たちま)” の例文
魚玄機ぎょげんきが人を殺して獄に下った。風説はたちまち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかるときは赤ペンキはたちまち自動車をベタベタに染め、運転手が驚きてぬぐわんとすれども中々おちぬところに新種ペンキの特長あり。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
「往来で物を云いかける無礼なやつ」と云う感情をたちま何処どこへか引込めてしまって、我知らず月給取りの根性をサラケ出したのである。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
織娘の中で心掛けの善いおくのと云うが有りまして、親父おやじ鑑識めがねでこれを茂之助に添わせると、いことにはたちまち子供が出産できました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
狡猾こうかつな知覚——風に揺れる他の草の葉が触れたときは何の反応も示さないのに、ほんの少しでも人間がさわるとたちまち葉を閉じて了う。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そらくもくした! うすかげうへを、うみうへう、たちままたあかるくなる、此時このときぼくけつして自分じぶん不幸ふしあはせをとことはおもはなかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
たちまち、縣下けんか豐岡川とよをかがは治水工事ちすゐこうじ第一期だいいつき六百萬圓ろつぴやくまんゑんなり、とむねらしたから、ひとすくみにつて、内々ない/\期待きたいした狐狸きつねたぬきどころの沙汰さたでない。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
行書で太く書いた「鳥」「蒲焼かばやき」なぞの行燈あんどうがあちらこちらに見える。たちまち左右がぱッとあかるく開けて電車は一条ひとすじの橋へと登りかけた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鬼頭さんは私の自白をきいてられたと見えてたちまち青酸を以て自殺されました。その青酸はかねて義歯いればの中へ入れてあったものです。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
博士の死後、今迄仮面を被っていた紺野はたちまち悪漢の本性を現わし、博士の残した多くの設計図や財産を奪い取ろうとしたのでした。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
たちまち、チクリと右の手の甲が痛み出した。見ると毒虫にいつの間にやらされていた。駕龍の中にはたえなる名香さえ焚いてあるのだ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
その好敵手こうてきしゅと思う者がしゅとしてみずから門閥の陋習ろうしゅうを脱したるが故に、下士はあたかも戦わんと欲してたちまち敵の所在をうしなうたる者のごとし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その地下茎は盛んに泥土中を縦横に走り、それから茎すなわち稈が出て生長するから、そのこれある処はたちまちにくさむらを成して繁茂する。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
この時崩れかかる人浪はたちまち二人の間をさえぎって、鉢金をおおう白毛の靡きさえ、しばらくの間に、めぐる渦の中に捲き込まれて見えなくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たがいに何だか訳の分らない気持がしているところへ、今日は少し生暖なまあたたかい海の夕風が東から吹いて来ました。が、吉はたちまち強がって
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は白娘子を一眼見てからたちまちその本性を現わした。白娘子が東厠べんじょへ往ったことを知ると、そっと席をはずして後からつけて往った。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
信仰を棄つれば問題はたちまち解ける。しかしかくては人生は無意味となり、我は貴き生の消費者となり、人生の失敗者と堕するに至る。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
這麼老朽こんならうきうからだんでも時分じぶんだ、とさうおもふと、たちままたなんやらこゝろそここゑがする、氣遣きづかふな、こといとつてるやうな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼の赤十字社の如きは勿論必要なものであるけれども、しかし今赤十字社がないとしてたちま差支さしつかえを生ずるといふほどのものでもない。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ふだん、こんなことをしている子ではない、というように北原が、たちまちお雪ちゃんのために有利な弁護の道を発見してしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
性慾と悲哀と絶望とがたちまち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
鳴神なるかみおどろおどろしく、はためき渡りたるその刹那せつなに、初声うぶこえあがりて、さしもぼんくつがえさんばかりの大雨もたちまちにしてあがりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
闇の中を走り去った、七八尺もある様な大入道おおにゅうどう。あれだ。「角力取みたいな」という言葉が、たちまちその当時の巨人の幻を描き出した。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人はたちまちの内に、大金儲おおがねもうけが出来るからね」
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
高松の埠頭ふとうに着く頃はもう全く日が暮れている。くれない丸がその桟橋に横着けになると、たちま沢山たくさんの物売りが声高くその売る物の名を呼ぶ。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
