ふる)” の例文
もう駄目だとさとつた私は、二つに割れた石板せきばん缺片かけらかゞんで拾ひながら、最惡の場合に處する爲めに、勇氣をふるひ起した。時は來た。
ことに、既に長き旅路につかれたる我をして、嚢中のうちう甚だ旅費の乏しきにも拘らず、ふるつてこの山中にらしめたる理由猶一つあり。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
はらの底で喚いてみた。が、そんな空しい相対性の観念をふるってみても何のかいもない。いたずらに毛の根が汗ばむばかりだった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その呟きが相手の敵愾心てきがいしんを激発した。岡田は苦悶の顔色すさまじく、最後の気力をふるって、遂に、劇薬のコップを唇につけた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わが国の存亡そんぼうの決まる日がすぐそこに見えているために、これが最後のチャンスとふるって立ったのだ。どうぞあわれみたまえ
駭然がいぜんとして夢かうつつ狐子こしへんせらるるなからむやと思えども、なお勇気をふるいてすすむに、答えし男急にびとめて、いずかたへ行くやと云う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
君があの際ふるって演壇に立ったのは実際感心である、と大いにめたりあやまったりして来た。実際橋本の云う通りである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われは忽ち興到り氣ふるふを覺えしに、忽ち又興散じて氣衰ふるを覺え、悄然として舟に上り、大海に臨める岸區リドに着きぬ。
しかし、失敗ほどこの少年をふるいたたせるものはないのだ。翌日は非常な意気ごみで紀代子の帰りを待ち受けた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
疼痛とうつうとは疼痛とうつうきた思想しさうである、思想しさうへんぜしむるがためには意旨いしちからふるひ、しかしてこれてゝもつて、うつたふることめよ、しからば疼痛とうつう消滅せうめつすべし。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
けれども、次第しだい畜生ちくしやう横領わうりやうふるつて、よひうちからちよろりとさらふ、すなどあとからめてく……る/\手網であみ網代あじろうへで、こし周囲まはりから引奪ひつたくる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
老人らうじんかした言葉ことばんなものでありました。そして權藏ごんざうふるつて老人らうじんもとつたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
拳をふるってみても、このくらいの大艦になれば、主砲の他に八インチ砲、六吋砲の十二門や十四門は積んでいたであろうから、もはや我々のごときびょうたる駆逐艦としては
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「宮!」とふるつて呼びしかど、あはれむべし、その声は苦きあへぎの如き者なりき。我と吾肉をくらはんと想ふばかりにあせれども、貫一は既に声を立つべき力をさへ失へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
三日みつかにしてのちへいろくす。病者びやうしやみなかんことをもとめ、あらそふるつて、でてこれめにたたかひおもむけり。しんこれき、めにり、えんこれき、みづわたつてく。
雀のお宿の素峰子そほうしは、自ら行乞子こうきつしと称している。かつては書店の主人であったが、愛妻の病没により、哀傷あいしょうの極は発願ほつがんして、ふるって無一物の真の清貧に富もうと努めた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
余が本校の議員に列し、熱心と勉強とを以て、事にここに従わんと欲せしものは、ひとり隈公と諸君との知遇に感ぜしのみにあらず、けだし又別にみずからふるう所ありて然るなり。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
雞をり豚をふるい、かまびすしい脣吻しんぷんの音をもって、儒家じゅか絃歌講誦げんかこうしょうの声をみだそうというのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「今週土曜日放課後ただちにクラス会を開きますから、ふるってご出席ください。会費十五銭」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
えい、ものものしや、神聖しんせいなる甲板かんぱんは、如何いかでか汝等なんぢらごとけがれたる海賊かいぞく血汐ちしほむべきぞ。とかんます/\ふるふ。硝煙せうゑんくらうみおほひ、萬雷ばんらい一時いちじつるにことならず。
非常時ひじょうじのことで、仕事しごといそがしくなりました。からだ強健きょうけんで、希望きぼうかたは、ふるって居残いのこってもらいたい。」と工場長こうじょうちょうのいった言葉ことばが、達夫たつおみみに、はっきりとよみがえりました。
夕焼けがうすれて (新字新仮名) / 小川未明(著)
かくては所詮しょせん、我わざの進まむこと覚束おぼつかなしと、旅店の二階にもりて、長椅子ながいす覆革おおいかわに穴あけむとせし頃もありしが、一朝いっちょう大勇猛心をふるひおこして、わがあらむかぎりの力をこめて
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
エチエンヌは非常な勇気ゆうきふるい起こします。一生懸命しょうけんめい、足をはやめます。みじかあしせいいっぱいにひろげます。まだその上に、うでります。しかし、なんといっても、ちいさすぎます。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
又は一点の機微に転身をやしたりけむ、忽然こつぜん衝天しょうてんの勇をふるひ起して大刀を上段真向まっこうに振りかむり、精鋭一呵いっか、電光の如く斬り込み来るをひらりと避けつゝはたと打つ。竹杖のあやまたず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかしながら彼は、自分の信念を道づれとして勇ましく自分の道を切りひらいていった。いかにつまずき倒れても、ふたたび猛然とふるいたつだけの力が、彼の内部から湧き上がってきた。
