こら)” の例文
さて一同の目の前には天下の浮世絵師が幾人よって幾度いくたび丹青たんせいこらしても到底描きつくされぬ両国橋りょうごくばしの夜の景色が現われいづるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
内儀かみさんは什麽どんなにしてもすくつてりたいとおもしたら其處そこ障害しやうがいおこればかへつてそれをやぶらうと種々しゆじゆ工夫くふうこらしてるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
飯島のうちでは妾のお國が、孝助を追出すか、しくじらするように種々いろ/\工夫をこらし、この事ばかり寝ても覚めても考えている、悪い奴だ。
間もなく、明智と私とは伯父の邸の数寄すきこらした応接間で伯父と対座していました。伯母や書生の牧田まきたなども出て来て話に加わりました。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ホテルの窓より眺むれば、展望幾重、紫嵐しらんこらすカルメル山脈の上、金を流せる入日いりひの空を点破して飛鳥遥にナザレの方を指す。
『御近所の方かしら。』そう思った美奈子は、電車を降りながら美しいひとみこらして、その後姿を見失うまいと、眼も放たず見詰めていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
倐忽たちまちひとみこらせる貫一は、愛子のおもてを熟視してまざりしが、やがてそのまなこの中に浮びて、輝くと見ればうるほひて出づるものあり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
寮の建物は數寄をこらして居る割合に狹いので、庭に朱毛氈しゆまうせんの縁臺を並べ、よしずの掛茶屋を連ねて、酒池肉林をさながらに現出させました。
赤誠民兵隊を号令した馬上の田崎恒太郎と、なごやかな、絵絹に丹青をこらしている草雲とは、まるで、違った人のように見える。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう考えたとき、僕は、独楽こまのように、ぐるぐる廻る幽霊船の甲板で、大空へ脱れ出る方法について、工夫をこらすだけの、心の余裕を生じた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
鼈甲べつかふくしかうがいを円光の如くさしないて、地獄絵をうたうちかけもすそを長々とひきはえながら、天女のやうなこびこらして、夢かとばかり眼の前へ現れた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
仏壇の前に端坐して、祈念をこらしている妻の姿などを、まじまじと眺めながら、彼は「女子おなごは楽なものじゃ」と思った。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
神々かう/″\しき朝日あさひむかつて祈念きねんこらしたこともあつたのです。ふとおもあたつたときにはかれおもはずをどあがつてよろこんださうです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
如何いかゞでげせう、これでも先生方のお気には召しますまいかな、あつしとしては相応かなり趣向もこらした積りなんでげすが……」
改めて熟議をこらすものに相違ないが、どこへ行くつもりだろう——そんなことまで、米友が想いやっているうちに、早くも右のさむらいを先頭にして
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
図書 (うたがいの目をこらしつつあり)まさかとは存ずるなり、わたくしとても年に一度、虫干の外には拝しませぬが、ようも似ました、お家の重宝ちょうほう、青竜の御兜。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其後姿を見送つた目を、其処に置いて行つた手紙の上に移して、智恵子はじつと呼吸をこらした。神から授つた義務をたした様な満足の情が胸に溢れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
我れ三文字屋さんもんじや金平きんぴらつと救世ぐせい大本願だいほんぐわんおこし、つひ一切いつさい善男ぜんなん善女ぜんによをしてことごと文学者ぶんがくしやたらしめんとほつし、百でツたむまの如くのたり/\として工風くふうこら
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
友禅縮緬ちりめん真赤まつかな襦袢一枚にこてこてとした厚化粧と花簪はなかんざしに奇怪至極の装飾をこらし、洋人、馬来マレイ人、印度インド人に対して辣腕らつわんふるふものとは思はれなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
わたしは、いつまでもいつまでも耳をこらして聞き入つた——樂音は次第にかすかに、遠くなつて行つた。
麹町の学校や鎌倉の別荘に岡見を見た眼で、その時女中に案内された茶の間や数寄すきこらした狭い庭先を見ると、何となく捨吉は岡見の全景を見たような気がした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
役者はおもいおもいの意匠をこらしたびらを寄せた。縁故のある華族の諸家しょけは皆金品をおくって、中には老女をつかわしたものもあった。勝久が三十一歳の時の事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それからあいちやんは、それをするにはういふふうにしたらいだらうかと工夫くふうこらはじめました、『それには乘物のりものつてかなければならない』とおもつたものゝ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ことに、二番にばんめの三番さんばんめのに、注意ちゆういなさい。おなじく趣向しゆこうこらしたところはあつても、さくらへのほうは、いかにもすっきりと、あたまひゞくように出來できてゐます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
それだからわたしも色々に工夫をこらしてゐるのだ。(上の方に向つて。)おい、おい。そつちの井戸がへも少し待つてくれ。さうざうしいと、どうも好い智慧が出ない。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
また二十尺にじつしやく三十尺さんじつしやくたかいし兩側りようがはてゝ、そのうへよこ巨石きよせきせてあるものなどは、たゞ人力じんりよくだけでもつてなされるものではなく、種々しゆ/″\工夫くふうこらしたものでせう。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
余程眼をこらしても、何処が頭で何処が肩のあたりか、さつぱり見当もつかない全くの壜だつた。
