“役(えき)” の例文
小牧山の役(えき)、たった五百騎で、秀吉が数万の大軍を牽制して、秀吉を感嘆させた男である。蜻蛉(とんぼ)切り長槍を取って武功随一の男である。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
乃(すなわ)ち三丰の居(お)りし所の武当(ぶとう) 大和山(たいかざん)に観(かん)を営み、夫(ふ)を役(えき)する三十万、貲(し)を費(ついや)す百万、工部侍郎(こうぶじろう)郭𤧫(かくつい)、隆平侯(りゅうへいこう)張信(ちょうしん)等(ら)、事に当りしという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なぜならば、四国の役(えき)は、長曾我部の乞いによって、休戦中とは聞えていたが、その後始末もまだついていないはずだからである。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昔文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役(えき)の時、加藤清正(きよまさ)が朝鮮からこの種子を持って来たというので、このオランダミツバに昔キヨマサニンジンの名があった。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
内奥に於て如何(いか)にその外観とちがっているかは、かの日清(にっしん)・日露等の役(えき)に於ける兵士の軍歌(雪の進軍と、此処(ここ)は御国を何百里)
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
この話は長谷川伸君から聞いた話であるが、長谷川君は日露役(えき)の際、即(すなわ)ち明治三十七年の暮に、補充兵として国府台(こうのだい)の野砲連隊へ入営した。
戦死者の凱旋 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
稚児二人あたかも鬼に役(えき)せらるるもののごとく、かわるがわる酌をす。静寂、雲くらし。鶯(うぐいす)はせわしく鳴く。笙(しょう)篳篥(ひちりき)幽(かすか)に聞ゆ。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
北條時宗邀(むか)え撃って大いに之(これ)を敗(やぶ)ったことは、凡(およ)そ歴史を知るほどの人は所謂(いわゆる)「元寇(げんこう)の役(えき)」として、誰(たれ)も諳(そらん)じている所である。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
妃は髪黒く丈(たけ)低く、褐いろの御衣(おんぞ)あまり見映えせぬかわりには、声音(こわね)いとやさしく、「おん身はフランスの役(えき)に功ありしそれがしが族(うから)なりや」
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その趣は人身の手足を役(えき)してその筋を強くするに異ならず。されば言語・容貌も人の心身の働きなれば、これを放却して上達するの理あるべからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「この村は不思議な村です。日清、日露の役(えき)に随分兵隊を送りましたが一人だって戦死者が出ないのです。こんどでもきっと一人も死なないでしょう」
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
山城(やましろ)の苅羽井(かりはい)というところでおべんとうをめしあがっておりますと、そこへ、ちょう役(えき)あがりの印(しるし)に、顔(かお)へ入墨(いれずみ)をされている、一人の老人(ろうじん)が出て来て
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ここは昔の後三年(ごさんねん)の役(えき)の、金沢の柵(さく)のあった所だといいますから、ありそうなことだと思う人もあったか知れませんが、鎌倉権五郎景政は長生をした人で
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
西南(せいなん)の役(えき)であるが、自由党の頭初(とうしょ)といい倒幕維新の大きな渦の中にはフランスコンミュンの影もかなり濃かったのではなかろうか、時代の流れ、思潮の渦は
これは朝鮮に伝えられる小西行長(こにしゆきなが)の最期である。行長は勿論征韓の役(えき)の陣中には命を落さなかった。しかし歴史を粉飾(ふんしょく)するのは必ずしも朝鮮ばかりではない。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花に寝て夢おほく見るわかうどの君は軍(いくさ)に死ににけるかな(禰津少尉の旅順二〇三高地の役(えき)に歿しけるに)
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かれは日清戦争(にっしんせんそう)に出征して牙山(がざん)の役(えき)に敵の大将を銃剣で刺(さ)したくだりを話すときにはその目が輝きその顔は昔のほこりにみちて朱(しゅ)のごとく赤くなるのであった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
