浅黄あさぎ)” の例文
右へ曲るかどにバーがあって、入口に立てた衝立ついたての横から浅黄あさぎの洋服の胴体が一つ見えていたが、中はひっそりとして声はしなかった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なかいたやうな……藤紫ふじむらさきに、浅黄あさぎ群青ぐんじやうで、小菊こぎく撫子なでしこやさしくめた友染いうぜんふくろいて、ぎんなべを、そのはきら/\とつてた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
京ちりめんに、浅黄あさぎに白で麻の葉を絞りあわせた振り袖のひとえもの……萩乃はぎのは、その肩をおとして、ホッとちいさな溜息を洩らした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ほとんど立続たてつづけに口小言くちこごとをいいながら、胡坐あぐらうえにかけたふる浅黄あさぎのきれをはずすと、火口箱ほぐちばこせて、てつ長煙管ながきせるをぐつとくわえた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
浅黄あさぎの石持で柿色の袖なしに裁布たっつけをはいて、腰に七輪のアミをげて、それを叩いたり三味線を引いたりして、種々な音色を聞かせたが
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
するとほんとうにそこらのもう浅黄あさぎいろになった空気のなかに見えるか見えないような赤い光がかすかな波になってゆれました。
ひのきとひなげし (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
取込んでろくに雪もかなかったのでしょう、下男の与次郎が、浅黄あさぎの手拭を頬冠ほおかむりに、竹箒たけぼうきでセッセと雪を払っております。
ついと立つ影が白と浅黄あさぎの中から見えた。ふわりと一つのものから離れてゆく同体の一部としか見えない。刹那せつなその人は人間か何うか疑われた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右手に竹で格子を組んだ板場、つきあたりにまたのれんが掛けてあり、これは浅黄あさぎに紺で「すみよし」と書いてあった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
黒い髪をむすんでうしろに垂れて、浅黄あさぎ無地に大小のともえを染め出した麻の筒袖に、土器かわらけ色の短い切袴きりばかまをはいていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履わらぞうりをはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄あさぎの風呂敷包を肩にかけていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
那処あすこに遠くほん小楊枝こようじほどの棒が見えませう、あれが旗なので、浅黄あさぎに赤い柳条しまの模様まで昭然はつきり見えて、さうして旗竿はたさをさきとび宿とまつてゐるが手に取るやう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
真にまたと見ることの出来ぬと思われるほどの思いつきで、赤や浅黄あさぎ無垢むくを重ね、上に十徳じっとくを着たお坊主ぼうずまでついて、銀の道具のお茶所まで従がっていった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
山三郎は此の馬を見まするとい白馬だ、白馬と申しても濁酒にごりざけとは違います、実に十寸ときもある大馬で、これに金梨地きんなしじの蒔絵の鞍を置き、白と浅黄あさぎの段々の手綱たづな
見ると、それは色のあせた浅黄あさぎいろのズボンに、上半身はすっ裸という恰好の、中国人少年だった。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
葛籠つゞらの底に納めたりける一二枚いちにまいきぬうちかへして、浅黄あさぎちりめんの帯揚おびあげのうちより、五つう六通、数ふれば十二つうふみいだしてもとの座へもどれば、蘭燈らんとうのかげ少し暗きを
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その儒者風な顔に引較べて、よれよれの角帯に前垂れを掛け、坐った着物の裾から浅黄あさぎ色の股引ももひきを覗かしている。コールテンの黒足袋たび穿いているのまで釣合わない。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
九蔵の久吉、浅黄あさぎのこくもちに白のおひずる、濃浅黄のやつし頭巾ずきんかぶり、浅黄の手甲てっこう脚半きゃはんにてせり上げの間後向うしろむきにしやがみ、楼門の柱に「石川や」の歌をかき居る。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
「梅本」「うれし野」「浮舟うきぶね」「青柳あおやぎ」など、筆太ふでふとに染め出した、浅黄あさぎの長い暖簾のれんなどが、ヒラリヒラリとなびいている。店の作りが変っていて、隣りの店とのへだてがない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
えり浅黄あさぎと美くしくなずんで、やさしく前にかさねた手の、そのつまはずれのものなつかしさ!
