あはれ)” の例文
わがアントニオは又例の物のあはれといふものに襲はれ居れば、そを少し爽かなる方に向はせんは、おん宅ならではと思ひて參りしなり。
周三はまた、「何點どこか俺の生母せいぼに似たとこがある。」と思ツた。で何となく懐慕なつかしいやうにも思はれ、また其のさびしい末路まつろあはれになツて
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
尖端せんたんうへけてゐるくぎと、へい、さてはまた別室べつしつ、こは露西亞ロシアおいて、たゞ病院びやうゐんと、監獄かんごくとにのみる、はかなき、あはれな、さびしい建物たてもの
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
戸をあけてうちへ入らうとすると、闇の中から、あはれな細い啼聲なきごゑを立てゝ、雨にビシヨ/\濡れた飼猫の三毛がしきり人可懷ひとなつかしさうにからまつて來る。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
干潮かんてうときるもあはれで、宛然さながら洪水でみづのあとのごとく、何時いつてた世帶道具しよたいだうぐやら、缺擂鉢かけすりばちくろしづむで、おどろのやうな水草みづくさなみ隨意まに/\なびいてる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
如何いかなる罪やあらげなくてらるる扉にたもとはさまれて、もしもしとすくひを呼ぶなど、いまだ都を離れざるにはや旅のあはれを見るべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
初めから覚悟かくごしてゐた事なので長吉ちやうきちは黙つて首をたれて、何かにつけてすぐに「親一人子一人」とあはれツぽい事を云出いひだす母親の意見を聞いてゐた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そしてその老いた跛が次第に彼女を見て、同じ不具者のあはれみを乞ふやうな同情を強ひるやうに、笑顏を見せるやうになつた時、お葉は悲しかつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
郷里きやうりからたものにいてかれ勘次かんじ次第しだい順境じゆんきやうおもむきつゝあることをつた。かれこゝろ動搖どうえうしてもろつたこゝろひどあはれつぽくなさけなくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
付け其上に悴惣内夫婦の者を殺したる爰な大惡人あくにんめと泣聲に成て窘付きめつけれども九助はたゞとぢて物言ず居たりしは誠に覺悟を極しと見えいとゞあはれまさりける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
こゑわめこえあはれ救助たすけもとむるこゑは、すさまじき怒濤どとうおと打交うちまじつて、地獄ぢごく光景ありさまもかくやとおもはるゝばかり。
流轉るてんうまはせては、ひめばれしこともけれど、面影おもかげみゆる長襦袢ながじゆばんぬひもよう、はゝ形見かたみ地赤ぢあかいろの、褪色あせのこるもあはれいたまし、ところ何方いづく
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
娘は馬鹿にせられたのに気が付いて頬の上に大きい真つ赤なぶちが出来た。その様子が如何にも際限なく、あはれつぽいので、男の子等が却て自分達のした事を恥かしく思つた。
モスコオ河の上に脅かす様に建てられた冬宮とうきゆうも旅の女の心にはたゞあはれを誘ふ一つの物として見るに過ぎない。白い宮殿の三層目の左から二つ目の窓掛が人気ひとげのあるらしく動いて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
何だか一種のあはれふかいやうな気持で僕の心に浮んでくることもあつたのである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
沙羅雙樹さらさうじゆの花の色、厭世の目には諸行無常の形とも見ゆらむが、うれひを知らぬ乙女おとめは何さまに眺むらむ、要するに造化の本意は人未だこれを得知らず、只おのれに愁の心ありて秋のあはれを知り
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
御身もいつかは老のあはれを知ることだらう。御身が顔を見なかつたあの娘を、その住んでゐた土地から、非常な用心をして秘密に奪つて来させた時、己は自分の老衰を好くも顧慮してゐなかつた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
唄は、ほんたうにあはれツぽい悲しさうな声で又聞えました。
少女と海鬼灯 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
われは夢む、滄海さうかいそらの色、あはれ深き入日の影を
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あはれ知る女子をみなごのために
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あはれ知る女子のために
