いそが)” の例文
ただ、いままでらなかったおおきな自然しぜんなかで、なにをてもめずらしいので、いそがしそうにうごいて、すこしもじっとしていませんでした。
山へ帰ったやまがら (新字新仮名) / 小川未明(著)
勘次かんじ畦間うねまつくりあげてそれから自分じぶんいそがしく大豆だいづおとはじめた。勘次かんじ間懶まだるつこいおつぎのもとをうねをひよつとのぞいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
近來きんらい世界せかい文運ぶんうん急激きふげき進展しんてんしたのと、國際的交渉こくさいてきかうせふいそがしくなつたのとで、わがくににおいても舊來きうらい言語げんごだけでははなくなつた。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
これを羨むのあまりにはただこれをねたむのみ。朋輩を嫉み、主人を怨望するにいそがわしければ、なんぞお家のおんためを思うにいとまあらん。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
翌朝よくあさは女が膳を運んで来たが、いざとなると何となく気怯きおくれがして、今はいそがしそうだから、昼の手隙てすきの時にしよう、という気になる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
男の部屋へやからひきとってきたおかみさんは、くるくるといそがしげにはたらきつづけていたが、心の中では、ずっと男のことを考えつづけていた。
そしてそのお絹がいそがしい中で自分を観察してくれたのを感謝すると同時に、自分があの女の生活を余り卑しく考えたのを悔いた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
岡田は「おい」「おいお兼」をまた二三度繰返した。やがて、「せわしない方ね、あなたは。今朝顔どころじゃないわ、台所がいそがしくって」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわゆる一山とんで一山来るとも云うべき景にて、眼いそがしく心ひまなく、句も詩もなきも口惜くちおしく、よどの川下りの弥次よりは遥かに劣れるも
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ひまなようで、いやにいそがしい」とか、「しまりがないようで、変にきびしい」とか、そういったちぐはぐな気持ちをあらわす言葉だった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
此時このときいままでなに備忘録ノートブツクいそがしさうにいてられた王樣わうさまが、『だまれ!』とさけんで、やがて御所持ごしよぢ書物しよもつをおひらきになり
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
枝も撓わわにりたる、糸瓜へちまの蔓の日も漏さぬまでに這い広がり、蔭涼しそうなるも有り、車行しゃこう早きだけ、送迎にいそがわし。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
それに今度は、難治なんちの京都へ移って、所司代の要務をみることになったので、かれは寝るまもないいそがしさに追われながら、一面得意でもあった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金があればあるでいそがしからう。金がなければないで忙しからう。清閑を得られる得られないは、金の有無うむよりも、むしろ各自の心境の問題だと思ふ。
解嘲 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私たちはいそがしくくつやずぼんをぎ、そのつめたい少しにごった水へつぎから次とみました。まったくその水の濁りようときたら素敵すてき高尚こうしょうなもんでした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
人手を借りず、夫婦だけで店を切り廻したので、夜の十時から十二時頃までの一番たてこむ時間は眼のまわるほどいそがしく、小便に立つ暇もなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
その人はひげたくわえて、洋服を着けたるより、かれはかく言いしなるべし。官吏?は吸いめたる巻煙草を車の外に投げて、次いでいそがわしくつば吐きぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その日の正客しょうきゃくは島田先生で、お相客あいきゃくも五六人ほどございました、女中たちはなかなかいそがしそうだから、わたしのことゆえ、台所の方までも出向いて
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「親分さん、お早う御座います。日本橋のお店で雜用を致して居りますが、今日は向島の寮がいそがしいから、彼方へ行つて見てくれといふお話しで——」
「人間が身体だけで空中へ飛び出すなんて、莫迦ばかも休み休み言えよ。こっちはいそがしいのだから、そんな面白い話は紙芝居かみしばいのおじさんに話をしてやれよ」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それじゃ御父さんうしましょう。私も長いあいだ世話になった家ですから、これからいそがしくなろうと云うところを
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は直ちに準備にいそがしかつた。二週間はまたゝく間にたつてしまつた。私は、たいして大きな衣裳箪笥は持たなかつた。けれども、それで十分に合つた。
店のいそがしいときや、面倒めんどうなときに、家のものは飯をにぎり飯にしたり、または紙にせて店先からあたえようとした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
教えようぞいそがしい合間を見つつ春琴のもとへ飛んで行った片羽鳥は稽古をつけながらも気が気でなかったであろうし春琴もまた同じ思いになやんだであろう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長庵と改めてあさからばんまであては無れどいそがぶり歩行あるき廻りければ相應に病家びやうかも出來たるにぞ長庵今は己れ名醫めいいにでも成し心にて辯舌べんぜつ奸計かんけいを以て富家ふうかより金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
