なさけ)” の例文
図書 (きつつ)おなさけ余る、お言葉ながら、活きようとて、討手の奴儕やつばら、決して活かしておきません。早くお手に掛け下さいまし。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つれなかりし昔の報いとならば、此身を千千ちゞきざまるゝとも露壓つゆいとはぬに、なまじあだなさけの御言葉は、心狹き妾に、恥ぢて死ねとの御事か。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
『いや/\、わたくしかへつて、天外てんぐわい※里ばんり此樣こんしまから、何時いつまでも、君等きみら故郷こきようそらのぞませることなさけなくかんずるのです。』と嘆息たんそくしつゝ
なさけなや、六欲煩悩ぼんのう囚人とりこである身は、やはり、うつつも少しも変らず、恐ろしい。激しい不安や恐怖の餌じきにならずにはいられぬのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
含みのある、美しきなさけに富んだ聲音こはね——きくうちに、わたしの心は、花が開くときもまたかうもあらうかと思ふ、やはらぎにみたされた。
四人の兵隊 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
『見ろ、何が食へる。薄ら寒い秋のすゑに熱い汁が一杯へないなんてなさけないことがあるものか。下宿屋だつて汁ぐらゐ吸はせる。』
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
わが幻住のほとりに、なさけしらぬもの多く住むにやあらむ、わがうつりてより未だ月の数も多からぬに三度みたびまでも猫を捨てたるものあり。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
苦労の中にもたすくる神の結びたまいし縁なれや嬉しきなさけたねを宿して帯の祝い芽出度めでたくびし眉間みけんたちましわなみたちて騒がしき鳥羽とば伏見ふしみの戦争。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それでも思切おもひきツて其の作を放擲ツて了うことが出來ぬから、何時いつまでも根氣こんき無駄骨むだほねツてゐる、そして結局なさけなくなるばかりだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
いやしい汚い矮小わいしょうな人種が、己の同胞であるかと思うと、そうして自分もあんな姿をして居るのかと考えると、己は全くなさけなくなる。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もしこれが小梅こうめ伯母をばさん見たやうな人であつたら———小梅こうめのをばさんはおいとと自分の二人を見て何ともへないなさけのある声で
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こんな常識をはずれた希望を、真面目まじめいだかねばならぬほど、その時の自分はなさけない境遇におったんだと云う事が判然するからである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが手前たちがどんなたちの連中か己は知ってる。現なまを船に積み込み次第しでえ、己は島で奴らをやっつけねばなるめえ。なさけねえやり方さ。
我は常に宮がなさけこまやかならざるを疑へり。あだかも好しこの理不尽ぞ彼が愛の力を試むるに足るなる。善し善し、盤根錯節ばんこんさくせつはずんば。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
縁起えんぎでもないことだが、ゆうべわたしは、上下じょうげが一ぽんのこらず、けてしまったゆめました。なさけないが、所詮しょせん太夫たゆうたすかるまい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一体これでも国語でございといわれようかと、つくづくなさけなく思うことがある。たかが飜訳渡世風情が何を言う! と諸君は言われるか。
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
義仲寺にうつして葬礼義信をつくし京大坂大津膳所ぜゞ連衆れんじゆう被官ひくわん従者ずさまでも此翁のなさけしたへるにこそまねかざるに馳来はせきたる者三百余人なり。
わすれはせまじ餘りなさけなき仕方しかたなりと利兵衞をうらみけるが吉三郎はもとより孝心かうしんふかければ母をなぐさめ利兵衞殿斯の如く約束やくそくへん音信おとづれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
小町 あなたはなさけを知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草ふかくさ少将しょうしょうはどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
此樣こんつても其方そちらへの義理ぎりばかりおもつてなさけないことる、多少たせう教育けういくさづけてあるに狂氣きやうきするといふは如何いかにもはづかしいこと
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひがんだ、いぢけた、かたくなな私も、真裸になつて彼等の胸に飛び込んで行くことが出来た。そして、彼等の温いなさけに浸つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
おこよ源三郎をひきさらって遠く逃げられました故、深見新左衞門はなさけなくも売卜者の為に殺されてお屋敷は改易かいえきでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
慈悲じひなさけもないのだ。それは文字通り、時計の針の正確さで、そこに介在かいざいする人間の首などを無視して、秒一秒下へ下へと下って来るのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ヂュリ さ、乳母うばいの。……ま、なん其樣そのやうなさけないかほしてゐやる? かなしい消息しらせであらうとも、せめてうれしさうにうてたも。
