“文字(もんじ)” の例文
そは江戸時代の漢学者が文字(もんじ)の快感よりしてお茶の水を茗渓(めいけい)と呼び新宿(しんじゅく)を甲駅(こうえき)または峡駅(きょうえき)と書したるよりも更に意味なき事たるべし。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それにしても、文字(もんじ)が彫ってあると云うのは頗(すこぶ)る面白い問題で、若(も)し其(そ)の文字(もんじ)の解釈が能(でき)たら、𤢖の正体は愈(いよい)よ確実に判りましょう。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その足もとには、波がまっ白なあわをとばして、くだけ散(ち)っています。ガンたちは、その崖(がけ)めがけて、ま一文字(もんじ)に飛んでいくのです。
病中の日記を検(しら)べて見ると九月二十三日の部に、「午前ジェームスを読(よ)み了(おわ)る。好い本を読んだと思う」と覚束(おぼつか)ない文字(もんじ)で認(したた)めてある。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
抽斎が三人目の妻徳を娶(めと)るに至ったのは、徳の兄岡西玄亭(げんてい)が抽斎と同じく蘭軒の門下におって、共に文字(もんじ)の交(まじわり)を訂していたからである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
忍剣は、かねてしたためておいた一片(ぺん)の文字(もんじ)を、油紙(あぶらがみ)にくるんでこよりとなし、クロの片足へ、いくえにもギリギリむすびつけた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし自分(じぶん)が文字(もんじ)に通(つう)じてゐたなら、ひとつ羊皮紙(やうひし)を手(て)に入(い)れて、それに認(したゝ)めもしよう。さうして毎晩(まいばん)うんと旨(うま)い物(もの)を食(た)べてやる。
開いて見れば不思議にも文字(もんじ)は消(き)えて唯(たゞ)の白紙ゆゑ這は如何せし事成かと千太郎は暫時(しばし)惘(あき)れ果(はて)茫然(ばうぜん)として居たりしが我と我が心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
唯(たゞ)こゝに斷(ことわ)りを要(よう)することは噴火(ふんか)といふ言葉(ことば)の使(つか)ひ方(かた)である。文字(もんじ)からいへば火(ひ)を噴(ふ)くとなるけれども、これは燃(も)える火(ひ)を指(さ)すのではない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
生活難にもとづく従業員の不足から、この頃電報の遅れがちなのは、実に困つたものだが、それよりも困るのは電報の文字(もんじ)に間違の多い事だ。
彼には時として匂って来る石油に対する厭(いと)わしさと、漠としている記憶をノートの文字(もんじ)によって引締める意識以外に自己も時の観念もなかった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「そもそも孝(こう)の文字(もんじ)は如何(いかん)」とか、「孝道の歴史」だとか、あるいは「各国の孝道の比較論」だとか、何だとかいうて難しいことを沢山並べて
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
殿「早速の承知で過分に思う、併し其の方は剣道も心得ず、文字(もんじ)も知らんで、予の側に居(お)るのは、何を以て君臣の道を立て奉公を致す心得じゃ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、美(うつく)しい文字(もんじ)でさらさらと書(か)いて出(だ)しました。みんなは「あッ」といって、それなりもうだまり込(こ)んでしまいました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
さし渡し半町(はんちょう)程のべら棒な巨大文字(もんじ)。その余りの大きさに、我が靴跡で描きながら、少しもそれと気づかなかったのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
七八間先(けんさき)を小(こ)きざみに往(い)く渋蛇(しぶじゃ)の目(め)の横(よこ)を、一文字(もんじ)に駆脱(かけぬ)けたのも束(つか)の間(ま)、やがて踵(くびす)を返(かえ)すと、鬼(おに)の首(くび)でも取(と)ったように、喜(よろこ)び勇(いさ)んで駆(か)け戻(もど)った。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
