“耕(たがや)” の例文
畑(はたけ)の黒(くろ)い土(つち)は彼等(かれら)の技巧(ぎかう)を發揮(はつき)して叮嚀(ていねい)に耕(たがや)されゝば日(ひ)がまだそれを乾(ほ)さない内(うち)は只(たゞ)清潔(せいけつ)で快(こゝろ)よい感(かん)じを見(み)る人(ひと)の心(こゝろ)に與(あた)へるのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「まだ、あんな高(たか)いところにも、おじさん、畑(はたけ)がありますよ。」と、勇吉(ゆうきち)は、そばの山腹(さんぷく)にある、耕(たがや)された高地(こうち)を指(ゆび)さしました。
雲のわくころ (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはまた土地を耕(たがや)したことがあったが、勤労(きんろう)によって土地にまるで休憩(きゅうけい)をあたえないまでに耕作(こうさく)し続(つづ)けるということを知らなかった。
馬籠(まごめ)の村(むら)はづれまで出(で)ますと、その峠(たうげ)の上(うへ)の高(たか)いところにも耕(たがや)した畠(はたけ)がありました。そこにも伯父(をぢ)さんに聲(こゑ)を掛(か)けるお百姓(ひやくしやう)がありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
見るとなるほど、諸軍の兵は、陣外を耕(たがや)して、豆など蒔(ま)いているし、当の陸遜は、轅門(えんもん)のほとりで、諸大将と碁(ご)を囲んでいた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫婦して一(ひと)つコップから好きな酒を飲み合い、暫時(しばし)も離れぬので、一名鴛鴦(おし)の称がある。夫婦は農家の出だが、別に耕(たがや)す可き田畑も有(も)たぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
耕(たがや)すのにもってこいの、よく肥(こ)えた土地で、山というようなものは、ほとんどない。見わたすかぎりが、平地なんだ。
びつくりするほどよく肥(こや)した上、今は兄のものになつて居る井筒屋の田地のうち、小作をさせない分の土地を本當に嘗(な)めるやうに大事に耕(たがや)してゐたのです。
けれども先生(せんせい)は其家(そのいへ)を圍(かこ)む幾畝(いくせ)かの空地(くうち)を自(みづ)から耕(たがや)して菜園(さいゑん)とし種々(しゆ/″\)の野菜(やさい)を植(う)ゑて居(ゐ)ます。又(また)五六羽(ごろつぱ)の鷄(にはとり)を飼(か)ふて、一家(か)で用(もち)ゆるだけの卵(たまご)を採(と)つて居(ゐ)ます。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
刀を差しながら田畑を耕(たがや)していたのだそうだが、理財の道にも長(た)けていた人物とみえて、だんだんに土地を開拓して、ここらでは珍しいほどの大(おお)百姓になりすました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
上總國(かづさのくに)上野郡(かうづけぐん)に田地(でんぢ)二十石(にじつこく)ばかりを耕(たがや)す、源五右衞(げんごゑ)と云(い)ふ百姓(ひやくしやう)の次男(じなん)で、小助(こすけ)と云(い)ふのがあつた。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
山村の白昼(まひる)。山の傾斜に沿うた蔭の畠で、農夫が一人、黙々として畠を耕(たがや)しているのである。空には白い雲が浮(うか)び、自然の悠々たる時劫(じこう)の外、物音一つしない閑寂さである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日本(につぽん)でも昔(むかし)から百姓(ひやくしよう)が土地(とち)を耕(たがや)したり、山(やま)が崩(くづ)れたりした時(とき)、ひょっこり石器(せつき)の發見(はつけん)されたことが屡々(しば/\)ありましたが、昔(むかし)はそれらの石器(せつき)を人間(にんげん)が造(つく)つたものとは思(おも)はないで
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
 大博士に疑問(ぎもん)をいだく。噴火係(がかり)の職(しょく)をはがれ、その火山灰(ばい)の土壌(どじょう)を耕(たがや)す。部下(ぶか)みな従(したが)う。