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
堤の上の同じように可愛い燈籠とうろうにはもう灯がともっているらしいけれど、水の面はまだ浅黄あさぎ色に明るく、二三人の男の燈籠の根もとにしゃがんで釣りを垂れているのが見える。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
男の子のように結った髪のかたちから、さっぱりとした浴衣ゆかたに幅の狭い更紗さらさの帯をしめ、後ろにたれ下がった浅黄あさぎの付けひもを見せたところまで、ちょっと女の子とは見えない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分もあとから出た。爺さんの腰に小さい瓢箪ひょうたんがぶら下がっている。肩から四角な箱をわきの下へ釣るしている。浅黄あさぎ股引ももひき穿いて、浅黄の袖無そでなしを着ている。足袋たびだけが黄色い。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒いのは一箇の両掛りょうがけで、浅黄あさぎ模様の被布おおいをした長櫃ながもちあとに一箇、れも人夫にんぷかついで
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
伯父は夏になると、どんな客が来ても、この浅黄あさぎの帷子の袖無しを一枚素肌にひっかけたままで応対するのであった。その袖無しには、ちゃんと背に一つ大きい家の紋がついていた。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
石谷貞清も浅黄あさぎに金の五の字をえがいた指物見せて、二の丸近くに押しよせた。しかし崖は数丈の高さであり堀も亦至って深い。城兵また多く来襲して、貞清自らも肩を槍で衝かれた。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
下職への仕着しきせも紋無しの浅黄あさぎにするといまからでも間に合いますから、お金の事など心配せず、まあ、わしたちにまかせて、大船に乗った気で一つ思い切り派手に年越しをするんだね。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
当年は不景気でもあり、国家多事の際でもあるので、山車だし屋台やたいもできなかったが、それでも近在から人が出て、紅い半襟や浅黄あさぎの袖口やメリンスの帯などがぞろぞろと町を通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
赤い布片きれか何かで無雜作に髮をたばねた頭を、垢染あかじみた浅黄あさぎの手拭に包んで、雪でも降る日には、不恰好な雪沓つまごを穿いて、半分につた赤毛布を頭からスッポリかぶつて來る者の多い中に
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
また『太平記抄』慶長十五年作二十四巻、巻纓けんえいの老懸の註に、老懸とは下々しもじもの者の鍋取というような物ぞと見え、寛永十九年の或記に浅黄あさぎ指貫さしぬき、鍋取を冠り、弓を持ち矢を負うとあり。
四十ばかりのをとこでした、あたまには浅黄あさぎのヅキンをかぶり、には墨染すみぞめのキモノをつけ、あしもカウカケにつヽんでゐました、そのは、とほくにあをうみをおもはせるやうにかヾやいてゐました。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
鉄無地の道行みちゆき半合羽はんがっぱ青羅紗あおらしゃ柄袋つかぶくろ浅黄あさぎ甲斐絹かいき手甲脚半てっこうきゃはん霰小紋あられこもん初袷はつあわせを裾短かに着て、袴は穿かず、鉄扇を手に持つばかり。斯うすると竜次郎の男振りは、一入ひとしお目立って光るのであった。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
十七世紀にル・ノオル王が切りならさせたと云ふ横長い岡の上の一隅に建てられて、すぐ下に浅黄あさぎ色のセエヌを瞰下みおろし、ペツク其他そのたの小さい田舎ゐなかの村を隔てて巴里パリイの大市街を二里の彼方あなたに見渡して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
としころは三十ばかりには丸味まるみがかったそで浅黄あさぎ衣服いふくけ、そしてひざあたりでくくった、矢張やは浅黄色あさぎいろはかま穿き、あし草履ぞうり足袋たびった、はなは身軽みがる扮装いでたちでした。頭髪かみ茶筌ちゃせんっていました。
