かへ)” の例文
まへ講釈かうしやくのと読較よみくらべると、按摩あんまのちさむらひ取立とりたてられたとはなしより、此天狗このてんぐ化物ばけものらしいはうが、かへつて事実じゝつえるのが面白おもしろい。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
だが、あんまり細工が過ぎてかへつて傳七郎の疑ひが薄くなつたのさ。小器用な惡黨は、大概たいがいしなくても宜いことをして尻尾をつかまれる
すべて敵に遭ってかへってそれをなつかしむ、これがおれのこのごろの病気だと私はひとりでつぶやいた。そしてわらった。考へて又哂った。
花椰菜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
さら猛進もうしんしたが、如何どうおもはしくなく、かへつて玄子げんしはう成功せいかうして、鍋形なべがた側面そくめんせうなる紐通ひもとほしのある大土器だいどきが、ほとん完全くわんぜんた。
細君さいくん宗助そうすけるやいなや、れいやはらかいした慇懃いんぎん挨拶あいさつべたのち此方こつちからかうとおもつて安井やすゐ消息せうそくを、かへつてむかふからたづねた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自殺は自ら殺すものにして人に害を与ふるものならず、人は之をたふとぶべきに、かへつて人を害したる後に自ら殺すを快とす、奇怪なるかな。
復讐・戦争・自殺 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
將軍家のお聲懸りの利章を、忠之はどうすることも出來ぬが、かねいだいてゐた惡感情は消えぬのみか、かへつて募るばかりである。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
たゞ宿酔しゆくすゐなほ残つて眼の中がむづゝく人もあらば、羅山が詩にした大河の水ほど淡いものだから、かへつて胃熱を洗ふぐらゐのことはあらうか。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
可愛かあいらしい手を出してひざしたなでつてる、あゝ/\可愛かあいだ、いまのうくすりるよ、……煙草たばこ粉末こなぢやアかへつてけない
(le samourai)されどその絹の白と漆ときんとにいろどられたる世界は、かへつて是縹渺へうべうたるパルナシアンの夢幻境のみ。
因つてうたがふ、孔子泰山たいざんの歌、後人假託かたく之をつくれるならん。檀弓だんぐうの信じがたきこと此の類多し。聖人を尊ばんと欲して、かへつて之がるゐを爲せり。
それも、かれが深く恋したやさしい涙を含んだ眼の方を思ひ出さずに、かへつてそれを思ひ出したといふことが不思議であつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
かへつて我等に塗付ぬりつけんと當途あてどもなきこと言散し若年ながらも不屆至極ふとゞきしごくかさねて口をつゝしみ給へ若き時より氣を付て惡き了簡れうけん出さるゝな親々達おや/\たちに氣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
むかしに返し得べき未練の吾に在りとや想へる、愚なる精衛のきたりて大海だいかいうづめんとするやと、かへりてかたくなに自ら守らんとも為なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、かうして、忘れよう/\と努力して、それを忘れてしまつたら、かへつてどうにも出来ない空虚が、おれの心に出来て了つた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
⦅大抵な人は一度斯ういふ目に會ふとりるものだが、梅龍は一向平氣なものである。これからかへつて水が好きになつたと言ふのだから驚く。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
初期微動しよきびどう主要動しゆようどう比較ひかくしてだいなるはやさをつてゐるが、しかしながら振動しんどうおほいさは、反對はんたい主要動しゆようどうほうかへつてだいである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
通りがゝりの橋の上から眺めやると、雨あがりの晴れた空と日光のもとに、或時はかへつて一種の壮観を呈してゐる事がある。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ちやんと大きな計算に合つた特別サービスで、かへつて日常サービスの通俗小説の粗悪さを裏書きしてゐるやうなものだ。
かれ微笑びせうもつくるしみむかはなかつた、輕蔑けいべつしませんでした、かへつて「さかづきわれよりらしめよ」とふて、ゲフシマニヤのその祈祷きたうしました。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
されば真の宗教家は是等これらのものに於て神の矛盾を見ずしてかへつて深き恩寵を感ずるのである。(善の研究——四の四)
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
あまり平凡のもののやうに、番頭に云はれて私はかへつて面喰めんくらつたが、買ふ段になると、どんな風な計算で買ふものか、私にはまるきり観念がなかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
此頃このごろ巴里パリイはよく深い霧が降る。倫敦ロンドンの霧は陰鬱だと聞くが、冬曇ふゆぐもりの続く巴里パリイではかへつてこの霧が変化を添へて好い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『でも、あのやう澤山たくさんつては端艇たんていしづみませうに。』といふ、我身わがみ危急あやうきをもわすれて、かへつてあだひとうへ氣遣きづかこゝろやさしさ、わたくしこゑはげまして
獨り小尼公アベヂツサに至りては、我友情を催すこと極て深きに、われはかへりて又我慾念のこれが爲めに抑へらるゝを覺えき。
下町の物価の高い事、風俗の派手になつた事、三軒が三軒見て来た芝居の木戸留であつた事、秩父縞ちゝぶじまの月賦売がかへつて格安の事や何かを話して聞かせる。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
