いか)” の例文
武蔵はいかったが、間に合わなかった。役人たちの身支度からして物々しかったが、行くほどに途々みちみちたむろしていた捕手のおびただしさに驚いた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼がいかる時はわにのごとく、った時は河童かっぱのごとく、しかしてねむった時は仏顔ほとけがおであったかも知れぬ。また半耳君はんじくんにしても然りである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
アラシは、いかりくるっていたものですから、危険きけんをさけようともしないで、めくらめっぽうにニールスめがけて、とびかかりました。
「ああ、これは、いさむちゃんもたべていいんですよ。」と、おかあさんが、おっしゃったので、やっといさむちゃんのいかりはけましたが
お母さんはえらいな (新字新仮名) / 小川未明(著)
長坂もいかり、刀に手をかけた処、内藤は、畜生を斬る刀は持たぬとてさやぐるみで打とうとしたのを、人々押止めたと云う事がある。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼女はへやに引籠ったっきり、猫の爛々たる眼をいからせ、歯をむいている形相を見るのが恐ろしさに、戸を開けることすらも出来なんだ。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
番頭久八は大いに驚き主人五兵衞へ段々だん/\詫言わびごとに及び千太郎には厚く異見いけんを加へ彼方あち此方こち執成とりなしければ五兵衞も漸々やう/\いかりを治め此後を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これまでほかの弟子たちが一度も当の敵に出逢わないのは、むやみに肩肱をいからせて大道のまん中を押し歩いているからである。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それを聞くと、くだんの中学校長は気恥しさうにひよつくりと頭を下げた。辞書は校長をかばふやうに両肩をいからして、禿頭を隠し立てをした。
殊にその四角い額の中央に横わった一本の太いしわと、高くいかった鼻と、大きく締った唇と、頑丈にしゃくった顎とは意志の強い、大胆な
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひつゝ法華僧ほつけそう哄然こうぜん大笑たいせうして、そのまゝ其處そこ肱枕ひぢまくらして、乘客等のりあひらがいかにいかりしか、いかにのゝしりしかを、かれねむりてらざりしなり。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いつも憤然ふんぜんとしておおいいかり、さながら自分の愛人を侮辱ぶじょくされた時の騎士きしのごとく、するど反撃はんげきやりをふるってき当って行った。
十余年ぜんことごとく伐採したため禿げた大野おおのになってしまって、一夕立ゆうだちしても相当に渓川がいかるのでして、既に当寺の仏殿は最初の洪水の時
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茂吉の「わがからだ机に押しつくるごとくにしてみだれごころをしづめつつり」「いきづまるばかりにいかりしわがこころしづまり行けと部屋をとざしつ」
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
やう/\あきらかなかたちとなつて彼女かのぢよきざした不安ふあんは、いやでもおうでもふたゝ彼女かのぢよ傷所きずしよ——それは羞耻しうち侮辱ぶじよくや、いかりやのろひや
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
慰めにも為りてやりたしと、人知らば可笑をかしかるべきうぬぼれも手伝ひて、おぬひの事といへば我が事のように喜びもしいかりもして過ぎ来つるを
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
みづか其斷そのだんゆうとせば、すなは(八七)其敵そのてきもつこれいからすかれ。みづか其力そのちからとせば、すなは(八八)其難そのなんもつこれ(八九)がいするかれ。
技法ぎはふ尖鋭せんえい慧敏けいびんさは如何いかほどまでもたふとばれていいはずだが、やたらに相手あひて技法ぎはふ神經しんけいがらして、惡打あくだいかのゝしり、不覺ふかくあやまちをとが
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これらはきたないことのおきらいな水の神をいからせて、大いにあばれていただくという趣意らしく、もちろん日本に昔からあったまじないではない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あいちやんはかへらうとしましたが、いかさけ女王樣ぢよわうさまのおこゑとほくにきこえたので、如何どうなることかとほも競技ゲームてゐました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
さてまた、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつ間際まぎわに、船長せんちやうをはじめ船員せんゐん一同いちどう醜態しゆうたいは、ひとおどろいからざるなく、短氣たんき武村兵曹たけむらへいそうひからして
いかりにふるえる声がした。警官けいかんのひとりが、くるいまわる手斧を、火かき棒でたたき落とした。もう一人の警官は見えない足で、けたおされた。
自分は寝惚ねぼけた心持が有ったればこそ、平気で彼の室を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しもいかりの影を現さなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然るに其姫君は白人種に異らざりしゆゑに、父王に見せなば其いかりに触るべしと思ひ、密に人に托して捨てさせし由に候。
