うれ)” の例文
太子はかの未曾有みぞうの日に、外来の危機をうれい、また血族の煩悩ぼんのうや争闘にまみれ行く姿を御覧になって捨身を念じられたのであったが
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
これをおきになった、おうさまは、ふかうれいにしずまれました。いつしかかがりえて、管弦かんげんんでしまったのでございます。
北海の白鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
村に何事か大きなうれい事がある場合、ことに五月六月におしめりがなくて、田が植えられなくて苦しむときなどのほうが多かった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「——さりとはいえ、兄弟両陣にわかれての働きは、人の子として、辛くもあろう、味方の者に、うれえたき思いをする日もあろう」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一、古来定め来りし去り嫌ひはやや寛に過ぐるをうれふ。二句去り、三句去りといふもの多くは五句も六句も去らざれば変化少かるべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それは、かれの今朝からのにがい思い出を茶化しているような顔にも思え、また真剣にうれえているような顔にも思えるのだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
れ永楽帝のおそうれうるところたらずんばあらず。鄭和ていかふねうかめて遠航し、胡濙こえいせんもとめて遍歴せる、密旨をふくむところあるが如し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
チョェン・ジョェの考えでは法王の兄はさぞ悦ぶだろうと思って言い出した事が、案に相違したので大いにうれえの状態に変じてしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
生長ひととなりやさしく、常に都風みやびたる事をのみ好みて、過活わたらひ心なかりけり。父是をうれひつつ思ふは、家財たからをわかちたりともやが人の物となさん。
あゝニオベよ、殺されし汝の子七人なゝたりと七人の間に彫られし汝の姿を路にみしときわが目はいかにうれはしかりしよ 三四—三六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
うれへんまたたれをかうらむる所もなし拙者せつしやは少々したゝめ物あれば御免ごめんあれ貴殿は緩々ゆる/\御咄おはなし成るべしと云ひつゝ其身はつくゑかゝりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いん平仄ひょうそくもない長い詩であったが、その中に、何ぞうれえん席序下算せきじょかさん便べんと云う句が出て来たので、誰にも分らなくなった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金のとうといこともいくらか知るが、今日のところでは幸い後顧こうこうれいがないだけになったから、なんだこの金はと思う気が常に僕の頭を去らない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なぞと誠におとなしい夫故それゆゑされるうれひはございません、けれどものきしたにはギツシリつめも立たんほど立つてります。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
あなたの顔は往きの船の健康さにひきかえ、うれいのかげで深くくもっていました。ぼくはそれをぼくへの愛情のためかと手前勝手に解釈していたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
今またかかる悲しみを見て命の尽きなんとするは何事によるか、前生の報いか、この世の犯しか、神、仏、明らかにましまさばこのうれいをやすめたまえ
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
とりわけ近頃うれひが添つてかえつてあでやかな妹娘の富士額ふじびたひが宗右衛門には心憎いほど悲しく眺められたのであつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
さいわい、そこの空地にはの高い杉の木立があって、その辺の壁を一面に覆い隠していましたので、夜が明けても私の装置が発覚するうれいはありません。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鬼怒川きぬがは西岸せいがんにもうしてはるきたかつ推移すゐいした。うれひあるものもいものもひとしく耒耟らいしつておの/\ところいた。勘次かんじ一人ひとりである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
英国王子に潔身の祓私が明治政府を攘夷政府と思たのは、決してくうに信じたのではない、おのずからうれうべき証拠がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これが肺へかかると一大事だということ、しかし今はそのうれいはないということをも附け加えて慰めてくれました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
陛下が御若い時英気にまかせやたらに臣下を投げ飛ばしたり遊ばすのをうれえて、ある時イヤというほど陛下を投げつけ手剛てごわい意見を申上げたこともあった。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
室の下等にして黒く暗憺あんたんなるをうれうるなかれ、桂正作はその主義と、その性情によって、すべてこれらの黒くして暗憺あんたんたるものをば化して純潔にして高貴
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
くその所天おっとたすけて後顧こうこうれいなからしめ、あるいは一朝不幸にして、その所天おっとわかるることあるも、独立の生計を営みて、毅然きぜんその操節をきようするもの
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こう寄附しろと云ってれる人もありますが、私は閣下のようなお方に、後顧こうこうれいなからしめ、国家のために思い切り奮闘していたゞけるようにする事も
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『たゞ無用むようなる吾等われらが、いたづらに貴下等きからわずらはすのをうれふるのみです。』とかたると、大佐たいさいそそのげんさへぎ