幻花子げんくわし新聞しんぶんはういそがしいので、滅多めつたず。自分じぶん一人ひとり時々とき/″\はじめのところつては、往事むかし追懷つひくわいすると、其時そのとき情景じやうけい眼前がんぜん彷彿ほうふつとしてえるのである。
いそがはしげに短く発したる声にはあらざりき。本人は戸口にありし数人と共に梯子を登りたり。第一の梯子を登り終りし時、二人の声を聞き分くることを得たり。
目も鼻も口もいつしよにして笑つたが、ばたりと雜巾を縁に落すと、四這よつんばひになつて、小田原蒲鉾の足をいそがしく動かしながら、するすると遠くへ行つてしまつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
きょうも、君が一日を絵に暮らしていた間に、君の家では家じゅうでいそがしく働いていたのに違いないのだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その間には「○○酒保事務所」「○○組人夫事務取扱所」など看板新しく人影のせわしく出入りするあれば、そこの店先にてはいそがわしくラムネびんを大箱に詰め込み
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
仕立したてかけの縫物ぬひものはりどめしてつは年頃としごろ二十餘はたちあまりの意氣いきをんなおほかみいそがしいをりからとてむすがみにして、すこながめな八丈はちぢやうまへだれ、おめしだいなしな半天はんてん
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこでいそがはしくランプを手に持つて、前房へ見に出た。床の上には血まぶれになつた指が落ちてゐた。
屋根やねの低い片側町かたかはまち人家じんか丁度ちやうどうしろから深いどぶはうへと押詰おしつめられたやうな気がするので、大方おほかたのためであらう、ほどに混雑もせぬ往来わうらいがいつもめういそがしく見え
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わたしは自分の名誉をけたる今夜の冒険について、あまり多く考えるひまを持たないほどにいそがしく働いた。わたしははなはだ遅くなってから、ただひとりで夕飯を食った。
画家はいそがわしくひとはけふたはけ払いて、ブラシを投げ捨て、大股おおまたに、二三歩にて戸の処にき、呼ぶ。
この隙を見て、市郎はいそがわしく燐寸まっちった。蝋燭の火のゆらめく影を便宜たよりにして、の怪物の正体を見定めようとする時に、一人の男がぬッと眼前めさきへ現われた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うるさいね、シューラ、今お前なんかにかまってるひまはないんだよ。ママはいそがしいんですから。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
しらもくろもありァしねえ。それがために、いそがしいときにゃ、ッぴてなべをかけッはなしにしとくから、こっちこそいいつらかわなんだ。——このかべンところはなてていでねえ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
とある小枝に寥しくしていそがしき小さき白粉色おしろいいろの蜘蛛のおこなひよ。その糸の色なき戦慄……
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
心神定まらず、送迎いそがはしき際の事とて、方角道程みちのりよくも辨へねど、山に入ることはなはだ深きにはあらずと思はれぬ。わがその何れの地なるを知りしは、年あまた過ぎての事なり。
いかにいそがしい人といえどもかの実行の範囲内にあると思うし、またこいねがわくは一年に一回ぐらい一週間なり十日間なりほとんど俗事を忘るるごとき境涯きょうがいに入ることができるならば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
小さなエプロンをつけた給仕女達が卓から卓へいそがしく動き出した。客がそろそろたてこんで来たのだ。どういう嬉しいことがあるのか笑いこけながら麦酒ビールを飲んでいる帝大生が居る。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
幾らませてゐても、まだ十五の頭に白丈長しろたけながをかけた島田は重さうであつた。怒つてゐた父の顏色はだん/\和らいで來て、灰を見る眼よりも、お駒の頸筋を覗く眼の方がいそがしくなつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
多年の抱負ほうふの実現に生々いきいきいそがしげな孔子の顔を見るのも、さすがにうれしい。孔子の目にも、弟子の一人としてではなく一個の実行力ある政治家としての子路の姿がたのもしいものに映った。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
女はいそがしそうに片付け物をしているのに、男は構わずに寝部屋へ這入った。寝部屋の中だけは男もざっと様子を見廻みまわした。随分広くて気持ちが好い。明るい緑色の形紙で壁が張ってある。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
見るからいかにも有難そうな風采ふうさいです。私はそのラマにいわゆるサッキャア派が他の宗派と異って居る点を尋ねようと思い、いろいろ話を仕掛けますと今日はいそがしいから明日来いという。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これから僕ひとりきりで思う存分に愛玩あいがんしようという気持は(何故なぜなら村の人々はいま夏場の用意にいそがしくて、そんな花なぞを見てはいられませんから)何ともいえずにさわやかで幸福です。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「あなた今、おいそがしくって?」と、彼女は、わたしから眼を放さずに言った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
俺を先輩だとして敬意を表してくれる好意はいつでも感謝して居るんだが、それで又いつでも遅刻する。いそがしさうな真似をしてわざと遅れるのではないが、俺は朝が遅い。ただそれ丈である。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
風体ふうていによりて夫々それ/″\の身の上を推測おしはかるに、れいるがごとくなればこゝろはなはいそがはしけれど南無なむ大慈たいじ大悲たいひのこれほどなる消遣なぐさみのありとはおぼえず無縁むえん有縁うえんの物語を作りひとひそかにほゝゑまれたる事にそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)