にぶ)” の例文
にぶ砂漠さばくのあちらに、深林しんりんがありましたが、しめっぽいかぜく五がつごろのこと、そのなかから、おびただしいしろ発生はっせいしました。
北海の波にさらわれた蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さりとて今更その決心をにぶらせるなどというのは、師直としては到底できないことであるので、彼は子供らをことごとく敵としても
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
睡魔の妖腕ようわんをかりて、ありとある実相の角度をなめらかにすると共に、かくやわらげられたる乾坤けんこんに、われからとかすかににぶき脈を通わせる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その腹を、手綱で撲りつけていたが、馬は、口に白い泡を噛んで、眼をにぶくしながら、なぐる人間を、恨めしげに見ているだけであった。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お霜は大きく眼を開いて、ゴクリと固唾かたづを呑みました。忠義者には相違ないまでも、お春に比べると、何となく神經のにぶさうな女です。
小室 にぶいぞ。先方は先方で僕が失業したからと言って、月々二十円送るふうをする。それに対して、僕から月々お礼状が行くんだ。
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
げに寒き夜かな、いう歯の根も合わぬがごとし。炎は赤くその顔を照らしぬ。しわの深さよ。まなこいたくくぼみ、その光は濁りてにぶし。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かう云ふ考へは僕のペンをにぶらせることは確かである。けれども僕の立ち場を明らかにする為に暫く想念イデエのピンポンをもてあそぶとすれば、——
やはらかさに滿たされた空氣くうきさらにぶくするやうに、はんはなはひら/\とまずうごきながらすゝのやうな花粉くわふんらしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
どんな目に会ったってこの不撓不屈ふとうふくつの精神がにぶるものか、そう思って帰るが否や、ただちに藩の有力者に会ってつぶさに時勢の将来を説いた。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「探偵小説家は実際の犯罪をしない。それは、いつもペンを走らせて犯罪を妄想もうそうしているから、犯罪興奮力がにぶっているのだ」
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ながかたちよこにひらたいものとがありますが、双方共そうほうとも一方いつぽうにつまみがあり、他側たがはれるほどするどくはありませんが、にぶになつてゐます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛にぶければ、このうてなは汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇—一三二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
急に何やら思出したように溜息ためいきをつき、例の如く細い目をぱちくりさせながら、じっと兵卒の衣裳ににぶい視線を注いでいた。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
にぶる時はたくはへたるをもつてみづからぐ。此道具だうぐけものかはを以てさやとなす。此者ら春にもかぎらず冬より山に入るをりもあり。
「僕は、こんなけしき、」私は、わざと感覚のにぶい言いかたをする。「幻燈で見たことがある。みんなぼっとかすんで。」
秋風記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
レグホンの古びきった血液は、強烈な本能の匂いをかしこんだ地鶏の血液に比して、はるかに循環がにぶい。彼の打撃はしばしば的をはずれた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
こずえが、一分一寸とじりじりと下るあいだから、まるで夢のなかのようなせたにぶい外光が、ながい縞目しまめをなしてさっと差しこんできたのである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
玄関と反対の片側には、板塀と門とが立っていたが、門の口を通して白茶気た往来が、日の光ににぶく照らされながら、その一部分を見せていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唐金色からかねいろ薔薇ばらの花、天日てんぴに乾いた捏粉ねりこ唐金色からかねいろ薔薇ばらの花、どんなにれる投槍なげやりも、おまへの肌に當つては齒もにぶる、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
それを申しますと、私は悲しくなりますし、覺悟もにぶります。譯は自然とわかつて來ませうから、それまでどうぞねえ。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
頭のにぶい人たちは、申し立つべき希望の端くれさえ持ち合わしてはいなかったし、才覚のある人たちは、めったなことはけっして口にしなかった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「お起き遊ばせ! お起き遊ばせ!」私は叫んだ——そしてゆすぶつた、が彼は唯呟いて寢返りをしたきりであつた。煙が彼の知覺をにぶらしたのだ。
この旅行が自分のにぶりかかった神経を鋭くしてくれれば好いがと思ったくらいであったから、ラザルスに付いてのどんな噂にも、彼は驚かなかった。
間もなく、豚や鳥の油でぎらぎらしているその露路の入口から、阿片に青ざめた女たちが眼をにぶらせて蹌踉そうろうと現れた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
二人ふたりだまる。厨房くりやからダリユシカがにぶかぬかほて、片手かたて頬杖ほゝづゑて、はなしかうと戸口とぐち立留たちどまつてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
信者しんじや善光寺ぜんくわうじ身延みのぶ順礼じゆんれいるほどなねがひだつたのが、——いざ、今度こんど、ととき信仰しんかうにぶつて、遊山ゆさんつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