そして、それをまたまことおもはう。でも誓言せいごんなどなされると(かへって)心元こゝろもとない、戀人こひゞと誓言せいごんやぶるのはヂョーヴじんたゞわらうておましなさるといふゆゑ。
早熱早冷の大にいましむべきはむしろ戦呼に勇む今の時に非ずして、かへりて戦後国民の覚悟の上にあるべくと存候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「晴ちやんがさう思ふなら、別れきりでなしに、当分別れてみるのも、かへつて緑さんのためかも知れないよ。」
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ことつたら、しゆきみも、それをおりにならうとなさらないのだらう。ときに、あの子供こどもたちもいやうだ。しゆきみかへつて其方そのはういと仰有おつしやるだらう。
成程なるほどさうへば何處どこ固拗かたくなのところもあるが、ぼくおもふには最初さいしよ頑固ぐわんこつたのながらのちにはかへつて孤獨こどくのわびずまひが氣樂きらくになつてたのではあるまいか。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「どうつかまつりまして。」『日本近世史』上巻の著者は記録の一杯に詰まつた頭を叮嚀に下げた。「はなはだ軽少でかへつて失礼ですが、どうかお納め下さいまして。」
エミリアンはじろじろ三人の様子をながめました。そして盗賊だとわかつてしまふと、かへつて落付おちつきました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
耶蘇教ヤソけうで葬式をすると、かへつて輕便で神聖でえゝがな。勝はお經も嫌ひだし黒住くろずみのおはらひも嫌ぢや。」
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
「私は今は、云ふ事が澤山ありすぎて、かへつて云はれません。何れ手紙で云ひます。あとからすぐ。」
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
生命いのち綱をいてゐて、大へん自由が妨げられてゐますから、下手に走つたりなぞすると、管が切れたり、綱が何かにからみついたりして、かへつて生命が危ないのです。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
わたしのやうなおもてむきのけるぎらひはひとからはあさましくもありましやう、つまらぬつまつたものだといふかん良人をつとはうかへつておほくあつたので御座ござりましやう
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「僕と秋子さんの間のゴタ/\なぞは……さう周囲で考へるほどの大した事ではなかつたのです。かへつて周囲で——僕の両親もですが、——大きくした形だと思ふのです」
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
洋々やう/\たるナイルかは荒漠くわうばくたるサハラの沙漠さばく是等これらおほい化物思想ばけものしさう發達はつたつうながした。埃及えじぷと神樣かみさまには化物ばけもの澤山たくさんある。しかこれ希臘ぎりしやくと餘程よほどことなり、かへつて日本にほんる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
明治の文学史は我所謂才子に負ふ所多くして彼の学者先生はかへつて為す所なきは之が為なり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
かへつて旋頭歌の上に移つて来て「57・7・57・7」又は「57・7・577」或は「57・75・77」となり、遂には「5・77・577」と言つた句法まで出来て行つた。
「うんにや、家にをらんでもえ、僕がよそへ行けば家ではかへつて都合が好えのさ。」
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
私の空想力はかへつて敏活に働くものの如く、実に次のやうな断定へと急いで行つた——
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
此の家あやしけれど、おのれが親の五〇目かくる男なり。五一心ゆりて雨め給へ。そもいづ旅の御宿やどりとはし給ふ。御見送りせんもかへりて無礼なめげなれば、此のかさもて出で給へといふ。
(をかしいな?)と思つて、主人に小松さんのことをきいてみると、なんのことはない、小松さんは御褒美をもらつたどころか、かへつて御褒美を出させられてかへつたといふのである。
駒台の発案者 (新字旧仮名) / 関根金次郎(著)
その落着き払つたやうな、ちつとも情味のこもらないやうな、冷静な妻の態度がかへつて怒りを募らして、彼は妻の眼の前で子供をつるし切りにして見せてやりたい程すさんだ気分になつた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
まあせめて毎日の物費ものいりでも少くなるやうにと思つて、自分の事のやうにつましくやつて来たつもりですが、どうもそれがかへつて青木さんのお気に入らないやうな場合がありましてね。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
それは、その頃まで道助の周囲を取りいてゐた空気の明暗をよく呑込んだ言葉だつた。然しそれを聞くと、道助はかへつて自分の気持ちが妙にこはばるのを感じた。で彼は窓の外へ眼をやつた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
暗い瞑想めいさうふけつてぐづ/\と日を送つてゐる彼には、最初この家の陰気で静かなのがかへつて気安く感じられたのであつたが、それもだん/\と暗い、なやましい圧迫に変つてゐるのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
その草屋根を焦点としての視野は、実際、何処ででも見出されさうな、平凡な田舎ゐなかの横顔であつた。しかも、それがかへつて今の彼の心をひきつけた。今の彼の憧れがそんなところにあつたからである。