すゝ)” の例文
此のけむりほこりとで、新しい東京は年毎としごとすゝけて行く。そして人もにごる。つい眼前めのまへにも湯屋ゆや煤突えんとつがノロ/\と黄色い煙を噴出してゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
親仁おやぢわめくと、婦人をんな一寸ちよいとつてしろつまさきをちよろちよろと真黒まツくろすゝけたふとはしらたてつて、うまとゞかぬほどに小隠こがくれた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大和やまとくにのある山寺やまでら賓頭廬樣びんずるさままへいてあるいしはち眞黒まつくろすゝけたのを、もったいらしくにしきふくろれてひめのもとにさししました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
狭い急な板梯子いたばしごを上ると、すゝけた天井裏の一部が見え、道路に面して低い窓があり、長持や器具類が壁際に押し並べ、積み上げてあつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
やはらかさに滿たされた空氣くうきさらにぶくするやうに、はんはなはひら/\とまずうごきながらすゝのやうな花粉くわふんらしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
屋根裏からすゝの落ちさうな内井戸で、轆轤くるまきの水を汲み上げてゐたあから顏の眼の大きい下女のお梅は、背後を振り向いて笑つた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
る裏町にある小橋こばしの四方を雑多な形の旧いすゝばんだ家が囲んで、橋の欄干の上に十人ばかり腰を掛けて長い釣竿を差出した光景が面白かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
午後の光は急に射入つて、暗い南窓の小障子も明るく、幾年張替へずにあるかと思はれる程の紙の色は赤黒くすゝけて見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なんとゆつても、まるで屍骸しんだもののやうに、ひツくりかへつてはもう正體しやうたいなにもありません。はりすゝもまひだすやうないびきです。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
眞黒にすゝけた板戸一枚の彼方から、安々と眠つた母の寢息を聞いては、此母、此家を捨てゝ、何として東京などへ行かれようと、すぐ涙が流れる。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
汗と埃りと、すゝと泥と、その上血と涙とに汚れた安右衞門の顏は、まことに、日頃の寛濶な旦那振りなどは、藥にしたくも殘つては居なかつたのです。
火葬場の煙突のすゝを煎じて飲めば治る、大分昔だが隣村の何とかいふ家の娘が四五年も肺病で寝て居て、もう死にかゝつた時分にその煤を飲んだら治つて
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
電車線路を横ぎつて、三尺の路地を二三度折れると、二階とも三階ともつかぬ、屋根のゆがんだ家の前へ來た。それは古い貝殼のやうにガラ/\になつてすゝけてゐた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
黒くすゝけた天井を洗つたり、破れた壁をざつと紙でつてつくろつたり、囲炉裏ゐろりの縁を削つたり、畳を取り替へたりして、世話人達は新しい住職のやつて来るのを待つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ほツほツと片頬かたほに寄する伯母の清らけき笑の波に、篠田は幽玄の気、胸にあふれつ、振り返つて一室ひとますゝげたる仏壇を見遣みやれば、金箔きんぱくげたる黒き位牌ゐはいの林の如き前に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
セント・ジョンは——壁に掛つてゐるすゝけた繪姿のやうに坐つたまゝ、讀んでゐる本に眼を据ゑ、唖のやうに唇をつぐんでゐたので——觀察するのには雜作ざふさもなかつた。
そこにはすゝけた聖者の像の前にともしてある、小さい常燈明が、さも意味ありげにまたゝきをしてゐる。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
何処どこからともなく煤烟ばいえんすゝが飛んで来て、何処どこといふ事なしに製造場せいざうばの機械の音がきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
うらが内のものは今年は井戸蛙ゐどげへるのやうにさつかゞんでさとへは一なんだといひつゝくみいだしたるちやをみれば、すゝだしたるやうなれば、別に白湯をもとめてしよくしをはり
富岡は、すゝけた天井を眺めながら、地図のやうな汚点しみをみつけて、ふつと、ユヱの街を思ひ出してゐた。駅から街の中心へ向ふ街路に、くすの若芽がきたつやうな金色だつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
おも羽毛はねしろすゝつめた健康すこやか病體びゃうたいめたねむり! あゝ、りのまゝとはおなじでないもの! ちょう其樣そのやうせつないこひかんじながら、こひまことをばかんぜぬせつなさ!……なんわらふンぢゃ?