センチメンタル・ドライヴ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ぼくは、その中につて、本堂に懸つた額に目をこらした。……“瑠璃殿”と辛うじて読めた。
にはかへんろ記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
彼の心臓は早鐘のように動悸を打ち、息ははげしく喘いでいた。そして瞳をこらして被害者の顔を覗き込むと、思わず驚愕の叫びをあげて、死体の上に蔽いかぶさる様にうずくまった。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は真佐子を執拗しつように観察する自分がいやしまれ、そして何かおよばぬものに対する悲しみをまぎらすために首を脇へ向けて、横町の突当りにかげこらす山王の森に視線を逃がした。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから瞳をこらして恕堂のする事を見てゐると、恕堂は風呂敷を解いて蓄音器を取り出した。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かく積極消極両方面の競争が激しくなるのが開化の趨勢すうせいだとすれば、吾々は長い時日のうちに種々様々の工夫をこら智慧ちえしぼってようやく今日まで発展して来たようなものの
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
音楽は止んで人々は息をこらした。その時、ホールの一隅にパッと一団の火が燃えてドンという音がした。ヒューという戸外の風の音と共に、二三の婦人は黄色い叫び声を挙げた。
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼女は美しく装いをこらした淡竹色うすたけいろ裳裾もすそきながら、泉の傍へ近寄って水を汲んだ。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
薙刀なぎなたかゝへた白衣姿の小池と、母親が丹精たんせいこらした化粧けしやうの中に凉しい眼鼻を浮べて、紅い唇をつぼめたお光とが、連れ立つて歸つて行くのを、町の人は取り卷くやうにして眼をそゝいだ。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
でいゆすの御教みをしへこの国に入りてより、未だもなき事なれば、無智盲昧まうまい蒼民たみくさの疑ひ怪しむそれ故に、心にもなき大罪に陥らむを憐み、それがし祈念をこらしたれば彼の罪も許されたのぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
あくる日も雨だ。私の空想はもはや疲れた。朝から、青桐に来て烏が止っている。茫然ぼんやりと窓にもたれて、張り付けたような空を見ていると、烏が、時々頭を傾げて何物かに瞳をこらしている。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これ実に彼が二十五歳の時にものしたるもの、その深き言外の真情はいうも愚か、その用意の懇切周到なる、如何に国家を懐うの彼は、かくまで家庭の事にこまやかなる思いをこらしたるぞ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
水は方円の器に従うが如く、私はそれに応じての私の身を置くに適当な何かを以て飾り立て、ぼろぎれを張りめぐらし、工夫をこらして心もちよく住んで見せるだけの自信はあると思っている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
或るときは一〇絵に心をこらしてねぶりをさそへば、ゆめのうちに江に入りて、一一大小さばかりの魚とともに遊ぶ。むればやがて見つるままを画きてかべし、みづから呼びて夢応むおう鯉魚りぎよと名付けけり。
かけ用人無事に紀州表の取調とりしら行屆ゆきとゞき候樣丹誠たんせいこらし晝は一間に閉籠とぢこもりて佛菩薩ぶつぼさつ祈念きねんし別しては紀州の豐川とよかは稻荷いなり大明神だいみやうじん遙拜えうはいし晝夜の信心しんじんすこしも餘念よねんなかりしにかゝる處へ伊豆守殿より使者ししや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
我邦わがくにに来遊する外国の貴紳が日本一の御馳走と称し帰国後第一の土産話みやげばなしとなすは東京牛込うしごめ早稲田わせだなる大隈伯爵家温室内の食卓にて巻頭に掲ぐるは画伯水野年方みずのとしかた氏が丹青たんせいこらして描写せし所なり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
勇猛ゆうみょう精進潔斎怠らず、南無帰命頂礼なむきみょうちょうらいと真心をこら肝胆かんたんを砕きて三拝一鑿いっさく九拝一刀、刻みいだせし木像あり難や三十二そう円満の当体とうたい即仏そくぶつ御利益ごりやくうたがいなしとなまぐさ和尚様おしょうさま語られしが、さりとは浅い詮索せんさく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あるいは磯山自ら卑怯ひきょうにも逃奔とうほんせし恥辱ちじょく糊塗ことせんために、かくは姑息こそくはかりごとめぐらして我らの行をさまたげ、あわよくばばくに就かしめんとはかりしにはあらざると種々評議をこらせしかど、ついに要領を得ず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
タヌは長い夜の探検に疲れたとみえ、草の上にしゃがみ込んでいたが声に応じて門のそばまで進み寄って、マッチをすり、手探りをしいろいろ工風をこらしているふうだったが、間もなくすぐもどって来た。
神産巣日御祖かむむすびみおやの命の富足とだる天の新巣にひす凝烟すす八拳やつか垂るまでき擧げ二六つちの下は、底つ石根に燒きこらして、𣑥繩たくなはの千尋繩うち二七、釣する海人あまが、口大の尾翼鱸をはたすずき二八さわさわにきよせげて
其の語尾の怪しくもくもりを帯べるに、梅子はひとみこらして之を見たり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
是れ千七百載の昔、羅馬の民のつどひ來て、ひとしくひとみを舞臺の光景にこらし、共に笑ひ共に感動し共に喝采歡呼せし處なるにあらずや。側なる低く小き戸を過ぐれば、ひろわたどのあり。われ等は舞庭オルヘストラに下りぬ。
実に仏も心配なされて西方極楽世界阿弥陀仏を念じ、称名しょうみょうして感想をこらせば、臨終の時に必ず浄土へ往生すと説給ときたまえり、南無阿弥陀仏/\
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は、再びピアノが鳴り出しはしないかと、息をこらしてゐた。が、ピアノの鳴る代りに、少年の小さい足音が、聞え始めた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)