抑此日や探検たんけんの初日にして
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
彼の地の劇界で、この極東の、たった一人しかなかった最初の女優に、梨花りかの雨に悩んだような風情ふぜいを見いだして、どんなに驚異の眼を見張ったであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
かしこにいくさを起す狼どものあだこひつじとしてわが眠りゐし處——より我をいだすその殘忍に勝つこともあらば —六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「これを」といだした名刺には五号活字で岡本誠夫せいふとしてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上ってったが間もなく降りて来て
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
採鉱溶鉱より運搬に至るまでの光景仔細しさいに写しいだして目るがごとし。ただに題目の新奇なるのみならず、その叙述のたくみなる、実に『万葉』以後の手際なり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
或いは誰かにこされ、または室よりいださるることもあり。およそ静かに眠ることを許さぬなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ひめすくいださんため、たゞ一人ひとりにてまゐりしは、ひそか庵室いほりにかくまひおき、後日ごじつをりて、ロミオへおくとゞけん存念ぞんねんしかるにまゐれば、ひめ目覺めざむるすこしき前方まへかた
兎狩のとき争論あり、御抱え武芸者仁藤昂軒にとうこうけん(名は五郎太夫、生国常陸ひたち)儀、御側小姓加納平兵衛を斬って退散。加納は即死、御帰城とともに討手のこと仰せいださる。
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
をぢは我をも驢背ろはいに抱き上げたるに、かの童は後より一鞭加へて驅けいださせつ。途すがらをぢは、いつもの厭はしきさまにすかし慰めき。見よ吾兒。よき驢にあらずや。
二人の狂人を今日いだすまでには、もう幾年も前から、目にこそ見えね準備されていたのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鼠色の御召縮緬おめしちりめんに黄柄茶の糸を以て細く小さく碁盤格子を織いだしたる上着、……帯は古風な本国織ほんごくおりに紺博多はかた独鈷とっこなし媚茶の二本筋を織たるとを腹合せに縫ひたるを結び
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
一、異国船万一にも内海へ乗り入れ、非常の注進これあり候節は、老中より八代洲河岸やしろすがし火消し役へ相達し、同所にて平日の出火に紛れざるよう早鐘うちいだし申すべきこと。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
以て権門勢家けんもんせいか令閨れいけいとなる者を養うべきも、中流以下の家政を取るの賢婦人をいだすに足らず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
……ふと心づきて画工の方を見やれば、あないぶかし、画工は大息つきて一つところを馳せめぐりたり。……その気色けしきたゞならず覚えければ、われも立ちあがりて泣きいだしつ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)