心(こゝろ)は不覺(そゞろ)、氣(き)は動顛(どうてん)して、匇卒(いきなり)、室(へや)を飛出(とびだ)したが、帽(ばう)も被(かぶ)らず、フロツクコートも着(き)ずに、恐怖(おそれ)に驅(か)られたまゝ、大通(おほどほり)を眞(ま)一文字(もんじ)に走(はし)るのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし文字(もんじ)のあるものが、目に一丁字(いっていじ)のない床屋の若いものに、智慧(ちえ)をつけて、嵩(こう)じたいたずらをしたのが害になったんだから、なお責任は重大です。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
観音さまの周りの雑沓の中を、文字(もんじ)通り蓬頭垢面、ボロを引き摺った男が、何か分らぬことを口の中でモヅモヅ呟きながら、ノロノロと歩き廻ってゐる。
乞はない乞食 (新字旧仮名) / 添田唖蝉坊(著)
つるが屋清吉の白壁に「桝形」と文字(もんじ)が刻まれてあるのは、分けても懐しい思い出といえよう。なお街道の岐道(わかれみち)には、常夜燈といしぶみとが立っていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ヤレ月の光が美だとか花の夕(ゆうべ)が何だとか、星の夜は何だとか、要するに滔々(とうとう)たる詩人の文字(もんじ)は、あれは道楽です。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
タツ! タツ! タツ! あゝあの音(おと)を形容(けいよう)するのはむづかしい、何(なん)といふ文字(もんじ)の貧(まづ)しい事(こと)であらう、あれあんなに優(やさ)しい微妙(びめう)な音(おと)をたてゝゐるのに……。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
「彼らが手紙をやった宛名の略字に何とありますか、A(ア)・L(エル)・N(エヌ)すなわちアルセーヌの一番初めの文字(もんじ)と、ルパンの名の初めと終りの文字をとったのです。」
しかし何故(なにゆえ)に『蝮蛇(まむし)』の二大文字(もんじ)を額の上に貼りつけて、ひたすら乞食を引張り出して打殺そうとするのか
頭髪の故事 (新字新仮名) / 魯迅(著)
これ等の文字(もんじ)に優るとも劣らない言葉で談笑を恣にして時の移るのを忘れた日夕をそぞろに思ひ出し
例(たと)へば、羽前(うぜん)の「オイダミ」に置賜の文字(もんじ)を充當(じうたう)したのが、今(いま)は「オキタマ」と誤訓(ごくん)されてゐる。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
まだ見ぬ親をしたう房枝の心のうちは、ちょっと文字(もんじ)にものぼせられないほど、いじらしかった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此(こ)の形式的(けいしきてき)の顏剃(かほそり)が濟(す)んでから葢(ふた)は釘(くぎ)で打(う)ち附(つ)けられた。荒繩(あらなは)が十文字(もんじ)に掛(か)けられた。晒木綿(さらしもめん)の残(のこ)つた半反(はんだん)でそれがぐる/\と捲(ま)かれた。桶(をけ)には更(さら)に天葢(てんがい)が載(の)せられた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
封じ目ときて取出(とりいだ)せば一尋(ひとひろ)あまりに筆のあやもなく、有難き事の数々、辱(かた)じけなき事の山々、思ふ、恋(した)ふ、忘れがたし、血の涙、胸の炎、これ等の文字(もんじ)を縦横(じうわう)に散らして
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勤王佐幕など云(い)う喧(やかま)しい議論は差置き、維新政府の基礎が定まると、日本国中の士族は無論、百姓の子も町人の弟も、少しばかり文字(もんじ)でも分る奴は皆役人になりたいと云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかし、中の書状に見える文字(もんじ)は、またすばらしくもまずい金釘流なのでした。
このときたちまち、その遠(とお)い、寂寥(せきりょう)の地平線(ちへいせん)にあたって、五つの赤(あか)いそりが、同(おな)じほどにたがいに隔(へだ)てをおいて行儀(ぎょうぎ)ただしく、しかも速(すみ)やかに、真(ま)一文字(もんじ)にかなたを走(はし)っていく姿(すがた)を見(み)ました。
黒い人と赤いそり (新字新仮名) / 小川未明(著)
菓子はその文字(もんじ)がしめしているように、もとはただの果実のことであった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しぶみ川、源(みなもと)は信越(しんゑつ)の境(さかひ)よりいで、越後(ゑちご)の内三十四里を流(なが)れて千曲川(ちくまがは)に伴(ともな)ひ此海に入る。此川越後の○頸城(くびき)○魚沼(うをぬま)○三嶋○古志(こし)の四郡(しぐん)を流(なが)るゝゆゑ、四府見(しぶみ)の文字(もんじ)ならんかとおもひしに僻(ひが)事也。