直也の二つの眼には、あつい湯のような涙が、くようにあふれていた。初めて、顔を見たばかりの少女の、厚いなさけに対する感激の涙だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わが輩は凡人のなさけなさに、形而下けいじかの話をして夢を物とみなして長々しく弁じたが、形而上けいじじょうの思想の存在するをまったく心得ぬわけでもない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
段段先方むかうでは憎しみを増し、此方ではひがみが募る。意地を張つても、悲しいことには、彼女の一家は人のなさけと憐みとできなければならない。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
そして紫の銘仙のあはせの下に緋の紋羽二重の綿入わたいれの下着を着て、被布ひふは着けずにマントを着た姿を異様ななさけない姿に思はれた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そんな日暮には、いつも温かにおつとりした良寛さんの心が、なさけない程いらいらして、ふとしたことにも腹が立つたりした。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
時々は、自分があまり美しくないのをなさけなく思ひ、時々は薔薇色の頬を、鼻筋の通つた鼻を、また小さな櫻桃さくらんぼのやうな口を欲しいとも思つた。
その瞻視まなざしなさけありげなる、睫毛まつげの長く黒き、肢體したいしな高くすなほなる、我等をして覺えずうや/\しく帽を脱し禮を施さゞること能はざらしめたり。
良因 (可笑さを隱して。)もし、もし、わたくし一人をこゝへ置去りにして、あなた方ばかり逃げて行かうとは、あんまりなさけなうございます。
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
血の権のにえは人の権なり。われおいたれど、人のなさけ忘れたりなど、ゆめな思ひそ。向ひの壁に掛けたるわが母君のすがたを見よ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それにも、うきねといふ言葉ことばきといふいやな、なさけない悲觀ひかんすべき意味いみ言葉ことばが、おんからかんじられる習慣しゆうかんになつてゐます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
みぞれの降る夜半よわに、「夜は寒みあられたばしる音しきりさゆる寝覚ねざめを(母いかならん)」と歌って家の母のなさけを思ったり
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
言つて、夜半よなか近くなつてから、一人で離屋に頑張つて居ましたが、なさけないことに蟲のやうに刺し殺されて、二千五百兩の小判は影も形もありません
しな勘次かんじしてなさけないやうな心持こゝろもちがしてたのであるが、おもつたよりはあきなひをしてれたので一にち不足ふそくまつた恢復くわいふくされた。さうして
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『向うの村に住む人間たちが、彼等の天性の愛となさけとを忘れてしまった上は、湖が再び彼等のすまいの上に、さざなみをたてた方がいいかも知れない!』
養家の恩にそむいてまで、あんな宿借やどかり女の偽態ぎたいの愛にたぶらかされてしまうものであろうか。——家成はなさけなくもなるし、腹が立ってならなかった。
そうは云ったものの、あのなさけの女房が又してもそばにへばりついているのかと思うと、私は五体の力が一時に抜けてしまうように感じたのだった。
殺人の涯 (新字新仮名) / 海野十三(著)
君もし真にお雪を思うの厚きなさけもあらば、願わくは友として生に交らんことを許し給え……三人の新しき交際——これぞ生が君に書き送る願なれば。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんなにも隠すのか、たとい雲でもなさけがあってくれよ。こんなに隠すという法がないではないか、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
汝の第一の避所さけどころ第一の旅舍やどりは、聖なる鳥を梯子はしごの上におくかの大いなるロムバルディアびとなさけならむ 七〇—七二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
うかれのやうに化粧した薔薇ばらの花、遊女あそびめの心をつた薔薇ばらの花、綺麗きれいに顏をつた薔薇ばらの花、なさけ深さうな容子ようすをしておみせ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
信じもしない金光様の何のお蔭だと思ったがね。ただ親のなさけというものにたれてしまったのだ。まったくこの両親の恩愛のお蔭だとね。僕は落涙した。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
めちゃめちゃにこわしてしまったようでからだが風と青い寒天かんてんでごちゃごちゃにされたようななさけない気がした。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
病気でさえも自分のものとなると上等に見てもらいたいというのはなさけないものだ、私なども、自分の胃病を軽蔑けいべつされたりすると、多少しゃくさわることがある。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
昼は肴屋さかなや店頭みせさき魚骨ぎょこつを求めて、なさけ知らぬ人のしもと追立おいたてられ。或時は村童さとのこらかれて、大路おおじあだし犬と争ひ、或時は撲犬師いぬころしに襲はれて、藪蔭やぶかげに危き命をひらふ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
裸体祭の風流男みやびおとを百年の仇と思いつめるような、なさけ知らずの乙女でも、櫛を折り、鏡を砕き、赤き色のあらゆる衣を引き裂いて、操を立てた若い後家ごけでも
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「わたしがいそいでるのを知ってるくせに、やっぱりうるさくきまとうんだね。ほんとになさけない子だよ!」
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)