長髯ちょうぜんをしごきながら「遠きおもんばかりのみすれば、必ず近きうれいあり。達人たつじんは大観せぬものじゃ。」と教えた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
千載せんざい一遇いちぐう、国家存亡の時にでっくわして、廟堂びょうどうの上に立って天下とともにうれいている政治家もあるのに……こうしてろくろくとして病気で寝てるのはじつになさけない。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
黒衣の新夫婦は唖々ああと鳴きかわして先になり後になりうれえず惑わずおそれず心のままに飛翔ひしょうして、疲れると帰帆の檣上しょうじょうにならんで止って翼を休め、顔を見合わせて微笑ほほえ
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日來ひごろ快濶にして物に鬱する事などの夢にもなかりし時頼の氣風何時いつしか變りて、うれはしげに思ひわづらふ朝夕の樣ただならず、紅色あかみを帶びしつや/\しき頬の色少しく蒼ざめて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
今日こんにち建築けんちく根本義こんぽんぎ決定けつていされなくともふかうれふるにおよばない。やすんじてなんじこのところへ、しからばなんじやしなはれん。やすんじてなんじこのいへすまへ、しからばなんじ幸福かうふくならん。(了)
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
が、忠義と云うものは現在つかえている主人をないがしろにしてまでも、「家」のためを計るべきものであろうか。しかも、林右衛門の「家」をうれえるのは、杞憂きゆうと云えば杞憂である。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
〔評〕復古ふくこげふ薩長さつちやう合縱がつしように成る。是れより先き、土人坂本龍馬りゆうま、薩長の和せざるをうれへ、薩ていいたり、大久保・西郷諸氏に説き、又長邸にいたり、木戸・大村諸氏に説く。
われいえを継ぎいくばくもなくして妓を妻とす。家名をはずかしむるの罪元よりかろきにあらざれど、如何にせんこの妓心ざま素直すなおにて唯我につかへて過ちあらんことをのみうれふるを。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
酒を飲むにも、銀座のカフェエは人に見られるうれいがあるから、絶対に足を踏み入れない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兎に角めしを食うた。飯を食うとやがて男が「腹が痛い」と云い出した。「そう、余程痛みますか」と女がうれわしそうにきく。「今日汽車の中で柿を食うた。あれが不好いけなかった」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただ私がうれえる最大のことは、ともかく秀吉は力いっぱいの仕事をしており、落伍者という萎縮いしゅくのために私の力がゆがめられたり伸びる力を失ったりしないかということだった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
頃日けいじつ脱稿だっこうの三十年史は、近時きんじおよそ三十年間、我外交がいこう始末しまつにつき世間につたうるところ徃々おうおう誤謬ごびゅう多きをうれい、先生が旧幕府の時代よりみずから耳聞じぶん目撃もくげきして筆記にそんするものを
又非 無楽復無憂 しきに非ず又くうに非ず、楽無くまたうれい無し
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
その住民がギリシア人でないことをうれえなかったように、自己の個性の理解に透徹し得た人は最も平凡な人間の間においてさえそれぞれの個性を発見することができるのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
杞人きひとうれいとはちょうどこういう取り越し苦労をさしていうものであろうと思われる。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、私はこの実情をうれうるものではない。いな、むしろ推奨したいひとりである。
河豚は毒魚か (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
というのは、その愛もそのうれいも、幾度も繰り返してわれわれの心に生き残って行くから。われわれの心に訴えるものは、伎倆ぎりょうというよりは精神であり、技術というよりも人物である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
実は私はこのことあるをうれいて、前後五回ほど阪井の父をたずねて忠告したのです、それにかかわらずかれの父はかれを厳重にいましめないのです、これだけに手を尽くしても改悛かいしゅんせず
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
積悪の応報覿面てきめんの末をうれひてかざる直道が心のまなこは、無残にもうらみやいばつんざかれて、路上に横死おうしの恥をさらせる父が死顔の、犬にられ、泥にまみれて、古蓆ふるむしろの陰にまくらせるを、怪くも歴々まざまざと見て
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それをば刈払かりはらひ、遁出のがれいでむとするにそのすべなく、すること、なすこと、人見て必ず、まゆひそめ、あざけり、笑ひ、いやしめ、ののしり、はたかなしうれひなどするにぞ、気あがり、こころげきし、ただじれにじれて
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そういうおり夫の果しもない事業慾に——それもありふれた事をきらう大懸おおがかりの仕事に、何もかも投じてしまうくせのあるのを知って、せめて後顧こうこうれいのないようにと考えたのではなかろうか。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うれいの眉を持ったこの乙女の、声は清らかに、鈴を振るようであった。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さることなれど御病氣ごびやうきにでも萬一もしならばとりかへしのなるべきならずぬし誰人たれびとえぞらねど此戀このこひなんとしてもかなまゐらせたしぢやうさまほどの御身おんみならば世界せかいもなくうれひもなく御心安おこゝろやすくあるべきはず
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
マーシャ (感激をおさえながら)あの人が自分で何か朗読なさると、眼が燃えるようにきらきらして、顔があおざめてくるんですわ。うれいをふくんだ、きれいな声で、身のこなしは詩人そっくり。