おろ)” の例文
わたくしやうやくほつとしたこころもちになつて、卷煙草まきたばこをつけながら、はじめものうまぶたをあげて、まへせきこしおろしてゐた小娘こむすめかほを一べつした。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つい四五日前、町内の差配人おおやさんが、前の溝川の橋を渡って、しとみおろした薄暗い店さきへ、顔を出さしったわ。はて、店賃たなちんの御催促。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
公爵夫人こうしやくふじんそのだいせつうたも、えず赤子あかごひどゆすげたりゆすおろしたりしたものですから、可哀相かあいさうちひさなのがさけぶので
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
実をいふと、お高婆さんもその皮肉家の一にんで、伊達太夫などは稽古のたんびに随分こつぴどおろされるばかりか、うかすると
瀧の戸と二人で漸くに小三郎を二階からおろして廊下を通るのを、丈助が暗い処から延び上り小三郎の姿を見て驚き、此奴こいつ小三郎だナ
三日目の日盛ひざかりに、彼は書斎のなかから、ぎら/\するそらいろ見詰みつめて、うへからおろほのほいきいだ時に、非常に恐ろしくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此頃のひでり亀甲形きつかふがた亀裂ひヾつた焼土やけつちを踏んで、空池からいけの、日がつぶす計りに反射はんしやする、白い大きな白河石しらかはいしの橋の上に腰をおろした。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
𢌞る事よと腹には思ひたりうとふ阪の下り口を例の通りおろされて澁々歩くと跡先になりて二十六七の羽織着たる男しきりに二人の姿を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
李陵りりょう自身が希望のない生活を自らの手で断ち切りえないのは、いつのまにかこの地に根をおろしてしまった数々の恩愛や義理のためであり
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
其時そこに向いておろしてあったすだれ捲上まきあげたので、そなたを見ると、好き装束した女の姿が次第にあらわれた。簾は十分に上げられた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はそれを長くおろさなかった。急な坂の曲りくねった小径を下りつくして、息が苦しくなった時に、後ろへ廻した手をゆるめた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
可哀かわいそうに! 普通なみの者なら、何ぼ何でも其様そんなにされちゃ、手をおろせた訳合わけあいのもんじゃございません、——ね、今日こんにち人情としましても。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「じゃあ、こうおしなさいよ。あたしはここで、じょうおろされて小さくなっているから、そこまで行ってかせいでおいでなさいよ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それは二三間手前でわざわざ車を止めてレールからかたわらにひっぱっておろしたのだから間違いないというし、車掌もそれを証言するそうです。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ウイリイはそれを見て車から百樽の肉をおろして投げてやりました。みんなは喜んですぐにけんかをやめてとおしてくれました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
おあいは、路傍の、石の上に腰をかけて、背から、乳飲児をおろして乳を含めた。は、乳房にしがみついて乳を吸いはじめた。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大井は酔人すゐじんを虎がねるやうに、やゝ久しく立ちすくんでゐたが、やう/\思ひ切つて、「やつ」と声を掛けて真甲まつかふ目掛めがけて切りおろした。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
きゝかどの戸を明ればお松お花の兩人は藤三郎とともに雪まぶれに成しを打拂うちはらひて内に入お松は藤三郎をよりおろしければお時は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
雄二が腰をおろした切株きりかぶそばに、ふと一枚の紅葉もみじの葉が空から舞って降りてきました。雄二はそれをひろいとると、ポケットに収めておきました。
誕生日 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そしてその小さい腰かけにちょこんと腰をおろして、悠々と朝日あさひをふかしながら、雑然たる三つの実験台を等分に眺めながら、御機嫌ごきげんであった。
私が船を間違えたのか、船が私を間違えたのか、そこんところがハッキリ致しませぬが、とにかく香港ホンコンおろされちまいましたので弱りました。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「こっちへおよんなさい。寒いから。」と母親のお豊は長火鉢の鉄瓶てつびんおろして茶を入れながら、「いつおひろめしたんだえ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あけられた戸口からはいって来たのは、担架たんかになった男達で、解剖台の側まで行くと、つつましくそれを床へおろした。と、老人が合図をした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美奈子の心持などに、何の容赦もない自動車は、彼女の心が少しも纏まらない内に、もう彼女を東京駅の赤煉瓦の大きい建物の前におろしてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
のつそりとして悠長いうちやう卯平うへい壯時さうじじゆくして仕事しごと呼吸こきふおほきなかたからおろとき、まだ相當さうたうはかどるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
