たゝ)” の例文
心こそ凡てのものを涵する止水しすゐなれ。迷ふもこゝにあり、悟るも茲にあり、殺するも仁するも茲にあり、愛も非愛も茲にこそたゝふるなれ。
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
火口かこういけ休息きゆうそく状態じようたいにあるときは、大抵たいてい濁水だくすいたゝへてゐるが、これが硫黄いおうふくむために乳白色にゆうはくしよくともなれば、熱湯ねつとうとなることもある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
「竹ちやん、遠いとこをよう來たな。しんどかつたやろ。」と、京子はちやんと起き上つて、め付かんばかりの嬉しさをたゝへた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
皆樣みなさまは、其樣そんなにあの可愛かあいがつてくださつたのですか。わたくしなん御禮おれい言葉ことばもございません。』とゆきのやうなるほう微※えくぼなみたゝえて
温泉いでゆは、やがて一浴いちよくした。純白じゆんぱくいしたゝんで、色紙形しきしがたおほきたゝへて、かすかに青味あをみびたのが、はひると、さつ吹溢ふきこぼれてたまらしていさぎよい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼に取って「母」と云うものは、五つの時にちらりとみかけた涙をたゝえた顔の記憶と、あのかぐわしい薫物たきものの匂の感覚とに過ぎなかった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勝手から持出した手桶てをけ、井戸端へ行つて二た釣瓶つるべまで汲み入れ、滿々と水をたゝへたのを持つて、東作の枕元に突つ立ちました。
高山こうざんにはよくさういふ凹地くぼちみづたゝへて、ときには沼地ぬまちかたちづくり、附近ふきんいはあひだゆきをためてゐたりするところがあります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
店臺みせだいへはあつころにはありおそふのをいとうて四つのあしさらどんぶりるゐ穿かせて始終しじうみづたゝへてくことをおこたらないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「さあ、裏から廻はりませう。さうすれば此の真つ暗に見える『天の岩戸』の中にどれ程の光りがたゝへられてあるか、貴方は喫驚びつくりなさるでせう。」
「えゝ寝せて御覧に入れませう。みんな寝ころびますよ。奴等はすべての場所を待合と心得てゐるのですね。」手品師は卑しい笑みをたゝへて云つた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
フアビアニ公子とフランチエスカ夫人とは、わが好き妻を得しを喜び、かの腹黒きハツバス・ダアダアさへ皺ある面にゑみたゝへて、我新婚を祝したり。
顔はあをざめ、眼は悲愁かなしみの色をたゝへ、思ふことはあつても十分に其を言ひ得ないといふ風で——まあ、情が迫つて、別離わかれの言葉もとぎれ/\であつたことを話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
取巻いたほりの跡には、深く篠笹しのざさが繁つて、時には雨後の水が黒く光つてたゝへられてゐるのがのぞかれた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
何處にか深い淋しさをたゝへた眞劒な表情は、この晴れやかな解剖室を暗くするやうにさへ見えた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
その石垣の中から蜥蜴とかげの銀光の肌がはしり出したかと思ふと、ついとまた石垣の穴にかくれた。午頃ひるころちまたは沙漠のやうに光が澱んで居た。音のない光を限り無く深くたゝへて居た。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
外山は満面にゑみたゝへて云つて居た。瑞木が鏡子の前へ乗つた。花木も乗りたさうな顔をして居たのであつたがうしろの叔母の車に居た。瑞木を膝に乗せた車が麹町へあがつてく。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
暫しは恍然うつとりとして氣を失へる如く、いづこともなくきつ凝視みつめ居しが、星の如き眼のうちにはあふるゝばかりの涙をたゝへ、珠の如き頬にはら/\と振りかゝるをば拭はんともせず
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其れに湖はだ凍らずに御納戸おなんど色をたゝへ、遊客いうかくの帰つて仕舞しまつた湖畔の別荘やホテルがいろいろに数奇すきを凝らした美しい建築を静かに湖水に映して居たのは目もめる心地がした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
雨期を過ぎて未だ久しからねば、泉の清水満々とたゝへたるに、旅僧たびそうらしきが二人、驢馬を放ち真裸になりて、首までひたり居りぬ。ぐるりの石に縄かけてすがり居るを見れば、水の深さも知らる。
地を卷く海をのぞきては、水たゝふるたにの中にていと大いなるもの 八二—八四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
紳士は其儘そのまゝかきいだきて、其の白きものほどこせる額を恍惚うつとりながめつ「どうぢや、浜子、嬉しいかナ」と言ふ顔、少女はこびたゝへしに見上げつゝ「御前ごぜん、奥様に御睨おにらまれ申すのがこはくてなりませんの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
象の顎に白く見ゆる毛こはげにて口にはよだれたゝへたるらし
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
常の心は、あけに染み、血のに欲をたゝへつゝ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
