まど)” の例文
四十にしてまどわず。五十にして天命を知る。六十にして耳したがう。七十にして心の欲する所に従えどものりえずと。——為政篇——
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
もしこの評眼ひようがんをもちて財主の妹を財主と共に虐殺したる一節をまば、作者さくしや用意よういの如何に非凡ひぼんなるかをるにまどはぬなるべし。
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
まさちゃんは、あたまなかでは、わかっているが、どう言葉ことばに、あらわしたらいいかと、まどっているようすでした。が、どもりながら
ペスをさがしに (新字新仮名) / 小川未明(著)
〔譯〕あさにしてくらはずば、ひるにしてう。わかうして學ばずば、壯にしてまどふ。饑うるは猶しのぶ可し、まどふは奈何ともす可からず。
『矢筈草』いよいよこれより本題にらざるべからざる所となりぬ。然るに作者にわかまどうて思案投首なげくび煙管キセルくわへて腕こまねくのみ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そも何事の起れるや、問ふ人のみ多くして、答ふる者はなし。全都ぜんとの民は夢に夢見る心地して、只〻心安からずおそまどへるのみ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
彼をかつせしいかりに任せて、なかば起したりしたいを投倒せば、腰部ようぶ創所きずしよを強くてて、得堪えたへずうめき苦むを、不意なりければ満枝はことまどひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それまでは、各〻理念にもまどってみるが、智も働かしてみるが、死という点に到ると、もう途中の妄智もうち煩雑はんざつな是非はもたない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女のうわべの姿からその内奥の相にいたるまで、あらゆる部分は真実と見せかけのまどわしに充ちた不調和で滲透されている。
そして苦り切って顔を伏せると、まどうように暫くチラチラと「トントン」の屍骸を見遣みやっていたが、やがて思い切ったように顔を上げると
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
人顔ひとがおのさだかならぬ時、暗きすみくべからず、たそがれの片隅には、怪しきものゐて人をまどはすと、姉上の教へしことあり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けれども僕の運命の怪しき力にまどうて居る者ですから、其つもりで聴いて下さい。し原因結果の理法と貴様あなたが言うならそれでもう御座います。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
地震ぢしん出會であつた一瞬間いつしゆんかんこゝろ落着おちつきうしなつて狼狽ろうばいもすれば、いたづらにまど一方いつぽうのみにはしるものもある。平日へいじつ心得こゝろえりないひとにこれがおほい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
彼女の許しなしにはついに咲く機会のなかつたにちがひない菊の花なのだ。折角せっかくこんなうるはしさに花咲いた菊を今更どこへ置かうかと思ひまどつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
いとほしさに三日四日は過しぬれど、何地いづちの人ともさだかならぬに、あるじも思ひがけぬあやまりし出でて、ここちまどひ侍りぬといふ。
なんのためにあんな嘘をついたのかとそれを思いまどうよりも、お艶はただ、すぐと栄三郎と家を持つ楽しい相談に頬を赤らめるばかりだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
十字架のもとに泣きまどったマリヤや弟子たちも浮き上らせている。女は日本風に合掌がっしょうしながら、静かにこの窓をふり仰いだ。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょっと思いまどうて、お雪は障子の戸をあけて外を見ますと、思いがけない、すばらしいながめを見ることができました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつ来たのだろう、夏との袂別べいべつをいつしたとも見えないのに秋をひそかに巴里は迎えいれて、むしろ人達をまどわせる。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分の職業に対する悲しみと次男を第二の猫八にさせようかどうかというまどいとが一ときに誘いだされたからである。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
この菫花うりの忍びて泣かぬは、うきになれて涙の泉れたりしか、さらずは驚きまどひて、一日の生計たつき、これがためにまむとまでは想到おもいいたらざりしか。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さてはこの母親の言ふに言はれぬ、世帯せたい魂胆こんたんもと知らぬ人の一旦いつたんまどへど現在の内輪うちわは娘がかたよりも立優たちまさりて、くらをも建つべき銀行貯金の有るやにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
……(声を低めて、静かに語り出す)実は、文麻呂様の心をまどわしたのは、年若ないやしい田舎娘いなかむすめなのでございます。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
文明日新の修身処世法は、如何いかなる主義にり如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大にまどふ所にして、先輩に対して屡〻しばしば質問を起すものあり。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
彼女の意識内には、次第にまどいが無くなってゆき、悲痛のみが間断なく、反対なく独占してゆくようになった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
それからだん/\と慾が出て一攫千金の夢にまどはされ、彼是と投機事業に手を伸したりして、悉く失敗した。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