ところへ、ホテルの支配人がやって来て、山本氏に召集状が来、明朝応召されるので、山田氏の発起でホテルと共同の歓送晩餐会を催すことになったからふるってご出席願いたいといった。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
識者の予測したる、愚者の夢視せざる、三百年来いまかつてこれなき大刺激は来れり。大挑発は試みられたり。怯者おそれ、勇者ふるい、愚者驚き、智者憂い、人心動乱、停止する所を知らず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
然り而して其の文をるに、各々奇態きたいふるひ、啽哢あんろうしんせまり、低昂宛転ていかうゑんてん、読者の心気をして洞越どうゑつたらしむるなり。事実を千古にかんがみらるべし。たまたま鼓腹こふくの閑話あり、口をきて吐きだす。
しかし、われわれの日常に起こるいろいろな場合に、ふるい立つ心——それは単なる義侠心のみではできない。良心というよりも、もっと深いところにある霊性たましいの力だと私はそれを思っている。
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
さながら雲をつかむようにしか、「言葉の純粋さ」に就て説明を施し得ないのは、我ながら面目次第もない所とひそかに赤面することであるが、で、私は勇気をふるって次なる一例を取り出すと——
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
與吉よきちれておつぎは開墾地かいこんちつてた。勘次かんじ鍛錬たんれんした筋力きんりよくふるつてにおつぎはそこらのはやしから雀枝すゞめえだつてちひさな麁朶そだつくつてる。ちひさなえだ土地とちでは雀枝すゞめえだといはれてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「僕も勇気をふるい起して、是非もう一度叔父さんに御目に掛ります……」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手前は匹夫ひっぷの勇をふるって命をくしても仕方がないが、跡はどうする
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
本当の探偵は一にも実践、二にも実践——これが大事なので、そこにあたくしたちの腕のふるいどころがあるのですわ、奥さま
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……だが、もう今までのような悲しみはさせないぞ。伊勢ノ忠盛の面目を、これからはふるうてみせる。責めるな。そうわしを、泣いて責めるな
ようやくある家にて草鞋を買いえて勇をふるい、八時半頃野蒜のびるにつきぬ。白魚の子の吸物すいものいとうまし、海の景色もめずらし。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もう一度二階へ戻るというのは、その際の彼に取って、殆ど不可能に近い事柄ことがらではあったけれど、彼は死にもの狂いの気力をふるって、更に家の中へ取って返した。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
疼痛とうつうとは疼痛とうつうきた思想しそうである、この思想しそうへんぜしむるがためには意旨いしちからふるい、しかしてこれをててもって、うったうることをめよ、しからば疼痛とうつう消滅しょうめつすべし。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
不意ふいに彼は我と我身をふるひ起たせようとする樣子だつた。あらゆる現實の證據が彼を捉へたのである。
得ば本会の面目不過之これにすぎずと存そろ何卒なにとぞ御賛成ふるって義捐ぎえんあらんことを只管ひたすら希望の至にえずそろ敬具
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世襲の多数奴隷の上に生殺与奪の権をふるって、あたかも王侯のごとくに君臨しているのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
敵の遺棄屍体したい三千余。連日の執拗しつようなゲリラ戦術に久しくいらだち屈していた士気がにわかにふるい立った形である。次の日からまた、もとの竜城りゅうじょうの道にしたがって、南方への退行が始まる。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
マダムは新聞や雑誌をよく読んで、時代に対するアラユル理解力をふるっておられました。そうして現代がスピードとエロの時代である事を、飲み込み過ぎるほど、のみこんでおられました。
奥様探偵術 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
事がむずかしければむずかしいほど、いっそうふるいたつという風になる。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは外の談判と違つて唯金銭かねづくなのだから、素手すでで飛込むのぢや弁のふるひやうが無いよ。それで忽諸まごまごすると飛んで火に入る夏の虫となるのだから、まあ君が行つて何とか話をして見たまへ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
舳櫓ともろ船子ふなこは海上鎮護ちんごの神の御声みこえに気をふるい、やにわにをば立直して、曳々えいえい声をげてしければ、船は難無なんな風波ふうはしのぎて、今は我物なり、大権現だいごんげん冥護みょうごはあるぞ、と船子ふなこはたちまち力を得て
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
溢るゝばかりふるひ立ち
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平小次郎将門事、徒党を狩り、暴をふるい、故なく、官田かんでん私園しえんに立ち入り、良民を焚害ふんがいし、国倉を掠奪し、人を殺すこと無数。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正木署長はにわかにふるいたって、取調べを始めた。カオルも山治も、蠅男らしい人物がこの家に出入していない旨を誓った。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その才をしょうし、其学を勧め、の流れて文辞の人とならんことを戒め、其のふるって聖賢の域に至らんことを求め、他日また再び大道を論ぜんことを欲す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)