ぜんたい欧洲種の猫は、肩の線が日本猫のやうにいかつてゐないので、撫で肩の美人を見るやうな、すつきりとした、イキな感じがするのである。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ことに此のッといかりますと、毛孔けあなが開いて風をひくとお医者が申しますが、う云う訳か又く笑うのも毒だと申します。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかしながらあわてた卯平うへいかくごと簡單かんたんかつ最良さいりやうである方法はうはふひまがなかつた。またいかつてかれほゝねぶかれいた。かれくらんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そこで丁坊はいかって、それじゃ僕の腕前を見せてやろうというので、この頃はホテルの中で身体からだいたとき、せっせと模型飛行機をつくっている。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼のいかりしを見んはかたく彼の泣くを見んはたやすからず、彼は恨みも喜びもせず。ただ動き、ただ歩み、ただ食らう。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其様そんな時には例の無邪気で、うッかりそばへ行って一緒に首を突込もうとする。無論先の犬は、馳走になっている身分を忘れて、おおいいかって叱付ける。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
大叔父の家のものが、どんなに私をさげすみいかるであろう。それを思うと私は、じっとしてはいられないのを感じた。
陸は生得しょうとくおとなしい子で、泣かずいからず、饒舌じょうぜつすることもなかった。しかし言動が快活なので、剽軽者ひょうきんものとして家人にも他人にも喜ばれたそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
えうするに、このごろにいたつて地震ぢしんおそろしさがやうやかつたので、かみまつつてそのいかりをかんとしたのであらう。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
ちょうど雷雨季らいうきがやって来た。彼等は雷鳴を最もおそれる。それは、天なる一眼の巨人きょじんいかれるのろいの声である。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、いつもの親方のいかり声もろくに耳へ入らず、重い金づちをふりあげることもつらいとも思いませんでした。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
そこへ突然はいって参ったのは、雲水うんすいの姿に南蛮頭巾なんばんずきんをかぶった、あの阿媽港甚内あまかわじんないでございます。わたしは勿論驚きもすれば、またいかりも致しました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
復一は何にとも知れないいかりを覚えた。すると真佐子は無口の唇を半分噛んだ子供のときの癖を珍らしくしてから
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
此蹴綱に転機しかけあり、まつたつくりをはりてのち、穴にのぞんで玉蜀烟艸たうがらしたばこくきのるゐくまにくむ物をたき、しきりにあふぎけふりを穴に入るれば熊烟りにむせて大にいか
波よ、いからば怒れと、『最上』は、たてがみをふるわすライオンのような勇ましい恰好で、サッと吹雪ふぶきのような水煙を立てて、舵をぐっと右にとった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
ロミオ チッバルト、足下きみあいする仔細しさいがあって、いからねばならぬその挨拶あいさつをもわるうはらぬ。わし惡漢あくたうではない。さらば、足下きみわしらぬのぢゃ。
しかし、また一方では、道江が、「お友だちの名をたずねてみる気にもならなかった」と書いているのには、あるいかりを感じないではいられなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「念珠集」は、所詮しよせん『わたくしごと』の記に過ぎないから、これは『秘録』にすべきものであつた。それであるから、僕の友よ、どうぞいからずに欲しい。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
いかったゴルゴン(メドウーサら三姉妹)の頭髪を髣髴ほうふつとさせるほどに、凄惨酷烈をきわめたものに違いなかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
善ニョムさんも、ブルブルにふるえているほどいかっていた。いきなり、娘の服のえりを掴むとズルズル引きって、畑のくろのところへほうり出してしまった。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
おこりつけるか、いかりのまま叩かれようと、怒鳴どなられようと、もしそうであったなら、私はどんなに嬉しかろう。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
斬った方は肩をいからせて、三べん刀を高くふりまわし、紫色むらさきいろはげしい火花をげて、楽屋へはいって行きました。
梯子のぼりにだんだんいかりが大きくなつて来るあなたは、しまひには縮緬ちりめんの着物を着た人形でも、銀の喇叭らつぱでも
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
夫婦喧嘩をしていかった女が飛び込んだのが死骸もとめずにただ髪だけが残ったというのは物すごい物語りだ。今でも転落して死ぬものがあるとのことである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
陽に照らされて、その碑の面は、軟らかく艶めいてさえ見えたが、精悍に刎ねてってある七字の題目は、何かをいかって、叱咤しているかのように思われた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
橘姫たちばなひめ御物語おんものがたりずこれにてりといたしますが、ただわたくしとして、ちょっとここで申添もうしそえてきたいとおもいますのは、海神かいじんいかりのけんでございます。