面目めんもく)” の例文
また床次君のやうに自分が偉人らしい言草いひぐさも気に喰はぬ、不肖ふせうながら朝夕南洲翁にいてゐたから、翁の面目めんもくはよく知つてゐるが
あんずるに無条件の美人を認めるのは近代人の面目めんもくかかわるらしい。だから保吉もこのお嬢さんに「しかし」と云う条件を加えるのである。
お時儀 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
滅相めっそうもないこと、三彩獅子を御覧ごろうぜられて、将軍家の御感ぎょかん一通ひととおりでなく、殿、御上府のせつは、偉い面目めんもくをほどこしたそうでござる」
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どういたしまして、私どもは面目めんもく次第しだいもございません。あなた方の王さまからいただいたたまをとうとうくもらしてしまったのです」
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
子弟を学塾に入れ或は他国に遊学せしむる者ありて、文武の風儀ふうぎにわかに面目めんもくを改め、また先きの算筆のみにやすんぜざる者多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
滿座の人々感に堪へざるはなく、中宮ちゆうぐうよりは殊に女房を使に纏頭ひきでもの御衣おんぞを懸けられければ、二人は面目めんもく身に餘りて退まかり出でぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
誰しも感じたり云ったりはするけれど、それを彼の様に傍若無人ぼうじゃくむじんに実行したものは少いであろう。こういう所にも彼の面目めんもくが現われていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
申し受けて、わが面目めんもくを立て、また一つには、兄の顔を立てるためには、このさい、なんといたしても邪魔者を除かねばならぬではないかっ
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
白石の思想は一見平凡にも単調にも思えるけれども、自分の面目めんもくと生活とから生れでていないものは一つもなく、しかもその範囲はんいにおいては
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「まあなにからはひつてもおなじであるが」と老師らうし宗助そうすけむかつてつた。「父母ふぼ未生みしやう以前いぜん本來ほんらい面目めんもくなんだか、それをひとかんがへてたらかろう」
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今宵こよひ家例かれいり、宴會えんくわいもよふしまして、日頃ひごろ別懇べっこん方々かた/″\多勢おほぜい客人まろうどまねきましたが、貴下こなたそのくみくははらせらるゝは一だん吾家わがや面目めんもくにござる。
人込みの中で騒ぎたてては面目めんもくないという理窟りくつをその時私は胸の中で考えていたのだが、実は振り放すには余りにしいような気もしていたのだ。
彼女は或るはなはだ面目ないことを仕でかし、面目めんもくなさにシオらしく、ドボーンと投身自殺を果したとする。やがていよいよ死の国で、わがC子は正気しょうきづく。
十年後のラジオ界 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
び/\にんでゐるうち、一なにかでんだおぼえのある恋愛論れんあいろん出会でつくはしなどするのであつたが、ハイカラな其青年そのせいねん面目めんもくが、さきえるやうである。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
面目めんもくないけンが、どうやら、そこへもいったらしいて。ばかにりっぱな座敷があってのう、それが、たたみもふすまも天じょうも、みんな黄色かったてや。
和太郎さんと牛 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
しきり面目めんもくながるくせに、あは/\得意とくいらしい高笑たかわらひをつた。家内かない無事ぶじ祝福しゆくふくするこゝろでは、自分じぶんせられたのを、かへつて幸福かうふくだとおもつてよろこんだんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひとたび罪を犯しても、かうして悔悟して自殺を為たのは、実に見上げた精神だ。さうなけりや成らん、天晴あつぱれだぞ。それでこそ始て人間たるの面目めんもくが立つのだ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
然れども大正年間に及びていはゆる新傾向の称道を見るに至り俳諧も遂に本来の面目めんもく体裁ていさいを破却せられ漸く有名無実のものとならんとす。これ現代俳句界の趨勢すうせいなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「つまり、おまえは、やぶれた洋服ようふくを着た生徒せいとがいては学校の面目めんもくにかかわるというのだね。」
美しき元旦 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
つひ失望しつばう落膽らくたんし、今更いまさ世間せけんへも面目めんもくなく、はておもせまつておほいに決心けつしんしてたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
面目めんもくが崩れ、ただれ、流れて、うじの湧いている顔面がお銀様は好きなのでした。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貴孃あなた齋藤さいとう阿關おせきさん、面目めんもく此樣こん姿なりで、背後うしろければなんもつかずにました、れでも音聲ものごゑにもこゝろづくべきはづなるに、わたし餘程よつぽどどんりましたとしたいてはぢれば
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ウン……間違えたと云やあ思い出すが、吾輩に一つ面目めんもくない話があるんだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しからば本来の面目めんもく如何いかんという点を、考えずに済ましていたのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かけられ承知しようちせぬとて刄物三昧はものざんまいいたしゝにつきせつわたくし中へ入て取鎭とりしづめ候へば金三兩呉られ候て取持とりもちやう申付られ候へども梅事は貞節ていせつをんなゆゑとてもかなはぬ事とぞんじ私しは申わけなきにより宿やど迯歸にげかへり候とつぶさに申たつ廉々かど/\粂之進くめのしん面目めんもくあをくなりあかくなりしが差俯向さしうつむきひかるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もし項羽こううに英雄の器があれば、垢を含んでも、烏江を渡るです。そうして捲土重来けんどちょうらいするです。面目めんもくなぞをかまっている場合じゃありません。
