ねむり)” の例文
人々は、ねむりから覚めたところだった。白い粘土で塗りかためられた煙突からは、紫色の煙が薄く、かすかに立のぼりはじめたばかりだ。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
連日のひでりに弱り切った草木がものうねむりから醒めて、来る凋落ちょうらくの悲しみの先駆であるこの風の前に、快げにそよいで居るのが見える。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
さく三十七ねん十二ぐわつ某夜ばうやことなりき、れいごと灌水くわんすゐへてじよくねむりきしもなく、何者なにものきたりて七福しちふくあたふとげたりとゆめむ。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
またそのほか提灯ちょうちんなどもわが枕辺まくらべに照されていて、ねむりに就いた時とおおいに異なっていたのが寝惚眼ねぼけまなこに映ったからの感じであった事が解った。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その夜武士は、旅の疲れの深いねむりから、腕の痒さのためにさまされてしまつた。武士は昼間虱に吸はせた箇所をぼりぼりといた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
なにかミハイル、アウエリヤヌヰチがふたのでるが、すぐみな掻消かききえてしまつた。くてアンドレイ、エヒミチは永刧えいごふめぬねむりにはいた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
浅間の山麓さんろくにあるこの町々はねむりから覚めた時だ。朝餐あさげの煙は何となく湿った空気の中に登りつつある。鶏の声も遠近おちこちに聞える。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
勘次等かんじらにん凝集こごつてうす蒲團ふとんにくるまつた。勘次かんじあし非常ひじやうつめたさをかんじて、うと/\としてねむりからめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おわりてねむりに就くころは、ひがし窓の硝子ガラスはやほの暗うなりて、笛の音も断えたりしが、この夜イイダ姫おも影に見えぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
倦怠けんたい彼等かれら意識いしきねむりやうまくけて、二人ふたりあいをうつとりかすますことはあつた。けれどもさゝら神經しんけいあらはれる不安ふあんけつしておこなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
動物のように前後も知らずねむりむさぼった寝姿でもない。竜子は綺麗きれいな鳥が綺麗な翼にくちばしを埋めて、静に夜の明けるのを待っている形を思い浮べた。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夜雨やうあきさむうしてねむりらず残燈ざんとう明滅めいめつひとり思うの時には、或は死霊しりょう生霊いきりょう無数の暗鬼あんきを出現して眼中に分明なることもあるべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其処そこ沢山たくさんの人の慰安と平和がある。かへつて自分には彼等の様な穏かなねむりが無い、夜も生活の資をる為に働かねば成らないからとヌエは云つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
朝の川波は蕭条しょうじょうたるいろだ。一夜のねむりから覚めたいろだ。冬は寒風がつらくあたる。をとめのやうにさざ波は泣く。よしきりが何処どこかで羽音をたてる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかして余再び彼に帰し、彼再び我に和し、旧時の団欒だんらんを回復し、我も彼の一となり、彼をして旭日あさひの登るがごとく、勇者のねむりより醒めしがごとく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
丁度その時に痛みも薄らいでいますから、後の始末は産婆に頼んで置いて、疲労から来るねむりに快く身を任せます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
いやいや、御堂みどう御社みやしろに、参籠さんろう通夜つやのものの、うたたねするは、神のつげのある折じゃと申す。神慮のほどもかしこい。……ねむりを驚かしてはなるまいぞ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
客の帰りしのち中川は長き談話に疲れけん臥戸ふしどに入りてたちまねむりに就きぬ。妹のお登和嬢疲れは兄に劣らねども大原家の事心にかかりて臥戸に入らんともせず。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まきを使った鉱泉に入って、古めかしいランプの下、物静かな女中の給仕で沼のこいふなの料理を食べて、物音一つせぬ山の上、水のきわの静かな夜のねむりに入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蒼い——呼吸いきをしているよる、何か謎のような叫喚が絶えず聞えるような気がしたんだ。「自然」のうちにねむりなんていうものは、どこを捜したってなかったんだ。
その一言いちごんに対しても少しは良心のねむりを覚せ! 真人間の風早庫之助と蒲田鉄弥が中に入るからは決して迷惑を掛けるやうな事は為んから、今日はおとなしく帰れ、帰れ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さはれ我は諸子に向つて強ひて反省せよとはいはず。反省する者は反省せよ。立つ者は立て。行く者は行け。もし心つかまなこ眠たき者はながき夜のねむりむさぼるにかず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ベッドの上に長々と横たわっている京極三太郎永久のねむりは、まことに浅ましくも哀れな姿だったのです。
罌粟けしはなあいの疲のねむり、片田舍の廢園。蓬生よもぎふなかに、ぐつすりねむるまろ寢姿ねすがた——靴のおとにも眼が醒めぬ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
母が、ねむりに就いたのを知ると、美奈子は益々あせつてゐた。口の中で、数を算へて見たり、深呼吸をして気持を落ち着けようと試みたりした。が、それもこれも無駄だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
十分に手足をのばして楽々とねむりに就いたのが夜の十一時頃、それから一寝入ひとねいりして眼が醒めると、何だか頭が重いような、呼吸いき苦しいような、何とも云われぬ切ない心持がするので
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うちの中にはねむりいている二人の召使の外には誰もいない筈だった。夫人はフロリダ地方へ行っているし、主人は土曜日の夜はいつも日曜版が刷上るまで新聞社にいるならわしだった。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おも羽毛はねしろすゝつめた健康すこやか病體びゃうたいめたねむり! あゝ、りのまゝとはおなじでないもの! ちょう其樣そのやうせつないこひかんじながら、こひまことをばかんぜぬせつなさ!……なんわらふンぢゃ?
