にほひ)” の例文
一寸ちよつとらんなさい」と美禰子がちいさな声で云ふ。三四郎は及び腰になつて、画帖の上へかほを出した。美禰子のあたまで香水のにほひがする。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それに今まで聞えなかったかすかな音もみんなはっきりわかり、いろいろの木のいろいろなにほひまで、実に一一手にとるやうです。
よく利く薬とえらい薬 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「鐵砲の音のやうでした。驚いて音のした方へ飛んで行くと、川の方へ向いた部屋は煙硝えんせうにほひで、お佛壇の前には、旦那がこんな具合に」
ポン・トオ・シァンジュ、花市はないちの晩。風のまにまに、ふはふはと、夏水仙のにほひ、土のにほひ、あすはマリヤのお祭の宵宮よみやにあたるにいやかさ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
回回フイフイ教の寺院で白衣びやくいの尼の列を珍しがり、共同墓地にはひつて大理石の墓の多いのに驚き、其処そこでバクレツと云ふくちなしの様な花のにほひの高いのを嗅ぎ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
與吉よきち薄暗うすぐらなかる、材木ざいもくと、材木ざいもく積上つみあげた周圍しうゐは、すぎまつにほひつゝまれたあなそこで、みはつて、ひざまづいて、のこぎりにぎつて、そらざまにあふいでた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
白いくつきりとした顔、妹によく似た黒い眸、凜々しく引きしまつた唇、顔全体を包んでゐる上品なにほひ
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そのこびある目のほとりやうやく花桜の色に染みて、心楽しげにやや身をゆるやかに取成したる風情ふぜいは、にほひなどこぼれぬべく、熱しとて紺の絹精縷きぬセル被風ひふを脱げば、羽織は無くて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
加之それに顏にもたるむだ點がある、何うしても平民の娘だ。これが周三に取ツて何となく物足ものたりぬやうに思はれて、何だかあかにほひの無い花を見るやうな心地がするのであツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
加之それに用心深ようじんぶか其神経そのしんけいは、何時いつ背負揚しよいあげて、手紙てがみさはつたわたしにほひぎつけ、或晩あるばんつまつた留守るすに、そつ背負揚しよいあげしてると、手紙てがみはもうなかにはなかつた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「ソクラテスやアリストオトルも矢張あんなにほひがしたかも知れないと思ふと厭になる。」
牝牛めうしさん、いてください。わたし可愛かはいいばうたちはね。きつとうつくしい瑠璃色るりいろをしてゐて、薔薇ばらはなみたいによいにほひがしますよ。そしてすゞをふるやうなよいこゑでちる/\とうたひますよ。
お母さん達 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
と同時に不思議なかうにほひが、町の敷石にもみる程、どこからか静に漂つて来ました。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よそにても風のたよりに我ぞ問ふ枝離れたる花のやどりを、といふのである。貞盛の妻は恩を喜んで、よそにても花のにほひの散り来れば吾が身わびしとおもほえぬかな、と返歌した。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
薔薇と麝香のさかんなにほひ、一寸離れて私たちの小さな屋敷の後ろには、波のうねりで揺れてゐるマストの端が見える……私たちのまはりには、窓掛を透してくる薔薇色の光に輝らされて
取繕とりつくろ何喰なにくはぬ顏して有しに其日の夕暮ゆふぐれに何とやらんあやしきにほひのするに近所きんじよの人々寄集よりあつまりて何のにほひやらん雪の中にて場所も分らず種々さま/″\評議に及びかゝる時には何時いつも第一番にお三ばゝが出來いできた世話せわ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
めづらしや、人間のを引いて、にほひはげしき空焚そらだきくんじたる
影にのみにほひやかなる窻ぎはのその花むらも暮れてきたりぬ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
或は山羊やぎと小羊のくんずるにほひ納受して
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
鬼子おにことよべどとびんだるおたかとて今年ことし二八にはちのつぼみの花色はないろゆたかにしてにほひこまやかに天晴あつぱ當代たうだい小町こまち衣通そとほりひめと世間せけんさぬも道理だうりあらかぜあたりもせばあの柳腰やなぎごしなにとせんと仇口あだぐちにさへうはされて五十ごとう稻荷いなり縁日えんにち後姿うしろすがたのみもはいたるわかものは榮譽えいよ幸福かうふくうへやあらん卒業そつげふ試驗しけん優等證いうとうしようなんのものかは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
松やにのにほひがしぃんとして青い煙はあがり日光はさんさんと降ってゐました。その戸口にハーシュは車をとめて叫びました。
(新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
濱萵苣はまさじ、すました女、おまへには道義のにほひがする、はかりにかけた接吻せつぷんの智慧もある、かしの箪笥に下着したぎが十二枚、をつ容子ようす濱萵苣はまさじ、しかも優しい濱萵苣はまさじ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
がけあきつてもべついろづく樣子やうすもない。たゞあをくさにほひめて、不揃ぶそろにもぢや/\するばかりである。すゝきだのつただのと洒落しやれたものにいたつてはさら見當みあたらない。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
にほひこぼるるやうにして彼はなみに漂ひし人の今打揚うちあげられたるもうつつならず、ほとほと力竭ちからつきて絶入たえいらんとするが如く、手枕てまくらに横顔を支へて、力無きまなこみはれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