其は街道の近くにある田圃の中の孤丘こきゅうけずって其上に建てられた別荘で、質素な然し堅牢けんろうなものであった。西には富士も望まれた。南には九十九里の海——太平洋の一片が浅黄あさぎリボンの様に見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
看護員は犇々ひしひしとその身をようせる浅黄あさぎ半被はっぴ股引ももひきの、雨風に色褪いろあせたる、たとへば囚徒の幽霊の如き、数個すかの物体をみまはして、ひいでたるまゆひそめつ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「お袋は取って六十七だが、白地の手拭は汚れっぽいからと言って、浅黄あさぎの手拭でなきゃ、どうしても使わねえ」
浅黄あさぎぼけのお仕着しきせ、青白い額をおお五分月代ごぶさかやき、彼は、自分の肩や胸の薄ぺッたさを感じながら、砂利を見つめた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんちりめんへ雨雲を浅黄あさぎ淡鼠ねずみで出して、稲妻を白く抜いたひとえに、白茶しらちゃ唐織からおり甲斐かいくちにキュッと締めて、単衣ひとえには水色みずいろ太白たいはくの糸で袖口の下をブツブツかがり
浅黄あさぎのずきんにうこんの袖なし、伊賀袴をはき一本差し、人形箱を胸へ掛けた、古風の傀儡師くぐつしがうつ向き加減に、足のつま先を見詰めながら、すべるように右手を通って行く。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
貫一はかの客の間の障子を開放あけはなしたるを見て、咥楊枝くはへようじのまま欄杆伝てすりづたひにおもてを眺め行くふりして、その前をすぐれば、床の間に小豆革あづきがは手鞄てかばんと、浅黄あさぎキャリコの風呂敷包とをならべて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
浅黄あさぎ幕が落ちて、口上こうじょうから世話場せわばがあいたというところだな」栄二はなにも聞かなかったような口ぶりで云った、「——うちで心配しているといけないから帰る、ありがとうよ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老人も至極道理もっとものことゝ、ある住職にたのみ、岩次を仏門に帰依いたさせますると、それから因果塚建立という文字もんじを染ぬきました浅黄あさぎのぼりを杖にいたし、二年余も勧化かんげにあるき
手ぬぐいを首に巻きつけて行くもののあとには、火の用心の腰巾着こしぎんちゃくをぶらさげたものが続く。あるいは鬱金うこん浅黄あさぎ襦袢じゅばん一枚になり、あるいはちょんまげに向こう鉢巻はちまきという姿である。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小麦を粉にする日ならペムペルはちぢれたかみからみじかい浅黄あさぎのチョッキから木綿もめんのだぶだぶずぼんまで粉ですっかり白くなりながら赤いガラスの水車場でことことやっているだろう。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
関のさびれた町に入って主人は作楽井が昨年話して呉れた古老を尋ね、話を聞きながらそこに持ち合っている伊勢詣りの浅黄あさぎ脚絆きゃはんや道中差しなど私に写生させた。福蔵寺に小まんの墓。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
絹のごとき浅黄あさぎの幕はふわりふわりと幾枚も空を離れて地の上にかぶさってくる。払い退ける風も見えぬ往来は、夕暮のなすがままに静まり返って、蒼然そうぜんたる大地の色は刻々にはびこって来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仮髪かつらは前幕の通にて、着附は茶の細い弁慶縞べんけいじま(木綿と見するも、実は姿を好くするため、結城紬ゆうきつむぎを用ゐる)に、浅黄あさぎのもうか木綿の裏ついたるあわせと白紺の弁慶の縞の太さ一寸八分なる単衣ひとえとを重ね
美女たをやめ背後うしろあたる……山懐やまふところに、たゞ一本ひともと古歌こか風情ふぜい桜花さくらばな浅黄あさぎにも黒染すみぞめにも白妙しろたへにもかないで、一重ひとへさつ薄紅うすくれなゐ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
真新しい看板に『さざなみ』と書き、浅黄あさぎ暖簾のれん鎌輪奴かまわぬと染め出した入口、ヒョイと見ると、頭の上の大輪飾おおわかざりが、どう間違えたか裏返しに掛けてあるではありませんか。