とぼ)” の例文
じめじめした、いやな天気てんきがつづきました。生活力せいかつりょくとぼしい金魚きんぎょは、みんなよわってんでしまったけれど、どじょうは元気げんきでした。
どじょうと金魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この船をのがしたら二度と機会は来ないかもしれない。あの荒れたとぼしい、退屈な、長い長い日が無限につづくことを思えばたまらない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ぐうせしことはなはだあつし小千谷をぢや北越ほくゑつ一市会いつしくわい商家しやうか鱗次りんじとして百物そなはらざることなし。うみる事わづかに七里ゆゑに魚類ぎよるゐとぼしからず。
貧乏びんぼうながら、こせつかずにくらしてゐたことはとぼしきまゝのうたて、いかにもひとなつかしい、善良ぜんりようなこの歌人かじん性質せいしつおもはれます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
ローウッドで、時たま集めることが出來たとぼしい蒐集に比べては、これはまるで娯樂と知識のありあまる收穫を得たやうなものだつた。
専攻しているのは光学オプティックスであるが、事務的手腕もあるというので、この方の人材じんざいとぼしい研究所の会計方面も見ているという働き手であった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ただその信仰の本質が、いかに変化しつつあったかについて、まだ私の説き得ることが甚だとぼしいのをうらみとするばかりである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし、山地が多く物産がとぼしいので、一面には質素で、豪古の風を尊んだ。——また、海に接しているせいか、進取的だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ましてすん子のごとき、薩摩芋に経験のとぼしい者は無論狼狽ろうばいする訳である。すん子はワッと云いながら口中こうちゅうの芋を食卓の上へ吐き出した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
景色けしきおほきいが變化へんくわとぼしいからはじめてのひとならかく自分じぶんすで幾度いくたび此海このうみこの棧道さんだうれてるからしひながめたくもない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
言合いひあはせたやうに、一張ひとはり差置さしおいた、しんほそい、とぼしい提灯ちやうちんに、あたまかほをひしと押着おツつけたところは、人間にんげんたゞひげのないだけで、あきむしあまりかはりない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ふり仰ぐと、とぼしい灯の中に、斷たれた綱はダラリと下がつて大蛇をろちのやうに土間を這ひ、與三郎がそれを引摺つて片付けようとしてゐるのでした。
これはじつに、都会に猛獣が放たれているような、戦慄せんりつすべき想像だが、こういう、早まって退院を許された狂人の犯罪は、その例にとぼしくない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
もっとも、私は、怒る時には、本気に怒ってしまいます。私の表情には、怒りと笑いと、二つしか無いようです。意外にも、表情のとぼしい男ですね。
小さいアルバム (新字新仮名) / 太宰治(著)
乍去さりながら日本人にほんじん從來じゆうらい習慣しふくわんでありませうが、斯樣かやうことめて無頓着むとんちやくおほい。責任せきにんおもんずるのねんとぼしい。獨立どくりつしてものをさめてくといふことすこしもい。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
生計を求むるにいそがわしく、子弟の教育をかえりみるにいとまあらず。故に下等士族は文学その他高尚こうしょうの教にとぼしくしておのずからいやしき商工の風あり。(貧富を異にす)
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この法螺貝を残して行きますから、これに米穀べいこくをたくわえて置けば、いつでもとぼしくなるような事はありません
かつ性來せいらい記憶力きおくりよくとぼしきは、此等これら病症びやうしやうためます/\その※退げんたいするをかんじ、治療法ちれうはふ苦心くしんせるときたま/\冷水浴れいすゐよくしてかみ祷願たうぐわんせばかなら功驗こうけんあるしとぐるひとあり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
ずつと晩年は数奇すき者が依頼する秋成自著の中でも有名な雨月などの謄写とうしゃをしてその報酬でとぼしく暮して居た。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
これは我々が社会を見ても、あるいは各自の友人の履歴りれきちょうしても、必ずその例にとぼしからざるを感ずる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
糸をとるにしても、製糸工場はしばらくおき、とぼしい、かなしげな小屋で、老女としよりが鍋で煮ながら繰出してゐるのを見ると、手の指はまつ白にうぢやぢやけてゐた。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
北向きの片側は窓になっていて、そこからとぼしいながら明りが入ってはくるのだが、鏡台の上の方にこれまたずらりと、商店街の街灯のように電灯が並んでいる。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
橋際に、小さな夜明しの居酒屋——この辺に、夜鷹をあさりにくる、折助おりすけどもを目当ての、とぼし気な店だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
も見ずして我家へかへり向ふの始末斯々かう/\はなしてあせぬぐひけり夫婦は聞て先は安堵あんど此事一子せがれに云ん物と思へど未だ暇にとぼしく咄しもせねば和郎そなたまづ一子せがれとくと此よし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