それ故にこそは母のねむりをもおどろかしたてまつれ。只々ゆるし給へと潸然さめざめなき入るを、老母いふ。一一〇牢裏らうりつながるる人は夢にもゆるさるるを見え、かつするものは夢に漿水しやうすゐを飲むといへり。
ことに、余り客の立てんでいない昼湯ひるゆの、あの長閑のどか雰囲気ふんいきは、彼のよう所在しょざいのない人間が、贅沢ぜいたくねむりからめたのちの体の惰気だきを、そのまま運んでゆくのに最も適した場所であった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
村の人達は段々朝毎あさごとの寺の読経の声にねむりをさまされるやうになつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
摘まざるままに腐りたる葡萄の実はわがねむり目覚むるまへに
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
「そうやでおねむりっていうのやないの。」
(新字新仮名) / 横光利一(著)
なにかミハイル、アウエリヤヌイチがうたのであるが、すぐみな掻消かききえてしまった。かくてアンドレイ、エヒミチは永刧えいごうめぬねむりにはいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
貴方々々あなた/\」と宗助そうすけ枕元まくらもとこゞみながらんだ。其時そのときをつとはもういびきをかいてゐなかつた。けれども、もととほふかねむりから呼吸いきつゞけてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、何の、くだらないと思い返して眠ろうとしたけれども、やはりねむりに落ちない。雨は恐ろしく降っている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
うるさい程高い瀬の音もいつかねむりを誘う子守謡のように快よく耳に響いて、それが次第に遠ざかって行く、体が端の方から溶けて安らかな心臓の鼓動のみが残る
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
今や十二時にも成りなんにと心に懸けながら、その音は聞くに及ばずしてつひねむりを催せり。日高ひだかき朝景色の前に起出づれば、座敷の外を小婢こをんな雑巾掛ぞうきんがけしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それよりも土地とちて、ゆめともうつゝともわからない種々いろ/\ことのあるのは、べつではない、をんなのために、仕事しごとわすれたねむりさまして、つゝしんで貴老あなたをしへけさせやうとする
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
疲れが深いねむりを引き、先刻ひと寝入りで寝足りた小田島は再びベッドに横になっても眠くはなかった。で、巴里から持って来た社交界雑誌ブウルヴァルジエをひろげた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
喜んで進んで着するに、片山夫婦谷利太郎は大に喜んで迎えらるるは実にうれし。然るに奇遇にも土人は鱒弐尾にびを捕りたるを以て、調理して晩飯をしょくしてねむりにつけり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
さは云へ身の衰へくを思ひさふらふてつかねむりをも得たき願ひに夜は何時いつも氷を頂きてね申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ず考えよう、いろいろの罪を作って、百年間眠った黄金だ、百年間のねむりから醒めるだけでも、もう四人の生命を犠牲にして居る、この先、幾人の血を吸う事か——」
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
勝手かってに屋敷の中を通る小学校通いの子供の草履ばた/\で驚いて朝寝のねむりをさましたもので、乞食こじき物貰ものもらい話客千客万来であったが、今は屋敷中ぐるりと竹の四ツ目籬めがきや、かなめ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その日は得念に誘はれそのまゝ後家かたへ立寄り候処、いろ/\馳走ちそうに預り候上、風呂ふろいり候処、昨夜よりの疲労一時に発し、覚えずうと/\とねむりを催し驚きて目を覚し候へば
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女は、おどろいてねむりに入らうとした。が、その夜の烈しい経験は、——彼女が生れて以来初めて出会つたやうな複雑な、烈しい出来事は、彼女の神経を、極度に掻きみだしてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
数言すげんきようきて、遠寺ゑんじかね一五六五更を告ぐる。夜すでけぬ。わかれを給ふべし。こよひの長談ながものがたりまことに君がねむりをさまたぐと、ちてゆくやうなりしが、かき消して見えずなりにけり。
私はあの七年住慣れた小楼に、土の気息いきにまじって通って来るかすかな風の歎息ためいきのようにして、悲しい憤怒いきどおりの言葉を残して来た。そうだ。光と熱と夢の無いねむりの願い、と言った人もある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだすべてがねむりからはなれぬうち皆悉みんなくちすゝいでつてねばならぬのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
子守歌に快くゆすぶられて、ねむりにさそはれてゆく子供のやうに。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)