余(よ)が筆(ふで)の先(さき)にて耕(たがや)し得(え)たる收入(しふにふ)は極(きは)めて僅少(きんせう)にして、自(みづか)ら食(く)ひ、自(みづか)ら衣(き)るに未(いま)だ足(た)らざれども、足(た)らざる内(うち)にもそれを貯(たくは)へて、以(もつ)て子孫(しそん)に傳(つた)へるといふ、其子(そのこ)は未(いま)だ無(な)いのである。
祖父(おほぢ)は播磨(はりま)の一四赤松に仕へしが、去(さ)んぬる一五嘉吉(かきつ)元年の乱(みだれ)に、一六かの館(たち)を去りてここに来り、庄太夫にいたるまで三代(みよ)を経(へ)て、一七春耕(たがや)し、秋収(をさ)めて、家豊(ゆた)かにくらしけり。
そのためでもあるが、三人は大宮人(おおみやびと)の習慣を持ちつづけて、なすこともなく、毎日暮していた。俊寛は、そうした生活を改め、自分で漁(すなど)りし、自分で狩りし、自分で耕(たがや)すことを考えた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
友人の心の畑(はたけ)が耕(たがや)されているや否や、英国の諺(ことわざ)に賢人とは正しき時に、正しき言を放(はな)つ者なりとあるが、実にそのとおりで、どんな正しい言でも時ならぬ時に放てば愚人(ぐじん)の言にも劣(おと)る。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また或は各地の固有に有余(ゆうよ)不足(ふそく)あらんには互にこれを交易(こうえき)するも可(か)なり。すなわち天与(てんよ)の恩恵(おんけい)にして、耕(たがや)して食い、製造して用い、交易(こうえき)して便利を達す。人生の所望(しょもう)この外にあるべからず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
農事の軽からざる例は礼記(らいき)に、正月、天子自ら耒耜(らいし)を載せ給ひて諸侯を従へ、籍田(せきでん)に至つて、帝耕(たがや)し給ふこと三たび、三公は五たび、諸侯は九たびす、終つて宮中に帰り酒を賜ふ、とあり
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
農夫一人婦(よめ)一人劇しき時に日雇一人にて田一町を耕(たがや)す。種一斛(いっこく)蒔(ま)きて穀四十斛ばかりを穫べし。摺(す)りて米二十斛も有るべし。御年貢諸掛り五斛ばかりを納めて、残り十五斛ばかりも有るべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そして、三人の男の子は、一日外に出て、すこしばかりある土地を耕(たがや)して、お百姓(ひゃくしょう)のしごとにいそしみました。末のむすめは、まい朝四時から起き出して、うちじゅうの朝飯をこしらえました。
土地を耕(たがや)している。それは遥(はる)かな遠方だった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「構(かま)あねえで置(お)け、耕(うな)つてあつちへ行(い)つてからにしろ」勘次(かんじ)は性急(せいきふ)に嚴(きび)しくおつぎを止(と)めた。おつぎは仕方(しかた)なく泣(な)くのも構(かま)はずに耕(たがや)した。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こんな看板(かんばん)を掛(か)けた家(うち)が一軒(けん)しかない程(ほど)、峠(たうげ)は小(ちい)さな村(むら)でした。そこに住(す)む人達(ひとたち)はいづれも山(やま)の上(うへ)を耕(たがや)すお百姓(ひやくしやう)ばかりでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
これらの男女(だんじょ)は、いずれも牧人(ぼくじん)でした。もうこの地方(ちほう)は、暖(あたた)かで、みんなは畑(はたけ)や、田(た)に出(で)て耕(たがや)さなければなりませんでした。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
みると老母は、邸内の空地(あきち)を耕(たがや)して菜園とした畑で、きょうも百姓の持つ鍬(くわ)を把(と)って、秋茄子(あきなす)の根土を掻いているのだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ニールス・ホルゲルッソンがガンたちといっしょに旅をしていたときは、そこには一軒(けん)の小屋があって、そのまわりの土地は、すこし耕(たがや)されていました。
土から生れて土を食(く)い土を耕(たがや)して終に土になる土の獣(けもの)の農が、土を奪われ土から追われた時の心は如何(どう)であろう!