英雄の器 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自ら掲げて自己の面目めんもくとしている例の一丈八尺の大軍旗の文字は、信玄の頭上にはためいて、しきりと何事か、暗示しているかのよう思われた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
佐藤氏は面目めんもくなささうな表情をして、子供のやうな内田氏の顔を見た。内田氏は内田氏できまり悪さうにもぢ/\しながらいつも慇懃いんぎん口風くちぶりで言つた。
れからのちは塾中にエレキトルの説が全く面目めんもくあらたにして、当時の日本国中最上の点に達して居たと申してはばかりません。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
孤立しても世は渡ってみせるという我慢か、又はこれが現代社会に本来の面目めんもくだと云う悟りか、何方どっちかに帰着する。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
警視庁の無能が、新聞の論説となり、投書の機関銃となり、総監をはじめ各部長の面目めんもくはまるつぶれだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
打見うちみれば面目めんもくさはやかに、稍傲ややおごれる色有れどさかしくはあらず、しかも今陶々然として酒興を発し、春の日長の野辺のべ辿たどるらんやうに、西筋の横町をこの大路にきたらんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
脇坂山城守が面目めんもくをつぶしたことは言うまでもない。間もなく退官して隠居いんきょの身となっている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さもなくば、このおそろしい懷劒くわいけん難儀なんぎ瀬戸際せどぎは行司ぎゃうじにして、としこう智慧ちえちから如何どうともうせぬ女一人をんなひとり面目めんもくいまこゝで裁決とりさばかす、くだされ。さ、はやなんとなとうてくだされ。
「えゝ/\、こまつたな、これは。へなら、ふだけれど、あらたまつては面目めんもくねえ。」
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それに対して心持こゝろもちよく洗ひざらした料理屋橋本はしもと板塀いたべいのために突然とつぜん面目めんもく一変いつぺんさせた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶かなぐつかじだの砂糖屋の丁稚でっちなんかの寄り集りに負けてしまったらいったいわれわれの面目めんもくはどうなるんだ。おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
たヾねかしとすてものにして、部屋へやよりそとあしさず、一心いつしんくやめては何方いづかたうつたふべき、先祖せんぞ耻辱ちじよく家系かけいけがれ、兄君あにぎみ面目めんもくなく人目ひとめはずかしく、我心わがこヽろれをめてひる
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いや、その高等科ですら、授業料が尋常科と同じく四十銭でなかったなら、そして、高等科にもやらないという面目めんもく上のことさえなかったなら私はもっとはやく学校をやめさせられていたのである。
面目めんもくしでえもねえ」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いづれも「いへ」に生命を感じたいにしへびとの面目めんもくを見るやうである。かう云ふ感情は我我の中にもとうの昔に死んでしまつた。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すなわち今の事態を維持いじして、門閥の妄想もうそうを払い、上士は下士に対してあたかも格式りきみの長座ちょうざさず、昔年のりきみは家を護り面目めんもくを保つのたてとなり
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
毒口どくぐちたたいて、秘図ひずをふところにしまいかえした八風斎、やおら、伊那丸のまえをさがろうとすると、面目めんもくなげにうつむいていた忍剣にんけん小文治こぶんじが、左右から立って
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余り立派で、貫一は恥入つた! 宮、俺は面目めんもく無い! これまでの精神とは知らずに見殺みごろしに為たのは残念だつた! 俺があやまりだ! 宮、赦してくれよ! いか、宮、可いか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「はい……」人夫頭は面目めんもくなささうに頭へ手をやつた。「何だつて申しますと、此奴こいつの拵へるお料理は、どうもおなか持堪もちこたへがなくつて、直ぐ腹が空いちまふもんですからね。」
「この上、金の奴に一分間でも余計に生きていられては、面目めんもくにかかわる」
達し面目めんもくこの上なき旨申述ぶる中にも万一先生よりわが学歴その他の事につきて親しく問はるることあらば何と答へんかなぞさながら警察署へ鑑札受けに行きし芸者の如く独り胸のみ痛めけるが
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
父母未生ふぼみしょう以前いぜん本来ほんらい面目めんもくなんだか、それを一つ考えて見たらかろう」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは治修の事を処する面目めんもくの一端を語っているから、大略をしもに抜き書して見よう。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一は退しりぞいて権威いよいよ強く一は転じて全くその面目めんもくを失ふ。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)