氷川神社ひかはじんじや石段いしだんしたにてをがみ、此宮このみや植物園しよくぶつゑん竹藪たけやぶとのあひださかのぼりて原町はらまちかゝれり。みち彼方あなた名代なだい護謨ごむ製造所せいざうしよのあるあり。職人しよくにん眞黒まつくろになつてはたらく。護謨ごむにほひおもてつ。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
好きなにほひの高い煙草たばこも仕事の間に飲んだ時と、外出そとでの帰りに買つて来て、する事のないひまさに飲むのとは味が違ふ。新しい習慣に従ふことを久しい間の惰性がしばらく拒むらしい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
蓋をとるとふわつと白い湯気が顔をで、うまさうなにほひが鼻をうつ。上出来らしい。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
幸ひ屋敷の中が清左衞門の自由になるので、縁の下から天井裏、土藏納屋の中は言ふ迄もなく、雇人の荷物まで探しましたが、三日目の今日まで、御墨附や短刀のにほひも解らなかつたのです。
行つて見ると、やはり机の側に置炬燵おきごたつを据ゑて、「カラマゾフ兄弟」か何か読んでゐた。あたれと云ふから、我々もその置炬燵へはいつたら、掛蒲団の脂臭あぶらくさにほひが、火臭い匂と一しよに鼻を打つた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
のんで居る處へ二丁目の番人作兵衞といふ者來り四方よも山のはなしの中此にほひぎ不審に思ひながら歸ると程なく定廻ぢやうまはりの同心どうしん來りて行事を呼寄よびよせ名香めいかう紛失ふんじつにつき内々の御調しらべゆゑ藥屋くすりや共へ吟味致す樣申付るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
胸には何か氣も心もあまつたるくなるやうなにほひが通つて來る。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
物ゆかし、わかきにほひのいづこにか濡れてすずろぐ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それにくらべたら村の方の人たちこそかへって本当に酔ってしまったのでした。そのうちに税務署長は少し酒のにほひが変って来たのに気がつきました。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
芬々ぷんぷんと香水のにほひがして、金剛石ダイアモンドの金の指環を穿めて、殿様然たる服装なりをして、いに違無ちがひないさ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
藁色わらいろ薔薇ばらの花、稜鏡プリズム生硬なまな色にたちまざつた黄ばんだ金剛石のやうに藁色わらいろ薔薇ばらの花、扇のかげで心と心とをひしと合せて、のぎにほひをかいでゐる僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
幾十年と無く毎朝まいあさめた五種香しゆかうにほひがむつと顔を撲つ。阿母さんが折々一時間も此処こヽに閉ぢこもつて出て来ぬ事がある丈に、家中うちヾうこの内陣計りはあたヽかいやうななつかしい様な処だ。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
何心なにごころなく、はしを、キリ/\と、手許てもとへ、しぼると、蜘蛛くものかはりにまぼろしあやつて、脈々みやく/\として、かほでたのは、薔薇ばらすみれかとおもふ、いや、それよりも、唯今たゞいまおもへば、先刻さつきはなにほひです
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いへの子はしよくにならべぬ。そのなかに柑子かうじにほひ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこでみんなは色々の農具をもつて、まづ一番ちかい狼森オイノもりに行きました。森へ入りますと、すぐしめつたつめたい風と朽葉のにほひとが、すつとみんなを襲ひました。
狼森と笊森、盗森 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そして、木犀もくせいのやうなあまにほひが、いぶしたやうにかをる。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
にほひまじれる思にて、心は一つ、えこそ語らね。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
聴くはただえにえゆくにほひのみ、——
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「にょらいじゅりゃうぼん第十六。」といふやうなことばがかすかな風のやうに又にほひのやうに一郎に感じました。すると何だかまはりがほっと楽になったやうに思って
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
にほひまじれる思にて、心は一つ、えこそ語らね。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
こまやかににほひシヤボンの消ゆるごと
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ある人人は鳥のやうに空中をけてゐましたがその銀いろの飾りのひもはまっすぐにうしろに引いて波一つたたないのでした。すべて夏の明方のやうないゝにほひで一杯でした。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
おぼろげのつつましきにほひのそらに
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ぼくらは、せみが雨のやうに鳴いてゐるいつもの松林を通って、それから、祭のときの瓦斯ガスのやうなにほひのむっとする、ねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかちぶちに行った。
さいかち淵 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
にほひ高き空気くうきはや顫動せんどう
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さはやかなにほひ、夏のすゞしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいはひが何だかを教へるか数へられませんでした。
虔十公園林 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)