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
その息子兄弟が田を耕(たがや)していると、突然に父があらわれて来て、子細(しさい)も無しに兄弟を叱(しか)り散らすばかりか、果ては追い撃とうとするので、兄弟は逃げ帰って母に訴えると、母は怪訝(けげん)な顔をした。
その地点を求(もと)むるならば、それは、大小クラウスたちの耕(たがや)していた、野原(のはら)や、少女アリスがたどった鏡(かがみ)の国と同じ世界(せかい)の中、テパーンタール砂漠(さばく)のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。
さうして又(また)食料(しよくれう)を求(もと)める爲(ため)に勞力(らうりよく)を他(た)に割(さ)くことによつて、作物(さくもつ)の畦間(うねま)を耕(たがや)すことも雜草(ざつさう)を除(のぞ)くことも一切(さい)が手後(ておく)れに成(な)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そのために貧乏して、おっかあに飢(ひも)じい思いをかけるより、きょう限り、杖を折って、一枚の田でもよけいに耕(たがや)したほうがいいとおらあ考えただが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは、こういましめあって、里(さと)の方(ほう)へ出(で)かけてゆきました。田畑(たはた)は、どこを見(み)てもきれいに耕(たがや)されていました。
ふるさと (新字新仮名) / 小川未明(著)
けれども、この山の上のアルヴァレットでは、今日(こんにち)になっても、あまり物が育(そだ)たない。ここはよい土の層(そう)がうすいので、耕(たがや)したり種(たね)をまいたりしようとする者がない。
島びとは鉄の綱で彼をつないで、田を耕(たがや)させた。
「釣(つ)りにくれば、よかったな。」と、思(おも)っていますと、丘(おか)の上(うえ)で、ちょうど自分(じぶん)ぐらいの少年(しょうねん)がくわをふり上(あ)げて、土(つち)を耕(たがや)し、なにか植(う)えていました。
子供はばかでなかった (新字新仮名) / 小川未明(著)
美濃(みの)、尾張(おわり)のさかい、木曾川のながれも、ひろい曠野(こうや)も、あらしの前の静けさに似て、耕(たがや)す人の影も、旅人のすがたも、人ッ子ひとり、見えなかった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田(た)の中(なか)では、かえるの声(こえ)が夢(ゆめ)のようにきこえて、圃(はたけ)はすっかり耕(たがや)されてしまい、麦(むぎ)はぐんぐん伸(の)びていました。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
で、この山中に小屋を建て、自分で耕(たがや)し、自分で着て、細々ながら母を養うて来た次第でございまする
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町裏(まちうら)に、隣組(となりぐみ)の人々(ひとびと)によって、耕(たがや)された田圃(たんぼ)がありました。そこには、黄色(きいろ)の菜(な)の花(はな)が咲(さ)いていました。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
せっかく春夏の耕(たがや)しに汗水しぼって、秋の収穫(とりいれ)を他人にされてしまうようなものだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また茫漠(ぼうばく)として、耕(たがや)されていない野原(のはら)があるかもしれない。それなのに、衣食住(いしょくじゅう)に窮(きゅう)して、死(し)ななければならぬ人間(にんげん)がたくさんいる。それはどうしたことだろうか。
太陽と星の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
問「そして次の時代を耕(たがや)すというわけですか」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日(きょう)じゅうに、これだけ耕(たがや)してしまおうと心(こころ)で決(き)めると、たとえ日(ひ)が暮(く)れかかっても、休(やす)まずに仕事(しごと)に精(せい)を入(い)れるという性質(せいしつ)でしたから、村(むら)の人(ひと)たちからも信用(しんよう)されていました。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
「私(わたし)が、くわを持(も)って、毎日(まいにち)、同(おな)じ圃(はたけ)を耕(たがや)している間(ま)に、町(まち)はこんなに変(か)わったのか、そして、この私(わたし)までが、こんなに年(とし)をとってしまった。」と、おじいさんは、独(ひと)りため息(いき)をもらしていたのです。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)