急に雨の降り出した日などはもっとつらかった。客は大抵乗りものに乗って帰っては行く、人の出足はにぶる、みちを歩く人も新聞など買っている余裕はない。
夢からさめたあとの味気なさのせいでもあるが横の蒲団に枕をならべて眠っている妻と子供の顔がにぶい電灯のかげの中にたよりなくうきあがって見える。
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
五日の月が、西の山脈さんみゃくの上の黒い横雲よこぐもから、もう一ぺん顔を出して、山にしずむ前のほんのしばらくを、にぶなまりのような光で、そこらをいっぱいにしました。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そよ風が暗い木立こだちの中でざわざわと身震みぶるいして、どこか地平のはるかな彼方かなたでは、まるでひとごとのように、かみなりが腹立たしげなにぶい声でぶつぶつ言っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
旗を巻いて、進軍の歩調が、すっかりにぶってしまいましたが、拳のやり場をていよくまとめて、またも以前の方面へ引返したのは、少なくとも組頭の手際です。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その上にその成績はどうかといふと一芸専門の者が皆達者たっしゃで二芸以上兼修の者は腕がにぶいといふでもない。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
西の方へひとみを落すとにぶほのおいぶって来るように、都会の中央から市街のかわら屋根の氾濫はんらんが眼をおそって来る。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
メリーの動作は目に見えてにぶくなってきた。なにをするのもけだるいといった様子で、庭先の陽あたりのいい場所に、ただぐったりとして寝ころぶようになった。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
ぽうっと仄白ほのじろ網膜もうまくに映じた彼にはそれが繃帯とは思えなかったつい二た月前までのお師匠様の円満微妙な色白の顔がにぶい明りのけんの中に来迎仏らいごうぶつのごとくかんだ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こうして余程温度を保って居りましたが、十二時頃からどうもだんだんと寒さを感じて非常に感覚がにぶくなって何だかこう気が変になってぼんやりして来たです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おゝ、ヂュリエット、おまひ艶麗あてやかさがおれ柔弱にうじゃくにならせて、日頃ひごろきたうておいた勇氣ゆうききっさきにぶってしまうた。
ただこの満ちている情愛にれていながら、これに感ずるににぶきわれわれの心情こそ、遺憾いかん至極である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
にぶい声をして、土間の左側の茶の間から首を出したのは、六十か七十か知れぬ白髪しらが油気あぶらけのない、火を付けたら心よく燃えそうに乱れ立ったモヤモヤ頭な婆さんで
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
況して少しでも腦症なうしやうのあるものは、めうに氣がむで、みゝが鳴る、眼がかすむ、頭腦が惡く岑々ぎん/″\して、ひとの頭腦か自分の頭か解らぬやうに知覺ちかくにぶる。周三も其の通りだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そうして私は自分の探偵眼のにぶかったことを悲しむと同時に、探偵小説に於ては氏が私たちの先輩であることを知って一層尊敬の念を増し、なお、それらの作品に於て
国枝史郎氏の人物と作品 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
下のほうでは、ずんぐりむっくり、林檎りんごの木が、枝の林檎をゆすぶり、にぶい力で地べたを叩く。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
製法 磨製石斧の製法せいはふは現存石器時代人民のす所につてもるを得れと、遺跡ゐせきに於てる所のけのくぼみ有る石片截り目を存する石斧いしおのにぶきもの刄の鋭きもの
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
そして、一月に七八くわいが二三くわいになり、やがて一行くか行かないかになると、練習れんしふ足でうでにぶくなつて來た。百五十てんがせいぜい百てんといふところにさがつた。興味けうみがへつた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
弓弭ゆはず清水しみずむすんで、弓かけ松の下に立って眺める。西にし重畳ちょうじょうたる磐城の山に雲霧くもきり白くうずまいて流れて居る。東は太平洋、雲間くもまる夕日のにぶひかりを浮べて唯とろりとして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もつと山麓さんろくちかづくにしたがひ、温度おんどくだつひには暗黒あんこく固體こたいとなつてはやさもにぶつたけれども。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
恥かしきはわがにぶき心なり。余は我身一つの進退につきても、また我身に係らぬ他人ひとの事につきても、決断ありと自ら心に誇りしが、此決断は順境にのみありて、逆境にはあらず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
人間にんげんというものは案外あんがいかんじのにぶいもので、自分じぶんたましいからだからたり、はいったりすることにづかず、たましいのみで経験けいけんしたことを、あたかも肉体にくたいぐるみ実地じっち見聞けんぶんしたように勘違かんちがいして
さめ而して後に前段の落着らくちやくの場を見たまはゞ宛然さながら越前守を目前にみるが如きの思ひある可し然れども編者がふでにぶき上緒數ちよすう毎回まいくわいかぎりあれば其情そのじやう充分じうぶんうつす事がたし恐らくはつのきつて牛を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)