金六はさう言ひ乍らも、眼は言葉の調子を裏切つて、微笑をたゝへて居ります。この娘だけが、甲州屋中での、美しい明るい存在だつたのです。
己は生れてからまだ一遍も、あんな不思議な、底の知れない愛嬌と魔力と鬼気ききとをたゝえて居る眼球めだまと云う物を見た事がない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貴僧あなた真個ほんとうにおやさしい。)といつて、はれぬいろたゝへて、ぢつとた。わしかうべれた、むかふでも差俯向さしうつむく。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
黙然としてゐたフェレラはその蒼白な頬に異様な赭味をさし、濁つた眼に無気味な光りをたゝへて女を見た。
二十歳はたちから呑んだらえゝ、十七ではまだ早い。」と、お駒は圓い眼にこびたゝへて嘲弄からかふやうに言つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
わたくし滿面まんめんえみたゝえて大佐たいさにぎり、かゝる災難さいなんあひだにもたがひ無事ぶじなりしことをよろこび、さて
ほりにはうごかないみづそらうつしてたゝへてところがある。さうかとおもへばあるひみづは一てきもなくてどろうへすぢのやうにながれたすなあとがちら/\とはるわづか反射はんしやしてところがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今まで眼を閉ぢて默然もくねんたりし瀧口は、やうやくかうべもたげて父が顏を見上げしが、兩眼はうるほひて無限の情をたゝへ、滿面に顯せる悲哀のうちゆるがぬ決心を示し、おもむろに兩手をつきて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
瀧のほとりには、喇叭らつぱ吹くトリイトンの神二人海馬を馭したり。その下には、豐に水をたゝへたる大水盤あり。盤をめぐれる石級を見れば農夫どもあまた心地好げに月明の裡に臥したり。
この火山島かざんとう直徑ちよつけいわづか三粁さんきろめーとる小圓錐しようえんすいであつて、その北側きたがは人口じんこう二千五百にせんごひやくまちがあり、北西ほくせい八合目はちごうめ噴火口ふんかこうがある。火孔かこう三箇さんこ竝立へいりつして鎔岩ようがんたゝへ、數分間すうふんかんおきにこればしてゐる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
このかれの立つてゐる向うに、深い深い草藪があつて、その中に黒い暗い何年にも人の入つて来たことのない古池がたゝへられてあつた。そこには雲の影も映らなければ、日影も滅多めつたにはさして来ない。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
と言はれて、郡視学は鷹揚おうやう微笑ほゝゑみを口元にたゝへ乍ら
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
藍をたゝへし靜寂の、かげほのぐらき青海波せいがいは
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
と渡部は豊かなる頬に笑波せうはたゝへぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
海は碧玉エメロウドの湯をたゝへて居る
南洋館 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
もう一度八五郎の袖を引くもの、——振り返ると此處までいて來たお雪は、大きな眼に一パイの悲しみをたゝへて、八五郎をさし招くのです。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
水底みづそこ缺擂鉢かけすりばち塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれくぎをれなどは不殘のこらずかたちして、あをしほ滿々まん/\たゝへた溜池ためいけ小波さゝなみうへなるいへは、掃除さうぢをするでもなしにうつくしい。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いづれもに/\双眼鏡さうがんきやうたづさへ、白巾ハンカチーフり、喜色えみたゝえて、諸君しよくん好意かうゐしやすることであらう。
怖い顔をして、ヂツと聴いてゐたお梶は、気味のわるい苦笑を口元にたゝへて
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
たとへば阿蘇山あそざん活動かつどう中心ちゆうしんたる中岳なかだけ南北なんぼくなが噴火口ふんかこうゆうし、通常つうじよう熱湯ねつとうたゝへてゐるが、これが數箇すうこ區分くぶんせられてゐるのできたいけ阿蘇あそ開祖かいそとなへられてゐる建磐龍命たけいはたつのみこと靈場れいじようとし、なかいけ
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
其の振りぐる顏を見れば、鬚眉すうびの魂をとろかして此世の外ならで六尺の體を天地の間に置き所なきまでに狂はせし傾國けいこくの色、凄き迄にうるはしく、何を悲しみてか眼にたゝゆる涙のたま海棠かいだうの雨も及ばず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
名状すべからざる微笑を面にたゝへ、猶其詞を繼いで云ふやう。
眼にはにくみの色をたゝへて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
沈める波にたゝふらむ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と言ふと、二人の海女は、身を跳らして、碧玉へきぎよくたゝへたやうな——少し底濁りのした水槽へサツと飛込みました。
白銀しろがねもてめりてふ、つきひかりたゝふるかとれば、つめたつゆながるゝなりつてはうすしもとならむ。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)