ひぢ)” の例文
ひぢへ一つ、頬へ一つ、ひるむところを、飛込んだ平次は、猛烈に體當りを一つくれると、淺井朝丸の身體は朽木くちきの如く庭へ落ちます。
裾野すそのけむりながなびき、小松原こまつばらもやひろながれて、夕暮ゆふぐれまくさら富士山ふじさんひらとき白妙しろたへあふぐなる前髮まへがみきよ夫人ふじんあり。ひぢかるまどる。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
りや大層たいそう大事だいじにしてあるな」醫者いしやきたな手拭てぬぐひをとつて勘次かんじひぢた。てつ火箸ひばしつたあとゆびごとくほのかにふくれてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
全然欄間らんまの色硝子を透かした午後の日の光の作用である。女は雑誌をひぢの下にしたまま、例の通りためらひ勝ちな返事をした。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
車は月桂ラウレオ街樾なみきを過ぎて客舍の門にいたりぬ。薦巾セルヰエツトひぢにしたる房奴カメリエリは客を迎へて、盆栽花卉くわきもて飾れるひろきざはしもとに立てり。
ほかものらはさいはひにれを坐布團ざぶとんにして其上そのうへ彼等かれらひぢせ、其頭そのあたまえてむかあはせになつてはなしてゐました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「是からはなすから、まあもとの通りの姿勢にふくしてください。さう。もう少しひぢを前へして。それで小川さん、僕のいたが、実物の表情通り出来てゐるかね」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
周三は壁に凭れて、おきみは、ちやぶ臺の上にひぢをついて、ぢつと息を殺してゐた。やがて周三は言つた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
あゝ横笛、花の如き姿いまいづこにある、菩提樹ぼだいじゆかげ明星みやうじやうひたひらすほとり耆闍窟ぎしやくつうち香烟かうえんひぢめぐるの前、昔の夢をあだと見て、猶ほ我ありしことを思へるや否。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
玄關げんくわんから病室びやうしつかよひらかれてゐた。イワン、デミトリチは寐臺ねだいうへよこになつて、ひぢいて、さも心配しんぱいさうに、人聲ひとごゑがするので此方こなたみゝそばだてゝゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
浮浪者はすなほに、その病院の名らしく焼印のおされてある草履をぬぐと、ひぢで拭ふのであつた。何故なら、すでに彼の足の泥がつき、濡れて了つてゐたのである。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
私が扉をあける、すると大きな診察机にひぢをついて、ある患者の温度表を見ながら、一人の醫員に何事かを獨逸語ドイツごまじりに話してゐる院長が、ちらとこつちを振り返る。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
目鋭めざとい叔父は直にそれて取つて、一寸右のひぢで丑松を小衝こづいて見た。奈何して丑松も平気で居られよう。叔父の肘がさはるか触らないに、其暗号は電気エレキのやうに通じた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
落着かぬやうで寢返りをしながら、彼女は被せかけてある夜具覆ベッドクロオスを引つ張つた。蒲團の一隅にやすんでゐた私のひぢがそれを押へつけてゐた。すると彼女は急に腹を立てた。
途中で曲つてゐる梯子段を踏みあやまつて、私は四五段も辷り落ち、ひぢをしたたかり剥いたのだが、驚いてとんで来た医者に、抱き取られながらも、いい気味だいい気味だ
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
坊ちやんが暗い内からもう目をいて、蒲団の中でおくみのひぢを枕に、雀の子がちい/\と啼くのを聞きながら、たわいない一人言を言つてゐられたりするのが、何だか
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
果敢はかなのやとうちあふげばそら月影つきかげきよし、ひぢせたる丸窓まるまどのもとにんのさゝやきぞかぜをぎともずり、かげごとかあはれはづかし、見渡みわた花園はなぞのるのにしきつきにほこりて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すなはち、そこは灌木帶かんぼくたいといふところで、こと偃松はひまつにつくので、偃松帶はひまつたいともいつてゐます。偃松はひまつ地上ちじよう二三尺にさんじやくのところにうでばし、ひぢつたように、えだ四方しほうにひろげてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
私は帽子を網棚に上げ、窓枠にひぢもたせ、熱した額をさはやかな風に当てた。胸には猶苦しい鼓動が波立つてゐた。眼を細めて、歯を合せて、襲ひ寄るものを払ひ除けようとしてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
卓上にひぢをついて、さかづきを唇に持つてゆきながら、ゆき子を見てゐたが、その眼はうつろであつた。かつてない、冷い眼の色で、これがこの男の持つて生れた表情なのではないかと思へた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
朝顔の幾花鉢や張るひぢの君いつかしく膝は平らに
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二人ふたりの男は石の卓にひぢつきて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そのやいばを返して、襲撃に移る前、平次の手からは、第二、第三、第四の錢が、絲を繰り出すやうに曲者の面へ、ひぢへ、喉笛へと見舞ひます。