苦情くじようみましたので、まやかしものといふことがわかつて、これもたちまかへされ、皇子みこ大恥おほはぢをかいてきさがりました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
すぐをつとそばから松葉まつばひろげてあななかをつついた。と、はちはあわててあなからたが、たちま松葉まつばむかつて威嚇的ゐかくてき素振そぶりせた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ところが、その時早しその時おそし、聴衆のなかにたちまれ鐘のやうな哄笑こうしょうが起つて、ぬつと前へせせりだした一名の壮漢がある。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
崩れ落ちる岩屑いわくずが、たちまちにして渓谷を埋め、かつてはキルギスの絶好の牧場であったところを、美しい山湖に変えてしまったのである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
命と頼む人があると知れば、もとより色香で立つ渡世、たちまち外の世の中からは、あれももう虫がついたと忘れられる。それもよい。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なせし者なり江戸表へ御供致せば惡事あくじ露顯ろけんいたすべしればたちま罪科ざいくわに行はれんが此儀は如何あらんと云ふに吉兵衞は答へて予が守護を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その後出雲氏は蘇我氏に出入し多くのちょうこうむったが、蘇我氏亡びて親政となるや冗官じょうかんを廃する意味においてたちまち官途を止められた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ロレ さうした過激くわげき歡樂くわんらくは、とかく過激くわげきをはりぐる。煙硝えんせうとが抱合だきあへばたちま爆發ばくはつするがやうに、勝誇かちほこ最中さなかにでもほろせる。
たちまち、うしほ泡立あわだち、なみ逆卷さかまいて、其邊そのへん海嘯つなみせたやう光景くわうけいわたくし一生懸命いつせうけんめい鐵鎖てつさにぎめて、此處こゝ千番せんばん一番いちばんんだ。
お勢がまず起上たちあがッて坐舗ざしきを出て、縁側でお鍋にたわぶれて高笑をしたかと思う間も無く、たちまち部屋の方で低声ていせいに詩吟をする声が聞えた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ウム、の松島の一件か」と、大和は例の無頓着むとんちやくに言ひ捨てしが、たちまち心着きてや両手に頭かゝへつ「やツ」と言ひつゝお花を見やる
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
甘酒あまざけ時間じかんみじかいのとかうぢすくないのとであつつくむのがれいである。それだからたちまちにあまるけれどもまたたちまちに酸味さんみびてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
お墓参りの後の、澄み渡ったような美奈子の心持は、たちまみだされてしまった。彼女ののんびりとしていた歩調は、急に早くなった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
意外にもたちまちに反響を呼び、東京の英字新聞には直ちに英訳が掲載され、京城の『東亜日報』(朝鮮語新聞)には諺文おんもんに依る翻訳が出た。
昔ある国での話であるが、天文の学生が怠けて星の観測簿を偽造して先生に差出したらたちまち見破られてひどくお眼玉を頂戴した。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
楊はいい心持で聴いていると、曲終るや、かの少年はたちまち鬼のような顔色に変じて、眼をいからせ、舌を吐いて、楊をおどして立ち去った。
露出だの猥本などというものは、たちまち、あきてしまうものですよ。禁止するだけ、むしろ人間を、同胞を、侮辱ぶじょくしているのです。
余はベンメイす (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
子供達の心は、たちまちのうちに兄に対する憎しみの心で満ち満ちたものと見え、一番気の強そうな、額の大きな子が、とがった声で
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
生徒達は、たちまちドヤ/\とその周囲にかたまつて、順々に機械を覗いた。そして少年の澄んだ声でひとり/\感嘆詞を発して行つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
妻にして貞操を破るとすればたちまち家庭の不和を生ぜずにはむまい。子女の教育についても母が正義の規範を示す資格を欠くことになる。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
何処いずくよりか来りけん、たちまち一団の燐火おにび眼前めのまえに現れて、高くあがり低く照らし、娑々ふわふわと宙を飛び行くさま、われを招くに等しければ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
苅賀由平二が出奔したということは、たちまち家中一般の評判になり、その原因について根もないような話が次から次へと伝わった。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ワアワアワアワアとはちの巣をつついたような騒ぎのうちに、船はたちまちゴースタンして七千トンの惰力をヤット喰止くいとめながら沖へ離れた。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今まで如何なる問に合てもよどみ無く充分の返事を与えたる倉子なるに此問には少し困りし如くたちまち顔に紅を添えことに其まなこまで迷い出せり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
面白くはやりし一座もたちましらけて、しきりくゆらす巻莨まきたばこの煙の、急駛きゆうしせる車の逆風むかひかぜあふらるるが、飛雲の如く窓をのがれて六郷川ろくごうがわかすむあるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)