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
牝馬のこゝろあはれなり
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
在るが故によろこぶべきか、きが故にいたむべきか、在る者は積憂の中にき、亡き者は非命のもとたふる。そもそもこのかつとこの死とはいづれあはれみ、孰をかなしまん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あけぬれば月は空に帰りて余波なごりもとゞめぬを、硯はいかさまになりぬらん、な/\影やまちとるらんとあはれなり。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
むすめはひい/\と泣きながら、「姉様謝罪おわびをして頂戴よう、あいたゝ、姉様よう」と、あはれなる声にてたすけを呼ぶ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見んとて群集むれつどふ老若男女おしなべてあはれの者よ不便ふびんやと云ぬ者こそなかりけれかゝる所に向ふよりして早駕籠はやかごちやうワヤ/\と舁來かききたり人足どもは夫御早なり片寄々々かたよれ/\御用々々と聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
女子はこの時もろ手高くさし上げて、あはれに悲しげなる聲を揚げ、神の母よ、我を見棄て給ふな、我は仰を畏みてこゝに來たりと云へり。われは此聲を聞きて一聲ララと叫べり。
が、あのこひ秘密ひみつ私語さゝやいてゐるかとおもふと、腹立はらだゝしくもあつたが、あはれにもおもつた。あはれは崇高すうかうかんじを意味いみするので、つまむかし客観かくゝわんときであるのは、ふまでもない。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかかれはもう群集ぐんしふあひだまじつて主人しゆじん災厄さいやくおもむこゝろおこらなかつた。かれ群集ぐんしふこゑいて、みづか意識いしきしない壓迫あつぱくかんじた。かれひど自分じぶんあはれつぽい悲慘みじめ姿すがたきたくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『あら、父君おとつさん單獨ひとり何處どこへいらつしやつたの、もうおかへりにはならないのですか。』と母君はゝぎみ纎手りすがると春枝夫人はるえふじん凛々りゝしとはいひ、女心をんなごゝろのそゞろにあはれもよほして、愁然しゆうぜん見送みおく良人をつと行方ゆくかた
われは夢む、滄海そうかいそらの色、あはれ深き入日の影を
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
あはれ知る女子をみなごのために。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あはれ知る女子のために。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
くるわことばをまちにいふまでりとははづかしからずおもへるもあはれなり、としはやう/\かぞへの十四、人形にんげういてほうずりするこゝろ御華族ごくわぞくのお姫樣ひめさまとてかはりなけれど、修身しうしん講義こうぎ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼は悔いたり、我より容さば容さるべきを、さは容さずして堅く隔つる思も、又あやしきまでに貫一はわびしくて、そのき難きうらみに加ふるに、或種のあはれに似たる者有るを感ずるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しるしいしあをきあり、しろきあり、しつなめらかにしてのあるあり。あるがなか神婢しんぴいたるなにがしのぢよ耶蘇教徒やそけうと十字形じふじがたつかは、のりみちまよひやせむ、異國いこくひとの、ともなきかとあはれふかし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はげまし少しも早く全快ぜんくわいなし給へとて種々にいたはりけれどもつひに介抱のしるしもなく母は正徳元年七月二十一日病死し菩提所ぼだいしよ不動院ふどうゐんはうむ月堂げつだう貞飾ていしよく信女しんによと云戒名にあはれを止めけり村方にては九助の孝心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まち人恋ふるねづみなき格子の咒文じゆもん、別れの背中せなに手加減の秘密おくまで、唯おもしろく聞なされて、くるわことばを町にいふまで去りとははづかしからず思へるもあはれなり、年はやうやう数への十四
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もののいろもすべてせて、その灰色はひいろねずみをさした濕地しつちも、くさも、も、一部落ぶらく蔽包おほひつゝむだ夥多おびたゞしい材木ざいもくも、材木ざいもくなか溜池ためいけみづいろも、一切いつさい喪服もふくけたやうで、果敢はかなくあはれである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)