たちまうさぎちかづき、それをけやうとしてなかはうしましたが、あいちやんのひぢ緊乎しツかりつかへて駄目だめでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
美禰子は両手を椅子のひぢに掛けて、こしおろしたなり、あたま真直まつすぐに延ばした。三四郎はちいさな声で
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
勘次かんじ始終しよつちう手拭てぬぐひもついた右手めてひぢかゝへるやうにして伏目ふしめあるいた。みちうてせまほりあさみづかれはなたれた。がら/\にすさんだ狼把草たうこぎやゑぐがぽつ/\とみづひたつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
事実、私はちんちくりんの身体の肩を怒らせひぢを張つて、廊下で行き違ふ新入生のお辞儀を鷹揚おうやうに受けつゝ、ゆるく大股おほまたに歩いた。さうしてたかであらを見出し室長の佐伯に注進した。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
兄は突然かう叫ぶと、母の枕もとに突立つたなり、ひぢに顔を隠しました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
成程なるほどきにいたうへにも、寝起ねおきにこんな自由じいうなのはめづらしいとおもつた。せき片側かたがはへ十五ぐらゐ一杯いつぱいしきつた、たゞ両側りやうがはつてて、ながらだと楽々らく/\ひぢけられる。脇息けふそくさまがある。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さてこそ雪に成りぬるなれ、伯母様さぞや寒からんと炬燵こたつのもとに思ひやれば、いとど降る雪用捨ようしやなく綿をなげて、時の間に隠くれけり庭もまがきも、我がひぢかけ窓ほそく開らけば一目に見ゆる裏の耕地の
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
渠は我をうしろざまに馬の脊に掻き載せて、おのれは前の方に跨り、水におとさぬ用心なりとて、太き綱を我胸とひぢとのめぐりに卷きて、脊中合せにしかと負ひたり。我には手先を動かす餘地だになかりき。
私のひぢをつく窓には
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
やゝ、春の色の濃くなつた庭、咲き亂るゝ桃の下枝を潜つて、玄關へ出ると、誰憚る者もなく、肩ひぢ張つて門へとかゝります。
『そんなことつたつて仕方しかたがない』とねた調子てうし五點フアイブひました。『七點セヴンわたしひぢいたんだもの』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「先生、失礼ですが、きて御覧なさい」と云ふ。何でも先生の手をぎやくに取つて、ひぢ関節つがひおもてから、膝頭ひざがしらさへてゐるらしい。先生はしたから、到底きられないむねこたへた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かれ只管ひたすらひぢ瘡痍きず實際じつさいよりも幾倍いくばいはるかおも他人ひとにはせたい一しゆわからぬ心持こゝろもちつてた。寸暇すんかをもをしんだかれこゝろ從來これまでになく、自分じぶん損失そんしつかへりみる餘裕よゆうたぬほど惑亂わくらん溷濁こんだくしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
僕は岩野泡鳴氏と一しよに、巣鴨行すがもゆきの電車に乗つてゐた。泡鳴氏は昂然かうぜんと洋傘の柄にマントのひぢをかけて、例の如く声高に西洋草花の栽培法だの氏が自得の健胃法だのをいろいろ僕に話してくれた。
岩野泡鳴氏 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眼の早い八五郎は、平次のひぢをちよいと突きます。庚申横町の木戸を内から開けて、闇の中へスツと出た者があるのです。
ひぢの拔けた野良着、ボロボロの股引もゝひき、膝つ小僧がハミ出して、蟲喰ひ月代さかやき胡麻鹽髭ごましほひげと共に淺ましく伸びて居ります。
ひぢを打たれて、思はず庖丁を取落したお越、次の瞬間には、ガラツ八の我武者羅なひざの下に組敷かれて居りました。
ガラツ八は飛んで行くと、少し反抗的なお仲のひぢを取つて、グイグイ土藏の裏へつれ込んで來ました。
「さうだらうとも、十手捕繩を預かる八五郎でさへ、すそひぢにひどい血が附いてるぢやないか、身體に血の附いてるのを縛る段になれば、第一番に八五郎が縛られるよ」
何處からともなく飛んで來た錢が一枚、怪しい女の振り上げたひぢをハタと打ちました。
三つ、五つ、八つ、平次の手から投り出される青錢は、左母次郎の眉間へ、唇へ、ひぢへ、拳へと飛びますが、左母次郎は一刀を巧みに使つて、その十の八つ九つまではハネ返します。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
二つ三つは除けましたが、幾つ目かは甚六郎の額を打ち、あごを打ち、ひぢを打ちます。
それを聽くと、平次のひぢは、グイと八五郎の横つ腹を小突きました。『三年越しの岡惚れ』と言はれて、すつかり嬉しがつた人間がその邊にもう一人ゐることを思ひ知らせたのです。
お粂はグイと身體を曲げて、八五郎の膝のあたりを、自分のひぢで小突くのです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
手を延ばしてその徳利を取上げた倉賀屋のひぢへ、そつと觸つた者があります。
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
曲者は、ひぢを打たれ、刄を打たれ、最後に額を打たれました。
飛出さうとするガラツ八、平次はそのひぢを押へました。