かういう神様の傑作も、へつゝひの前へ置きつ放しにしておくと、何時いつとなくすゝばんで来る。
「よくもかう珍なものを集めたものだ」とつい人がをかしくなるほどすゝぼけた珍品古什こじふの類を処狭く散らかした六畳の室の中を孫四郎は易者然たる鼈甲べつかふの眼鏡をかけて積んである絵本を跨ぎ
竹の打ち付け窓にすゝだらけの障子を建て、脇にけやきの板に人相墨色白翁堂勇齋と記して有りますが、家の前などは掃除などした事はないと見え、ごみだらけゆえ、孝助は足を爪立つまだてながらうち
既にして人々はカミン炉の上に多量のすゝあるを見て、試に炉中を検せしに、人の想像にも及ばざる程の残酷なる事実を発見せり。女主人の娘の屍体さかさまに炉の煙突に押し込みありしことこれなり。
今、すゝを塗った紙を円筒に巻きつけて、それを規則的に廻転せしめ、運動する物体から突出した細い挺子てこの先をその紙に触れしめると、その物体の運動するに従って、特殊な曲線が白くあらわれる。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
母が雨戸を二三枚引いたので、そこには昼乍らうすら寒い幽暗いうあんがあつた。暗い襖、すゝびた柱、くすんだ壁、それらの境界もはつきりしない処に、何だかぼんやりした大きな者が、眼を瞑つて待つてゐる。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
かかるとき、偶偶たまたますゝけたる赤黒あかぐろき空氣の幕が
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
梅雨照りやすゝいと古き駅の汽車
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すゝと煙をきながら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すゝけたる帆木綿ほもめん
霜夜 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
ば手に入んこと外になし此婚姻こんいんさまたげせばかれ自然おのづから此方こなたなびかんあゝ然なりと思案せしが此方策はうさくこうはてついては惡き事に掛てはかしこき者は兄の元益是に相談なして見ばやと先元益が方へ至るに博奕ばくちまけこみたるか寢卷ねまき一枚奧の間にすゝぶりゐたるが夫と見てたれかと思へば弟の庄兵衞何と思つて出て來たか知ねど兄に無禮ぶれい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
呼吸いきめて、うむとこらへて凍着こゞえつくが、古家ふるいへすゝにむせると、時々とき/″\遣切やりきれなくつて、ひそめたくしやめ、ハツと噴出ふきだしさうで不氣味ぶきみ眞夜中まよなか
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天井は思切ツてすゝけてゐて、而も低い。かべは、古い粘土色へなつちいろの紙を張りつめてあツたが、處々ところ/\やぶれて壁土かべはみ出て、鼠の穴も出來ている。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
やがて、赤い灯の唯一つ薄暗くすゝけて点いてゐる小舟は、音もなく黒い水の上を滑つて、映る両岸の灯の影を乱しつゝ、やみの中に漕ぎ去つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
ごろでは綿わたがすつかりれなくなつたので、まるめばこすゝけたまゝまれ保存ほぞんされてるのも絲屑いとくづぬの切端きれはしれてあるくらゐぎないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
正面に両手と両足を縛られた男の大きな塑像がこれすゝと塵とに汚れてかなさうに痩せこけた顔を垂れながら天井からぶらさがる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
お妻の父親おやぢもわざわざやつて来て、炉辺ろばたでの昔語。すゝけた古壁に懸かる例の『山猫』を見るにつけても、くなつた老牧夫のうはさは尽きなかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
安五郎とお竹が逢引あひびきしてゐる僅かの隙にお咲の部屋に忍び込んで、あんなむごたらしいことをし、それから喜三郎の寢卷を土埃つちほこりすゝで汚して置いたんだらう。
そして、その明りは突きあたりの風呂場のすゝけた壁にうすぼんやりと反映し、その横手の納屋の軒先を浮かばせ、他はたゞ暗い外気の中にぼやけ遠のいてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
すゝはもうすつかり、顏から落ちてゐますか。」と顏を彼女の方に向けながら彼はたづねた。
かれは其処を出て、この庫裡くり——囲炉裏ゐろりのあるこの庫裡に来た。今と少しも変らないこの庫裡に……。現に、その板戸がある。竹と松の絵が黒くけむりすゝけた板戸が依然としてある。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
人肌のみた、白濁した湯かげんも、気持ちがよく、風呂のなかの、薄暗いすゝけた窓にあたる、しやぶしやぶしたみぞれまじりの雨も、ゆき子の孤独な心のなかに、無量な気持ちを誘つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
娘ははやく見たく物をしかけたるをもうちおきてひらき見れば、いかにしてかぜにほどなるすゝいろのしみあるをみて、かゝさまいかにせんかなしやとてちゞみかほにあてゝ哭倒なきたふれけるが、これより発狂きちがひとなり
○「釜の下へ手を突込んで釜のすゝを塗ろう、ナニ知れやアしねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すゝびた壁につるされた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
やなぎみどりかして、障子しやうじかみあたらしくしろいが、あきちかいから、やぶれてすゝけたのを貼替はりかへたので、新規しんき出來できみせではない。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
どの寺もその外観の荒廃し掛けて黒くすゝびて居るのを仰いで過ぎる方が通りすがりの旅客りよかくの心におもむきが深い様に思はれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
暗いすゝけた部屋の天井の下に、私は眠りがたいやうな心地で一夜を送つて、長いこと床の上に洋燈ランプの火を見つめたが、今朝に成つて眼が覚めて見ると
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
與吉よきちはそれがほしくなればちひさなすゝけた籰棚わくだなした。其處そこにはかれこの砂糖さたうちひさなふくろせてあるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)