石段を下り切つた直(す)ぐ前に、眞ツ黒な古ぼけた家が、暗(やみ)の中から影の如く見えてゐた。内部(なか)のラムプの光で黄色く浮き出した腰高(こしだか)の障子(しやうじ)には、『御支度所(おしたくじよ)大和屋(やまとや)』といふ文字(もんじ)が茫(ぼう)として讀まれた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
淑女巨人と一堂に集(つど)い思想を交換し事業を画(かく)するは今汝の及ばざる所、しかれどももし汝にして四十八文字(もんじ)を解するを得ば、聖書なる世界文学の汝とともにあるなり、以て汝を励(はげま)し汝を泣(なか)しむべし
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今の内は社会に制裁がないから幇間的(ほうかんてき)文学や軽業的(かるわざてき)文学が跋扈(ばっこ)しているけれども他日社会が規律的に整頓(せいとん)して文字(もんじ)を読まず精神を読むという時代になったら大原君の如き人が最も尊崇(そんすう)を受けるだろう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
成経 文字(もんじ)など読めるような人がこの島にいるものですか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それが横(よこ)一文字(もんじ)に貝層(かひさう)の間(あひだ)に挾(はさ)まつて居(ゐ)るのを。
蝸牛(ででむし)や其角(きかく)文字(もんじ)のにじり書
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一文字(もんじ)杭渡(くひわた)り
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
虎ヶ窟の壁に文字(もんじ)の跡が有るというのは、頗(すこぶ)る興味を惹く問題であった。一座悉(ことごと)く耳を傾けると、塚田巡査は首を拈(ひね)りながら
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし煩瑣(はんさ)な、冗漫な文字(もんじ)で、平凡な卑猥(ひわい)な思想を写すに至ったこの主義の作者の末路を、飽くまで排斥する客の詞にも、確に一面の真理がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
仮屋(かりや)の幕(まく)をしぼって、陣をでた木隠龍太郎は、みずから「項羽(こうう)」と名づけた黒鹿毛(くろかげ)の駿馬(しゅんめ)にまたがり、雨ヶ岳の山麓(さんろく)から真(ま)一文字(もんじ)に北へむかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪夢の物凄さを以(もっ)て、頭の上から人を押しつける、空一杯の怪文字(もんじ)、Kyofuo ……キョーフオー……恐怖王!
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右(みぎ)の話(はなし)を進(すゝ)めるについて必要(ひつよう)なのは津浪(つなみ)の概念(がいねん)である。津浪(つなみ)に海嘯(かいしよう)なる文字(もんじ)がよくあててあるがこれは適當(てきとう)でない。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
苔と落葉と土とに埋(うづも)れてしまつた古い石碑の面(おもて)を恐る/\洗ひ清めながら、磨滅した文字(もんじ)の一ツ一ツを捜(さぐ)り出して行くやうな心持で、自分は先づ第一に
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
心(こころ)は不覚(そぞろ)、気(き)は動顛(どうてん)して、いきなり、室(へや)を飛出(とびだ)したが、帽(ぼう)も被(かぶ)らず、フロックコートも着(き)ずに、恐怖(おそれ)に駆(か)られたまま、大通(おおどおり)を真(ま)一文字(もんじ)に走(はし)るのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
心持(こゝろもち)余程(よほど)の大蛇(だいじや)と思(おも)つた、三尺(じやく)、四尺(しやく)、五尺(しやく)、四方(はう)、一丈(ぢやう)余(よ)、段々(だん/″\)と草(くさ)の動(うご)くのが広(ひろ)がつて、傍(かたへ)の谷(たに)へ一文字(もんじ)に颯(さツ)と靡(なび)いた、果(はて)は峯(みね)も山(やま)も一斉(せい)に揺(ゆる)いだ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
実のところ過半(かはん)想像的の文字(もんじ)であるから、見る人はその心で読まれん事を希望する、塔の歴史に関して時々戯曲的に面白そうな事柄を撰(えら)んで綴(つづ)り込んで見たが
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)