密使は、背中に負っていた大きな包を、機械台のうえにおろした。博士は、鼻をくんくんいわせながら、そばへよってきた。
かれは何方どちらかと言へば狭い一室のテイブルかたはらにある椅子に腰をおろして、さう大した明るいとは言へない光線のもとに、寝床ベツトの上に敷かれた白いシイトや
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
骸骨をおろそうとしたが、なかなか出ないで困っている所へ何処かの小僧がやって来た。歯が痛いって泣き顔をしている。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お前さんの鑑違かんちがいだよ。なるほど、あたしう云ったけれども、若旦那が手をおろしてお前の阿母おっかさんを殺したんじゃアない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ホウまるで地質学展覧会を開業している様じゃなあ」とブラウンは腰をおろしながら、褐色の塵芥や硝子の破片の方へ頭をちょっと突出していった。
「あなたは何彼なにかに就けて私をへこます。」と言い/\した。私は「あゝ済まぬ。」と思いながらも随分言いにくいことを屡〻言ってお前をこきおろした。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
暫時しばらくすると箱根はこね峻嶺しゆんれいからあめおろしてた、きりのやうなあめなゝめぼくかすめてぶ。あたまうへ草山くさやま灰色はひいろくもれ/″\になつてはしる。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「鎧戸をおろして、ジムや。」と母が小声で言った。「あいつらが来て外から覗くかも知れないから。それからね、」
これを繰り返して歌いしかば、二親も始めて心づき、ヤマハハを馬より引きおろして殺したり。それより糠屋の隅を見に行きしに娘の骨あまたりたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たいていの部屋へやには氣持きもちのよい長椅子ながいすいてあつて、見物人けんぶつにんはゆっくりとこしおろしてうつくしいたり、彫刻ちようこくをたのしんでながめたりすることが出來でき
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
すると「背負って居るものにどうやら珍しい物がありそうだ、おろして見せろ」というから「ハイ」といって下し
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
こほ手先てさき提燈ちやうちんあたゝめてホツと一息ひといきちからなく四邊あたり見廻みまはまた一息ひといき此處こゝくるまおろしてより三度目さんどめときかね
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いきなり枕へ頭をおろすやいなや、夜着を深くかぶって、世界中たった一人の身になりでもした様な、たよりない気持になって、静かな眠りに入ろうとした。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
習うかたわら二人の盲人の間を斡旋あっせんして手曳きとも付かぬ一種の連絡係りを勤めたけだし一人はにわか盲目一人は幼少からの盲目とは云えはしの上げおろしにも自分の手を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
然し、夢が文学でありうるためには、その夢の根柢が実人生に根をはり、彼の立つ現実の地盤に根をおろしていなければならない。始めは下していたのである。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
終に一散に駈け下りて、鬼怒川左岸の沙上に腰をおろす。正に午後零時十分。コダ池澤落合の瀑布は高さ五六間で、其の勢は流石日光裏山の水の權威を示してゐる。
黒岩山を探る (旧字旧仮名) / 沼井鉄太郎(著)
疲れに疲れし一行は、途中掛茶屋さえあれば腰をおろして、氷水を飲む、真桑瓜まくわうりを食う、饅頭まんじゅうをパク付く。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
一日一日の眼には見えぬが、黙って働く自然の力をしみ/″\感謝せずには居られぬ。儂が植えた樹木は、大抵たいてい根づいた。儂自身も少しは村に根をおろしたかと思う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
重々しく揺れまわっている鉄梁てつりょうには難なく引綱が結びつけられた。そして一男は残った綱のたまを、監督を中心に群がっている人たちの真中へ手際よく投げおろした。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
が、何を思う暇もないのでした。十回も鍬をおろしたかと思うと、もうかんの蓋が現れて了ったのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……(同族の一老人に對ひて)いや、叔父御をぢご、ままこしおろしめされ、貴下こなたわし最早もう舞踏時代ダンスじだいすごしてしまうた。おたがひに假面めんけて以來このかた、もう何年なんねんにならうかの?
山はあれ氣味で、吹おろす風が強かつた。道ばたの蕎麥の畑から山鳩が飛んだ。友達は直に身構へた。銃聲が山に響いてこだました。傷ついた鳩は少しさきの豆畑に落ちた。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
あぶない」と車掌が飛んできて、後から引きおろした。叔母は泣いていた。母も祖父も、それとは別に遠ざかってゆく叔父の振る帽子に合図して、夢中に手拭てぬぐいを振っていた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
デミトリチの顔付かおつき眼色めいろなどをひどって、どうかしてこの若者わかもの手懐てなずけて、落着おちつかせようとおもうたので、その寐台ねだいうえこしおろし、ちょっとかんがえて、さて言出いいだす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
また時として登りかけた坂から、腰になわをつけられて後ざまに引きおろされるようにも思われた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)