人は徒(いたず)らに無駄な歳月を経てから、或る頂(いただき)に辿(たど)りつくものらしく、そうなると役(えき)なき歳月もまた頂に達する日のために、用意された苦行としか思われなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そうして宋太郎(そうたろう)は、のちに西南(せいなん)の役(えき)で西郷隆盛(さいごうたかもり)の部下(ぶか)となり、城山(しろやま)で死(し)んだのですが、朝吹(あさぶき)は慶応義塾(けいおうぎじゅく)をさかんにするうえで、なくてはならぬ人(ひと)になりました。
少女は、いざ藥草を采りて給へと云ひて、右手(めて)を我にさし着けたり。われは鬼に役(えき)せらるるものゝ如く、岸に登りて彼香(かぐは)しき花を摘み、束ねて少女に遞與(わた)しつ。
すでにかく安心したる上は、人間一生は肺臓と心臓の動く限り、身を労し心を役(えき)して、百難千苦を排して進み、決してグズグズして光陰を徒費することはできぬ。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
俗にこれを物に役(えき)せられる男と云います。かような男が、何かの因縁(いんねん)で、急にこの還元的一致を得ると、非常な醜男子(ぶおとこ)が絶世の美人に惚(ほ)れられたように喜びます。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
故(まこと)に此(この)二子(し)は皆(みな)聖人(せいじん)なるも、猶(な)ほ身(み)を役(えき)して世(よ)を渉(わた)る此(か)くの如(ごと)く其(そ)れ汙(ひく)きこと無(な)き能(あた)はず。則(すなは)ち(一〇〇)能仕(のうし)の設(は)づる所(ところ)に非(あら)ず。宋(そう)に富人(ふうじん)あり、天(あめ)雨(ふ)りて墻(かき)壞(やぶ)る。
徳育の方針ここに一定し、教化益々(ますます)四海に普(あまね)く、明治二十七、八年役(えき)に至って教育の効果はますますその光輝を発(はな)ち、内外の人士嘆美(たんび)せざるはなき盛運に向いました。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾の役(えき)となせし肉の罪人(つみびと)なることを 三七—三九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「福岡が元寇で持っているように熊本は清正公(せいしょうこう)と西南(せいなん)の役(えき)で持っています。斯う見えても徳さんは十年戦争の頃は二十何歳かの青年で彼方此方(あっちこっち)を逃げ廻ったものです」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
〔評〕十年の役(えき)、私學校の徒(と)、彈藥製造所(だんやくせいざうじよ)を掠(かす)む。南洲時に兎を大隈(おほすみ)山中に逐(お)ふ。之を聞いて猝(にはか)に色(いろ)を變(か)へて曰ふ、誤(しま)つたと。爾後(じご)肥後日向に轉戰して、神色夷然(いぜん)たり。
関ヶ原の役(えき)以来と云う菅野の家は宏荘(こうそう)な一郭を成していて、持仏堂の堂宇が、中庭を隔てて母屋と棟を並べていたこと、苔(こけ)蒸した泉石の彼方(かなた)に裏庭の菜園がつづいており
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかしそのおかげでわれわれは機械を動かし汽車を走らせなどすることを得る、この意味において、夏日は流汗し冬日は亀手(きしゅ)して勤苦(きんく)労働に役(えき)しつつある多数の貧乏人は
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
祭祀を尚(たっと)び、民の訟を聴き、運河を通ずるなどの事をなし、民心和し国力充実したる後ち、第三十年目に至って四隣征服の役(えき)を起し、数年にしてバビロン全部を統一した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それよりいよいよその日の役(えき)につきて、あるいは赤き着物を縫(ぬ)い、あるいは機(はた)を織り糸を紡(つむ)ぐ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
関ヶ原から大坂の役(えき)まで十年以上の時日があり、その間家康はすでに天下の実権を握っており、諸侯の動きもほぼ家康に傾いていて、彼が大狸ならもっとスッキリやれた筈だ。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
戊辰(ぼしん)の役(えき)には、その下で、歩兵伍長(ごちょう)として率先して指揮に従ったなつかしい関係であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
役(えき)して、日頃俺の考えている地上の楽園、美の国、夢の国を作り出して見せるのだがなあ
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから日清の役(えき)にこの近在の村から出征して、旅順(りょじゅん)で戦死した一等卒の墓もあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