この博物館はくぶつかん一番いちばんめづらしいものはなにかとたづねられると、ちょっと返答へんとうまどひますが、エヂプト、ギリシヤ、アッシリアの古美術品こびじゆつひん世界中せかいじゆうどこの博物館はくぶつかんにも
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それもしかし、闇夜には、隣家かとまどうほど、身近く迫り寄る。時には富士の大裾野に、野火が一とつら、二たつら、赤あかと、大蛇の舌を吐くさまに……。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
ふと蝙蝠かうもりが来て自分を食べると言つてまどひ歩かれた奥さんの事なぞを考へ返して、しばらくまんじりと一つところを見入つてゐたりするやうなこともあつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「それあ可いんだけれど、何なら町の方で宿を取つてもいいと思ふね。」彼は女に安心を与へるやうに言つたが、何処においていゝかとまどつてゐる風であつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
始めの中は、町の警察の人達は、愚民をまどはすといふかどで、しきりにそれを取締つたが、しかもこの不思議な信仰の「あらはれ」をうすることも出来なかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
人をまどわすものである。こういう島も、新潟と佐渡の間に、昔から在ったのかも知れぬ。私は、中学時代から地理の学科を好まなかったのだ。私は、何も知らない。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と言ふ人聲、眞晝の往來は斷ち割つたやうに二つにけて右往左往に逃げまどふ中を、僅にくら獅噛しがみ付いた半之丞、必死の手綱を絞りますが何の甲斐もありません。
子曰く、われ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にしてまどわず、五十にして天命を知る、六十にして耳したがう、七十にして心の欲する所に従ってのりえず。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
諸〻の罪を取去る神のこひつじ未だ殺されざりし昔、おろかなる民をまどはしゝそのことばの如くおぼろならず 三一—三三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
疑ひまどふけふこのごろ、國運を思ひて、心病みぬるけふこのごろ、なれこそは、杖なれ、より木なれ、あゝ、大なるかな、忠なるかな、自由なるかな、露西亞の言葉よ。
露西亜の言葉 (旧字旧仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
殊にあの乳汁で眼を洗つて貰つた時の事が、一種まどはしい幻となつて、絶えず私の眼の前にあつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
やがてあいちやんは空中くうちゆう奇態きたいなものゝあらはれてるのにがつきました、それは最初さいしよはなはあいちやんをまどはしましたが、しばらてゐるうち露出むきだしのだとふことがわか
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「そりやそんなことしないで發見みつけたものなら其儘そつくりかへすのが本當ほんたうだよ」内儀かみさんはこゑひくかつたがきつぱりいつた。勘次かんじまどうたこゝろそこにはそれがびりゝとつよひゞいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私はこの正直な男に詫びを言い、そうして私もまた彼と同じようにまどっていることを認めなければならなかった。おそらく、あすはわたしの考えも違ってくるであろう。
いったい日本語には敬語がおびただしいから、人の葬式そうしきくやみに行っても、心の中の半分だも思わぬことまで述べる。少し正直しょうじきな人はまどわされる。古人のなげける一首にわく
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
どうした事かと疑いまどっていると、舟びとの一人はやがて髪をふり乱して刀を持って、とまのうしろに出たかと思うと、自分の舌を傷つけてその血を海のなかへしたたらした。
しかしともかくも厄年が多くの人の精神的危機でありやすいという事はかなりに多くの人の認めるところではあるまいか。昔の聖人は四十歳にしてまどわずと云ったそうである。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もう吾輩の力量を知ったから手向いをする勇気はない。ただ右往左往へ逃げまどうのみである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まどはしの幸福に暫くの間溺れ——次には悔いと恥ぢの苦い涙にむせんでゐるのと——村の小學教師となつて健全な英國中部地方の快い山蔭やまかげに、自由に、正直にしてゐるのと
いわんや金蓮の怪たんなる、明器めいきを仮りて以て矯誣きょうぶし、世をまどわしたみい、条にたがい法を犯す。きつね綏綏すいすいとしてとうたることあり。うずら奔奔ほんぽんとして良なし、悪貫あくかんすでつ。罪名ゆるさず。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あるひえらんでこれみ、ときにしてしかのちこといだし、くに(五六)こみちらず、(五七)公正こうせいあらざればいきどほりはつせず、しか禍災くわさいものげてかぞからざるなりはなはまどふ。
夜中やちゅう真黒まっくらな中に坐禅ということをしていたのか、坐りながら眠っていたのか、眠りながら坐っていたのか、今夜だけ偶然にこういうていであったのか、始終こうなのか、とあやしまどうた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そなたはいま岩屋いわや内部なかることにづいて、いろいろおもまどってるらしいが、この岩屋いわや神界しんかいいて、そなたの修行しゅぎょうめにとくにこしらえてくだされた、難有ありがた道場どうじょうであるから
「お前は神か。早くほんとうのことをいってくれ、俺をまどわしてくれるな。」
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)