諸君のまじめな研究は外国語の知識にとぼしい私のうらやみかつ敬服けいふくするところではあるが、諸君はその研究から利益とともにあるわざわいを受けているようなことはないか。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
その地租を課するにもどれだけの大きさの田地でんちということが分らぬ。ところでちょっと前にも説明しましたようにチベット人には数学的観念というものは実にとぼしい。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
子路は元々自分に楽才のとぼしいことを知っている。そして自らそれを耳と手のせいに帰していた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかし境遇に依って藝術の天地を封ぜられて居る者や、境遇はよくても天性想像力のとぼしい者は、見す見す堕落をすると知りながら、悪を実行にもたらさずには居られない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とぼしい光線の中で、吉良兵曹長の顔は、思わずぎょっとする位、青ざめて見えた。非常な苦痛を押しこらえているような不思議な表情が、彼の顔をゆがめているようであった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
もとよりかべひまはない。そこらこゝらのはやしあひだのこされたかやしのつてて、とぼしいわらぜて垣根かきねでもふやうにそれを内外うちそとからいたたけてゝぎつとめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かてとぼしい村のこどもらが、都会文明とかいぶんめい放恣ほうし階級かいきゅうとにたいするやむにやまれない反感はんかんです。
かきひまがあらいとて忍びを漏らす訳は少しも無之、それを両者相関係するが如く言ひなすは言葉のシヤレと相見え申候。言葉のシヤレが行はるる処にはいつでも趣味とぼしく候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
何がそんなに悲しかったか、それは彼自身にもはっきりしない。ただそこにたたずんだまま、とぼしい虫のに聞き入っていると、自然と涙が彼の頬へ、冷やかに流れ始めたのである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と強く自らを叱咜しったしている弥生は、それでも、これがあの栄三郎のおすまいかと思うと、今にも眼がしらが熱くなってきそうで、そこらにあるとぼしい世帯道具の一つ一つまでが
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この会津地方には一般怪談の如きはとぼしくない、ことに前年すなわち明治廿一にじゅういち年七月十五日には、かの磐梯山が噴火して、めに、そのすぐ下に横たわる猪苗代湖いなわしろこに注ぐ、長瀬川ながせがわの上流を
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
石川県へ往ったが、懐に金があるから何もせず、見てえ所は見、喰いてえ物は喰い、可なり放蕩ほうとうった所が、追々おい/\金がとぼしくなって来たから、商法でも仕ようと思い、坂府さかふへ来た所
とぼしいあかるさのなかでもこの木目もくめはこのパイとすぐわかるやうに努力どりよくするのだとふ。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
とぼしい中から村の出金、教会としての中央への義務寄金も心ばかりはしました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
とぼしきに耐える精神などがなんで美徳であるものか。必要は発明の母と言う。
続堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
通商貿易つうしょうぼうえき利益りえきなど最初より期するところに非ざりしに、おいおい日本の様子ようすを見れば案外あんがいひらけたる国にして生糸きいとその他の物産ぶっさんとぼしからず、したがって案外にも外国品を需用じゅようするの力あるにぞ
ぼろに身を包み、こちこちの板の上に横たわり、ふくろ枕代まくらがわりにした老婆は、苦しみもがきながら息を引取った。彼女の一生は、その日その日のとぼしい暮しに、あくせく追われ通しで過ぎたのだ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
伏して念う、某、殺青さつせいを骨となし、染素せんそたいと成し墳壟ふんろうに埋蔵せらる、たれようを作って用うる。面目機発、人に比するにたいを具えてなり。既に名字めいじの称ありて、精霊しょうりょうの異にとぼしかるべけんや。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
擂鉢に白きはちすをひとつ浮けて貧しき朝やとぼめし
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
世にその例がとぼしくないのであります。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
吉右衛門は、とぼしい顔で笑った。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ぐうせしことはなはだあつし小千谷をぢや北越ほくゑつ一市会いつしくわい商家しやうか鱗次りんじとして百物そなはらざることなし。うみる事わづかに七里ゆゑに魚類ぎよるゐとぼしからず。
ことに寒月君や、東風君のような経験のとぼしい青年諸君は、よく僕らの云う事を聞いてだまされないようにしなくっちゃいけない
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天性の美貌と果実くだものを思わすような皮膚の処女色しょじょしょくは、いかにも新鮮でみずみずしいが、まだなにか女の甘美なにおいにはとぼしい。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二階は臺所と同じ大きさの寢室で、樅材もみざいの寢臺と、小さな、とは云へとぼしい私の着物をれるには廣すぎる箪笥がついてゐた。
彼女かのじょらの、このまちってしまうということは、たのしみと色彩しきさいとぼしいこのあたりの人々ひとびとに、なんとなくさびしいことにかんじられたのであります。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)