されど今の御疑ひ一〇二僻言(ひがごと)ならぬは、大師は神通自在(じんつうじざい)にして一〇三隠神(かくれがみ)を役(えき)して道なきをひらき、巌(いはほ)を鐫(ゑ)るには土を穿(うが)つよりも易(やす)く、大蛇(をろち)を一〇四禁(いまし)め、化鳥(けてう)を一〇五奉仕(まつろ)へしめ給ふ事
初め渋木生、役(えき)して江邸に在(あ)り、余の西遊に必らず故あらんと意(おも)い、脱走して邸を出で余を蹤(お)わんと欲す。余の江戸に帰るに及んで、来(きた)りて余の寓居に投ず。生人となり孱々(せんせん)たる小丈夫のみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そしてその方法としては、役所・学校・会社など、多くの人に接するところの使用人には、つとめて部落の人を用いる。ことに炊事や給仕に関係するものにこれを役(えき)するのがもっともよろしい。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
余輩も新派の芝居というものの代表的なやつを纏(まと)めて見たのは多分これが初めてであったろうと思う年齢は十四五であったと思う、当時神田の三崎町には元寇(げんこう)の役(えき)か何かのパノラマ館があったり
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二十年(はたとせ)も役(えき)せしといふ。
詩 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
庸兵を縦(はな)って之を追い、殺傷甚だ多し。此(この)役(えき)や、燕王数々(しばしば)危(あやう)し、諸将帝の詔(みことのり)を奉ずるを以て、刃(じん)を加えず。燕王も亦之(これ)を知る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あの役(えき)の折には、小西、加藤など、各〻が功名争いして、いかがわしい聞えもござったが、政宗公のお態度はどうであったか。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日には榛軒の妻(さい)飯田氏しほと女(むすめ)かえとが許多(あまた)の女子(おなご)を役(えき)して、客に田楽(でんがく)豆腐などを供せしめた。パアル・アンチシパションに園遊会を催したのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
特に筑紫(つくし)一帯の諸窯は文禄(ぶんろく)の役(えき)この方、花の如く咲き乱れた。あるいは温室にあるいは野辺にその香を競うた。その壮観はよく他窯の比べ得るところではない。
北九州の窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
境内(けいだい)に石碑(せきひ)があつて、慶長(けいちょう)五年関(せき)ヶ原(はら)役(えき)の時に、山内一豊(やまのうちかずとよ)がこゝに茶亭(ちゃてい)を築いて、東海道を攻(せ)め上(のぼ)つて来た徳川家康を饗(もてな)した古跡(こせき)であるといふことが彫刻されてゐる。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
また陽州(やうしう)の役(えき)に、顏息(がんそく)といへる名譽(めいよ)の射手(しやしゆ)、敵(てき)を射(い)て其(そ)の眉(まゆ)に中(あ)つ。退(しりぞ)いて曰(いは)く、我無勇(われゆうなし)。吾(わ)れの其(そ)の目(め)を志(こゝろざ)して狙(ねら)へるものを、と此(こ)の事(こと)左傳(さでん)に見(み)ゆとぞ。術(じゆつ)や、其(そ)の無勇(ゆうなき)に在(あ)り。
術三則 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
西南(せいなん)の役(えき)もおわった明治(めいじ)十二(一八七九)年(ねん)の七月(がつ)には、国会論(こっかいろん)をかきあげて、慶応義塾(けいおうぎじゅく)の出身者(しゅっしんしゃ)がへんしゅうしている報知新聞(ほうちしんぶん)に、社説(しゃせつ)として一週間(しゅうかん)ほど、毎日(まいにち)はっぴょうしました。
非役(ひやく)の輩(はい)は固(もと)より智力もなく、かつ生計の内職に役(えき)せられて、衣食以上のことに心を関するを得ずして日一日(ひいちにち)を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸(ようや)く繁盛(はんじょう)を致し
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其の才略抜群で後(のち)秀吉が天下経営の相談相手となり、秀吉から「日本の蓋でも勤まる」と言われたが、而も武勇抜群で、朝鮮の役(えき)には碧蹄館(へきていかん)に於て、十万の明(みん)軍を相手に、決戦した勇将である。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
胸のあたりは北風の吹き抜けで、肋骨(ろっこつ)の枚数は自由に読めるくらいだ。この釈迦が尊(たっと)ければこの兵士も尊(たっ)といと云わねばならぬ。昔(むか)し元寇(げんこう)の役(えき)に時宗(ときむね)が仏光国師(ぶっこうこくし)に謁(えっ)した時、国師は何と云うた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)